表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/194

会議は踊る 準備編

 【遮音】結界が解除された。宰相が、侍従の一人に、小さな客人を離宮に案内するよう指示する。


「今暫く、陛下方とお話しする。先ほどと同じく、中から合図があるまでは誰も入らないように」


「かしこまりました」


 再び閉じられた部屋の中で、


「黒助よう。あいつに付いていかねえでいいのか?」


 みゃん


 ミハエルの腰を大きな前脚で軽く叩く。


「そうか」


「ヴァン殿?」


「まだ油断は出来ねえってこった。暫くお守りされてろ」


「・・・金虎殿、よろしくお願いする」


 みゃっ


「誠に、あの方には頭が上げられません」


「本当に」


「わたくしなど、あれ程ご迷惑をお掛けしましたのに、図々しいお願いにも快く応じてくださいました」


「お嬢は相変わらずだよな」


「あー、ヴァン殿? あの方の居ないところでも、そうお呼びするのはやめた方がいい、と思う」


 ウォーゼンの指摘に、軽く手を挙げて了解の意を示した。


「そうだな。どこで誰が聞いてるか判んねえし」


「ところで、あの方、いえ、ナーナシロナ殿のご厚意に報いるためにも、何としても素性を誤摩化す手立てを考えませんと」


 宰相が、彼女の「お願い」を実現するための具体案を出すよう促す。


「あいつのことはいいんじゃねえか? 自前でいろいろでっち上げていたようだし。持ってきた物の出所が判んなきゃいいんだろ?」


「ですが、いずれ注目されるかと」


「そりゃそうだが」


 試作品と称して見せられた魔道具は、王宮所有の一級品にも匹敵する性能だった。世間に出回るようになれば、各方面からの熱い視線が集まることになる。

 その上、目立ちたくないといいながら、あれこれ世話を焼くあの人柄では、そのうち厄介事が雨霰と降り掛かってくる、と、その場にいる誰もが思った。


「ただの平民と侮って要らぬ手出しをする輩が出ます。必ず。その時、王宮が表立って庇い立てすれば、それはそれで、あの方の御意志に背くことになります」


 宰相の淡々とした説明に、ヴァンが黙り込む。


「何処かの名家と養子縁組していただいては」


「宮中行事なんか嫌だ! とかいって、出て行くだろうよ」


「いっそ王家の籍に」


「王宮全壊の憂き目に遭いたいのか?」


「・・・・・・」


 ヴァンの指摘に、国王が黙り込む。


「魔道具職人だって言ってるんだ。工房の一つでも作ってやれよ」


「王宮の後ろ盾で工房を建てましたら、それはそれで大注目を浴びますわよ?」


「・・・・・・」


 ペルラが口を開けば、今度はヴァンが黙り込んだ。


「今すぐに引き止め策、違いましたね、隠蔽工作を謀るのは無理のようです。数日、皆様で考えてからにしましょう」


 宰相が、一時棚上げを提案した。


「四日後の夜でしたら、陛下もお時間が取れます。ヴァン様、ご都合はいかがでしょうか」


「俺はいいぜ」


「わたくしも、なんとか」


「俺か団長が参加すればいいか?」


「頼みます」


 その日の悪巧みは、解散となった。


 しかし、予定された会合は開かれる事無く、事後処理にかけずり回ることになるとは、誰も予想していなかった。




「ロナ。遅かったじゃないか」


「待ちくたびれたよ」


 離宮に戻ってきたら、レンとマイトさんから声を掛けられた。誰もねぎらってくれない。


「ナーナシロナちゃん、疲れてないかい?」


 ブランデさんまで来ている。そういえば、この人も話をしたい、って言ってたっけ。


「ちょっとね。ギルド顧問さんに虐められた」


「ええっ?」


 年取って穏やかになるどころか、更に酷くなっている。やだやだ。あんな年寄りにはなりたくない。


「それよかさ。今日は何が出てくるのかな?」


 ちょいと。ご飯を集りにきたの?


「マイト。昨晩の騒ぎの話を聞いてなかったのか?」


 ブランデさんの叱責も何のその。


「食べながらでも出来るだろ?」


 その台詞をボクを見ながら言っている時点で、判ってしまった。


「マイトさんとレンは、似た者同士だったんだね」


「「どこが!」」


 ほら、タイミングばっちり。


「ナーナシロナちゃん、よくわかったねぇ。料理は出来ないくせに、美味しい物には目がなくて。報酬は全部食べ物に注ぎ込むから、恋人への贈り物も出来やしない」


「先輩っ! 大きなお世話ですっ」


 わめくマイトさんを無視して、ブランデさんが、げたげた笑っている。


 昼時は過ぎている。


「昼食は食べてなかったの?」


「だから、ロナを待ってたんだ」


 レンとハナが同じ顔をしている。よだれ、垂れてるよ?


「ヴィラントさん?」


「我々も、先に召し上がるようお勧めしたのですが」


 困りながらも面白がっている。


 ボク、疲れてるんだけど!



 たっぷり野菜と薫製あばら肉のスープを作った。細かく刻んであるから、すぐに出来上がる。


「おおう。美味しい! こりゃ美味しいわ」


 ブランデさんが夢中で食べている。


「そうだろう。ロナの料理はすごいんだ!」


 既に食べ終わっていたレンが、胸を張る。一緒に食卓についているルベールさんとヴィラントさんが、苦笑した。


「友達自慢もいいけどね。午前中の分は、終わった?」


 ぴたりと口を閉じる。


「レン?」


「へえ。姫さんを愛称で呼べるんだ」


「無理もないです」


 ブランデさんの驚きように、ヴィラントさんがしたり顔で頷いている。


「これだけ、飯がうまければねぇ」


 マイトさんも、納得顔だ。


「ねえ。マイトさん。まっちゃん、と呼んでもいい?」


 ぶふぉっ


「な、なんで?」


「まっちゃんとレンはよく似てる。片方だけ略称で呼ぶのも悪いかなーって」


「ロナ。まて、待ってくれ。おれと姫さんのどこが似てるって?」


 げほごほっ


 さっきから、侍従さん達とブランデさんが、咳き込んでいる。


「そうだ! わたしはマイトほどひねくれてないぞ」


「おれだって! 姫さんほど食い意地は張ってない」


 そういう反論の仕方もそっくり。


「まっちゃんがだめなら、とーちゃん、でどう?」


 ガーブリア式にしてみた。笑い声は、まだ止まらない。


「やめてくれ! おれはまだ独身だ!」


「ああ、甲斐性なしだっけ」


「・・・あの、ロナ? さすがにそれはマイトがかわいそう、なんだが」


「そう? 差し入れ運んでくれたし、買い物もしてもらったし。感謝を込めたつもりなんだけど」


「それのどのへんに感謝があるの?! おれ、そんなに悪いことした?」


「だから、親しみを込めて、とーちゃんと呼んであげる。はい、とーちゃん。昨日約束したクッキーだよ」


「・・・」


 涙目になりながら、それでも小袋を受け取るマイトさん。ほら見ろ。食い意地の張り具合は、レンと、どっこいじゃないか。


 侍従さん達が、大爆笑しはじめた。


「ロナ。わたしの分は?」


「何枚書けた?」


「あ、あう」


「お預け」


「ロナーっ。悪かった! ごめんなさい! 今度こそちゃんとやるからっ!」


「ヒーッヒッヒッヒッ」


 ブランデさんが奇妙な笑い声を上げている。


「ブランデさん、大丈夫?」


「だめ。もーだめ! ヒャーッハッハッハッ、はぐっ」


 椅子もろとも後ろにひっくり返った。頭、打ってないかな。


「あ、だめだ。トングリオさんも、とーちゃんになる。ん? トンちゃん? いいかも」


 それを聞いたレンとマイトさんも、吹き出した。


「ど、どうか。そこまでにっ」


 ヴィラントさんが、片手を上げて訴えてくる。笑いすぎて、横腹が痛むらしい。


「うーん。いいと思ったんだけどな」


 誰もが動くのも辛そうだったので、食器を下げて洗っておいた。


 それから、香茶の用意をして、食堂に持っていく。


 ようやく、笑いの発作が収まったらしい。でも、みんな、息が荒い。


「このように愉快、いえ楽しいお客様は、初めてです」


「ほんとうに、ナーナシロナちゃんはすごいよ」


「そう?」


「うん。ロナは、すごいんだ」


「それはもういいから。レンは、書き取りの時間だよね?」


「ああうっ」


「次のお茶の時間には、呼んであげるから」


「・・・わかった」


「レンの見張りをお願いしてもいい?」


 賢狼樣は、昼食時の肉で買収済み。


 わふっ


 よしよし。いい返事だ。


「ほら。時間無くなるよ〜」


「・・・うん」


 レンが、とぼとぼと食堂を後にする。


「書き取りって、なに?」


 ブランデさんが、質問してきた。


「あれ、とーちゃんから聞いてない?」


 がふっ


 マイトさんがわざとらしく胸を押さえる。でも無視。


「騎士団訓戒を六十部書くように言ったんだ。一昨日から始めてるんだけど、ちゃんと読めるのがまだ七部しかなくて」


 さっきの様子だと、今日の午前中も、あまり進まなかったようだ。


「副騎士団長が姫さんに言いつけたのは、謹慎だけじゃなかったかい?」


「調理場半壊の話を聞いて。つい、お説教しちゃった」


「へ、へえ? それで、素直に聞いてるの? あの、姫さんが?」


「ロナの料理にメロメロ」


 マイトさんの説明に、


「あああっ。なるほど!」


 思いっきり納得した。


「レンのためにもなると思ったから、勧めたんだけど。やっぱり、やりすぎた?」


 僭越っていうより、でしゃばりだもんね。


「いやいやいや。よくやってくれたよ。これで、少しは大人しくなってくれると思う。いやぁ。ナーナシロナ様々だ!」


「・・・レンってば、どれだけ手を焼かせてたんだろう」


「「そりゃもう!」」


 騎士団の同僚二人が、きっぱりはっきり肯定する。


「よく、王宮が無事だったねぇ」


「二年前までは、まだまし、だったのですが」


「専任女官が休職いたしまして、それからは、もう・・・」


 侍従さん達が、苦笑している。


「その女官さん、すごい人なんだ」


「子供がまだ小さいので、復職には今しばらく掛かるでしょう」


 へえ。ローデン王宮は、産休を設けてるんだ。


「さ、て、と! 本題に入ろうか。昨晩のこと、あー、それと街道での盗賊退治の話も訊いてくるように言われてるんだ。よろしくね」


「またぁ? ミハエルさんにちゃんと言ったのに」


「調書を取りながらじゃなかったから、確認してきてくれ、だって。ちなみに、これ、副団長命令だから」


 わざわざ命令書を見せてくれた。


「団長さんじゃないの?」


「盗賊討伐作戦の責任者だったからね」


「へー、そうなんだ」


 ブランデさんは、聞き出し上手だった。相手が話しやすいような質問の仕方をする。

 だからといって、屁理屈設定以外のことは口にしなかった。うん。頑張った。


「それでさ、最後なんだけど。さっきの話でも出てた、姫さまの使った結界? どうやったのか詳しく教えてくれないかな」


「ここでの話が騎士団の人達以外に知られることって、ある?」


「あ、あー。公爵が乗り込んできたもんねえ。ない、とは断言できない。・・・そんなに慎重に扱わないといけないものなのかい?」


「そうとも言える。あれ、魔道具なんだ」


「へえ。・・・え?」


「魔術師でなくても使える結界。やばいでしょ」


「そ、それってアルファ砦みたいな? いつの間に離宮に細工したんだい?」


「違うよー。術杖みたいな形。でも、誰でも使えすぎて、こう、へんなおじさんが、女の子とか、かわいい男の子を連れ込んで、あーんなこととかこーんなこととか、やりたい放題出来ちゃう」


「げっ!」


 侍従さん達も含めた男四人の顔色が変わった。こういう、まともな人ばかりだったらいいのに。


「レンには、危険性を教えてある。で、それをなんとかできるようになるまでは知られたくないんだ」


「じゃあさ。ナーナシロナちゃんが結界を張ったことにしとこうか」


「実は、ね?」


「うん。何かな?」


「魔術が使えない。だから、魔道具でなんとかしたくて。ほら、ボクも、かわいいから」


 自分のことをかわいいとか、口にするのも恥ずかしい。でも、これは屁理屈のための飾り、おまけなんだ。


 本心じゃない。違うったら違う。


「そうか、そうなんだ。そうだよね。よーくわかった! うん。この部分だけ特記事項にして、団長と副団長以外には知らせないようにする。まかせて!」


 ブランデさんが、力強く宣言する。


 あれ? ちゃかしたつもりだったのに、真に受けちゃった。


「ナーナシロナちゃんの師匠って、厳しいようだけど。でも、大事にされてるんだね。そんな貴重な魔道具を持たせるくらいなんだから。今頃、すごく心配してるんだろうな。ああ、お詫びに行きたい!」


 いい人過ぎるわー。


「うわ、おれ、どうしよう。強引に連れてきちゃった。あああ、どうしよう、どうしたらいいんだ」


 マイトさんまで。食堂の中を、頭を抱えて歩き回りはじめた。


「そうなると、その師匠さんのことも極秘にする必要があるよね。よし。調書は書き直しておくよ。怪しげな人達が、師匠さんやナーナシロナちゃんをいじめないようにしなくちゃ。マイト! 手伝え!」


「了解! 先輩、どこから掛かりますか?」


 あ、あらら。火がついた。


 結界の魔道具は、(架空の)師匠が作ってボクに持たせた、と勘違いしている。そこから、誤解の嵐が広がってしまったようだ。

 だけど、ここまで思い込んでしまっていては、今更訂正できない。


 そーっと、聞き取り調査の全てを聞いていた侍従さん達の方も窺う。


「お任せください」


「必ず、お守りしてみせます」


 二人とも、いい笑顔で断言した!




 だめだ。ローデンの熱血住人は、ボクの手には負えない。

 お姫様のダメっぷりが暴走している。君が主人公でもいいかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ