流浪の果て
なんと、宰相さん直々のお迎えだった。
「おはようございます。昨晩は、我々の不手際で、お客様にも、大層お手数をおかけしました」
頭を下げて謝罪する宰相さん。
「お、おはようございます。ボクは、ななしろです。昨日のことは、降り掛かった火の粉を払っただけ。だから、気にしないでください。それと、ルベールさんとヴィラントさんを付けてくださって、ありがとうございます。とっても、お世話になりました」
直属の上司にお礼を言ってもおかしくない。
「これはこれは、ご丁寧に。私が、ローデン国の宰相を勤めております。よろしければ、道々お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ。はい」
「ナーナシロナ様。いってらっしゃいませ」
ルベールさんが、見送ってくれる。
「そうだ。ルベールさん? マイトさんが来たら、薫製ハムを、三本渡してくれる?」
「了解しました」
「レンのお昼は、少なめで」
「っ。はい」
笑ってる。
「なんでしょうか? それに、レン、とはどなたのことでしょう?」
本宮に向かって歩きながら、略称の事とか、書き取りの話とかをした。ついでに、ペルラさんとの会話も愚痴る。
「そのようなことになっておりましたか。全く持って、我々の力不足としか言いようがありませんな。重ね重ねお手数をおかけしました」
「ボクは、書き取りするように言っただけで。効果があるのも、ハムが残っている間だけだと思う、思います」
「おや? 一年でも十年でも、お気の済むまで王宮に滞在していただけると、我々も助か、おほん、レオーネ様も喜ばれるのですが」
こら。自分とこの姫様なんだから、手綱取りを部外者に任せるな。
「もう、四日も経ってるし。早く帰らないと、師匠に逃げられる」
「はい?」
「魔道具職人の師匠。前に、帰りが遅れた時は、暫く工房に入れてくれなった。次やったら、首にするって」
見習いが、指導を受けている魔術師なり職人から首を言い渡されたら、次の職場は自分で見つけないといけない。よっぽどの理由がなければ、次の勤め先は紹介してもらえない。そのうえ、着の身着のままで放り出される訳で。
まあ、師匠云々は、屁理屈設定上の話だけど。説得力は出るはず。
「ですが。副騎士団長から、ナーナシロナ殿のマジックバッグのことを伺っております。それに、ヴィラントからは、不可視かつ防御の結界らしきものの報告も受けております。
それほどの技術をお持ちであれば、独立されても十分やっていけるのではありませんか?」
「師匠は、もっとすごい。だから、まだ教わることはたくさんあるんです。それに、あれは未完成品だし」
「あれで?」
「あれで」
なんか、複雑な顔をしている。
「おっと、こちらのお部屋です。どうぞ」
侍従さんが開けてくれた扉の中に、ボクを誘導する宰相さん。
・・・揃い踏み。
「やっぱり、ボク、帰る」
「おいこら待てや!」
「なんで、おじーさんがいるのさ!」
「だれがじじいだ。俺達も呼ばれたんだっての」
「レンは無事だったんだから、いいでしょ!」
スーさんとミハエルさんとウォーゼンさんとペルラさんとヴァンさん、そして宰相さん。ミハエルさんの足元には、オボロが待ち構えている、もとい飛びかかる直前の構えを取っている。
吊るし上げじゃん!
「度々、レオーネが世話になりました。お礼を申し上げます」
スーさんが、にこやかに手招きする。
「姫さまは無事だったんだし。お礼も、今言ってもらったから、もういいよね?」
「不届き者達が押し掛けてきた後の様子を聞かせてもらえないか?」
ミハエルさんが、追撃してくる。
「朝ご飯、一緒に食べた人がそこにいるんだから、その人に聞けば?」
帰る帰る、もー帰る!
「あら、わたくし、昨晩のことは聞いておりませんわ」
まだツンツンしている。
「笑ってごはん食べられるようになってたでしょ。蒸し返すのはよくない!」
とかやり合っているうちに、扉が閉められてしまった。
「ボク、帰るってば」
「そう硬いこと言うなって。で、手に持ってるもんは何だ?」
背丈の差があり過ぎて、肩に回すつもりだったであろう手が、ヘッドロックになっている。締めるな!
「そこの人に頼まれた物だよ。はい、どうぞ!」
「ま、まあ。これはこれは」
目がザルに釘付けだ。そこまでの物なのかねぇ。
手を出してきたペルラさんの目の前で、ひょいと持ち上げる。
「え?」
「王様が食べるんでしょ?」
そう言って、あっけにとられているスーさんの胸元に押し付ける。
「・・・女官長、これは?」
「あ、あの、その」
しどろもどろになるペルラさん。おい。独り占めする気だったの?
「朝ご飯、一緒に食べた時に、ボクの作ったハムを王様に食べさせたいって。いい人だよねぇ?」
いい人、を強調する。ふん。嫌みにもなりゃしない。
「そうなのか。ナーナシロナ殿も女官長も、ありがとう」
って、スーさんの目もザルに向いたまま。おい!
「昨日、マイトが届けてくれた物かな?」
ミハエルさんが、ニコニコとしながら声を掛けてきた。
「取り合いに、なったりしてないよね?」
「なったなった。大騒ぎになった」
ウォーゼンさん。それを嬉々として報告するのは、おかしいって。
「朝も早くから、ハンターどもが押し掛けてきやがって。いい迷惑だ」
「とかいって、人一倍食べてたんでしょ。年寄りの大喰らいは嫌われるよ?」
「こ、こここ、顧問の特権だ!」
ヴァンさんがそっぽを向く。
「ああ、それは、受付嬢らが叩きのめ、ゲフン、たしなめてくれたおかげで、一応は行き渡ったぞ」
・・・お姉さん達、最強。
「まあまあまあ。昨日までの騒ぎの顛末をご説明しましょう。どうぞ、こちらにお掛けください」
宰相さんが、ボクの手を取ってソファに誘導した。ヴァンさんに頭を抱えられている所為で、どうにも逆らえない。そのまま、座らせられた。
すぐさま、オボロが飛び乗ってきた。膝の上に頭を乗せて、喉を鳴らしている。鼻面を叩いても、降りてくれない。こらーっ、逃げらんないって。
「さっすが、黒助」
「どこが。重い。どかせてよ」
「自分で言えよ」
ニヤニヤ笑うヴァンさん。そのにやけ顔、引っ掻くぞ。
スーさん達も、思い思いに着席した。ウォーゼンさんだけ、扉近くに立っている。
「あらましはお聞きになりましたか?」
「えーと、なんだっけ。あの丸い人が、」
ぶぶぶーっ
全員が吹き出した。
「エーリサ・デネバ、のこと、ですかな?」
宰相さんまで、目が三日月になっている。
「たぶん、そんな名前だったと思う。で、その人が、レン、じゃなかった姫さまが王女にふさわしくないとか、自分が王妃になるべきだ、とかぶち上げて、隠れてた人に「やっておしまい!」みたいなことを言ってた。で、後から来たおじさん、」
ぶふぉっ
またも吹き出す一同。
「あー、丸い人のお父さん? が、変な事言ってた。えーと、王女殺害の犯人役をボクに押し付ける、とか。でも、なんでそんなことをしようとしたのかまでは、聞いてない。
姫さまは怪我もしなかったし。ボクは、裏の話なんか聞きたくない。もう帰っていいよね?」
そんなもんは、偉い人達だけが把握してればいいんだ。一般人を巻き込むな。
「いえいえいえ。是非ともお耳に入れたく。さて、ナーナシロナ殿は、この王宮で聖者殿の「聖遺品」をお預かりしていることはご存知ですかな?」
ん?
「王宮での晩餐の時に聞いたかも」
「彼らの狙いは、それでした」
「はい?」
「あれらは、今までにも中身を解放したことがありまして。宝石の原石だったこともありました」
ありゃ。劣化が進んで、勝手にばらまくようになっちゃったか。確か、シンシャの商工会からシルバーアント討伐の時に貰った物だ。いくつか使っちゃったけど。
「ふぅん」
日記とかも入ってたけど、日本語で書いてたから、この世界の人は読めないし。あとは、素材とか、作り損ねた楽器とか。別に、見られても問題ない。
「宝物庫の中に特別区を設けてあり、滅多な者は近付かないよう厳命してあるのですが、いつのまにか話が広がってしまいまして」
いきなり宝箱が増えれば、噂にもなる、か。
「それで、残る遺品からはもっと高価な物が出てくるだろうと」
あああ。尾鰭が、たっぷりとくっついちゃった。
「「聖遺品」のみならず、王宮でお預かりしている品々も他国からの宝物ばかりなので、信憑性が上がってしまったようです」
なんてこったい。
「ん? それが、なんで「姫さまのお命ちょうだい」、に繋がったの?」
「王女殿下、王太子殿下及び王妃様をことごとく誅し、己の血縁者を後釜に据え、皇室の後ろ盾となった暁に、それらの宝物を我が物にしようと謀っておりました」
「・・・ある意味、遠大な計画、いや壮大な妄想だね」
「誠に」
宰相さんだけでなく、ミハエルさん達もうなずいている。
「あれらは、王室の財産ではありません。聖者様からお預かりしているだけです。我々が勝手に取り扱っていい物ではないと、あれ程説明したというのに」
スーさんがあきれたように補足する。
「でも、もうその人、居ないんでしょ? 目に届くところにあったら、かえって辛くない? お宝も一緒に、他の国と分け合いっこすればいいんじゃないの?」
中身については、ロシアンルーレットになるけど。それも楽しいじゃん。
「一度は検討されました。ですが・・・」
スーさんが、挙動不審になった。
「どうしたの?」
「どの国からも全力で拒否されました」
さらっと宰相さんが答えた。全力、の所に力が込められている。
「なんで! お宝でしょ? みんな、欲しがるものじゃないの?」
「コンスカンタの事件が、妙な具合に広まってしまいまして。聖者様の逆鱗に触れると、病に冒されるとか半身不随になるとか」
宰相さんの説明に、あぜんとする。何の呪いだ、それは。
「お宝とは関係ないじゃん!」
「ところがそうでもないんだな。まあ、賢者行方不明の直後に、ショックで寝込んだコンスカンタ関係者が多数出たのは間違いないし。半身不随というのは、賢者の名を騙った一味で、腕が動かなくなったり、魔術が使えなくなったりした者がいる。その辺から来ている、のだと思う」
ウォーゼンさんも口を挟む。
「だから、お宝でしょ?」
「だから。まともな神経のやつは、手を出そうとしなかった、ってこった」
ヴァンさん、そこ、ふんぞり返るところじゃない。
「それって、昨日のおじさん達は、まともじゃないってこと?」
「他にも、数名。こちらは、ミハエル狙いでした」
スーさんが、こめかみを押さえている。でも、なんで、おぼっちゃまが狙われるんだ。
「既成事実を盾に、慰謝料代わりに遺品を寄越せ、らしいぜ」
そう言う狙われ方、ね。
やってても、やってなくても、この場合、一緒にいた、ってだけで騒げるネタだ。
とはいえ。
「なんで、おじーさんがそんなこと知ってるのさ」
「昨日と一昨日と、ギルドハウスに押し掛けてきやがった!」
「へ?」
「討伐から戻ってきたあと、ギルドハウスで報告書を作るってんで預かったんだよ。入るところを見られてたようでな。ギルドハウスの周りに怪しげな馬車が押し寄せてきやがって。わざと隙を見せたら、堂々とギルドハウスに入り込んで来たぜ。黒助が一喝したもんで、どいつもこいつも、こっちが何も言わないうちに洗いざらい白状してくれたけどな」
「あ、そう」
・・・オボロってば、それで「ほめて〜」って来たんだ。ゆで肉は、報酬の前払い、とでも思ったのかね。
「すごいすごい。偉いね」
軽く頭を撫でる。誰にブラシを掛けてもらっているんだろう。ふかふかだ。
うーなうなうー
目を細めて喜んでいる。あー、よしよし。
「私は、妻帯していない。そして、普段は騎士団宿舎から離れることはない。王宮で公用があるときは、金虎殿が同伴してくださっていた」
それじゃあ、いわゆる普通の貴婦人達は、まず近付けない。
奥さん繋がりで屋敷に乗り込む手は使えない。騎士団宿舎は、関係者以外立ち入り禁止。オボロがエスコートしていれば、男性でも縮み上がる。
「今回、ギルドハウスに詰めている間に、なんとしても、ということだったのだろう」
ミハエルさんの顔は、ものすごくお疲れ気味だ。
「これじゃ、女性嫌いになるのもむりはないよねぇ」
「そんなことはない! 求婚した女性は居る!」
「あ、そう。でも、結婚してないってことは、振られた?」
「う、あ、それは」
真っ赤になって、もじもじしている。でもって、ちらちらとボクを見ている。・・・え?
「そうか! どうでしょう、ヘンメルと結婚しませんか?」
スーさんが、喜色満面で壮絶にふざけたことを抜かしたせいで、猛烈にむせた。
「茶も飲んでいないのに、よくそんだけ吹き出せるな」
「問題がっ、違うっ!」
「あらまあ、名案ですわ! 早速、妃殿下にお知らせしましょう!」
「いや、それくらいなら私と!」
ミハエルさんが名乗りを上げた。なんなの、それは!
「待て待て待てーっ」
「なぜでございましょうか?」
宰相さんまで。王様達の暴走を止めてよ。
「会ったこともない人と結婚なんか出来るか! そもそも、ボクは誰とも結婚なんかする気はないっ」
ましてや王族となんか。冗談でも口にしていい話じゃないでしょ。
「ああん? 結婚の一つや二つぐらい、いいじゃねぇ、おおおおっ」
ふぎゃん!
オボロを膝から叩き落とし、ヴァンさんの後ろに立って、ほっぺたをつまんでのばす。
「ひゃいひゃいひゃい! ひゃめひ。ひゃめへふへ〜」
「どの口が、どの口がっ」
「ほほふほぅ!」
年寄りにしては、よく伸びる皮膚だ。もうちょっといけるか。
「はひゃはい〜〜〜っ」
「何かなー」
「はふはっは! ははひはひぃ〜〜〜」
「だから、何!」
我に返ったウォーゼンさんが、ボクを羽交い締めにした。
「そそそそこまで!」
「はなせっ。この悪い口にはお仕置きだーっ」
ふん、筋力二倍は伊達じゃない。頬はつねられたままだ。
「ぶべぶぶ」
いつものペルラさんなら、ヴァンさんの変な顔を見れば喜んでいるところだけど。
「失礼しました! もう、申しませんから!」
平謝りに謝ってくる。
「け、けけ、賢者殿! どうぞ、お静まりを!」
宰相さんの一言で、一同がフリーズした。
もちろん、わたしも。
さあ、バトルだ。




