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切れないハサミ

 マイトさんは、お土産のハムを持ち帰るのも忘れて、ブランデさんと出ていった。食い意地を上回る熱血ぶりに、どこまで暴走するか心配になる。余計な騒ぎを起こさなきゃいいけど。


 気分転換に、お茶を入れることにした。お茶請けは、昨日のケーキ。


「ロナっ。わたしは、頑張ったんだ。頑張っているんだ」


 しょぼくれまくった大型犬が一匹、もといお姫様が一人。涙目になって、必死に努力したことをアピールしている。


「ちゃんとあげるって」


 午後の書き取り分を見せてもらうと、所々に崩れかけの文字があった。気が緩みそうになった瞬間に、教育的指導が入ったのだろう。たぶん、ツキの仕業だ。ハナは、どちらかと言えば一緒に騒ぎそうな気がする。


「はい。この後も監視役をよろしくね」


 わふっ


 ケーキを一切れずつ渡した。


「賢狼殿が手からお食べになるとは」


「そうなの?」


「気に入らない人からは、どれほど上等の肉でも見向きもされません。そもそも、近付くことすら出来ません」


「あれ? 聖者様がいなくなってから、何をどうやって食べてたのかな?」


「さあ。それは我々にも判りません」


「賢狼殿ですから」


 どこかでも聞いたような台詞だな。その一言でまとめられるって、どうなの。


「こ、この甘味は変わった味だな」


 レンが、わざとらしく話題を変えようとする。でもって、真っ先にハナが視線をそらした。例の買い食い? ま、いいけどね。


「お酒をいっぱい使っているんだ」


「砂糖とお酒の組み合わせ、ですか」


「宰相様が好まれそうなお味です」


 蜂蜜酒を増やそうかな。


「酒か。ヘンメルにはまだ早いな」


 このケーキには、かなり度数の高い酒を使っている。早いって言うからには、王子さまは十四歳以下なんだ。


「ヘンメル様が、どうなさいました?」


 ルベールさんが、レンに質問する。


「ほら。もうじき誕生日じゃないか。なにか贈り物をしたいと思ったんだ」


「ナーナシロナ様のお料理を、ですか?」


「うん。あの子だけ食べられないのはかわいそうだ」


「ちょっと。ボクは料理人じゃない。だいたい、レンが毒味もさせずに食べてることの方がおかしい」


「そうか? 賢狼殿は何も言わないし、問題ないだろう?」


 大いに問題でしょうに。


「そうですね」


「おかしくありません」


「いやいやいや。ルベールさん、ヴィラントさん、そこ、おかしいって」


 ニコニコ笑って、答えない。


「この王宮、絶対に変!」


「そうか?」


「そうでしょうか」


 この主従も、相当、変。




 ケーキを食べ終わったレンを寝室に追い返す。


「ナーナシロナ様。本宮から、足りない食材を手配して参ります。本日の夕餉は何になさいますか?」


 ボクが作ることが前提、もとい決定らしい。料理人じゃないって言ってるのに!


 諦めて、根菜類をいくつかと、ワインをお願いした。

 この世界では、ぶどうの栽培地域が限られている。そのため、蒸留酒よりも高価なのだ。嫌がらせ半分、ダメ元半分のお願いだったんだけど。


「・・・これ、ものすごーく、いいお酒、だよね?」


「レオーネ様が絶賛する料理を作られると聞いて、料理長がナーナシロナ様のお料理のご相伴を賜りたいと申しておりました」


「賄賂? 付け届け?」


「さあ。料理長の私物だそうです。ご返答はいかがなさいますか?」


「料理長さん、なんだから、王様のごはんを作らなきゃならないでしょ」


「本日は、非番だそうです」


 待ち構えていたとしか思えない。


「・・・夕食時に、離宮に来てくださいって、伝えて」


「かしこまりました」


 本当にね? ボク、今日はとっても疲れてるんだけど!!




 どういうわけか、料理長さんとペルラさんが連れ立ってやってきた。


「お招きに預かりました。コトットと申します。どうぞ、よしなに」


 料理長さんは、眼光鋭い頑固職人さんだった。口調は丁寧、だけど「つまらねえものを喰わせるようだったら、ただじゃおかねえ!」オーラが、びしばし飛んでくる。


「夜分に申し訳ありませんわ。彼を紹介するのに適当な者がいなかったものですから。それと、ナーナシロナ様に急ぎご相談がありまして、こうして伺いましたの」


 とか言って、ペルラさんは食べる気満々だ。多めに作っておいてよかった。


「うぅ。ロナ。わたし、頑張った」


「あーよしよし。頑張ったんだね」


 レンは、半日で、げっそりと疲れ果てている。


「姫様、お体の具合でも悪いのですか?」


 てめえ、姫様になにしやがった! と、目で威嚇してくる。これまた暑苦しいおじさんだなぁ。


「書き取りが、終わらないんだ。全然減っているように見えない。白い紙が、こう、湧いてくるような」


「は?」


 レンの説明に、毒気を抜かれたらしい。


 その隙に、食卓を整える。


「品数はないけど量はあるから、たくさん食べて」


「では、頂きます」


 コトットさんが、真っ赤なスープを、一口。


 太い眉が、ぐぐっと持ち上がった。それからは、黙ってぱくついている。


 ペルラさんは、夢中で食べている。


「昼のスープとは、どこが違うのでしょうか」


 ルベールさんが、質問してきた。


 材料はほとんど変わらない。ただ、ビーツもどきを追加して、ボルシチ風に仕上げてみた。


 ゆでたもも肉なので、味がしみるかどうか微妙だったけど、弱火で煮込んだおかげでそれほど違和感はない。野菜は、大きめサイズにしたから、食べ応えは十分ある、と思う。

 隠し味に、例のワインを少々。


「ロナぁ。美味しい、美味しいよう」


 書き取りで疲れた心に、たっぷりと染み渡ったらしい。半泣きになっている。


「それはよかった」


 ボクの疲れた体も、ほっと暖まる。


 付け合わせには、ポテトサラダを。小さく刻んだあばら肉を、脂が出るまでしっかり炒めて混ぜ込んだ。他の味付けは無し。


 全員が、おかわりして食べた。


 食後の香茶は、ペルラさんが淹れてくれた。


「ナーナシロナ様は、どちらで料理を学ばれたのですかな?」


「工房の師匠から簡単に教わって、それからは自己流」


 コトットさんの質問には、そう答える。大筋では間違いはない。


「ううむ」


 料理の基礎は、日本で母や義姉さんに教わった。でも、こちらに来て、最初は途方に暮れた。ガスコンロも電子レンジも、スーパーもコンビニもない。


 調味料になる物から探し始めて、採れた肉を手を替え品を替え、飽きないように食べられるよう工夫してきた。グロボア一頭分なんか、そう簡単に食べきれないっての。

 最近は、少々時間経過しても保存が利く料理も作っている。そうしておかないと、ウェストポーチに入れておけない。


「ロナは、本当に凄いんだ。それに比べて、わたしは、書き取りも満足に出来ないなんて」


「レンは、もう少し努力しようね」


「・・・うん」


 素直にうなずくレンを見て、料理長さんが驚いている。


「レオーネ様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「なぜ、ナーナシロナ殿の言いつけ、ごほん、おっしゃることをお認めになるのですか?」


「あ。うーん」


 そこ、悩むところ? 正直に、食い気に負けた、と答えればいいのに。


「脅迫されていらっしゃるとか、何か質に取られているとか」


「ちょ、ちょっと、料理長!」


 ペルラさんの方が慌てている。いや。この場合、王宮の職員としては、料理長さんの態度の方が本来あるべき姿勢だと思う。


「そういうことはない。

 ロナと話をするようになって、いや、ロナの話を聞いていると、わたしは、まだまだ至らない、そう思えるようになったんだ。それに、ロナは、ただのわたしに話しかけてくれる。わたしの話も聞いてくれる。だから、ロナの話はちゃんと聞いておきたい。

 どこかおかしいだろうか」


「もう少し、警戒するべきだと思うけど?」


「ロナのどこを怪しめというんだ?」


「全部」


「自分でそういう人が怪しいはずはない!」


 コトットさんは、鼻息荒く断言するレンと、肩を落としてため息をつくボクを交互に見ている。


「女官長殿?」


「なんでしょう」


「この場合、どちらが正しいのでしょうか」


「・・・さあ」


 ペルラさん、なんで即答してくれないの?


 コトットさんは、ボクのことを認めてやらなくもない、的な台詞を残して、帰っていった。そのあと、厳しい態度を崩さなかった理由を、ペルラさんが教えてくれた。


 レンが離宮に入り浸る間、正規の料理人ではないルベールさん達が食事を作っているのが気に入らないらしい。更に、王弟の客人とはいえ、どこの誰とも判らない人物の料理を王族が喜んでいると聞いて、黙っていられなくなった。でも、離宮での夕食時の様子を見て、味を確かめて、渋々納得、いや我慢することにしたようだ。


「精魂注いで作った料理が毎日のように残されていましたから。王宮料理長としての自負が崩れそうになっておりましたの」


「無理もない」


「余計な一手間を加えていた者達は、すでにお仕置き済みですわ」


「それなら、ボクのところじゃなくて、その人達にぶちまければいいのに。とばっちりは、もうたくさん!」


「・・・申し訳ございません」




 食後、侍従さん達は後片付けと戸締まりに向かい、レンはまた書き取りをするために先に寝室に戻った。


「それで、相談って?」


 小さな応接室で、ペルラさんと話をすることにした。


 手提げ袋の中から取り出されたのは、ぼろぼろになった裁ちバサミ。


 これって、デジャヴ?


「早速、裁断に取りかかろうとしたのですが、この有様で。ナーナシロナ様は、ご自分で仕立てていらっしゃいますよね?」


「うん」


 侍従さん達が居ないのを確認して、腕輪から裁縫箱を取り出す。


「あの、これだけ、でしょうか?」


「うん。これしかない。けど、どうしたの?」


 以前の感覚を覚えていて、すぐに作れたから、試作品はない。


「作る物がモノですし、時間もありませんので、人手が必要ですの。ですが、これでは針もハサミも足りませんわ」


「ドレスって、そんなに手間暇掛かるんだ」


「一年以上掛けて作ることもありましてよ」


「うわぁ」


「なんとかなりませんか?」


 ペルラさんが、必死に懇願してくる。いやいやいや、ここでほだされたら、また面倒事になる。


「裁縫道具は、ロックアントで作ったんだ。それを見本にして、工兵隊の魔導炉で作ってもらえない?」


「あそこは、武器防具の製作は出来ても、このような繊細な品物が作れるとは思えません」


「ペルラさんが、自分で作る」


「わたくしは魔術師ですの。術具はともかく、魔獣素材をこのように加工することは出来ませんわ」


「じゃあ。街の職人さんに頼むとか」


「依頼する理由を根掘り葉掘り訊かれませんか? なぜ、この素材で裁縫道具を作ることになったのかとか、何に使うのかとか」


「それは困る。でも、道具がないとドレスも作れないよね。諦めたら?」


 うん。それが一番手っ取り早い。


「そんな! わたくしの最後のご奉公ですのに。なんとか、どうかお力添えを!」


「そうはいっても、素材はともかく、道具を作る場所がないよ」


「削り出して作るのではないのですか?」


「魔導炉に突っ込んで、一気に圧縮成形」


「それで魔導炉とか職人とおっしゃっていたのですね。でしたら、工兵隊のものをお借りして、ナーナシロナ様に加工していただくことはできませんか?」


「うーん。魔導炉は一つ一つくせがあるんだ。借りた炉できちんとした物が作れるよう慣れるには時間がかかる」


「ご自分のものをお持ちなのですか?」


「隠れ家にあるよ。帰って作ってローデンにまた来て、で、一月ぐらい?」


 流石に、亜空間に収納して持ち歩いてます、とは言えない。あれは、工房に据え付けて使う物だから。ポータブル魔導炉の開発を望む。・・・そういえば、街道の補修をするときって、どうやっているんだろう。


「間に合いませんわ! 仕事の引き継ぎの合間に作るので、今からでもぎりぎりですのよ?」


 おおう。こっちの話が先だった。


「んー。あとはフェンさんのところかな? 一式持っているはずだよ。所有している理由は聞かないであげて」


「アンゼリカ様のご息女ですね。よかった、と言いたいところですが」


 名前だけで、係累が判るって、なんで? まあ、アンゼリカさんの身内だし、王宮でもマークしてたのだろう。でも、


「え? 怪我? 病気? それとも火事が出たとか」


「いえ。工房の職員を引き連れて、「森の子馬亭」の皆様と共に、ガーブリアへ保養旅行に出ておりますの」


「・・・なんでそういう話を知っているの?」


「ご出発前に、アンゼリカ様よりご連絡を頂きました。不在の際に、なにかありましたらよろしく、と」


 八方塞がりじゃん。


「何か、何か方法はございませんか?」


 ペルラさんが、取り縋ってくる。


 そうは言われても。王宮内で結界使って自前の魔力で作ったら、それはそれで、ペルラさんの追求が怖い。魔術は使えないって、明言してきちゃったからね。

 それに、この人、宰相さんに負けず劣らずのタヌキだから、与える情報は少ないに越したことはない。


 もうちょっと、作っておけばよかったかな。でもねえ。使わない物を保管しておくのも、亜空間の無駄遣いだし。


 ・・・あれ?


「あの、ナーナシロナ様?」


「あるかも」


「どこでございますか? 三日以内に手に入れることは出来ますか?!」


「あー、うん。「聖遺品」だっけ? アレの中にある、かもしれない」


「・・・」


「拾われてきたカードの方に残っているといいんだけど」


「・・・」


「ペルラさん?」


「は、はいっ。少々お時間頂けますか? 陛下とご相談して参ります」


「宝物庫の特別区、だっけ」


「ええ。理由もなく入りましたら、それも下衆の勘繰りをされる可能性がありますの」


「ボクが一緒に行くのが目撃されたら」


「え、ええ。よろしくありませんわね」


「やっぱり、ドレス、諦めたら?」


「そんなっ! あの美しい生地をふんだんに使ったドレスを纏われた王妃様を目にするまでは死んでも死にきれません!」


 血走った目で言い切るペルラさん。怖いって。

 会話ばかりでなかなか進みません。

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