お宝だよ、泥棒集合!
ギルドハウスのお姉さん達に弄ばれた。もとい、いじられまくった。革ひもとかリボンとか、どこから引っ張りだしたんだか。本人が似合わないって言っているのに、まるっきり無視された。それを見ていたヴァンさんは爆笑してるし。覚えてろ。
ようやく迎えの箱馬車が到着した。王宮の馬車をこれほど待ちこがれたことはない。お姉さん達の引き止める声を振り切って、馬車に飛び込む。
騎士団宿舎に着いたら着いたで、コトットさんのことを思い出した。でも、管轄が違いすぎるのか、宿舎の食堂にまでは押し掛けてこなかった。ちょっぴり安堵する。
その食堂で、肉! 料理をたらふく食べて、ようやくひと心地ついた。
「美味しかった〜」
「ここには姫様がいるからね。滅多な料理は出せないよ」
厨房の奥から、料理人さんの一人が教えてくれた。
「そんなことはない! ここの料理はいつでもおいしい」
レンの太鼓判に、料理人さん達が嬉しそうに笑った。
離宮で留守番していたハナ達も合流している。調理済みの肉を貰って、食べていた。
そういえば、街を歩いているとき、ツキは食べようとしなかったな。抜け駆けはしない、ってことだ。えらいえらい。
夜は、レンの部屋に案内された。賢狼殿の世話のために、という名目で正規の騎士団員よりも大きめのベッドがあるから、だそうだ。
客室もなくはないけど、レンが押し掛けてくるのが目に見えているから、とウォーゼンさんが苦笑していた。
ちなみに、ローデン騎士団には女性の騎士や工兵も少なからずいる。宿舎の一フロアが、丸々、男性の立ち入り禁止になっている。また、全員が個室だ。
男性は、入団直後は四人部屋。業績が良かったり役職がついたりすると、個室が貰える。
また、結婚したら、王宮外の兵士家族の集まる区画に部屋を借りて住む。貴族出身の団員は、宿舎住まいでも貴族街の屋敷からの通いでも良いそうだ。
魔術師団にも、同様の宿舎がある。ただし、こちらは全員個室だそうだ。術具の作成をするためだとか、怪しげな収集物があるからだとか、中を見てみたいような見たくないような。術具を作る時に使う魔導炉は、騎士団工作班のものを借りるらしい。
それはさておき。
王女らしからぬ質素な部屋の中で、ハナ達にブラシをかけながら、今日の出来事を振り返る。
とにかく、異常、の一言に尽きる。
ボクが、王宮の客人として招かれていることは、騎士団員でもごく一部しか知らないはずだ。なのに、隠し子などという壮大な背鰭尾鰭がくっ付いた噂が広がるには、時間が短すぎる。まして、街に出る事は今朝決めたはずなのに、出たとたんにあれだけの人数が賞金目当てで襲ってくるとなると、ボクの容姿が事前に知らされていたとしか思えない。
あえて、噂を広めようとしている者がいる。
しかし。誰が、何の為に?
レンの近くにいる者を排除して、それから手を下す? 結界の魔道具の存在が知られいれば、そう考えるかもしれない。
「ロナ? 何か悩み事か?」
「いろいろ考えてる。今日のあれこれとか」
「大丈夫だ。ロナは強いし、わたしも、賢狼殿もいる。必ず守る」
女騎士さん(仮)は、力強く宣言する。
その前に、王女さまはまず自分の身を守ってもらいたい。頼むから。
翌朝、団長さんの部屋に呼ばれた。レンは、練兵場で訓練をしている。ミハエルさんとマイトさんも訓練中、ハナ達は見学中。
部屋にいたのは、団長さんだけじゃなく、ウォーゼンさんと宰相さんだった。
「それで? 黒幕は判ったの?」
「・・・どこまで知ってるんだ」
ウォーゼンさんが呆然とつぶやく。
「いろいろと推測した結果。故意にやってるとしか考えられないでしょ」
「ロナ殿を狙う理由は?」
「レンを排除する前の露払い、または丸め込んで引き入れて利用する」
三人がため息をついた。王宮や騎士団もそう判断していたようだ。
「でもさあ。これって、もう手遅れだよね」
「何がだ?」
「噂に踊らされている人達をいくら締め上げても、切りがないってこと。それに、ボクが居なくなっても、ミハエルさんやレンが狙われ続けることに変わりはない」
「それは、・・・そうだろうな」
団長さんが、こめかみを押さえている。確かに、頭痛いわ。
「あのさ? 取り調べの結果を見せてもらっていいかな?」
「殴り込みに行く気か!」
「ちがうって。実行者と依頼者の身分とか、情報の入手先が知りたい」
「押し掛けたりしないか?」
「しない」
ウォーゼンさんと問答を繰り返して、ようやく調書を見せてもらった。
大まかにわけて、情報源は二つ。
匿名の密告。これは、ミハエルさんのところに押し掛けてきた貴婦人(笑)達の大半と、ボク目当ての人さらいの主犯達が該当した。
街の酒場から広まったケース。これは、非常にバラエティに富んでいた。ある酒場に連れて行って依頼者に引き渡す、という穏便バージョンから、あの腹ぺこ男がしゃべったような超過激バージョンまで。
噂ってのは、いつの間にか変な情報が付くものだけど。なんだかなぁ。
「どの話でも、ロナ殿の特徴が、「黒い外套を着た子供で、変わった魔道具を持っている」とだけ伝えられている」
街道でサイクロプスを仕留めた話は、小指の先ほども聞かれない。
共通事項を聞く限り、情報をばらまいたのは、一人、または少数できちんと打ち合わせしている人達と思われる。ボクの情報を握っているにしても、限定的だ。わざとなのか、本当に知らないのか。
「王宮内の、それも、信用ある人から話が漏れているとみていいだろう」
「ずいぶんと人は吟味したはずなのですが、よほどうまく正体を隠しているようです。私の眼もなまくらですな。申し開きもできません」
宰相さんが、小さくなっている。
「隠し子の噂を流した犯人達のあぶり出しには時間がかかる、かな?」
「・・・誠に」
「謝罪は全部終わってからにしようよ。話が進まないから」
「・・・・・・はい」
「ロナ殿。なにか策があるのか?」
「噂には噂で対抗しようと思って。
その前に、確認させて。あのカード、魔術師は偽物を見分けられるんじゃないの?」
「・・・それは、女官長、いや、魔術師団長に訊いてみませんと」
「そう。でも、いいか。なんとかしよう」
空間制御系の術式は、術弾よりも緻密だ。以前、ペルラさんに術弾を見せたけど、彼女には読み切れなかった。港都のルプリさんに便利ポーチを見せた時も、匙を投げられてしまったし。カモフラージュのダミー術式も加えておけば、誤摩化せるだろう。
「ナーナシロナ殿。噂、とは、どのような話を広めるつもりでしょうか?」
「第一弾。王宮は、宝物庫の聖遺品を厳重に封印して、世の中に出さないようにするらしい。
第二弾では、何も知らない客人に預けて、ローデンから持ち出させるそうだ。
そうすると、離宮に泥棒がわんさかとやってくる」
「ナーナシロナ殿! それは危険ですぞ!」
「だーいじょーぶ! わざと盗ませて、余すところなく欲張りさんの手に渡ってもらいたいんだ。まあ、持っていく途中でもいいけど」
「・・・なにが?」
ぐふふふふ。
「ロナ殿。怖いぞ」
「その、盗ませる物、に、なにか仕掛けをするのですね?」
「そう! 欲しいのなら、遠慮せずに持っていけばいい。犠牲者、じゃなくて、盗人の慌てふためく様を想像するだけでも楽しいし」
「だから、何をする気なんだ?」
「それは、あとでのお楽しみ♪」
「「「・・・」」」
「噂を真に受けて、なぜ部外者に聖遺品を渡したのだと、言い立て来る者が現れるのではありませんか?」
ふむ。宰相さんの言い分ももっともだ。
「でも、渡すのは聖遺品じゃない。別物だもん。ボクは、宝物庫に近付いたことがない。場所も知らない。人に知られないで入手する方法がないんだよ。
逆に、そんな根も葉もない噂をどこから聞きましたか? とかいって、追求すればいい。いたずらに引っかかって文句を言ってきたら、どこから持ってきたのか、いや、盗ってきたのか、と、これまたネタになるし」
「「あ」」
ゴキブリやアリの巣退治では、わざと薬を巣に持ち帰らせて一網打尽にする。それを泥棒さん達にやってもらおうってこと。本気で欲しい人なら、駄目元でも押し掛けてくるはず。それに、この手段なら容疑者を選別する手間も省ける。
さあて。お土産をたっぷりと用意しよう。欲の皮の突っ張った人達には、存分に味わってもらいたい。どれにしようかな〜♪
ミハエル公の客人が滞在している離宮に、数日に渡って不法侵入者があった。しかし、犯人「達」はすばしこく、いずれも取り逃がしてしまった。当然、警備に当たった兵は厳罰に処された。
ただ、幸いにして、レオーネ姫も客人にも怪我はなかった。
それから、さらに数日が経って。
「聖者の遺品を不法に入手しようとしたら呪いに掛かった、って、何その話。愉快、いやいや、気の毒だねぇ」
「だから、ロナ。その笑い方、怖いよ」
ミハエルさんとマイトさんが一緒に来て、街中を賑わしている噂を教えてくれた。
「泥棒はいけないよねぇ」
「バチが当たった、と言われても、仕方ないと思うが」
「ロナ。怒らないから、お兄ちゃんに正直に話してごらん?」
「とーちゃんには内緒!」
「とーちゃん言うな!」
あの朝、宰相さんに噂を流すように頼んだ後、レンの訓練が終わる夕方まで、騎士団宿舎のレンの部屋で工作に励んだ。離宮に戻ってからも、予備の寝室を借りてカード作成に勤しんだ。
それから、作業室代わりに使った部屋のあちらこちらに、いたずらカードを隠した。一枚だったり五枚だったり。
もちろん、作業中はレンには内緒にした。ハナ達にも協力してもらって、全く気付かれないようにした。ばれたら、大騒ぎしそうな気がしたんだもん。
準備が整ってから、簡単に説明した。そして、盗ませるのは、師匠が持たせてくれた護身用、もといお仕置き用だと言ったら、ものすごく素直に納得していた。いいんだけどね。いいんだろうか。
泥棒さん達は入れ替わり立ち替わり現れて、目当ての物を手にすると、見つかる前に捕まる前に、と、一目散に引き上げていった。
王宮の外で待ち構えていて、横取りしようとした者も居た。しかし、門前で小競り合いをしていたので、即座に双方とも捕縛されてしまったそうだ。ご苦労さんだこと。
「欲張りと評判の人は、軒並み酷い有様だとか」
「ふうん♪」
中身は、いろいろ。ただの小石が山盛りとか、枯れ草だとか、小麦粉だとか。離宮の周りで集めたものだ。小麦粉は、侍従さん達には頼まないで、ペルラさんに持ってきてもらった。
他にも、部屋の中だけ極北気候になるとか、大量の冷たい水が溢れるとか。あるいは、いきなり大きな音を立てるとか、静電気が飛びまくって頭髪がちりちりになるとか、強風が吹き荒れて人も物も吹き飛ぶとか。
いたずらカードは時限式で発動し、中身をばらまいたり異常現象を起こしたりしたあと、消失するよう設定した。時間までに盗まれなかったカードは、中身ごと『昇華』で処分した。ほ〜ら、証拠隠滅も完璧。
とにもかくにも、どこもかしこも、阿鼻叫喚、大混乱に陥っただろう。掃除も大変だ。ぐふふ。
ちなみに、門前で取り押さえられた泥棒達は、取り調べの最中に、親指大の氷に埋められた。取調官も巻き添えを食ったけど。その後の尋問は、それはそれは凄まじいものになったとか。
「ある男爵家では、夕食の席上で血まみれの羽やはらわたが飛び散ったそうだ。当主も含めて、全員がショックで寝付いてしまった、と」
「狩りをしたことのない人なら、無理もないよねぇ。ふっ」
マイトさんが差し入れてくれた文字通り生きのいいベペルを、離宮裏で丁寧に解体し、シチューや焼き鳥にして食べた。その食べられない部分も、大いに有効利用させてもらったのだ。
真っ先に罠に引っ掛かったのはヴィラントさんだった。ハナ達が、それとなく警戒していたので、まさか、とは思っていたけど。
彼の場合、本宮の使用人部屋に戻る途中で、仕掛けが発動した。他の侍従さん達の目の前で全身氷まじりの泥まみれになり、巻き添えを食った人達にあれこれ追求、もとい吊るし上げられた。さらに、掃除にかり出された元同僚さん達も、廊下の惨状を見て、ヴィラントさんをボコボコに殴りつけた。そうこうしているうちに、たまらず洗いざらい白状した。
なんでも、十年以上前から王宮にもぐりこんで、聖者の遺品を狙っていた。けれど、なかなか宝物庫に近付く機会を作り出せなかった。それに業を煮やして、のこのこ現れたボクを使って王宮内を混乱させようとした。
あの、くだらない隠し子疑惑を流したのは、彼のかく乱工作の一つだった。
ただ、彼は、レンもボクも殺すつもりは全くなかった。あれは、流した噂に貴族達が煽られて、強欲が突っ走った所為、らしい。
また、賞金首、というのは、伝言が広がる途中でねじ曲がった結果のようだ。物騒なひねくれ方をしてくれる。まったく。
一方で、ルベールさんは、同僚の正体に気が付かなかったことにものすごく落ち込んでしまった。自主退職しようとしたところを、宰相さんが押しとどめた。
ボクからも一筆付けて、レンの面倒を見られる人が減るのは困るから仕事を続けて欲しい、と、お願いした。その手紙を読んだ宰相さんとルベールさんは、ものすごく複雑な顔をして黙り込んでしまった、らしい。
「兄上も宰相も、噂の真偽を確かめたいと押し掛けてくる面会者の対応で忙しい。私は、懲りない求婚者達が押し寄せてくる可能性もあるから、身を隠すように、と言われているが・・・」
ミハエルさんは、スーさん達を手伝うことができないことに、申し訳なさを感じているようだ。
「それじゃ、差し入れ持っていって。ちゃんと王様と宰相さんに渡してね」
ブランデーケーキを入れたかごを差し出した。底には、入れ替えカードとその説明書を潜ませてある。
この場には、レンやマイトさんもいるので、うかつに話せない。なので、隠してあることはミハエルさんにも内緒。一緒に差し入れを食べる時に、宰相さん達から話を聞いてくれ。
「これで、少しは諦めてくれるかな」
「どうだろうな」
「今まで、王族や、保管管理に携わった人達には、どんな異常もなかった。正妻に収まれば、問題ない。と開き直るかもしれない」
大山鳴動して、ネズミ一匹。ということわざがある。たった一人が流した噂に、王宮内外に関わらず大勢踊らされていたのを見ると、煽り方が上手だったのか、人の欲に限界はないということなのか。
「でもさ? いたずらカードに引っかかるような人は、もう手出しできないでしょ」
少なくとも、盗みを働いた、あるいは盗品を入手した「実績」がある。そんな悪党を身内にするほど、ミハエルさん達は温くない。
いたずらカードは、五十枚以上盗まれ、もとい提供した。これ以上は、もう脅し効果はないだろう。
ついでに、ペルラさんご所望の裁縫道具は、いたずら準備の時のどさくさで作っておいた。口止め料代わりだと言って、時限式カードに入れて渡したら、なぜかとてもびくびくしていた。
まあ、あれこれ作っちゃった時点で、魔術が使えないという嘘はばれてしまったけど。広言しないよう、きっちり釘を刺しておいた。
魔力除けの魔道具作成は、ここではできない。試作段階で、爆発する可能性があるからだ。それに、いたずら道具ではないのだから、きちんとした手順で作りたい。
「ロナ。本当に帰ってしまうのか?」
「ボクの家は、ここじゃないもん」
「ううっ」
残念王女さまは、諦めが悪い。
「書き取り、ちゃんとやらないと・・・」
「やる! やるから、また逢ってくれ。お願いだ」
「そのうちにね」
騎士になるつもりなら、遊んでる暇はないでしょーに。
昨日の夜、ハナ達には、引き続きレンの面倒を見るのか聞いてみた。
今まで、自分がいなくても自由に生きてきた。これからもそうだろう。彼女達の好きなように過ごして欲しい。でも、ハナ達がレンやミハエルさん達の側に居てくれたら、ボクは安心して離れていられる。
そう、言ったら、三頭は、すこし寂しそうに鼻を鳴らした。でも、ここに残ることを選んだ。まだまだ妹から目が離せない、そんなところだろうか。
やさしい子達。時々は、様子を見に来ることにしよう。
ある意味、実力行使。




