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人気者はつらいよ

 今日は散々だった。


 らしくもなく大泣きしてしまった。


 ペルラさんの仰天自殺未遂のおかげで、気持ちは切り替えられたけど、疲労感まではなくせない。

 ガーブリアの保養地が復旧したようだし、王宮の用件が片付いたら、温泉三昧しにいこう。


 今日は、離宮の浴室を使わせてもらう。




「はふぅ」


 浴槽に、縄茶を浮かべた。うん。予想したよりもさっぱりする。日本では、緑茶風の入浴剤もあったことだし、問題ない。


 双葉さんは、脱衣所でウェストポーチの見張りをしている。残る三本は、一緒に入浴中。濃緑色の細いひもが、お湯の中をうねうねと泳ぎ回っている。・・・四十度ぐらいあるんだけど、なんで、平気なのさ。


「こういうのも、いいな」


 ボクだけじゃない。レンも、ハナ達も浸かっている。ハナ達は、浴槽に入る前に、全身泡だらけにして洗った。嫌がりもしない。ツキは、浴槽の縁に頭を乗っけて、ご機嫌だ。魔獣の好みも、どこか、変。


 浴槽の湯は、備え付けの魔道具で注ぎ足している。ボクの術具、『噴湯』とは違って、適温で出したり止めたりができる。今度、自分用も作ろう。


 それはさておき。


 普通は、浴槽に水を張っておいて、それを加温するものらしい。そもそも、浴槽を備えた浴室は、貴族の館や高級旅館にしか作られない。

 ギルドハウスや騎士団の宿舎にあるのは、水の出るシャワーだけ。これも、一般家庭にはまずない。湿らせた布で体を拭うか、集落近くの川で洗濯ついでに洗うのだそうだ。

 石鹸で全身を洗うなんてことは、贅沢中の贅沢。獣脂は、すべてランプの灯に使われる。なので、入手し辛いそれ以外の材料から作られる石鹸は、作られる量も少なく嗜好品扱いされている。


「肌はすべすべになるし、体中が暖まる。ロナ。この石鹸もいい香りがする」


 縄茶にするには硬すぎる部分を、粉末にして混ぜ込んだのだ。スクラブ石鹸みたい。だから、洗顔にも向いている。


「そう? 気に入ったのなら、置いていくよ」


「置いていくって、どこかに行ってしまうのか?」


 レンが、不安げにこちらを向いた。出会ってすぐの頃の相棒達を思い出す。って、相手は人。言い聞かせれば、理解するはず!


「あのねぇ。ボクの家はここじゃないの。師匠、今から帰って、ちゃんと工房に入れてくれるかな」


「そのときは王宮で暮らせばいい!」


「師匠には、まだ教えてもらいたいことが沢山あるんだって」


 手持ちの魔道具に、問題点が山ほど出てきてしまったのだ。早く、改良したい。


「・・・ロナ。わたしよりも師匠の方がいいのか?」


 こらこらこら! なんて台詞を口にするんだ、この天然娘は。


「師匠は師匠。レンはレン、でしょ? そういうレンこそ、王様と賢狼樣とどっちが好きなのさ」


「父上も賢狼殿も大好きだ!」


「そういうこと」


 納得してくれたかな?


「でも、でもでも。わたしはもっとロナと一緒に居たい」


 ひよこか!


「あのさぁ、レン。十五にもなって、それはないんじゃない?」


 恋人同士じゃあるまいし。


 ぐずるレンをなだめすかし、のぼせる前に浴室から引きずり出した。


 お姫様は、風呂上がりも一人でできるようだが、セミロングの髪の毛はなかなか乾かない。ハナ達の全身を布で拭き取って乾かすのも一苦労だ。

 そして、ボクは疲れ切っている。


「これも内緒だよ」


 『温風』の杖を使って、全員一気に乾かした。


「ふぁ。髪の毛まで乾いたぞ」


「賢狼樣も、ふかふかだよ」


「本当だ。うわあ」


 女性は、もふもふも好き。


「ほら、ベッドで抱きつけばいいじゃん。行くよ?」


「うん!」


 つやつやふかふかになったハナ達が、足取りも軽く廊下を進む。


「先に寝室に行ってて」


「わかった」


 控え室にいって、ルベールさんとヴィラントさんに声をかけた。


「お風呂、ありがとうございました。お湯は、まだ、いれたままだけど」


「かしこまりました。私どもで片付けておきます」


「よかったら、残り湯を使って? 石鹸も」


 二人とも慌てふためいた。


「そんな。出来ません!」


 この離宮には、職員向けの浴室はない。でもって、二人とも一昨日から離宮に詰めっぱなしだ。だいぶ疲れているだろう。ゲスト用の風呂だろうがなんだろうが、使える物は何でも使って、少しでも楽になってもらいたい。


「って、せっけん、ですか?」


「お湯に、香りを付けてみた。石鹸の使い勝手の感想も聞きたいから。お願い」


 ついでに、市場リサーチは出来る時にやっておきたい。女性に受ける香りでも、男性は苦手、ということがあるからね。そのときは、添加物なしにするだけだけど。

 自分で売り出すつもりはない。でも、使える機会は、とことん使う。


 客人の「お願い」でごり押しし、明日の朝、忌憚ない感想を聞かせてもらうことになった。




 翌朝、男っぷりの上がった二人に絶賛された。髪の毛はつやつや、顔は一皮むけた感じで、笑顔の輝きが二割ほど増量している。まぶしい。


「とにかく、目覚めが良いのです」


「疲れも吹き飛びました」


「匂いで気持ち悪くなったとか、皮膚に違和感があるとかはない?」


「「まったく、問題ございません」」


 体に害のあるものは入れてないはずだけど、ちょっとは心配していた。これで、一安心。


「そうだ。服を洗うのにも使えるから。そっちも試してみてもらえる?」


「かしこまりました」


 しかし、サンプル数、三、じゃ、まだまだ足りないなぁ。


「ロナ。おはよう!」


 今朝も元気いっぱいだ。・・・いつまで持つかな。


 朝ご飯は、パンケーキとスープにハムサラダ。


「残り少なくなってしまいましたね」


 ルベールさんが、ハムサラダを見ながら、ものすっごく残念そうに言う。


「そ、そうなのか? 困ったな。いや、その」


 ジト目で睨むと、レンが慌てる。


「ボクが作ってる方がおかしいの。変なの!」


「でも。わたしはロナの手料理が食べたい!」


「ボクは、街の料理が食べたい」


 味付けのヒントが欲しいんだい。


「そういうことなら、今日はおれが街を案内するよ!」


 早朝から、ちゃっかり上がり込んでいたマイトさんが、嬉々として誘ってくる。


「残念ですけど、本気で残念ですけど! そういうことでしたら、今夜から料理人を派遣することにいたしますわ」


 ペルラさんまで来ている。仕事はどうした!


「女官長様、どなたを寄越されるのですか?」


 ルベールさんが、慎重に質問する。レンの毒殺未遂犯が全員捕まった訳ではないから、用心しているのだろう。

 でもさ、ハナ達が居るんだし、ここで手を下せば、一発でお縄頂戴になる。それとも、ルベールさん達に濡れ衣を着せるかな?


「それが、料理長がリベンジ、おほん、立候補しておりますの」


 ルベールさんとヴィラントさんは、大いに納得顔をした。って、ますますよくない!


「料理長さんなんでしょ? 厨房の一番責任者だよね? 王様や王妃様達のご飯はどうするのさ!」


「夜会でもない限り、王妃様が手作りしていらっしゃいますから」


「陛下を巻き添えにして毒殺するような度胸のある者は、今のところ一人も出ておりません」


「王妃様、王太子殿下側付きの者は、女官長様、宰相様に厳しく吟味されておりますし、問題はないでしょう」


「料理長様は、それはそれはレオーネ様のことを気にかけているのですわ」


 王宮組が、立て続けに知りたくもない理由を教えてくれる。王妃様サイトは、なかなか隙が見つからない、だからレンが狙われていた、と。なんだかなぁ。


 それはともかく。


「ボクは貴族でもないんだよ? 料理長さん自ら包丁を取るって、おかしいでしょ!」


「ミハエル様のお客様ですわよ? それに、レオーネ様がいらっしゃるのに、彼が今まで出しゃばって、ごほん、押し掛けてこなかった方が不思議ですわ」


 なんなんだ、それは。そういうことは、ボクの居ない時にやって欲しい。これ以上、付合ってられるか!


「盗賊退治の話も終わったし、王様への挨拶もすんだ。だから、ボク、帰る」


「あ、そうだ。ロナ。ギルド顧問から伝言があったんだ。「一度、顔出せや」、だってさ」


 マイトさんが唐突に口を挟んだ。器用にも、ヴァンさんの口調を真似ている。


「行かない! そう返事しておいてよ」


「まあ、そう硬いこと言うなって。ほら、街道での焼き肉のお礼もしたいしさ」


「ベペルを差し入れてくれたじゃん」


「いやいやいや。まさか、調理して返してくるとは思ってなかったんだ。うまかったよなぁ、あれ」


「また作れって言われても、もうやらないからね!」


「だからさ。街に食べにいこうよ」


「それと、ギルドに行く話は関係ないでしょ」


「散歩のついでで、ちょろっと顔を出せばいいだろ?」


 しつこく食い下がるマイトさん。怪しい。


「・・・とーちゃん。何で釣られたのさ」


「え? いや、あの、それはさ」


 マイトさんが、あたふたし始めた。


「マイト。まさか、わたしをのけ者にする気か?」


 レンの食欲センサーにも何か引っ掛かったらしい。


「早く答えた方が身のためですわよ?」


 木の盆を振り上げたペルラさんが、にこやかに恫喝する。


 トレントのトレイは、ペルラさんが持っていってしまっていた。気に入ったのはいいんだけど、持ち歩くのはどうかと思う。でもって、武器代わりに振り回すのって、使い方を間違えてるでしょ。


「降参! かささぎ亭のランチコースを奢ってもらうことになってる。それも、成功報酬なんだ。頼む、協力してくれ!」


「かささぎ亭か。最近評判の食堂だな」


 なんでレンが知ってるの。


「っと、ナーナシロナ様。すぐにお帰りになることはありませんわ。まだ、ご相談したいことがありますし」


 我に返ったペルラさんが、あわてて言い募る。


「ボクは、女官長さんの相談に乗れるほど偉くない。頑張ってね」


 宝物庫に裁縫道具がばらまかれることを祈っててあげよう。虫布は、もともとあるはずのない素材だったんだから、それでドレスが作れなくなったとしても、それはそれで元通り、なんだし。


「そのようなことはございませんわ! どうか、お願いいたします」


 ぺこぺこするペルラさんを見て、侍従さん達が目を白黒させている。


「そうなんだ。ロナは、すごく頼りになるんだ」


「レンが威張るところじゃないでしょ」


「友達自慢をして、どこがいけないんだ?」


 レンと話をしていると、頻繁に、ものすごく疲れる。


「そうそう、あのサイクロプスのことで話があるんだってさ。何が何でも連れてきてくれって。頼むよ」


「ボクが行かなかった時、とーちゃんは、どうなるの?」


「ロナ〜。その呼び名も勘弁して!

 それがさ、おれ一人でギルドハウスに戻ったときは、あの金虎さまのお世話、食事とかブラシ掛けもするように言われてるんだ」


「親しくなれるいい機会じゃん。頑張ってね」


「無理無理無理!」


「だいたい、騎士団員でしょ? いくらギルド顧問との約束だからって、無理強いは出来ないんじゃないの?」


「それが。その場に副団長がいてさ、許可されちゃった」


「団命?」


「そういうこと。

 いやほんと、そこまで言うつもりはなかったんだ。おれが知っていればいいだけだったんだから。でもさ、てっきり来てくれると思ってたのに、帰るなんて言いだすし。いや、師匠さんのところには返すよ? でも、その前にお礼ぐらいさせてくれてもいいじゃないか。な?」


 両手をすりあわせて拝むマイトさん。


 コンコンコン。


 いや、ゴンゴンゴン、だ。扉が壊れそうな勢いでノックしている。


 ヴィラントさんが対応に向かった。


「そこの騎士団員はどうでもよろしいのです。このとおり、わたくしからお願いいたします。今しばらく、ご滞在くださいますよう」


「女官長様! どうでも良くないです!」


「ナーナシロナ様のおっしゃる通り、金虎様とお近づきになれるのですから、大出世ではありませんか」


「出世とかそういう話じゃなくて!」


 ペルラさんとマイトさんが掛け合い漫才をしているところに、ヴィラントさんが戻ってきた。


「失礼いたします。クレール卿が、レオーネ様にご面会に来ておられます。いかがなさいますか?」


「誰だったかな?」


 ちょびっとだけ、そのクレール卿とやらに同情する。


「レオーネ様。社交界の人名だけでも覚えてくださいましと、あれほど申し上げましたのに」


「だが、まともに会話にならない相手のことは、記憶に残らないんだ」


 ペルラさんが、それはそれは残念そうなため息をつく。


「ええと、聞いてもいいのかな。そのクレさん、は、どんな人?」


「クレール・モラール卿、です。レオーネ様の二つ年上で、その、求婚者のお一人でいらっしゃいます」


 ルベールさんが教えてくれた。でも、良い印象は持っていないようだ。口調の素っ気ないこと!


「わたしにその気はないと、何度も答えているんだが、なかなか分かってもらえなくてな」


「(宝物狙いの一族の一員でもありますの)」


 ペルラさんが、そっとボクに囁く。レンと結婚して、持参金代わりに聖者の宝をよこせ、かな?


「ミハエルさんもレンも、大変だね」


「全くでございます。それはそうと、今日は離宮にいらっしゃらない方がよろしいかと存じます。彼が来たとなれば、他のしつこい方々も押し寄せてくるでしょうから」


「今日だけじゃないでしょ?」


「・・・そのときは、騎士団宿舎にお預けします」


 そうか。騎士団への参加は、レンが希望したこともあるけど、虫除けの意味もあったんだ。


「見つからないように、こっそり出ようか」


「うん? 挨拶して、引き取ってもらえばいいだろう?」


 レン。素直なのもいいけどね?


 わわん!


 きりりとした顔つきで、レンの側にユキが立つ。君達の威嚇があってもさ、一度でも顔を合わせると、諦めてくれにくいんだよ?


「ひとまず、ギルドハウスに向かってくださいまし。夕方までに、使いを向かわせますわ」


「ボク、帰っちゃ駄目?」


「なにとぞ。ご助力を」


 ペルラさんが、真面目な顔でお願いしてくる。まだ、油断は出来ないってことか。ボクが居ることで、レンの命が助かるって言うのなら。でも。


「貸しは高く付くよ?」


「・・・ハイ」


 微笑もうとして、失敗していた。ペルラさんの方頬がひくついている。ふん。

 レオーネは、王族とは思えない気さくさで分け隔てなく話をするので、使用人達にも騎士団員にも、とても好かれています。ただし、ごく一部の身分至上主義者を除きます。また、持参金狙いの人達には、ただの駒にしか見られてません。

 良くも悪くも注目の的、だったりします。

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