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街で噂の彼女達

 二人で寝室に戻り、身だしなみを整える。とはいえ、レンは、騎士団見習いの長衣と剣を身に着けて、ボクは、ポーチからポンチョを取り出して被るだけだけど。


 面接室で待っていたその人も、丸かった。


「おお。レオーネ姫! ご無事の帰還、心からお喜び申し上げます。この良き日に、姫の花のかんばせを拝することができ、恐悦至極にございます!」


 てかてかの顔に負けず劣らずの金糸銀糸で刺繍されまくった衣服を着せかけられている。ライバルを差し置いて一番乗りが出来た、と得意になっているのだろう。でも、十七というにはずいぶんと老け顔に見える。体型の所為だろうか。


「ありがとう。盗賊達も討伐できた。心配をかけたようだ」


「当然でございます。姫様にかすり傷ひとつあっても、私は胸がつぶれる思いです。本日は、討伐成功のお祝いに、こちらの品をお持ちしました。どうぞ、御召しくださいますよう」


 ハナ達が低く唸っているものだから、それ以上レンに近づくことができない。貴婦人へのご挨拶、手の甲へのキスもできない。そもそも、レンは手を差し出していない。

 丸い少年は、引きつりながら、笑顔を取り繕っている。


 ボクは、『音入』結界を使って、面会室に潜り込んでいた。ルベールさんも強引に引き込んでいる。

 求婚希望男に付いてきていた召使い達が、面会室のテーブルの上に広げたのは、真っ赤な生地の上に、これまた金糸銀糸でたっぷりと刺繍が施されたドレスだった。ちなみに、胸元がこれでもか!と大きく開いている。

 ハナ達がいなかったら、レンに着せかけるつもりだったに違いない。手つきがいやらしい。この、すけべ! 


「貴族女性が、異性から送られたドレスを受け取れば、婚約者として認められたと見なされます。さらに、それを着ることは、求婚を受け入れた、と思われます」


 ルベールさんが、こそっと教えてくれた。


「受け取らなきゃいいんだよね?」


「・・・口上が討伐成功祝い、ですので、断る理由が」


 こちらの心配を他所に、天然娘が反撃した。いや、本人にそのつもりはなかったと思う。絶対。


「美しいドレスだとは思うが、わたしには似合わない。それに、盗賊被害に逢った人達を差し置いて、このような高価なものは受け取れない。どうか、被害者への救済に当てて欲しい。卿のご友人方にも、そう伝えてもらいたい。

 ところで、わたしは、これから、叔父上の客人をもてなさなければならないのだ。叔父上からは、社交界への紹介は不要とも聞かされている。すまないが、今日は、これで引き取ってもらいたい。

 ああ。わざわざ挨拶に来てくれてありがとう。感謝する」


 そう言い置いて、返事も待たずに、さっさと、いや颯爽と面接室を出て行ってしまう。ボクらは、結界に隠れたまま、レンに引き続いて部屋を出た。


 後ろでは、ヴィラントさんが「それでは、お引き取りください」と慇懃に追い出しに掛かっていた。




 丸い少年との面会の後、彼が追いかけてくる前に、と、すぐさま離宮を出発した。

 ルベールさん達は、離宮で留守番するそうだ。人気の減った離宮に、物騒な代物が仕掛けられることを警戒しているようだ。レンの護衛は、マイトさんとボクに任せた、ということらしい。

 ツキとハナも、留守番組だ。本当は、ハナが付いてきたそうな顔をしていたけど。食いしん坊め。


「姫様ーっ。おかえりなさーい!」


「やあ。ただいま」


「怪我しなかったかい?」


「大丈夫だったぞ」


「姫様っ。これっ、焼きたてなんです。どうぞっ」


「ああ、いつもありがとう」


 レンとユキが連れ立って歩く。少し下がって、マイトさんと様子を見ながらついていく。


 とにかく、差し入れの数が半端ない。そして、食べる早さもただ者じゃない。


「すごい人気だね」


「街の巡回をしているときはいつもこんなもんだよ」


「で、いつもご相伴にあずかってる、と」


「そんなことはない! ちゃんと代金を払っているさ」


 両手が食べ物で塞がっている時点で、説得力が全くない。


「これじゃあ、離宮に居ても同じだったんじゃないの?」


 太鼓叩いて練り歩いているようなもんだ。ストーカー達が見逃すはずはない。すぐに居場所を突き止められてしまうだろう。


「食べ物が絡むと姫さんは強いよ」


 ん? どういうこと?


「よう、坊主。いいもん持ってるじゃねえか。俺様が味見してやるから寄越しな」


「は?」


「寄越せって言ってるんだよ。早くしねえか!」


 まともなハンターではないだろう。体は大きいが、それだけだ。武器の手入れもよくない。


「なんだ? お腹がすいているのか。ひもじいのはつらいものな。よくわかるぞ」


 そこに、レンが乱入してきた。こらこら、危ないって。


「な、んだ? てめえ・・・」


 声が尻すぼみに小さくなる。レンの後ろに、街の人達が揃っていた。特に、肉屋の親父さんと思われる人が、血まみれの包丁を握ってにやりと笑っている。解体の途中で飛び出して来たのか? 怖いわ。


「食べかけですまないが、これをやろう。うまいぞ?」


 目の前に突き出された炙り肉に誘われて、つい男の手が出る。


「お、おう。すまねえ」


「この串はな、肉の炙り具合が実にいい。冷めても硬くなりにくくて、下味もしっかり付いているから、噛み締めるほどにうまみが味わえる。気に入ったのなら、次は自分で買ってくれるとうれしい」


「お、おおう」


「それでは、わたし達は先を急ぐので、これで失礼する」


「・・・」


「さあ、行こうか」


 呆然と立ちすくむ男を置き去りに、にこやかにボクの手を引いて歩き出す。その時には、集まっていた人達も散っていた。素早い。


「な?」


 マイトさんが口や手を挟む間もなく、解決、もとい、うやむやにしてしまった。


「こういう方法って、ありなの?」


「怪我人も器物破損もないから、いいんじゃないか? 班長にも何も言われたことはないし」


「・・・きっと諦観しているだけだと思う」


 人的物的被害がないことは、喜ばしい。喜ぶべきことだとは思うが。

 巡回騎士が、買い食いならぬ貰い食いしまくるって、規律違反もいいところだ。これでは、書き取りさせている意味がない。


 ついでに言えば、さっきの男はボクを狙っていた。あれを口実に、攫っていって人目のないところで殺すつもりだった、と思う。いくらで買収されたのかは知らないが、殺気がだだ漏れだった。マイトさん達も、気が付いてないはずはないのに。


「なあに。あの程度のやつを捕まえたって、手柄にもなりゃしない。おれ達にまかせとけって」


「ボクは、さっさと街を出てしまった方がいいと思うんだ」


「ちょっと待った! 約束が違う!」


「離宮を出よう、という話しはしたけど、ギルドハウスに行くとは言ってない」


「そんなぁ。ロナ。頼むよぅ」


 さっきまでの頼りがいのあるお兄さんが、情けない三枚目に成り下がる。


「どうした? なんだ、まだ食べ終わっていないのか」


「「・・・」」


 天然って、怖い。




 あれから、数人、ちょっかいをかけてくる人達がいた。


 中には、


「ああっ。やっとあえたわ! ずっと探していたのよ?」


 と、迷子を捜す母親のふりをしてきた人もいた。抱きすくめて、そのまま攫うつもりだったようだが。


「知らないおばさんについていっちゃ駄目って言われてるんだ」


 という台詞と、ツキの一睨みでフリーズした。でもって、誘拐未遂犯として捕縛されていった。


 他にも、盗賊討伐の功労者を招きたい、とかいって、馬車を横付けしてきたり、水をぶちまけたお詫びとか言ってどこかに連れ込もうとしたり。


 馬車の方は、ギルドハウスが先約だから、と追い返し、水掛け男には、撥水ポンチョで被害無しだからといって、無視した。


「ロナは、人気者だな」


 レンが、感心したように言う。


「こういう人気の出方も、ぜんっぜんうれしくない」


 せっかくの露店料理が台無しじゃないか。ゆっくり味わう暇もない。


「なあ。騒ぎが嫌なら、ギルドハウスに行こうぜ」


「それも、嫌だ」


 誰が、あの毒舌老人と好んで会いたいと思うものか。


 ツキが、不安げにボクをチラ見する。こら、護衛中でしょ、中途半端なことをするんじゃない! 一睨みすると、一瞬身を震わせて、すぐに態度を改める。まったく。


「なんだ。まだ、こんなところにいたのか」


 私服のウォーゼンさんがやってきた。


「まだもなにも。離宮を追い出されて、街をぶらついているだけだよ」


「マイトから、伝言は聞かなかったのか?」


「行くとは答えてない」


 つーん!


「先ほど、王宮から嫌な情報が伝えられてきてな。ここではできない話だから」


「そういう話は、内輪でしてよ。ボクみたいな一般人には関係ないでしょ?」


「それが、・・・すまん。巻き込んだ」


「副団長?」


 レンが、不思議そうな顔をする。そりゃそうだろう。副騎士団長が、非番とはいえ一般人に頭を下げるなんて、あり得ない事態だ。


「とにかく、ギルドハウスに来て欲しい。頼む」


 ここは天下の往来。目立つことおびただしい訳で。・・・諦めて、ギルドハウスに向かった。


「マイト。ナーナシロナ殿を無事に案内できなかったからな。金虎殿の世話をするように」


「え、ええ? だって、ロナは、来てくれたじゃないですか!」


 マイトさんが必死に反論する。


「俺が来なかったら、まだ、向かってもいなかっただろうが」


「か、かかか、勘弁してください。いくら副団長の命令でも、そればかりは!」


「金虎殿の指名だ。よろしく頼むぞ」


 茹で肉を持たせた時点で目をつけられたようだ。多分、玩具にするつもりだろう。確かに、からかい甲斐がある。まあ、死にはしないから、頑張って。


「マイトはいいな♪」


「だったら、姫さんが代わってくれよ!」


「わたしには賢狼殿の世話がある。金虎殿にまで手が回らないんだ」


「ああああっ」




 ギルドハウスに入る前にも、一悶着あった。


「てめえぇ! 小僧、わざとぶつかりやがったな!」


 あまりにもありきたりな口実にため息が出る。実際には、ぶつかってもいない。


「おじさんはそういう趣味なの?」


「・・・どういう意味だ?」


「子供にぶたれて、ちがった、ぶつかって喜ぶ変態さん」


「てめえっ!」


 今度こそ、剣を抜いて切り掛かってきた。でもさ、ここ、ギルドハウスの正面なんだけど。いい度胸してるわ。

 とはいえ、こういうくだらない輩とだらだら相手する気はない。


 まっすぐに突撃した。軽く腰を落として。正義の鉄拳、受けてみろ!


「おごおっ」


 つまらぬものを殴ってしまった。気色悪い。


 男は、内股になって、剣を取り落とす。前のめりに倒れたまま、起き上がってこなかった。


「暴行未遂の現行犯。ボクのは正当防衛。間違ってる?」


 見物人が、そろって首を横に振る。素直でよろしい。


 我に返った兵士さんが、手早く縄をかけて連れて行った。尋問できるのは、いつだろう。ちょっとやりすぎたかな?


 ギルドハウスのホールに入った。ここは変わってないな。


「いらっしゃいませ」


 受付のお姉さん達も変わっていない。相変わらず美人だ。


「ギルド顧問に招かれている客人だ。案内を頼む」


 ウォーゼンさんの紹介に、うなずいた。


 そして、ぞろぞろと顧問室に向かう。この部屋も変わっていない。


「遅かったじゃねえか!」


 ヴァンさんがふんぞり返って待ち構えていた。


「だれが、すすんでおじーさんに会いにきたがるって?」


「こんの!」


「二人ともそれまで!」


 ウォーゼンさんが、慌てて間に入ってきた。


「今はそれどころじゃない。ナーナシロナ殿には、本当に申し訳ない」


 部屋にいたミハエルさんが、深々と頭を下げた。


「叔父上? ロナに、なにがあったというんですか?」


「手っ取り早く言えば、隠し子疑惑だ」


 ヴァンさんが、苦虫を口一杯にかみつぶしたような顔をして言った。


「「「は?」」」


「本来なら、マイトは知る必要もないのだが、よくレオーネと行動を共にしている。他言無用だぞ?」


 ウォーゼンさんの脅しに、びくつきながらもうなずくマイトさん。


「普段、女っ気のないミハエル殿下がよ、真っ先に保証人に名乗りを上げたってんで、他所の国で生ませた子供を引き取った、って話が膨らんじまったらしい」


「は、はあっ?!」


「もしかして、街中でのあれやこれやって」


 マイトさんが、げっそりとした顔で確認を取る。


「そうだ。殿下直々に迎えにいくくらいだから、人質に使えるだろう。と」


「王宮からの正式な広報はされていなくても、レオーネをそばに付けているなら、認知されているはずだ。とはいえ、ろくな護衛は付いていない。今のうちに手なずけて、おこぼれをかっさらおう。と考えた輩もいる、らしい」


 ウォーゼンさんとミハエルさんが、すまなそうな顔をして小さくなっている。


「・・・で?」


「で、って。お、坊主には説明しとかねえと、あぶねえと思ってよ」


 ヴァンさんが、ぼそぼそと言い訳を口にする。


「その、欲張りさん達の、面は、判ってるのかな?」


「う、あ、き、ギルドハウス前の一件を除けば、今日捕まえた連中から聞き出してある。そ、れを、聞いてどうするのだ?」


 ウォーゼンさんは、顔は落ち着いているように見えるけど、声が詰まっている。


「ロナ。顔が恐いぞ」


「何もしていないのに、こんな騒動に巻き込まれて。ニコニコ笑っていられる方がおかしい」


「それは、そうだが。ロナは、笑っている方がかわいい」


 今はそういう話をしている場合じゃないでしょうが!


「なあ、坊主。そいつらの正体を知って、何する気だ?」


「拳で話し合ってくる」


「「「まてまてまてーっ!」」」


 ヴァンさんだけじゃなく、ミハエルさんとマイトさんまで絶叫した。


「別の都市から来ている者もいたんだ! 彼らに手を出せば、国際問題になる!」


 ウォーゼンさんが慌てふためく。


「ただの、風来坊が勝手に暴れるだけだもん。とにかく、無関係だって、徹底的に説明してくる」


 話が広がるにしても、早すぎる。出所を教えてもらえば、元凶を締め上げて終わりにできる。


「おめえが出張る必要はねえって!」


「王宮で対応するまでの間だけ、我慢しててくれ!」


「ロナが、危ないことをする必要はない!」


 レンも、引き止め組に加わってしまった。一番、危ないのはレンの命なんだけど?


「他人任せで解決してもらおうとは思ってない。どこの誰なのか全部教えて」


 人手はいくらあってもいいはずだ。これくらいの火の粉は自分で払ってやる。ええ、やりますとも。


「いやいやいや。ここは是非とも、ローデン王宮と騎士団に預けて欲しい」


「本人が無実、ちがった無関係だって言った方が、説得力あるでしょ」


「いやいやいや! だいたい、だいたいだ。そいつらのところにどうやって入り込む気だ?」


 ヴァンさんが、もっともな疑問を口にする。


「噂を逆手に取って、「ミハエル父上から、ご挨拶に行くよう、言いつかってきました」とか、言えば、ほいほい招き入れてくれるよ?」


「やめてくれ! ください!」


 ミハエルさんが、半泣きになっている。ウォーゼンさんも真っ青だ。

 あ、そうか。コンスカンタでの追いかけっこの顛末を知ってるもんね。でも、魔術じゃなくて、物理的に会話しようと言ったじゃないの。


 全く、問題はないよね。

 隠し子、ですか。なんで、そんな設定が出てきたんでしょう。我ながら不思議です。

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