親の出た幕
タイトルは、間違いではありません。
「レオーネ様、ナーナシロナ様。お怪我はありませんか?」
「うん。二人とも怪我一つしてないよ」
「この者達は、不法侵入者として捕縛します。それ、で・・・」
兵士さんも侍従さん達も、ぷらぷらとゆれるスカートお化けを見つめている。
「早くわたくしを降ろしなさい! この無礼者!」
スカートでズローズを隠すのは諦めたらしい。縛られていない方の足で、足首に絡まっている双葉さんを外そうと、もがいている。もがきまくる。
「あっ。あーーっ!」
不安定な体勢で慣れない動きをした所為か、足がつった、らしい。
さっきよりも激しくもがく。でも、双葉さんはその手、もとい蔦を緩めない。
「い、今なら、あなた方のっ、不遜な態度も許して、っ、差し上げてもよくってよっ! あっ、痛っ。痛いんですの! 早く、なんとかしなさいっ!」
どかどかどかっ。
もう。闖入者がまた増えた。
「姫様を害した慮外者は、どこ、だ・・・」
抜き身の剣を握りしめて、勝ち誇った顔して、偉そうな台詞を口にして。でも、この場では、道化にしか見えないおじさん。
「・・・な、なんだ?」
「何だも何も。公爵こそ、このような夜分に、物騒なものをお持ちでいらっしゃる。何事ですか?」
あ。この声、ブランデさんだ。髪の毛を撫で付けてたから、誰だか判らなかった。討伐隊から休暇一日で現場復帰? すごいな。
「わしは、レオーネ様がミハエル公の客人に害されたと聞いて、駆けつけただけだ」
開き直った。でも、それは誰のシナリオ?
侍従さん達の目が半眼になっている。なるほど。このおじさんの筋書きなのね。
「どこのどなたからお聞きになられましたか?」
「わしの手の者だ!」
「現在、この離宮は、我々騎士団が警戒しております。そこにご自分の配下の者を紛れ込ませていた? いけませんなぁ。綱紀粛正を計らなくては。どの部隊のなんという名の者でしょうか?」
「き、騎士団は王国の盾。すなわち、わしに情報が届いても不思議はない!」
「ますますもって、よろしくありませんねぇ。上官に報告もせず、不確かな情報を第三者に無責任に流すとは。それとも、どこかの部隊長ですか? 公爵、綱紀粛正にご協力いただけますかな?」
どう聞いても、ブランデさんの言い分が正しい。と、思う。
「そんなことはどうでもよろしい! 早く、わたくしを下ろしなさいというのに、何をやっているのですっ」
「エ、エーリサ、か?」
公爵と呼ばれたおじさんが、絶句した。目に入っていなかったのかな? こんなに目立つのに。
「お、お、お父様っ?! いやっ。ではありませんわっ。早く、早く降ろしてくださいましっ」
スカートの陰に隠れて顔が見えないけど、多分、真っ赤になってるんだろうな。頭に登った血と、恥ずかしさで。
「誰がこのようなことを! おい! 早く、降ろさんか! 何だこの変な物はっ!」
あまりにも細い柱は、巨大な、もとい、ふくよかな女性一人を支えられる強度を持っているようには見えない。変なもの、と言われても不思議ではない。
おじさんは、剣で双葉さんに斬りつけた! ・・・あれ?
双葉さんは、蔦をぐんにゃりと曲げてしまった。剣は当たらない。そして、獲物も放さない。
「な、な、このっ」
ぶん。ぐにゅ
ぶん! くにょ
・・・可笑しい。いや、当事者達はものすごく真面目だ。でも、
「きゃーーーーあっ」
「いやぁぁぁぁっ」
双葉さんが変形し、剣撃を躱すたび、丸いフリル付き風船が上下左右に振り回されている。
勢いがつきすぎて、危うく剣に当たりそうにもなる。見ているこちらがヒヤヒヤする。お姉さんの目が、スカートに塞がれていてよかったね。
「このっ、娘を放せっ」
ゴンッ!
とうとう、頭が天井に当たってしまった。相当な勢いだったらしく、みごとに気絶した。片方の足が、妙な格好で曲がったまま動かない。壊れた人形のようだ。
気の毒、なんだけど、可笑しい!
「な、なんてことを!」
おじさんが剣を振るのを止めとけばよかったのに。見物人の笑いを含んだ目線にも気付かないらしい。
「貴様らっ。許さん、許さんぞ。わしの娘にこのような恥をかかせおって!」
いや。二人漫才でしょ?
「ごほん! いや。公爵。貴殿も、有りもしない口実で、離宮に押し掛けてきている時点で、取り調べ対象になります。さ、ご同行願いましょう」
気を取り直したブランデさんが、おじさんに向き直る。
「何を言っておる! わしはデネバ公爵だぞ。どんな権限があっての沙汰と言うのだ」
往生際が悪いよ。
「デネバ夫人、いえエーリサ嬢は、武器を携帯した兵士を【隠蔽】させた状態で離宮に招き入れた。その上、明らかに、レオーネ様に対し殺意を明らかにしている。謀反の現行犯です。言い逃れは出来ません!」
「何のことだ? デネバ公爵家は、歴代のローデン王家に重用されてきた大家だぞ? そのようなことが、あるはずがない」
「宰相直属のルベール、ヴィラント両名、および、王弟ミハエル様の客人がその目で見ております」
「ふん。使用人ごときの言い分を聞く必要はない!」
「もう一つ。この離宮では、刀剣類の使用は禁止されております。ところで、お手にしている物も、武器ではないとおっしゃいますか?」
「何を無礼な! 代々伝わるデネバ家のっ」
ブランデさん、揺さぶりもうまいなー。兵士さん達が持っていたのは刺股。剣は腰に差していても抜いてはない。なので、違反にならない。
「そうですか。では、禁止命令違反の現行犯ですね。申し開きはございますか?」
「そ、その小僧が武器を持っていたから!」
おじさんが突入してきたとき、ボクはレオーネに覆いかぶされていて見えなかったはずだけど。投げナイフもしまった後だった。侵入者達の持っていた武器は、兵士さん達の手で回収済みだし。
「お客人?」
話を振られたからには、力一杯協力してあげよう。うずくまるレンの横に立ち上がり、おじさんに話しかけた。レンは、ボクの服を握りしめて、見上げている。
「おじさんが見た武器って、どんな物?」
「も、もちろん剣に決まっている」
「長さは? 色は? どんなふうに持っていた? ねえ、ちゃんと見えてたから、おじさんは剣を抜いていたんでしょ?」
「おじさんだとっ! デネバ公爵に向かって無礼なっ!」
まだ抜き身で持っていた剣を、ボクの頭上に振り上げる。
「そこまで。
まさか、筆頭公爵家の当主であるデネバ公が、たわいもない子供の物言いに容易く腹を立てた上、騎士団員達が見守る中で手打ちにしようなどと、名誉ある公爵家にあるまじき振る舞いをなさると?」
「ぐ」
抉り取っている。鋭く抉っている。
「それよりも、あのお姉さん。そろそろ、下ろしてあげた方がいいんじゃないの?」
「「「「あ」」」」
スカートの端から見えている手の色が、どす黒くなっている。頭の方も、そろそろヤバい気がする。
「あー、その。お客人。あの、ご夫人を逆さ吊り、げふん、捕縛しているものの正体をご存知でありませんか?」
「えーと、ボクのほご「びしっ」、とも「びしびしっ」、助手? そう、押し掛け助手みたいなの」
保護者も友達も駄目。なんなのよ。周りの目線が痛い。
「では、放すように命じることは」
「言ってみるけど。「放しなさい」・・・あれ?」
降ろさない。蔦の端の振り具合からすると。
「なんか、怒ってる」
「「「え?」」」
双葉さん達との意思疎通は、こちらから声をかけて、イエスノーで返事をもらうしかない。ハナ達とも話をしていたようだから、たぶん。
「姫様に、剣を向けるように命令したのが許せない?」
ぴこっ
「だって」
友達の友達をいじめる人は悪いやつ! なんだろうな。
「エーリサが、そのようなことをする訳がなかろうが!」
「ねえ。その人、気絶してるし。もう、放してもいいんじゃない?」
ぶんぶんぶんぶん。びしっ
おじさんを示す。全員が、おじさんに注目。
「子供のしたことの責任を取れ! かな?」
ぴっ
「正解、だって」
「な、なな、なっ」
おじさん、もとい公爵さまは、真っ赤になってブルブル震えている。
「早く降ろさないと危ないよ?」
頭の血管が切れたら、終わりだ。
「もう、いいでしょ」
ぶんぶんぶん!
「わわ、もう振り回しちゃ駄目だって」
びしっ
再び、公爵さまを指し示す。
こりゃ、究極の選択だわ。娘の命を取るか、本人の政治生命を取るか。でも、どちらに転んでも、権勢から弾き飛ばされるのは確定だ。
それにしても、双葉さん。ちょいと卑怯な手段じゃないの?
「夜も遅くに、何事だ?」
騎士団長さんと、
「おやおや。にぎやかですねぇ」
宰相さんまで来た。この人、まだ現役だったんだ。
「くっ。ミゼル騎士団長! 貴殿の配下は、このデネバ公爵に向かって、いいがかりにも等しいっ、やめろっ」
ぷーら ぷーら ぷーら
「もう駄目だってば!」
びしっ
三度目の正直?
「騎士団員達が、どうかしましたか?」
にこやかに、宰相さんが先を促す。スカートお化けには目もくれない。さすがタヌキ。
「わ、判った。すべて話す。だから、娘を放してくれ」
一応、親心はあるんだ。おじさんが、双葉さんに向かって軽く頭を下げる。
「だって。だから、すぐに下ろして」
ぴこぴこっ
「・・・え、まだだめ?」
「なんだとっ!」
「今夜、この離宮で、何をどうしようとしていたか、今すぐ簡潔に話しなさい。ではありませんかな?」
ブランデさんの台詞に、グッジョブサインを出す双葉さん。この二人、気が合うんじゃないの?
「そのとおり! だって」
「うぐっ」
公爵さまは、なかなか口を開こうとしない。スカートの影のお姉さんの顔を窺うと。
「あ。瞳孔が開いてきたかも」
「言うっ! エーリサが姫を殺した直後に離宮に駆け込んで、姫殺害犯として客人を手打ちにする予定だった!」
にゅる〜ん。どさっ
ようやく、床に降ろされた。
双葉さんは、足首を握っていた部分をぴぴぴっと振る。手を払う動作のつもりらしい。だから、どこでそんな仕草を覚えてくるんだ。食堂を通り過ぎて、浴室の方に這って行く。水浴びもしたいらしい。
双葉さんの姿が見えなくなって、ようやく騎士団の人達が動き始めた。
「医療班の用意!」
「担架、急げ!」
慌ただしく動き始める兵士さん達の間で、両手を床についてうなだれるおじさん。
「貴様さえ、貴様のような小僧が居なければっ」
逆上して、ボクの首に両手を突き出してきた。首を絞めるつもりのようだ。
レンから一歩離れると、おじさんの両手を纏めてつかみ取る。
「ぬおっ」
「そーりゃっ」
そのまま投げた。おじさんは、背中から床に叩き付けられる。おおう。伸びた伸びた。
「ナーナシロナちゃん! 大丈夫かい?!」
ブランデさんが、声をかけてきた。目の前で、見てたじゃん。
「大丈夫だよー。それより、レン、じゃなかった、姫様を早く休ませてあげようよ」
「判っているよ。すぐ撤収する。明日、少し話をさせてもらうからね?」
ウインクしてくる。意外と似合うね。
「りょーかい。仕方ないもん」
「扉や鍵は壊されていないから、このまま戸締まりできるよ。今夜は、ルベールさんとヴィラントさんが控え室に居る。外に騎士団員も居る。
何かあったら、すぐに声をかけるんだよ?」
「わかったー」
「姫様を、頼む」
騎士団長さんが、頭を下げた。
「私からも、お願いしましょう。よろしければ、明日、お会いできますかな? 自己紹介は、その時にでも」
宰相さんが、騒動なんか知りません、といった顔をしている。
「ではまた、明日」
慌ただしく、人々が去って行った。
残っているのは、ボクと、レンと、ハナ達と。
侍従さん達は、離宮の戸締まりを確認しに見回っている。
レンは、公爵さまが乱入してきてから、一言も話さない。
手を引いて、寝室に連れて行く。ベッドに座らせた後、階下に降りて、いくつかの手ぬぐいを水で濡らしてきた。
泣きはらした顔を、そっと拭う。
「・・・ロナ」
「なに?」
「わたしがいたから、ロナも殺されそうになった」
「ちがうね。あのおじさん達にはボクが誰でも関係なかった。
確かに、騎士団の誰かが、レンとボクは仲がいい、とおじさんに知らせたんだと思う。そして、ミハエルさんに招かれて離宮に入ることも知っていた。それで、あんなやっつけ計画を立てた。
でも、あの様子だと、ボクが居なくても、そのうちに何かやらかしてたんじゃないかな?
レンは、巻き込まれただけだ。悪くなんかない」
「でもっ。わたしが強引にローデンに連れてきたからっ」
「それは、結果論。
あの時ああしていれば、こうしていれば。みんな、後悔ばっかりだよ。それを、少しでも減らそうと、いろいろ頑張ってるんだ。
それよりも、いくら結界の中にいても、真剣を振り下ろされたんだ。怖かったでしょ」
手ぬぐいを取り替えて、また顔を拭う。
その手の中で、小さく横に振った。
「公爵の手が、ロナに伸びて行った時。あの時が、一番怖かった。ロナは小さいから、握り潰されるように見えたんだ」
ぶーっ。
「小さいは余計だよっ」
「それなのに、あんなに体格差があるのに、投げ飛ばすなんて」
「あー、それはー。ボク、ちょっとだけ普通の人よりも力持ちなんだ」
今は、術具無しで筋力を抑制している。それでも、成人男性の二倍から三倍ぐらいはある。これ以上弱くしようとすると、ものすごく気持ち悪くなる。
「そうか。だから、あの時、盗賊二人を抱えてこられたのか」
「抱えるのはいいけど、かさばるんだよねぇ」
「ロナが小さいから」
「だから、それは禁句!」
ぷっ。
ようやく、笑ってくれた。
「見た目、こんなだし。変に力持ちだし。だからって訳じゃないけど、失敗もしたし、後悔もした」
どちらかといえば、これからが、本番!な、気もするけど。
「明日、ものすごく偉そうな人と話をする約束しちゃった。でも、なにを話せばいいんだろう。レンを巻き込んだって、怒られるのかな」
出来るだけ、レンには知らせないようにしていたようだし。あー、他に方法はなかったのかなぁ。
「そんなことはないっ。ロナは悪くないんだ」
「じゃあ、誰が?」
「あ、あー」
「ね?」
真っ赤になってしまった。かーわいーい!
抱きついて、ベッドの上に寝転んだ。
「わぶっ」
「そうだ。あの人達。調理場の料理には手を出してないかな?」
「なにっ。それは許せん!」
「でも疲れた。明日の朝、調べよう。賢狼殿なら、悪戯されててもわかるでしょ」
「でも、でもでも」
「デモもテロも無し。ボクは、明日お偉いさん達と対決。レンは、書き取りの続き」
「え?! まだやるのか!」
「当たり前じゃない。事件は事件、約束は約束。もう、食べちゃったでしょ?」
「あううっ」
「わかったら、寝る!」
ハナ達もいるし、一葉さん達もいる。明日は明日だ。なんとかしよう!
・・・なるかな?
まさかの双葉無双(笑)でした。




