帰ってきた、のかな
「なんで、あんなバカなことをしようとしたの」
ペルラさんの綺麗に結い上げていた髪も、今はボサボサだ。
「ふっ、けんじゃ「だめ」、ある「それもだめ」、・・・貴女様のお悩みもわきまえず、お優しさにすがって、どれほどご迷惑おかけしていたか、ぅうっ」
まだ、しゃくりあげている。
「それは、お互い様でしょ。王宮内の人事だの、お貴族様相手の嫌みの応酬だの、自分の手には余るって。それをさばき続けるなんて大変だったと思う」
「それでもっ! なんの縁もゆかりもないローデンに多大な貢献、いえご配慮を頂いておりながら、何度も、何度も、無理難題を押し付けていたことを今更ながらにっ」
「女官長の言われるとおりです。この通り! 申し訳ありませんでしたっ!」
スーさんとミハエルさん、宰相さんまで、土下座だよ。
はあ。疲れた。
「もう終わったことに今からあれこれ言ったって、やり直せないんだから。ボクは、ただ、静かに暮らしたいだけなんだ」
「ああっ、あああああっ」
あややや。ペルラさん、また号泣し始めちゃった。オボロが、ペルラさんの頬をなめて慰めている、ように見えるけど。片腕をホールドされて逃げられなくて、「放してくれ〜」、なんだろうな。
「う、その、なんだ。お嬢「禁句!」・・・、あー、済まなかった」
「うん。ヴァンさんは、反省して」
「なんで俺だけ!」
「煽るようなことばっかり言ってたから」
「うっ」
もーだめ。お腹空いた。
スーさんが脇においていたザルを取り上げる。
「「「あ」」」
「違うって。暖め直すだけ。このままよりも食べやすいでしょ?」
「どうするんだ?」
ヴァンさんの質問は、スルーした。ウェストポーチから、フライパン、まな板、包丁、木のトレイ、カップ、等などを取り出す。
あばら肉は、骨から切り離し、程よい厚さにスライスする。フライパンで暖めて、トレイに盛る。
手ぬぐいも、あるだけ出す。
「これで、手を拭いて。手づかみだけど、いいよね。カップも二つしかないから、回し飲みになるけど」
[湯筒]で、お湯を注ぎ、トレイの横に置いた。
いつの間にか、男性陣が、トレイを囲んで車座にすわっていた。
「ほら、ペルラさんも」
「は、はい。頂きます」
恐る恐る手を伸ばし、一つ摘んだ。
「朝、食べたのとは、別の部位だよ。どう?」
「これも、美味しい、です」
「そ。よかった。あ、ミハエルさんとウォーゼンさんは、控えめにしといてね。ヴァンさんも」
「「「なぜだ!」」」
おお。見事にハモった。
「昨日、食べてるでしょ」
「「「・・・」」」
「ああ、また食べられるとは思いませんでした!」
「これはこれは!」
スーさんと宰相さんは、さっきまでの沈鬱な表情はどこへやら、ものすごい勢いで食べている。
「はーい。今度はハムだよー」
少し厚みを持たせてスライスした薫製ハムを、フライパンからトレイに移す。
「「おおっ」」
「厚みを増やしただけで、随分と食感が変わりますのね」
「そう? 昨晩は、うんと厚切りにして、フルーツソースを掛けて食べた」
「んまあ。美味しそうですわ」
だいぶ、頬に血色が戻ってきた。
オボロにも、ハムの欠片を渡す。お守役、ごくろーさん。
「ルベールさんとヴィラントさんも、美味しいって言ってくれた」
「ふ。さようでございますか」
宰相さんが、怖い顔で笑う。
「いろいろ世話になったお礼なんだから、お仕置きなんか考えちゃダメ! それよか、綺麗に食べてもらったところに、あの丸い人が」
げふっ
全員が咳き込んだ。
「貧相な食事だって」
品数控えめで、ボリュームたっぷり。貴族の晩餐では見かけないかもね。
「厳罰ですな」
「重罪ですわ」
「けしからん!」
おや。告げ口するんじゃなかった。
「別に。どうでもいい人が何言っても気にしない」
「気にしろよ!」
「どうでもいいんだもん」
「よかねえって!」
どうやら、全員、落ち着いてきたようだ。
「そうだ。オボロ? 昨日、マイトさんから、ちゃんとお肉を受け取れた?」
みゃん♪
「へっぴり腰で、肉のかたまりを差し出していたが」
「ウォーゼンさん、横取りしてないよね?」
「! ないないない!」
「ユキ達に一本ずつあげたんだ。オボロを仲間はずれにはできないでしょ」
みゃう〜ん!
背中に、頬をこすりつける。
「そう。美味しかったんだ。よかった。あと、これね」
クッキーを二個。
みゃみゃっ
咥えて、部屋の端に行ってしまった。木の実だよ? 肉じゃないよ?
「・・・取り上げたりしねえってのに」
「はい。みんなにも」
さらに小袋を三個取り出した。
「もうない、と、街道で言っておられなかったか?」
「マイトさんにお使いを頼んで、新しく作った。バターを使ってるから、味が違うと思う」
「おおっ」
「レオーネを釣り上げたというクッキーですか?」
ミハエルさんの喜びように、スーさんが質問する。
「そうです、兄上」
「では、わたくしも、もう一枚、頂きますわ」
「ん。これもなかなか」
びんぼぼクッキーを美味しそうに齧る一同。・・・王様とか女官長とか、偉い人のはずなんだけど。
「ペルラさん、ちょっといい?」
「は、はい。なんなりと」
しゃきっと居住まいを正したペルラさん。
「いや、そうじゃなくて。この部屋の結界、ペルラさんが維持してるでしょ。さっきのあれで、結界がなくなってたらどうするつもりだったの?」
「あ」
頭に血が上って、抜けてただけか。
結界がなくなって、廊下の侍従さん達が駆け込んできた時、血まみれの女官長さんが倒れていた、なんて事になってたら、いくらスーさんでもフォローしきれなかったと思う。
「で、でもよ? そん時はお嬢「却下!」、・・・おめえが」
「無理」
「なんで!」
「魔術が使えないから」
「「「「え?」」」」
魔術が使えないってのは、嘘だけど。
「見習い職人ってのは、嘘じゃない。魔術の代用が出来る魔道具を作ろうとしている最中なんだ」
「「「「・・・」」」」
ペルラさんだけじゃなく、そろって絶句した。
「で、では、あの時、水に流されたのは・・・」
「もー、コントロール利かなくて。しまった! と思ったときは、崖の下だった」
「全く使えない訳じゃないんだろう?」
「さあ?」
ヴァンさんの目を見て、そう答える。
「・・・判った。もう訊かねえ」
「そーしてくれると嬉しい」
これ以上、突っ込まれるとボロが出る。
「さ、て」
なんで自分が音頭をとらなきゃなんないんだ。本当に疲れる。
「これから、ボクをどうしたいのか、聞いてあげる」
揃って、ばつの悪い顔になる。
「あーもう! スーさん、王様になったんでしょ。即決即断出来なくてどうするの!」
「けん「却下!」、ある「だめ!」・・・、なんとお呼びすればいいんですか!」
「ちゃんと名乗ったのに、聞いてなかったの?」
「偽名なんて、呼べません!」
「偽名じゃなくて、仮の名前。アルファもそう。真名は絶対秘密」
本名、と言うつもりが、真名、という意味の言葉になっている。どうなってるんだ。
「やはり、貴女様は計り知れないお方だったのですね」
宰相さんが、感嘆の声を上げる。
「どこが? 内緒にしたいだけなんだけど」
「いえ。真名をお持ちになられるのは、竜の里の方々と、極一部の長命種だけなのです」
「・・・あー。そうなんだ?」
「そうなのです」
あくまでも生真面目に答える宰相さん。
「何でもっと普通にしなかったんだ? ナーナシロナ、なんて言いにくい名前にしやがって」
「ななしろ!」
「だから、ナーナシロナ、だろ?」
異世界変換はめちゃくちゃだ。どこまでも、余計な「な」がくっ付いてくる。
食べたばかりだというのに、なんなの、この疲労感は。
「ロナ、でいい」
「いえ、ナーナシロナ様。・・・・・・これから、どういたしましょう」
ペルラさんの台詞に、とうとう突っ伏した。
「ええい。この際だ。ロナ! 手伝え」
ヴァンさんが開き直った。
「何を?」
「王宮のごたごたの原因だ。元々おめえの物なんだ。ウチんとこのもひっくるめて持って帰れ!」
「名案です!」
スーさんがすかさず乗ってくる。しかし。
「却下」
「あるから騒ぎになるんだろうが」
「あるものがいきなりなくなったら、それはそれで騒ぎになるでしょ。宰相さん、どう?」
「う、ううむ。確かに、ご指摘の通りかと」
「そうだ。今までに出てきた物は何だったの?」
「は。宝石の原石の入った木箱。ローデンの報賞式でお召しになられていた長衣。トレントの根。ウサギの毛皮で作られた上質のマント。ロックアントで作られたと思われる大量の容器。以上でございます」
「宝石以外は、どうでも良さそうな品物って気がするけど」
「いえいえいえ! トレントはローデン王宮では貴重品でございます」
ああ、香木の原料だったね。
「長衣の生地は、今まで見たことのない素材でしたの」
・・・エト布だし。
「あんな形の容器なんざ、どこにもありゃしねえ。その上、ロックアントで作ってあるって?」
・・・・・・。
「小皿一枚でも、賢者様の遺産、というだけで箔が付きますわ」
アイドルの追っかけストーカーじゃあるまいし。そんなプレミア付けられても。
「勝手ながら、トレントの根は、王宮で買い取るという名目で預からせていただきました。代金は、アルファ様の口座に」
「口座? 残ってるの?」
「死亡手続きを取っておりませんので」
「死に金じゃん!」
「おめえは生きてるんだからいいじゃねえか」
「一応は、赤の他人なの。そう振る舞うの。そうでないと困るの!」
「まあまあまあ。口座の件は、後日検討でも問題ないでしょう。
ですが、遺品、げふん、忘れ物については、即急にに手立てを講じなければ、いつ、第二、第三の公爵が現れるとも限りません。何卒、お知恵を拝借させていただきたく」
どうしろってのよ。
「同じ物、カード、を作ることは出来ませんか?」
「スーさん?」
「中に何が収まっているか。それは我々にも欲張った貴族達にも判っておりません。宝物庫にあるのは、白いカード、それだけです」
「えーと。中身空っぽのカードと入れ替えるってこと?」
「はい」
「保管されているカードの枚数は、毎年、虫干しの時に数えられています。ですので、入れ替えられても枚数さえ合っていれば」
別に、虫干しなんぞしなくても、三百年以上使えてたのに。
「でも、それだと「まだ、お宝が出てくるかもしれない」って、よだれを垂らす人は減らないよね?」
「「「「あ」」」」
「それなら、宝物庫の中で、全部、一気に全部開いちゃおうか」
エト布は、貴族のお姉様方の争奪戦になるかもしれないけど。
「コンスカンタでの騒動を見ていた限り、我々の手に負える品々とは思えません。ここは、謹んで、ご返却いたします」
「いっその事、盗ませちゃう?」
「それだけはお止めください!」
全員が考え込んでしまった。
ややあって、ボクから提案してみた。
「大勢の人の前で、カードが消滅する。これなら、王宮への非難は出ない。保管の方法が悪かったんだ、ぐらいで済むと思う。どう?」
「だがよ、どうやるんだ?」
「あらかじめ、細工をしたカードと入れ替えておくんだ」
「準備には、いかほどのお時間が必要でしょうか」
宰相さんの確認に、返事をする。
「実験するのに、一年は欲しい」
「そんなに?」
「陛下。数年、我らが苦労するだけで、王太子様の代も、その先のご子孫様にも、ご迷惑、いえ問題を先送りにしないで済みます」
「それに、また、必ずローデンに来ていただけるのでしょう?」
ペルラさんの期待を込めた目線が痛い。
「提案したのは自分だし、しょうがない」
「おめえ、しょうがないって・・・」
「そうでしょ。本当だったら、自分はここに現れるはずなかったんだから。普通、あの濁流に投げ出されて、生き延びられると思う?」
「・・・・・・」
当時を思い出したらしく、ミハエルさんは、ふたたび涙目になっている。
「なら、ロナ、は、どうやって帰ってきたんだ?」
「内緒」
「いいじゃねえかよう」
「好きに想像すれば?」
いっぺん死んで、師匠に蹴落とされて、またドラゴンに生まれて・・・なんて言えるか!
「さすがは、真名持ちのお方。お姿が変わられても、こうして現世にいらっしゃるのは、真名の御加護の賜物でしょう」
「・・・そんなもんがあるの?」
「さあ?」
宰相さんが、にっこり笑う。ってことは、この人も真名持ち?
「ま、いいか。こいつがヘンチクリンなのは今に始まったことじゃねえ」
「ヘンチクリンとは何さ! このぼけじじい!」
「てめぇこそ!」
ペルラさんが、まだ、置きっぱなしになっていたトレイを振り上げ、ヴァンさんを殴りつけた。枯れてもトレント、頑丈だわ。
「ナーナシロナ様。先ほどお借りしました布地。あれも、見たことのない物でしたが」
「ミハエルさん達に説明したー」
もう疲れた。説明ぐらい代わって欲しい。
「魔獣の繭から採れるそうだ」
ようやく、ミハエルさんが、口を開く。
「採取期間が短くてねー」
「あの、もしや、今のお召し物も?」
「染めてあるよー」
「といいますと、こちらの布の方が本来の糸の色なのですか?」
「そう。繭も黄緑色ー」
女性は綺麗なものが好き。
「ということだから、ヴァンさん、頑張って」
「っていきなりなんだ?!」
獲物をロックオンした鷹の目つきをして、ペルラさんがヴァンさんに躙り寄る。
「これは素晴らしい布地ですわ!」
「おおおお、俺にどうしろってんだ!」
「もちろん。採取、ですわ」
やった。本格的に人手ゲット!
うやむやのうちに、認めちゃってますね。




