悪巧みは誰のため
「攫うだけじゃなくて、物騒な気配の人も混ざってた。放っておいたら、それこそ巻き添えが増える」
偽賢者事件では、なまじ静観の姿勢を取っていたら、いつのまにか大騒ぎになった。
噂がたったら、すぐさま、徹底的に火元から消さないと。
「王宮や騎士団はいろいろと制約があるでしょ? ボクなら、身軽に動ける。さっさと片付けないと、もっと騒ぎが広がるし」
「それは判る、判るが! とにかく、ここは落ち着いて、な?」
「ボクは落ち着いている。ウォーゼンさんこそ、冷静に考えたら?」
「そうじゃない。そうじゃなくて」
「それなら、わたしが動こう」
「「「は?」」」
全員の目が、点になる。
「レオーネ。ちょっと待て!」
ウォーゼンさんが、更に慌てる。
「友人が困っているんだ。手助けするのは当然だ」
でっかい胸を張って宣言してます。くやしくなんかない!
「レンの方が危ないの。大人しくしてないと、書き写しの枚数増やすよ?」
「それとこれとは違うだろう?!」
凛々しい女騎士(仮免許)は、一転、しょぼくれた大型犬になった。
「そもそも、王族が直接手出しすれば、それはそれで、隠し子説に説得力が出ちゃうでしょ」
「「「あ」」」
「そりゃそうだが、とにかく、一晩! 一晩でいいから大人しくしていてくれ。この通り!」
ヴァンさんが、懸命に引き止めようとしている。
「一晩で何ができるってのさ」
「こいつら、王宮の連中に死にものぐるいで働いてもらう」
「ふぅん?」
「一度だけ、任せてやってくれ。それで駄目なら、好きにすりゃいい」
「ヴァン殿!」
ウォーゼンさんが、ますます慌てる。
「だいたい、いつまでもちんたらやってるから、こんな事になるんだ。さっさと、大元を絞めちまえっての」
「「「・・・」」」
「ヴァンさん、どっちの味方?」
「俺はギルドの味方だ。騒ぎが長引いて人手が必要になれば、狩りに出られるハンターが減るからな。ついでに言わせてもらえば、ミハエルを預かってから、ギルドハウスが騒がしくていけねえ。どうだ。文句あっか!」
「だったら、ボクをさっさと行かせてくれればいいじゃん」
「おめえはおめえで、いっぺん頭冷やせってんだ。グロボアみてえに突進しようとしやがって」
「それで解決するなら手っ取り早いでしょ」
「解決できるとは思えねえから言ったんだよ。このチビ」
「・・・言ったね? この、よぼよぼあんぽんたんじじい」
「誰がだ!」
「だからそこまで! 容疑者首謀者ひっくるめての一覧を作っている最中、のはずだ。必ず渡す。約束する。だから、ヴァン殿の言う通り、一晩だけでも!」
ウォーゼンさんが、必死になって言い募る。確かに、リストがなければ特攻もできない。
「・・・明日の朝までしか待たないからね?」
「判った。了解した。必ず守る」
ミハエルさんが右手を上げて宣誓する。
ソファに腰を下ろしたボクを見て、男三人がようやく大きく息をついた。
「ロナが怒ってた時、なんか寒気がしたんだけど」
「マイトもか?」
騎士団若年組が、そろって腕をさすっている。変だねぇ。外はいい天気なのに。
「怒ってないよ? どうやってとっちめようか、算段していただけ」
「それを怒っているって言うんだよ」
疲れ果てた声で、ヴァンさんが訂正した。
「俺は王宮に戻って、団長に調査を急ぐよう伝えてくる。ミハエルとレオーネは、指示があるまではギルドハウスで待機だ」
「副団長、おれは?」
「マイトは、金虎殿の世話係」
「げっ!」
「つまり、ミハエルにくっ付いてろってこった。そのくらい判れや。若造が」
「そうやって、いつも一言多いから、いまだにチョンガーなんだ」
「お、大きなお世話だ!」
「さっきも、ボクのこと、チビって言った。チビって・・・」
やっぱり腹が立つっ。
「ま、待て。悪かった。もう言わねえっ。てーーーっ。やめ、それやめれーっ」
再びソファから立ち上がり、ヴァンさんの頭をわしづかみにする。
「っ、ロナ。それ以上やったら、顧問殿が壊れる!」
マイトさんが、片腕を取り押さえようとする。ふむ。腕がいいというのは確かなようだ。でも、筋力ならボクの勝ち。
「死にはしないよ。こんな年寄り、すぐにその辺から湧いて出てくるから」
「俺は虫じゃねーっ」
ウォーゼンさんは、大騒ぎするボク達を置いて、王宮に走っていった。伝令を使えばいいのに。
「なに。盗賊討伐の総指揮を取るってんで、ローデンに詰めっぱなしだったからな。体力が余ってるんだろ?」
「それなら、戻ってきたら手合わせしてもらおう」
「・・・手加減しろよ?」
「なんのことかな〜♪」
ヴァンさんは、じっとボクのことを見た後、ため息をついた。
「まあ。余計な話をしちまったが、本番だ。おめえが獲ってきたサイクロプスの代金だ。こいつを渡すのに来てもらったんだ」
「ロナ。よかったな」
なんで、レンが喜ぶの?
「これで、旨いもんが食えるぞ♪」
「とーちゃんには、おごらないからね?」
「とーちゃんいうな!」
「でもさ? ボク、身分証持ってない。だから、売買契約もできないよ?」
「討伐報酬は別だ。売り買いじゃねえからな」
「ん? 代金、なんでしょ?」
「サイクロプスの買い取り価格はギルドで査定する。それと、討伐報酬を上乗せした分が、報奨金としておめえに渡されることになった。で、騎士団がごたついてるから、ギルドで立て替えておいてくれと頼まれた。最終的には、あっちの懐から出る形になる」
「ふうん」
「本来なら、ギルドマスターから渡されるもんだが、王族が絡んでるからっつって、おれに押し付けやがった。あいつの仕事だろうがよ」
最後は、愚痴になっている。
「ヴァンさんこそ、仕事すれば?」
「顧問は名誉職だってーの」
「顧問殿を名前で呼べるなんて、すごいな」
おっかなびっくりでオボロにブラシを掛けているマイトさんが、感心したようにつぶやく。
「なんで? こんな偏屈おじーさんに、顧問なんて立派すぎる肩書きは似合わないじゃん」
「てめえ! 言ってくれるじゃねえか!」
「ほら。すぐに大声出すし、品はないし、口は悪いし」
レンが小さく吹き出した。
「ほれみろ、姫さんにまで笑われちまったじゃねえか」
「あ、いや。確かに大声だな、と思っただけだ。笑ってしまってすまない」
レンが素直に謝ったものだから、毒気を抜かれたようだ。それとも、ヴァンさんもレンのファンなのかな?
「な、なあ。なんで、金虎殿、は、こんなにすりよってくるの、かなぁ」
マイトさんのお腹に、ぐりぐりと肩を押し付けている。
「ブラシの掛け方が足りないんじゃないの?」
なん!
「あ、あはは、は、そう、なんだ」
マイトさんが、もう一度、ブラシを手にしたところで、オボロが立ち上がった。ドアに向かって低くうなっている。ツキも、窓の外に顔を向けて警戒している。
「・・・まぁた来やがった。姫さん、坊主、隠れとけ」
「拳で会話、じゃだめ?」
「ギルドハウスをぶっ壊す気か?!」
ホームグラウンドでは、それなりに強気になれるらしい。内弁慶、でもないか。どこでも怒鳴ってるし。
また、って言ってるくらいだから、対応は慣れているんだろう。今回は見物させてもらうか。
「レン〜。また、あれ使って」
「一人用ではなかったのか?」
「・・・ボク、小さいから」
「そうか、判った」
判って欲しくはなかったけど!
部屋の隅で、『音入』に籠って隠れる。ツキは、入り口から見えないソファの影に待機した。
「あああれ?!」
「姫さん達はほっとけ。若造「マイトですっ」、マイト、ミハエルの警護位置に立てや」
「は、はっ」
マイトさんも、お仕事モードにチェンジした。
「あとは、いつも通り、だな」
「・・・ヴァン殿、世話をかける」
「全くだ」
さして時間も経たないうちに、ノックもせずに、ドアが開け放たれた。部屋の中を一瞥し、獲物に向かってずかずかと突進してくる。
「ごきげんよう! ミハエル様。このようなむさ苦しいところは、殿下には似合いませんわ。どうぞ、我が家でおくつろぎくださいな。最高のおもてなしをさせていただきますわ」
こちらは、化粧のお化け。それにしても、ずいぶんな挨拶だねぇ。
ただでさえ威嚇していて怖いオボロの顔に渋面が加わって、ものすごい強面になっている。
「あ、あら。じ、従魔も、いたん、ですの、ね」
もっさりとした扇で、顔を隠す。部屋に入ってきた時に見えてたでしょうに。でも、ミハエルさんを見つけたとたんに、他の存在は意識から飛んでいたようだ。器用な頭だ。
オボロが、一歩踏み出す。
「ひっ」
扇を落とした。
「私は、ここで仕事をしている。邪魔はしないでもらいたい」
ミハエルさんが、騎士団仕様の態度で対応する。
「あ、あの、ですが。この度、お子様を、お迎えになられたと聞き及びまして、ミハエル様、ご本人に、確認させて頂ければ、と・・・」
「貴女に、なんの権限があって、そのような話をしなければならないのだ」
それもそうだ。赤の他人がプライベートな事情を教えろと仕事場に押し掛けてくるなんて、業務妨害も甚だしい。そもそも、ギルドハウスの顧問室のあるフロアは、関係者以外立ち入り禁止、のはずだ。
「私だけではありませんわ! ムネイール様もアシリーナ様も関心を持っていらっしゃいます、のよ?」
ぐるるるるる
「何度、言わせるつもりなのかな?」
オボロの唸り声が大きくなる。そして、もう一歩。
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!」
「エモナ夫人。貴女にその出鱈目を教えた人物は、誰です?」
オボロの前脚が、へたり込んだ貴婦人のドレスを踏んづける。
「はっ、ひっ、いやっ。放して。いやあぁっ」
「教えてもらえますな?」
「ち、父から、聞きましたの! 匿名の密告だから、真贋を確認しなくてはならない、と。本当ですわ!」
「そうか。教えていただき、感謝する」
その台詞を聞いて、オボロは、貴婦人の横をすれすれに横切る。
「ひうぅぅぅ」
あっさりと気絶した。
「マイト。従者に預けてきてくれ」
「了解」
小脇に抱えて、部屋から連れ出していった。
ほんの五分ほどの出来事だった。
結界を解除して、姿を現す。すかさず、オボロが、ブラシを咥えてやってきた。あの女性の匂いが気に入らないらしい。残り香も凄まじい。ボクの鼻も曲がりそう。『換気』が使えたらなぁ。
「ほいほい。ご苦労さん」
なーうーなーうー
「はいはい」
しつこくてまいっちゃうわ! とでも言いたげに、うなっている。
「ロナは、すごいな。金虎殿がブラシ掛けをねだるなんて」
「レン〜。さっきの話を聞いてなかったの?」
「ああ。貴族のご令嬢にあるまじき行動力だな。褒められたものではない、と思うが」
「短絡的というか、暴挙というか」
「頭は悪いよな」
ヴァンさんの口も悪い。
「討伐から戻ってきてから、毎日がこの有様だ」
ミハエルさんがお疲れなのも、無理はない。全然、休めてないじゃないの。
「サイクロプスの検分は終わったから、今日は、宿舎に戻って休めや」
「副団長からの連絡待ちだ。それまでは世話になる。すまない」
「ちっ」
本っ当ーに、ヴァンさんの口は悪い。
「顧問殿、ミハエルさん。戻りました」
いつもの飄々とした口調で、マイトさんが戻ってきた。
「先ほどの女性は、ギルドハウス前にいた家来衆に、突き返してきました」
「家紋は?」
「馬車にも従者の服にもありませんでした」
「お忍び、のつもり?」
「みたいだぜ?」
使用人達がギルドハウスに入り込めないのに業を煮やして、乗り込んでくるとは。堪え性がないというか、なんというか。
「うん。気分転換に体を動かそう」
マイトさんが、ぎょっとする。
「坊主。何をヤル気だ?」
「坊主じゃなくてななしろ! 訓練場、借りてもいいよね?」
「・・・壊すなよ?」
どういう意味だ。失礼な。
訓練場で、弓矢を借りた。気を付けないと弓が折れそう。矢羽根もついていて、「朝顔」とは勝手が違う。
「いきなり、そんな強弓を使えるのか?」
もっと強い弓を貸して欲しいと言うと、職員さんは顔中に疑問を浮かべた。それでも、ちゃんと渡してくれた。
最初は、至近距離から。
命中率が九割を超えたら、的からの距離を広げていく。二十メルテまでなら、一応的に当てられるようになった。何射したっけ。五十を越えてから数えるのを止めた。
「なるほどなぁ。サイクロプスについてた傷も、これなら納得だ」
ヴァンさんが、したり顔で頷いている。そこに、ウォーゼンさんが帰って来た。
「夕方、箱馬車をまわす。ミハエルも、レオーネも、それで騎士団宿舎に向かってくれ。ロナ殿もご一緒願いたい」
離宮もヤバくなったのね。はあ。
「あの、副団長。おれは?」
「マイトは、金虎殿次第だ」
すたすたとマイトさんの横に付くオボロ。しっぽは、いたずら気味に振られている。いじり倒す気まんまんだ。
「・・・はい」
とーちゃん、強く生きて。
「じゃ、それまで時間あるよね。つきあって。非番でしょ?」
ウォーゼンさんの手を取って、引っ張る。
「お、おい。なんだ?」
「ロナが、体を動かしたいんだと」
「ちょっと! それは、今は!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
あーでもない、こーでもないと拒否するウォーゼンさんを、引っ張り出した。
「武器は、何を使うんだ?」
ここまで来て、やっと諦めがついたらしい。
「これ〜」
トンファーを見せる。
「見たことねえな」
「打撃用なんだ」
「・・・手柔らかに、な」
訓練場の一画で、刃を潰した模擬剣を握ったウォーゼンさんと対峙する。
「それではっ!」
「小僧! さっきはよくも恥をかかせてくれたな!」
声がした方を向いてみれば。
入り口に居たハンターを蹴散らして、男達が乱入してきたところだった。先頭にいたのは、レンに焼き串を押し付けられた腹ペコ男、だった。
騒動は、拡大中。




