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会議は踊る 企画編

 目の肥えた王宮女官が目の色を変える布地だ。貴族受けもするだろう。生産が軌道に乗れば、きっとロー紙に次ぐヒット商品になる。


「おいこらちょっと待て! こんな布、今まで見たことねえぞ。蜘蛛かなにかから取ったのか?」


 さっき、繭だって言ったのに。


「違う。新種、だと思う」


「新種ーーーーーっ」


 ヴァンさんらしからぬ絶叫だ。


「それがどうかした?」


「当たり前だっ。新種の魔獣っつったら、生態も分布もよくわかってねえのに、いきなり採取依頼なんか出せるわけねえだろうがっ。この女ギツネ! ハンターを死なせる気か!」


「だいじょーぶ。ミハエルさんとかマイトさんが手伝ってくれるから」


「それもちょっと待ってくれ! ロナ殿。どういうことだ」


 ウォーゼンさんも、食って掛かってきた。


「街道で攫われてくる時に、「採取を手伝ってやる」って言ってくれた。ねえ、おぼっちゃま?」


 ミハエルさんは、これまた汗をかきまくっている。さっき渡した手ぬぐいで、顔を拭いて拭いて。


「・・・いい手触りだ」


 ウォーゼンさんに殴られた。


「す、すまない。だが、ナーナシロナ殿は、何度となく採取している。詳しく教えてもらえれば」


「一から十まで手取り足取り教えてあげないと、なんにもできないのかな?」


「「うぐっ」」


 ミハエルさんとウォーゼンさんが言葉に詰まった。


「そういうことじゃねえ。[魔天]の魔獣だぞ? あらん限りの情報を渡してハンターのリスクを下げるのはギルドの責務だ。だいたい、おめえの持ち込んだ代物じゃねえか。こっちもおめえが責任取れ!」


 あう。


「そ、そうだ。この部屋、そろそろ開けなくてもいいの? 時間とか、仕事とか」


「わたくしが合図するまでは、誰も入ってきませんわ。本日は、夕方まで陛下のお時間は空けてありますの」


「私は、今日は休暇を取っておりまして」


「俺もだ」


「俺は顧問だからな」


 ふんぞり返って言うんじゃない。


「ミハエルさん、忙しいよね」


「兄上の護衛任務だ」


 逃げ道、塞がれた。


「先ほどお食事もいただきましたし。まだまだ余裕です」


 スーさん、さっきまでの悲壮感は? ねえ、どこ行ったのよ。


「ちんたらしてねえで、さっさと吐きやがれ」


 これも墓穴? 穴、掘っちゃった?




 腕輪から、繭の一つを取り出す。でもって、書き付け用の紙とペンも出して、使いたい人に渡す。


「なんだよ、あるじゃねえか」


「なにが? これは、非常用。人前で使ったら、以前の二の舞になっちゃう」


「お、そうか。じゃあ、腰のもんは?」


「ねえ。素材の話と、道具の話、どっちが先?」


「素材ですわ!」


 トレイを振り上げて睨んだペルラさんが、勝った。


「・・・頼むわ」


 分布域。発生時期。採取方法。用途。自分で出来た限りのことを教えた。


「ドレス一着に、いかほどの繭が必要でしょうか?」


「デザインや生地の厚さにもよると思うけど、五から六個、かな?」


「そうなのか?」


 ウォーゼンさんが繭を突ついてる。


「結構な長さの糸が採れるよ。そうそう。積極的に取った方がいい理由があるんだ」


「なんだ?」


「繭になる直前の芋虫は大食いで、それも、トレントを好んで食べちゃう」


「え?」


「ほら。盗賊を縛った縄。枯れたトレントから採取したって言ったでしょ。この芋虫に食べられて、回復できなかったトレントなんだ」


「「「「ええええっ」」」」


「今年は、コロニーが小さかったからそうでもなかったけど、大きな群れになったところは、トレント以外の植物型魔獣も普通の植物も見境無しに喰い尽くされた。放っておいたら、魔獣の分布が変わるかも」


「ななななな・・・」


 王宮組が、トレントが枯れると聞いて顔色を変えた。


「そいつを先に言えってんだ! ばかやろう!」


「今、言ったんだからいいじゃん。どっちにしろ、今年はもうおしまい。もうそろそろ羽化している。だから、繭は穴だらけになって使えなくなってる」


 そう言ったら、ペルラさんが絶望的な声を上げた。


「そ、そんな、ご無体な!」


「無体も何も、そういう魔獣なんだし」


 スーさんも、首を傾げている。


「女官長? なぜ、そこまでその布にこだわるのです?」


 とたんに、もじもじし出す。


「自分で着てみたい?」


「とんでもございません! あ、いえ、少しは、そういう気持ちもありますが。

 おほん。半年後のヘンメル様の誕生会で王妃様にお召しになっていただこう、と思いましたの」


「そうだった!」


 おとーさんが、子供の誕生日を忘れちゃだめでしょ。嫌われるよ?


「口の悪い、いえ、行儀のなっていない妙齢のご令嬢方も、美しく着飾られた王妃様を一目ご覧になられれば、もう何も言えなくなること間違い無し! ですわ。それに、その時に、わたくしはお傍にはおりません。ですが、ドレスを作る時間はまだございます」


「ん? 居なくなるって、病気かなにか?」


「違います! ・・・引退するんですの」


 退職記念に、ドレスを残す。それもすごいな。さすが、王宮。


「お嬢、じゃなくて、ロナ。おめえのこったから、なんかあるんじゃねえか?」


 その台詞を聞いて、全員がボクに注目する。


「そういうことなら。王妃様への献上品、ってことで」


 無染色の虫布、糸の太さが違う物を三反ずつ取り出す。これだけあれば、王子さまやレンの分もお揃いで作れるだろう。

 ペルラさんはもちろん、ミハエルさんもそれぞれの布の手触りを確かめている。マタタビに戯れる猫みたい。よだれはつけないでよー。


 もう一つ、お手軽マジックバッグも取り出し、空間拡張機能をオンにする。


「これに入れて持っていけばいい。こっそり人目につかないところで裁縫が出来るよね」


「これは、もしや、あ、あの。それに、今、何かなさいましたよね?」


「うん。普段は、ただの袋。使うときだけ、たくさん入れられる。ほら、空間拡張機能は重ね掛け出来ないから、こうしたんだ」


 今度は、ヴァンさん達が食いついてきた。


「あといくつある?」


「騎士団にも是非!」


「書類の山の持ち運びが楽になります!」


 なにそれ。


「持っているのは、これだけ」


「なんでだ!」


「なんでもなにも、練習用なんだよ」


「「「「練習?!」」」」


「誰でも使えるってことは、ドロボーさんにも使えるってことで、その辺をなんとかしたい。ミハエルさんにあげたのと、同じぐらいの容量があるしねぇ」


「は、あ、そうか。うーん、盗賊に使われるのは困ると言えば困るが」


「ミハエル様、どれくらい入りましたか?」


「サイクロプスの成体、一頭が余裕で入れられていた、はず」


 ミハエルさんがしどろもどろに答えると、さっきの食いつき組が更に難しい顔をした。


「重すぎるわ!」


「さすがに腰にきます、それは」


「馬車一台に、リュックを一つ、では、効率が悪い」


「トングリオが、ギルドハウスに背負って行った、はず」


 ミハエルさんが、情報を追加する。


「あ。ああ? っあああああっ?!」


 ウォーゼンさんの目も口も、ついでに声も大きくなった。トングリオさん達の馬車に、サイクロプスが乗っていなかったのを思い出したらしい。ミハエルさんも、ちゃんと報告したはずなんだけどな。しなかったのかな?


「軽くなるようにもしてあるんだよー」


 並べていた布地の全てをリュックにしまった。そして、ペルラさんの片腕に引っ掛ける。


「は、はううう」


 軽いはずなのに、手が震えている。


「ね? 泥棒道具にはもってこいでしょ」


「女官長だから使える、のでしょう?」


 宰相さんの声も震えている。


「それが、誰でも使える、と。だから、ギルドハウスの解体所でも、トングリオがリュックから取り出した、はず」


 ボクの目線に促されて、ミハエルさんが言い難そうに言う。さっきも今も、目の前で出し入れしてみせたでしょうに。

 ヴァンさんが、口をぱくぱくさせている。


 それから、全員が、おっかなびっくり布地を入れたり出したり。

 旨く使えてよかった。目の前で、他人が使えるところを確認したことがなかったからね。あとは、・・・まだまだ改良の余地はある。いっぱいある。


「確かに、こいつはとんでもないな」


「ですが、非常に便利であります」


 一番乗り気なのが宰相さん、ってなんで?


「誰でも使えるお手軽リュック、って開発方針だったから」


「術具でそのような物は無理ですわ!」


「だから、魔道具」


「あの、魔石はどこに?」


 魔術師でもあるペルラさんが、疑問を浮かべる。


「魔石じゃないよ。魔包石。ちょっといい?」


 一度、反物をすべて取り出し、空間拡張機能を切る。袋を裏返し、内側の魔法陣とその中央に取り付けた小さな魔包石を示した。


「って、こういう仕組み」


「・・・う〜ん」


「女官長!?」


 気絶した。あのペルラさんが。


「ナーナシロナ殿。これは、もしや」


 スーさんの声も震えている。


「そう。コンスカンタのレンキニアさんに見せてもらった物を再現してみた。自分で使うウェストポーチには、防犯用の鍵も付けた」


 この開封式は常時展開型で、一度取り付けたら、魔包石の魔力が切れるまでオフに出来ない。また、鍵付きバッグの中に鍵付きバッグを入れることも出来ない。


「いつ売り出されるのですか?!」


 宰相さんが血相を変えて詰め寄る。


「ボクは職人見習いと名乗ってるけど、これで商売するつもりはない。開発者として名前を売るつもりもない。そもそも、魔包石って、貴重品でしょ?」


「そういうおめえは、どっから手に入れたんだ?」


 ギルド顧問としては、採取場所は是非とも知りたいだろう。でも。


「海の向こう」


 それを聞いて、全員がひっくり返ってしまった。


「どこまで行ってきたんだ? おめえ」


「・・・流されちゃったんだよ。不可抗力で」 


「・・・・・・本当に、よく、生きて帰ってこれたな」


「ということで、現時点で採取は不可能。ボクも、そうたくさん持っている訳じゃない」


 本当は、一山いくら、な分量がある。


 それを一度に市場に出したら、街道都市は経済崩壊してしまうだろう。かといって、小出しにしても、いつかは出所を追求される。ローデン王宮に名前を借りても、それはそれで他国から吊るし上げられるに違いない。


「魔石で作ろうとすると、結構な大きさの物が必要だったから、そっちはまだ設計段階なんだ」


 いつかそのうち、とは思っていたからね。


「頼む! 早いところなんとかしてくれ!」


「えーっ?」


「こいつがあれば、ハンターが狩った魔獣素材を無駄にすることなく持ち帰ることが出来る。現場での作業も早く終わるから、あいつらの危険率も下がる。頼む!」


 あの、ヴァンさんが、頭を下げた。


「騎士団の巡回班に持たせる捕縛道具などを充実させられる。盗賊どもの反撃から班員達を守ることが出来るようになるんだ」


「宰相の腰痛をこれ以上悪化させないためにも、是非!」


 最後のスーさんのお願いが、なんとも情けない。


「もう一つ、よろしいでしょうか」


 宰相さんが、そおっと手を挙げる。


「なに?」


「昨晩の襲撃の際、姫様をお守りした結界がある、とお聞きしたのですが」


「ルベールさん達から聞いた?」


「はい。報告書で知らせてきました」


「野営の時に使われたあの頑丈な結界、ですか?」


 スーさんは、コンスカンタへの旅で見ていたもんね。


「いま魔術は使えないって、さっき言ったでしょ?」


 ようやく目が覚めたペルラさんも含めて、一同にレンにしたのと同じ説明を繰り返す。ただし、実物はない。レンに預けたままだから。


「以前お使いになられていた術具、ではないのですね?」


「そう。姫さまに魔道具を渡して使ってもらった」


「・・・それは、どのような効果の結界でも魔道具にできる、ということでしょうか?」


「それは試してみないと判らないけど」


「魔力除けの魔道具は、作れませんか?」


「ん? なんで」


「ヘンメルが、魔力過敏症、らしいのです」


 スーさんが説明する。


「それって、コンスカンタの王子さまと同じ?」


「はい。ミハエル様からの聞き齧りなのですが。それで、賢狼様方も出来るだけ近付かないようご配慮くださってます」


 ペルラさんが補足した。


 どうりで、レンにばかりくっ付いている訳だ。えこひいきじゃなかったのね。


「そっちは、早めに作ってみる」


「では!」


「魔力除けの魔法陣は、うろ覚えなんだ。写しを貰えないかな」


「急ぎ、ご用意致します」


「ローデンに帰ってきたばかりだってのに、頼み事ばかりで、すまねえ」


 ヴァンさんの珍しくも殊勝しゅしょうな台詞に、スーさん達も我に帰った。


「あ、う。そのとおり、です。申し訳ない・・・」


 揃って土下座した上、スーさんが代表して謝ってきた。


「ボクが、調子に乗っていろいろ見せちゃったから。繭をたくさん採ってくれればいい。それに、王子さまの方は、命に関わることだし」


「賢者殿ぉ」


「それ禁句!」





「で? おめえ、これからどうするよ」


 散々土下座攻撃を掛けてきたあと、けろっとしたヴァンさんが聞いてくる。


「どうするもこうするも。


 1 魔力避けの魔法陣を手に入れる。

 2 工房に帰って、魔道具と入れ替え用カードを作る。

 3 ローデンに戻ってきて、渡す。


 ほかに、何かある?」


「工房って。ローデンで作れないのか?」


「ミハエルさん? どこの職人が、見習いに開発作業を任せるってのさ」


「なら、騎士団の工兵隊で」


「ウォーゼンさん。それだと制作者がばればれになるから、いや」


「ですが、素材の提供はどうすれば」


「ペルラさん、いまから集められるの?」


「・・・・・・」


「話は変わりますが。ナーナシロナ殿。ヘンメルの誕生会に出席していただけませんか?」


 思いっきり話題をねじ曲げたよね。それにしても、王様直々のご招待? 場違い過ぎるでしょ。


 それはともかく、王子様、公式行事なら人前に立って挨拶とかするよね。


「そういうことなら、魔力除けは、部屋固定の魔道具じゃなくて、携帯できる物の方がいいよね」


「そうしていただけると、って出来ますの?!」


「魔包石使うけど、なんとかなると思う」


 そんなに複雑な陣ではなかったはずだ。


「では前金で」


 宰相さんの台詞を遮る。


「これは、王子様への献上品だから、要らなーい」


「ロナ様!」


「そういう口実なら、少々変な物でも使えれば問題ないでしょ」


「ですが!」


「魔道具を身に付けてますって、知られなきゃいいじゃん」


「・・・・・・」


 王子さまは、体質をおおっぴらに揶揄されることはなくなる。ボクは、献上者として追求されずに済む。


「とことん、目立ちたくないんだな?」


 ヴァンさんの念押しに、


「協力、してくれるよね?」


 にっこり笑って、お願いする。




 報酬代わりだ、安いもんでしょ。

 またも、どっぷり浸かってます。自重はどこに投げ捨てた?

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