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涙の軌跡

 宰相さんの一言で、一同がフリーズした。


 真っ青になったスーさんを見据える。目に見えて、震えている。


「へふ、へほ」


 か弱い声を立てて、ヴァンさんがボクの腕を叩く。


「ねえ。誰が、賢者殿、だって?」


 自分でも思ってもいなかった、低い声が出る。


「それは、そのっ」


 逆に、宰相さんの声がひっくり返っていた。


 見回せば、そろって目が泳いでいる。床に土下座しているペルラさんは、ぴくりとも動かないけど!


「ボクは、街道の、盗賊討伐に、巻き込まれた、ただの、一般人。違う?」


「うー、あー、それはー」


 宰相さんが、顔中から汗を滴らせている。


 ヴァンさんが、自力で片頬から自分の手を振りほどいた。すぐさま、もう片方も引き剝がす。


「おほーっ、痛ててて。力一杯、つまみやがって。加減しやがれってんだ。俺はもう、いい歳なんだぞ」


「そのくせ、普段は、年寄り扱いするな! とか言ってるんだよね」


「臨機応変ってやつだ。文句あるか!」


「丸い人のお父さんの理不尽な言い訳と同じだよ」


「あんな腐ったやつと一緒にするんじゃねぇ! だいたい、おめえの物を後腐れなく処分するのに一番手っ取り早い方法だ、って言ってるだけだろうが」


 おめえの、物?


 ヴァンさんの頭に片手を乗せる。


「うっ。なにし、痛てててててーっ」


「そうなんだ?」


「だからっ、そのっ」


 スーさんも、ミハエルさんも、慌てふためくだけだ。


「ギルドハウスにもしこたま残して逝きやがって。尻拭いするはめになった、俺達の身にもなってみろ! 嫌みの一つや二つは受け取りさらせ! ってててて手ー離せっ」


 言ってはならない台詞、いや、聞きたくない文言が溢れてくる。


 【遮音】結界は張ってあるから、部屋の外には聞こえていない。


 だからといって、自分の耳ならいいという訳ではない。断じて!


「こいつらは、うっかりおめえを巻き込んじまったから、自業自得だろうが、俺にまで八つ当たりするこたぁねえだろ!」


「うっかりだろうがなんだろうが、ボクが巻き込まれたことに変わりはないよね。でもって、解決に協力してたんでしょ。十分、関係者、だっ」


 指先に力を込める。


「あだだだだっ。悪かった! 俺が悪かった! お嬢! 謝る、謝るからーっ」


 それは、ヴァンさんが自分を、否、アルファを呼ぶときの言葉。だった。


「お嬢って、誰」


「しらばっくれても無駄だって! 黒助どもが、あんな顔して飛びつくやつが他にいるかってーの!」


 へ?


 自分とヴァンさんのやりとりが、単なる遊びに見えていたらしい。いつ混ざろうかと、しっぽを振っている。


 無言で睨みつけると、今気が付きました! 見たいな顔をして、あわててそっぽを向き、ミハエルさんの座っているソファーの後ろに隠れる。


 遅い!


「・・・賢者、殿」


 うしろから、ウォーゼンさんのつぶやきが聞こえる。


「違うよ」


「賢者様」


 まだ突っ伏したままのペルラさんが、声に出す。


「誰のこと?」


「あ、あの、結婚の話は、冗談、戯れですから」


 スーさんが、引きつった笑い顔で、前言を撤回する。


「お嬢。もう、いいじゃねえか」


「だから、それ、誰?」


「久しぶりに会ったってーのに。相変わらず、厳しいやつだよ、おめーは」


「・・・」


 なんで、ここまで、確信を持って断言するのかな。


「俺達は、本当に、おめえを巻き込むつもりはなかったんだ。ただよ? これだけ、言いたかったんだ」




 お帰り




 違う。


 わたしではない。




「名前なんかどうだっていい。おめえが何者でも構わねえ。生きて、また、会えた。俺だけじゃねえぞ。誰よりも、こいつらも、黒助達も、おめえのことを待っていたんだぞ」


 宰相さんの爆弾発言とはまた違った沈黙が降りる。


 思わず手に力が入る。


「なんだよ。照れ隠しにしては激し過ぎ、いててって! やめやがれ!」


「いっその事、綺麗に禿げ上がってしまえばいいんだ。このポンコツ頭!」


「てめえに言われたかねえって、やめやめやめっ」


 手の下でジタバタと暴れるヴァンさんを見て、スーさんが立ち上がった。


「このとおり! 調子に乗っておりました! あまりにもお変わりがなさ過ぎて、懐かしくて、ついっ」


 髪の色は違うし、両目も揃ってる。肌の色も変わった。口調も変えた。どこが同じだと?


「ふん。そのくらい、てめえの頭で考えやがれ! ってーーーっ! 年寄りを絞め殺す気か!」


「もう、そのくらいで」


 再び、ウォーゼンさんがボクの手を押さえに来た。それを、空いている方の肘で、思いっきり打ち込む。


「おふうっ」


 腹、より下を押さえてうずくまってしまった。


「王宮内で乱暴を働いたんだ。とっとと追い出せば?」


「そのくらいでは、乱暴のうちに入りません」


 まだ、顔色の悪い宰相さんが、それでも反論してくる。


「んじゃ。離宮を壊してくる」


「ままま待ってくれ! ください!」


 ミハエルさんが、大声を上げた。


「な、なぜ、そこまで拒否なさるのですか?」


 まだ顔を上げないペルラさんが涙声で質問する。


「人違いでいろいろ言われるのは気分が悪い」


「だからっ。もう、面は割れてるんだって、てててっ」


「やはり、我々のことを、お怒りなのですね」


 スーさんが、しゃくり上げながら、そう言った。


「怒る? 何を。言いがかりをやめて欲しいだけだ」


「言いがかりもなにも、ぉおおおおおっ」


 このおじーさんは!


 いい加減諦めろ。わたしは認めない。もとい、人違いだ。


「他の連中にばらすつもりはねえ。気付いているやつも居ねえはずだ。さっきも言っただろ? おめえが、お嬢が帰ってきて嬉しかったんだってよ、おおおおう!」




 ここで、この世界では聞きたくない。


 さっちゃんや、義姉さん、義父さんの口から聞きたいんだ。


 わたしが、帰りたいのは




「お嬢。おめえが、何を抱えてるかは知らねえし、言わなくてもいい。おめえは、自由なんだ。どこに行ったっていい。

 だがよ? 俺達は、少なくとも俺は、おめえのことを戦友だと思ってる。久しぶりに逢って、よく帰ってきたなって、声をかけるのが、そんなに変なことなのか?」


「この、ぽんこつ頭! ばか! いけず! あんぽんたん! まぬけ!」


「なんだとおおおぅ! やめろ! これ以上は、馬鹿になる、死ぬぅ」


「ヴァンさんなんか、ヴァンさんの、ばかぁーーーーっ」




 適当なことをべらべらと!

 そんなに人の傷を抉るのが楽しいのか!

 人の、気も、知らないで・・・




「アルファ、様・・・」


 あの方が、泣いている。


 ヴァンを締め上げていた手は、床に落ち、声を殺して、肩を震わせ。金虎が、寄り添うと、しがみついた。


 なうん


 黒い巨大な獣が、小さな体を、やさしく抱きすくめる。


「お嬢・・・」


「ヴァン殿、ウォーゼンが、あれほどいてくれるな、と言っていたのに」


 ミハエルに詰られ、傷む頭を撫でながら立ち上がり、振り向けば、泣きじゃくる少女が居る。


 ソファの後ろに回り、少女の背中に手を伸ばす。


 その少女の腕で、弾き飛ばされた。


「っ、なにを」


「ヴァンさんの脳みそは腐ってロックアントが詰まってるんだ。この人でなし!」


「なんでそこまで言われなきゃならねえんだ!」


「そうですわ。そこのポンコツが」


「ペルラさんだって!」


 涙に濡れた目で睨みつけられ、狼狽する。


「今朝のご飯の後で睨んでいった! 理不尽だ、あんまりだ!」


「あ、あの、それは。賢狼様の」


「自分がいないときのことまで責任取れるはずないでしょ! いっつも調子のいいことばっかり言ってて!」


「ふ、わ、あ、あう」


 ペルラの言葉も、しどろもどろになった。


「もう、自分のことは放っておいてよ・・・」


 金虎の体までも、押し放す。


 ふみゃぁうん


 悲しげな声にも、応えない。


「だ、だがよ? 俺達は、おめえになんにもしてやれねえのか?」


 再び、少女に睨みつけられた。


「だから人でなしだって言うんだ。この考え無し!」


「お、おめえ! いくらなんでも・・・」




「大っ嫌い!」




 その場に居た全員が、胸を押さえた。




「こ、れは、きっついわ」


 さすがのヴァンも、顔が強張っている。


「も、申し訳ありませんでしたーっ」


 ペルラは、再び土下座した。


「あ、あるふぁ、どのぉ・・・」


 ミハエルは、泣き始めた。


「宰相。大丈夫、か?」


 浅く息をする国王が、床にへたり込んで胸を押さえる宰相に声をかける。


「もう少しで、天の巡りに還るところでした。そういう、陛下こそ」


「ああ。一瞬、真っ白になった」


「本気で、言われてしまいましたな」


「いや。本気、だったら、今頃、本宮、そのものが、吹っ飛んで、いる」


 ようやく息を吹き返したウォーゼンが指摘する。


「「「・・・」」」


 誰も、否定できなかった。




 あのくそじじい。


 年とって臆面もなく恥ずかしい台詞を吐いたりするから。


 不意打ちで泣かされてしまった。


 どうするんだこれ。顔もあげられない。


 街道で見かけた時、手出しせず見捨てておけばよかった。情けをかけても、全く恩になって帰ってこない。面倒とか面倒とかバッカリで。ローデンのおぼっちゃまどもは、なにか? 自分に恨みでもあるのか?


 もう、[魔天]も、まーてんも知ったことか。絶海の孤島を探して、死ぬまでふて寝してやる。




「今、寒気が」


「ウォーゼン?」


「いや。俺もだ」


 ヴァンの顔色も悪い。




 衣擦れの音がする。


「ローデン王宮一同並びにローデンギルド顧問の数々のご無礼、ここに深くお詫び申し上げます。わたくし、ペルラ・ジングバーの一命を持って、なにとぞ、お怒りをお収めくださいまし!」


 は?


 思わず顔を上げると。


「なにやってんの!」


 目の前に座り込み、今にも懐剣をのどに突き立てようとしているペルラさんが居た。


「わたくしの、わたくしの思い上がりが、悪かったのです! どうぞ、どうぞ、この首一つでお静まりくださいませ!」


 慌てて、ペルラさんの両手をつかみ取る。


「止めるってば! ヴァンさん、ウォーゼンさん、何やってんの。剣取り上げて! 止めてーっ」


「お、おうっ」


「女官長、早まるなっ」


「いけませんわ! わたくし一人でお許しいただけるのなら!」


「死ななくていい。死んじゃ駄目だってば!」


「いいえっ! 死なせてくださいーっ」


「オボロ! ペルラさんを押さえて!」


 う、うみゃみゃみゃ


 自分が握っていた手を、オボロに代わってもらい、ポーチから小袋を出す。


「食べて!」


 昨日焼いたクッキーだ。お腹がすいているから、変なことも考えるんだ。


「ふがっ?」


 それに、噛み砕いている間は舌を噛み切ることも出来まい。


 口の中からクッキーが無くなったら、次のクッキーを放り込む。


 一袋食べさせたところで、ようやくペルラさんの手の力が抜けた。


「ふ、ふぐっ。アルファ様ぁ」


「その名前は禁句!」


「ですがぁ、ふ、わあああああっ」


 ペルラさんは、オボロの片手に抱きついて泣き出した。




 あああ、焦った。

 泣く子には、勝てませんでした。根が、お姉さんなので。


 赤ちゃんの泣き相撲とは違うはずなんですけどねぇ。




 途中で主人公の自称が入れ替わるのは、本作品の仕様です。


 #######


 主人公の「大嫌い」


 シンシャ近くの[魔天]でかました「大喝」の、ひとバージョン。

 主人公の強い感情が、人の体内魔力をも揺さぶったため、体調にダメージを与えてしまった。

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