会議は踊る 準備編
【遮音】結界が解除された。宰相が、侍従の一人に、小さな客人を離宮に案内するよう指示する。
「今暫く、陛下方とお話しする。先ほどと同じく、中から合図があるまでは誰も入らないように」
「かしこまりました」
再び閉じられた部屋の中で、
「黒助よう。あいつに付いていかねえでいいのか?」
みゃん
ミハエルの腰を大きな前脚で軽く叩く。
「そうか」
「ヴァン殿?」
「まだ油断は出来ねえってこった。暫くお守りされてろ」
「・・・金虎殿、よろしくお願いする」
みゃっ
「誠に、あの方には頭が上げられません」
「本当に」
「わたくしなど、あれ程ご迷惑をお掛けしましたのに、図々しいお願いにも快く応じてくださいました」
「お嬢は相変わらずだよな」
「あー、ヴァン殿? あの方の居ないところでも、そうお呼びするのはやめた方がいい、と思う」
ウォーゼンの指摘に、軽く手を挙げて了解の意を示した。
「そうだな。どこで誰が聞いてるか判んねえし」
「ところで、あの方、いえ、ナーナシロナ殿のご厚意に報いるためにも、何としても素性を誤摩化す手立てを考えませんと」
宰相が、彼女の「お願い」を実現するための具体案を出すよう促す。
「あいつのことはいいんじゃねえか? 自前でいろいろでっち上げていたようだし。持ってきた物の出所が判んなきゃいいんだろ?」
「ですが、いずれ注目されるかと」
「そりゃそうだが」
試作品と称して見せられた魔道具は、王宮所有の一級品にも匹敵する性能だった。世間に出回るようになれば、各方面からの熱い視線が集まることになる。
その上、目立ちたくないといいながら、あれこれ世話を焼くあの人柄では、そのうち厄介事が雨霰と降り掛かってくる、と、その場にいる誰もが思った。
「ただの平民と侮って要らぬ手出しをする輩が出ます。必ず。その時、王宮が表立って庇い立てすれば、それはそれで、あの方の御意志に背くことになります」
宰相の淡々とした説明に、ヴァンが黙り込む。
「何処かの名家と養子縁組していただいては」
「宮中行事なんか嫌だ! とかいって、出て行くだろうよ」
「いっそ王家の籍に」
「王宮全壊の憂き目に遭いたいのか?」
「・・・・・・」
ヴァンの指摘に、国王が黙り込む。
「魔道具職人だって言ってるんだ。工房の一つでも作ってやれよ」
「王宮の後ろ盾で工房を建てましたら、それはそれで大注目を浴びますわよ?」
「・・・・・・」
ペルラが口を開けば、今度はヴァンが黙り込んだ。
「今すぐに引き止め策、違いましたね、隠蔽工作を謀るのは無理のようです。数日、皆様で考えてからにしましょう」
宰相が、一時棚上げを提案した。
「四日後の夜でしたら、陛下もお時間が取れます。ヴァン様、ご都合はいかがでしょうか」
「俺はいいぜ」
「わたくしも、なんとか」
「俺か団長が参加すればいいか?」
「頼みます」
その日の悪巧みは、解散となった。
しかし、予定された会合は開かれる事無く、事後処理にかけずり回ることになるとは、誰も予想していなかった。
「ロナ。遅かったじゃないか」
「待ちくたびれたよ」
離宮に戻ってきたら、レンとマイトさんから声を掛けられた。誰もねぎらってくれない。
「ナーナシロナちゃん、疲れてないかい?」
ブランデさんまで来ている。そういえば、この人も話をしたい、って言ってたっけ。
「ちょっとね。ギルド顧問さんに虐められた」
「ええっ?」
年取って穏やかになるどころか、更に酷くなっている。やだやだ。あんな年寄りにはなりたくない。
「それよかさ。今日は何が出てくるのかな?」
ちょいと。ご飯を集りにきたの?
「マイト。昨晩の騒ぎの話を聞いてなかったのか?」
ブランデさんの叱責も何のその。
「食べながらでも出来るだろ?」
その台詞をボクを見ながら言っている時点で、判ってしまった。
「マイトさんとレンは、似た者同士だったんだね」
「「どこが!」」
ほら、タイミングばっちり。
「ナーナシロナちゃん、よくわかったねぇ。料理は出来ないくせに、美味しい物には目がなくて。報酬は全部食べ物に注ぎ込むから、恋人への贈り物も出来やしない」
「先輩っ! 大きなお世話ですっ」
わめくマイトさんを無視して、ブランデさんが、げたげた笑っている。
昼時は過ぎている。
「昼食は食べてなかったの?」
「だから、ロナを待ってたんだ」
レンとハナが同じ顔をしている。よだれ、垂れてるよ?
「ヴィラントさん?」
「我々も、先に召し上がるようお勧めしたのですが」
困りながらも面白がっている。
ボク、疲れてるんだけど!
たっぷり野菜と薫製あばら肉のスープを作った。細かく刻んであるから、すぐに出来上がる。
「おおう。美味しい! こりゃ美味しいわ」
ブランデさんが夢中で食べている。
「そうだろう。ロナの料理はすごいんだ!」
既に食べ終わっていたレンが、胸を張る。一緒に食卓についているルベールさんとヴィラントさんが、苦笑した。
「友達自慢もいいけどね。午前中の分は、終わった?」
ぴたりと口を閉じる。
「レン?」
「へえ。姫さんを愛称で呼べるんだ」
「無理もないです」
ブランデさんの驚きように、ヴィラントさんがしたり顔で頷いている。
「これだけ、飯がうまければねぇ」
マイトさんも、納得顔だ。
「ねえ。マイトさん。まっちゃん、と呼んでもいい?」
ぶふぉっ
「な、なんで?」
「まっちゃんとレンはよく似てる。片方だけ略称で呼ぶのも悪いかなーって」
「ロナ。まて、待ってくれ。おれと姫さんのどこが似てるって?」
げほごほっ
さっきから、侍従さん達とブランデさんが、咳き込んでいる。
「そうだ! わたしはマイトほどひねくれてないぞ」
「おれだって! 姫さんほど食い意地は張ってない」
そういう反論の仕方もそっくり。
「まっちゃんがだめなら、とーちゃん、でどう?」
ガーブリア式にしてみた。笑い声は、まだ止まらない。
「やめてくれ! おれはまだ独身だ!」
「ああ、甲斐性なしだっけ」
「・・・あの、ロナ? さすがにそれはマイトがかわいそう、なんだが」
「そう? 差し入れ運んでくれたし、買い物もしてもらったし。感謝を込めたつもりなんだけど」
「それのどのへんに感謝があるの?! おれ、そんなに悪いことした?」
「だから、親しみを込めて、とーちゃんと呼んであげる。はい、とーちゃん。昨日約束したクッキーだよ」
「・・・」
涙目になりながら、それでも小袋を受け取るマイトさん。ほら見ろ。食い意地の張り具合は、レンと、どっこいじゃないか。
侍従さん達が、大爆笑しはじめた。
「ロナ。わたしの分は?」
「何枚書けた?」
「あ、あう」
「お預け」
「ロナーっ。悪かった! ごめんなさい! 今度こそちゃんとやるからっ!」
「ヒーッヒッヒッヒッ」
ブランデさんが奇妙な笑い声を上げている。
「ブランデさん、大丈夫?」
「だめ。もーだめ! ヒャーッハッハッハッ、はぐっ」
椅子もろとも後ろにひっくり返った。頭、打ってないかな。
「あ、だめだ。トングリオさんも、とーちゃんになる。ん? トンちゃん? いいかも」
それを聞いたレンとマイトさんも、吹き出した。
「ど、どうか。そこまでにっ」
ヴィラントさんが、片手を上げて訴えてくる。笑いすぎて、横腹が痛むらしい。
「うーん。いいと思ったんだけどな」
誰もが動くのも辛そうだったので、食器を下げて洗っておいた。
それから、香茶の用意をして、食堂に持っていく。
ようやく、笑いの発作が収まったらしい。でも、みんな、息が荒い。
「このように愉快、いえ楽しいお客様は、初めてです」
「ほんとうに、ナーナシロナちゃんはすごいよ」
「そう?」
「うん。ロナは、すごいんだ」
「それはもういいから。レンは、書き取りの時間だよね?」
「ああうっ」
「次のお茶の時間には、呼んであげるから」
「・・・わかった」
「レンの見張りをお願いしてもいい?」
賢狼樣は、昼食時の肉で買収済み。
わふっ
よしよし。いい返事だ。
「ほら。時間無くなるよ〜」
「・・・うん」
レンが、とぼとぼと食堂を後にする。
「書き取りって、なに?」
ブランデさんが、質問してきた。
「あれ、とーちゃんから聞いてない?」
がふっ
マイトさんがわざとらしく胸を押さえる。でも無視。
「騎士団訓戒を六十部書くように言ったんだ。一昨日から始めてるんだけど、ちゃんと読めるのがまだ七部しかなくて」
さっきの様子だと、今日の午前中も、あまり進まなかったようだ。
「副騎士団長が姫さんに言いつけたのは、謹慎だけじゃなかったかい?」
「調理場半壊の話を聞いて。つい、お説教しちゃった」
「へ、へえ? それで、素直に聞いてるの? あの、姫さんが?」
「ロナの料理にメロメロ」
マイトさんの説明に、
「あああっ。なるほど!」
思いっきり納得した。
「レンのためにもなると思ったから、勧めたんだけど。やっぱり、やりすぎた?」
僭越っていうより、でしゃばりだもんね。
「いやいやいや。よくやってくれたよ。これで、少しは大人しくなってくれると思う。いやぁ。ナーナシロナ様々だ!」
「・・・レンってば、どれだけ手を焼かせてたんだろう」
「「そりゃもう!」」
騎士団の同僚二人が、きっぱりはっきり肯定する。
「よく、王宮が無事だったねぇ」
「二年前までは、まだまし、だったのですが」
「専任女官が休職いたしまして、それからは、もう・・・」
侍従さん達が、苦笑している。
「その女官さん、すごい人なんだ」
「子供がまだ小さいので、復職には今しばらく掛かるでしょう」
へえ。ローデン王宮は、産休を設けてるんだ。
「さ、て、と! 本題に入ろうか。昨晩のこと、あー、それと街道での盗賊退治の話も訊いてくるように言われてるんだ。よろしくね」
「またぁ? ミハエルさんにちゃんと言ったのに」
「調書を取りながらじゃなかったから、確認してきてくれ、だって。ちなみに、これ、副団長命令だから」
わざわざ命令書を見せてくれた。
「団長さんじゃないの?」
「盗賊討伐作戦の責任者だったからね」
「へー、そうなんだ」
ブランデさんは、聞き出し上手だった。相手が話しやすいような質問の仕方をする。
だからといって、屁理屈設定以外のことは口にしなかった。うん。頑張った。
「それでさ、最後なんだけど。さっきの話でも出てた、姫さまの使った結界? どうやったのか詳しく教えてくれないかな」
「ここでの話が騎士団の人達以外に知られることって、ある?」
「あ、あー。公爵が乗り込んできたもんねえ。ない、とは断言できない。・・・そんなに慎重に扱わないといけないものなのかい?」
「そうとも言える。あれ、魔道具なんだ」
「へえ。・・・え?」
「魔術師でなくても使える結界。やばいでしょ」
「そ、それってアルファ砦みたいな? いつの間に離宮に細工したんだい?」
「違うよー。術杖みたいな形。でも、誰でも使えすぎて、こう、へんなおじさんが、女の子とか、かわいい男の子を連れ込んで、あーんなこととかこーんなこととか、やりたい放題出来ちゃう」
「げっ!」
侍従さん達も含めた男四人の顔色が変わった。こういう、まともな人ばかりだったらいいのに。
「レンには、危険性を教えてある。で、それをなんとかできるようになるまでは知られたくないんだ」
「じゃあさ。ナーナシロナちゃんが結界を張ったことにしとこうか」
「実は、ね?」
「うん。何かな?」
「魔術が使えない。だから、魔道具でなんとかしたくて。ほら、ボクも、かわいいから」
自分のことをかわいいとか、口にするのも恥ずかしい。でも、これは屁理屈のための飾り、おまけなんだ。
本心じゃない。違うったら違う。
「そうか、そうなんだ。そうだよね。よーくわかった! うん。この部分だけ特記事項にして、団長と副団長以外には知らせないようにする。まかせて!」
ブランデさんが、力強く宣言する。
あれ? ちゃかしたつもりだったのに、真に受けちゃった。
「ナーナシロナちゃんの師匠って、厳しいようだけど。でも、大事にされてるんだね。そんな貴重な魔道具を持たせるくらいなんだから。今頃、すごく心配してるんだろうな。ああ、お詫びに行きたい!」
いい人過ぎるわー。
「うわ、おれ、どうしよう。強引に連れてきちゃった。あああ、どうしよう、どうしたらいいんだ」
マイトさんまで。食堂の中を、頭を抱えて歩き回りはじめた。
「そうなると、その師匠さんのことも極秘にする必要があるよね。よし。調書は書き直しておくよ。怪しげな人達が、師匠さんやナーナシロナちゃんをいじめないようにしなくちゃ。マイト! 手伝え!」
「了解! 先輩、どこから掛かりますか?」
あ、あらら。火がついた。
結界の魔道具は、(架空の)師匠が作ってボクに持たせた、と勘違いしている。そこから、誤解の嵐が広がってしまったようだ。
だけど、ここまで思い込んでしまっていては、今更訂正できない。
そーっと、聞き取り調査の全てを聞いていた侍従さん達の方も窺う。
「お任せください」
「必ず、お守りしてみせます」
二人とも、いい笑顔で断言した!
だめだ。ローデンの熱血住人は、ボクの手には負えない。
お姫様のダメっぷりが暴走している。君が主人公でもいいかもしれない。




