英雄達の帰還
「おい、ローデンの西門が見えてきたぞ」
「やっと、やっとなのね・・・」
「すまないが、後ろから押してもらえないか? 気が抜けたのか、足が・・・」
「しっかりしろ! 町に入るまで油断できんって言ってたのはウォーゼンだろうが!!」
「え? まだ、まだ来るの?!」
「ええい! いいから歩け! 置いていくぞ?! もうこいつに載せる余裕はねぇんだからなっ!!!」
やつれた男二人が荷馬が引くべき車体を前後から曳いている。
すれ違う隊商から訝しげな視線が向けられるが、気にする余裕もないようだ。
「畜生、今度、会ったら、ただじゃ、おかねぇ」
「ヴァン殿、何か、言った、か?」
車輪の音に紛れて溢れる言葉は愚痴ばかり。紅一点は落ち着きなく周囲を見回しながら荷車に付いていく。時折すすり泣いている理由は、さて、何故だろう。
彼らが門を視認してから実際に到着するまで、実に二刻も掛かった。
「ようこそローデンへ、って副団長?! どうしたんですか!」
門兵のごく普通の挨拶を耳にした途端、ウォーゼンは崩れ落ちた。
「あんたらの仕事じゃねえってのは、重々承知してるんだがよ。ギルドハウスに人手を、呼んで、くれ」
ばたん
「ちょっとヴァン! 私を置いていかないでよぅ」
二人目も沈没してしまった為、とりあえず残る一人の身分証を確認させてもらおうとしたが、完全にパニックを起こしていて話にならない。
例え、自分達の上司であろうと顔見知りだろうと、身分証の提示がなければ門は越えられない。
「仕方ない。押収品の保管所に荷車を、でもって、三人は面接室の一つに運んでくれ」
交代の兵がやってきて通行の邪魔になるものを取り除く作業に取り掛かる排除し始めた。
だがしかし。
「お、重いっ!」
「あと二、三人呼んでくれっ!」
「これ、二人で動かせるもんなのか?」
「詮索は後にしろ! 次の馬車が来てるんだぞ!!」
門兵達にも混乱が広がったが、隊長格の一喝でひとまず治った。
念の為、常駐している治療師に診察してもらったが、
「二人は重度の疲労でしょう。睡眠不足もあるかもしれません。起きたら好きなだけ食べさせてまた寝かせとけば回復すると思います。もうお一方は、・・・近親者に来てもらうのが一番効果的かと」
まだ若い治療師はウォーゼンらの顔を知らなかったらしく、淡々と所見を告げて、自分に与えられた部屋へ戻っていく。
「どちらにせよ、副団長の帰還は団長に知らせるよう通達が出てるし」
「行き掛けの駄賃にギルドハウスに寄ってきます」
「アンゼリカさんはどうする?」
「連絡先を知ってるか?」
「『森の子馬亭』でしょう」
「いや、かなり前に人に譲ったって聞いたぞ」
「それなら『あの』工房でいいんじゃないですかね?」
「そだな」
そんなこんなで、三月ぶりにローデンに帰り着いた三人だった。
なぜ、こんな有様になったかと言えば。
ウォーゼン提案の体験学習(?)は、あれから延々と続けられた。しかも、徐々にグレード(主に危険度)が上がり、最後には「だいじょーぶ。どうしようもなくなったら助けてあげるから♪」の一言で魔獣の前に放り出されたりもした。
更に、最初の離陸地点に戻って来た時、「せっかく仕留めたんだから、持って帰って成果を自慢しなくちゃ!」というわけのわからない理屈で獲物の山を押し付けられた。
「とどめはおめえがヤっただろうが!」
「してないよ? 足引っ掛けたり、後ろから引っ張ったりしただけじゃん。もしかして、物足りなかった?」
「「「そんな訳あるか!!」」」
「えーと、これとそれと、あ、これもあった。三人とも頑張ったネェ」
「誰のせいだ誰の! って、なんだ? ソレは」
目の前にこんもりと積み上げられた大小の袋や樽の数々に、寒気が治らない。
「ちょっと思いついたこともあるし、急いで作りたいものができたから、気をつけて帰ってね」
「待て待て待ってくれ。ここから、俺達だけで帰れということか?」
慌てるウォーゼンの様子に首を傾げる。
「ヴァンさんの勘も戻ったでしょ?」
「狩と土地勘は別物だ!!」
「ローデンはあっちで、街道までの近道はこっちだってば」
「あっちで判るかーーーーーっ!」
「それにそれにね? 三人ではこんなに運べないわ」
「あ、そうか。魔道具作ってる余裕がなかったから、見たまんまの質量だもんね」
そう言ってひょこひょこと消えていく品に、心底ほっとした。が、甘かった。
「じゃあ、先に行っててくれるかな。準備してから追いかける。五樹、先導よろしく」
うみゃん
「腕が鈍らないように誘導してね。じゃ、また後で」
そう言って消えてしまった。文字通り、目の前から。
「また結界を使いやがったっ!」
『楽園・改』。ななしろが、「安心安全」をモットーに開発した、ある意味最強の結界。
「ななちゃん、あのねななちゃん!」
ふみゃぁう?
「どうやら、もうここには居ないらしいぞ」
しっぽを揺らして歩き始める五樹の様子から判断して、ウォーゼンは諦めとともに現実を伝える。
「あんの野郎〜〜〜〜〜っ!」
「五樹ちゃん、私を置いていかないでっ!」
「その前に、荷物を拾わないと、な」
地団駄踏むヴァンと五樹にすがりつくアンゼリカを見て、ウォーゼンは再度ため息を吐く。
ななしろは、三日後、朝食を終えた三人の前にふらりと戻って来た。
「おはよう!」
「おはよう、じゃねぇ!」
「よかった。三日で済んだのか」
「うん? 試作品だから手伝って欲しいんだ」
おもむろに武器を渡されて困惑する。
「手直しする必要があるものなのか?」
「違う違う。試すのはこっち」
ひょっこり取り出したのは、嫌という程解体したアレ。だが、触覚が動いている?!
「て、てめえ!」
「ちょっとななちゃん!」
「無駄に大量に手に入っちゃったからねぇ。何かに使えないかと思ってやってみたら出来た」
「で、できたって、そう、かんたんに」
三体のロックアントが、ゆらゆらと動き始める。移動する先は、・・・自分達!!
「逆走しないでね〜。帰り着くのが遅くなるよ?」
ジリジリと接近するロックアントに後ずさるウォーゼン達。
「ロナ殿。ひとつ、教えてもらいたいのだが」
「何?」
「これは、なんなのだ」
「ロックアントの抜け殻の再利用?」
「なんで疑問形なの?」
「ロックアント退治の練習台と、運搬役とか探し物に使えないかなとか、そうそう、暴走魔獣の誘導も出来るかなとか。ねぇ。他にないかな」
指折り数えるななしろを横目に、頭が痛くなってきた。
「ロナよう。俺も訊きてえんだがよ。なんで、おれらに向かって来てんだよ、あぁ?」
強がってはいるが、語尾が震えている。
「セットなんだ、その武器と。関係ない人を巻き添えにしたらダメだよね?」
「おおおお俺達はいいいいいいってのか」
ニタリ
「急所に当たれば、止まるから」
「ばっかやろぉおおおおおおおおっ!」
「出来るだけ本来の動き方をするようにしたんだけど、どう?」
「どうもこうもないわよっ」
「だから、その辺を調整したくて」
「俺達で試さないでくれっ!」
「ってことは生きてないのかこいつらっ」
「だから抜け殻。でもって、ヴァンさん達が解体しきれなかった分だよ」
あっさり言わないでもらいたい。それより、一瞬、まだ残っていたのかという驚きを感じたが、すぐさま、別の疑問が湧いてきた。
「俺達と何度もあちこち出掛けてて解体する暇がどこに会ったんてんだよ畜生!」
「偶然なんだけどね? スライムの池に落っことしちゃったらいやまあ早い早い。それに、顎と尻の腺袋を外すだけで中身綺麗にしてくれたもんだから。元の形に組み立てて」
「判ったわ判ったから止めてお願いだからコレ止めてぇ〜〜〜〜っ」
「動けるようにするのにもっと苦労するかと思ったんだけど、これもまた思いの外簡単に」
「やるんじゃねぇっ!!」
「たくさんあるんだよ? もったいないじゃん」
「使い方にも良し悪しというものがあるっ!!」
ロックアントに追い立てられ、打ち倒すまで止まらないのだと漸く悟ったが、三人は、結局森の中を疾走する羽目になった。
「どうにもぎこちないなぁ」
ぜーっ、はーっ
「そういう、感想は、他所で、やれよっ」
漸くロックアントの死骸を止めた感想にしてはあまりにも酷い。
「あ、ご飯は準備しておいたから。じゃ、また後で」
「「「え?」」」
「五樹、見張りしてあげてね。はい、ご飯」
うみゃぁ〜う
「ちょちょっと待て。もしかしてもしかしなくても」
「うん。改良版もってくるから。ヨロシクね」
そう言い残して消えるななしろ。
「おい、今のうちに逃げるぞ!」
「ヴァン、逃げるってどこへ?」
アンゼリカは、すでに半泣きになっている。
「すまんが、俺は動けん」
見れば、一人、先に食事を始めていた。
「ウォーゼン!」
「オメェ先に食うなよ!」
「だが、こう腹が減っては」
言われて、改めて自分達も空腹の極致であることに気が付いた。
慌てて残る料理に手を伸ばすアンゼリカとヴァン。
「・・・こんだけ食っちまったら、しばらくは動けないな」
用意されて居た食事を全て平らげた結果、疲労度も相待って、三人ともが地面に寝転がってしまった。
「だからそう言ったはずだが」
「うっうっ、ななちゃんの意地悪〜〜〜〜ぅ」
「ロナのやつ、なんだってここまでしつこくしやがるんだ」
「私? 私の所為だって言うのかしらっ!」
「ちげっ違う誰もそんなことは言ってねぇ!」
アンゼリカの揺さぶりも、すぐに収まる。まだ、体力が十分に回復していないからなのだが。
「聞けば教えて貰えるだろうか」
「・・・さあなぁ」
みゃう?
「クロスケよう。後はたのまぁ」
みゃっ!
霧の境界を越えるまでに、ななしろのいう「お試し」は三回行われた。
二回目。目印がなければ襲われないと考えたまではいいが、預かった武器はそこいらに気軽に捨てられる代物ではない。一人を人身御供にし、隙を見てロックアントを止める作戦を採ってみた。
「あ。それ、渡した武器でないと止まんないから」
「早く言えっ!」
三回目。速攻で倒すことにした。下手に逃げ回るよりも体力を削らずに済む。
「どうだ!」
「じゃ、おかわり。動きのパターンを変えてみたやつがあるんだ」
「要らんーーーーっ!!!」
迷いの霧を抜けきって、漸く「お試し」を止めてくれた。
「ねぇウォーゼンさん。これ、騎士団の対魔獣戦の練習に使えるよね?」
「使いたい気もするが、どうやって作ったのか魔術師達や魔導具職人が殺到するのではないのか?」
「あ、そうか。しまった。それがあった」
「けっ。俺達がばらさなきゃいいだろうが」
「ななちゃんしか作れないのかしら?」
「まあねぇ、コアは難しいと思うけど。あ、でもないか。出来るだけ傷のないロックアントの外殻がないとだめだし。うーん」
「無茶だわ」
三人が止めたロックアントは、どれも関節がへし曲がり、触覚もちぎれ飛んでいる。急所に当てるまでに奮闘し、武器の性能にも助けられた結果なのだが、ななしろ的には不満らしい。
「だからさ、急所に一撃だって言ったでしょ。印もつけたのにさ」
「無茶言うな!」
「なんなのだあの動きは。とてもではないが、潜り込めないぞ」
元プログラマーのななしろがデバックを繰り返し、暴走時の素早さを再現させたこだわりの一品は、既に街道付近に出没する個体とは月とスッポンの性能差となっている。だが、ななしろはそのことに全く気が付いていない。
「そうかな? もっぺん試してみてよ」
「ここだと他のハンターに見られるわよ?」
「ちっ」
「舌打ちするな」
「そうだぜ、ここまでくればもうじき街道も見えてくる」
「あーあ、ここまでかぁ。そんじゃ」
「「「そんじゃ?」」」
ずどん。どすどすどす!
六輪の荷車は、普通なら馬四頭で曳くサイズだ。そして、その上に見上げるほどの物量が。
「あーーーっ! ロナっ!」
「持ち帰ってねー」
「無理無理無理だからっ!」
「解体したから結構嵩は減ってるし。上から冷却の魔法陣を刺繍した布を被せとくから街までは持つだろうし」
「いやいやいや。整地されてないとこでこんなに荷物を積み上げた台車をどうやって。そうか、ロナ殿が」
「え、ボクは帰るよ? 他にもやりたいこととか溜まってる・・・あーーーっ!」
得々と自説をぶちかましていたななしろが突然大声をあげた。
「なになに今度はなんだ」
「遊んでる暇はなかった。こうしちゃ居られないっ!」
「っとロナ殿待ってくれ!」
「そうだ、他の人には使えないんだから残りは置いてく。じゃあねっ」
「「「え?」」」
消えるななしろ。代わりに現れたロックアントが十体。
「ななちゃんのばかーっ!」
「叫んでないで止めろよっ」
「荷車を倒さないようにしてくれ。あれをもう一度積み上げられる自信はないぞ!」
「無茶いうなーっ!」
「置いていっちゃだめかしらーっ?」
「ロナ殿に後で何を言われるか」
「バレたら三倍返しで押し付けられる気がするなあっ」
「そうだわ五樹ちゃん手伝ってくれない、のー?!」
みゃ
五樹は離れたところで優雅に毛繕いしていた。
「ちっくしょーっ!」
やっとの事で撃退した直後。
「ごめん。五樹を置いてっちゃった」
「ロナ殿っ?!」
みゃぁん
「ついでにもうちょっと残ってたから、おまけね」
「いい加減にしやがれっロナっ!」
三体のロックアントを残して、ななしろは消えてしまった。
「アンジィがばかなんて言うからだっ」
「また私の所為なのっ?」
「それはいいからロックアントを止めてくれっ」
阿鼻叫喚。
十三体のロックアントを、なんとか荷台の上に乗せたときにはもう日が暮れていた。
そして、翌朝、どれだけ待ってもななしろは現れなかった。
諦めた三人は、がたつく台車を騙し騙し押して引いて移動を始める。街道に出るまで、五日。通りがかりの隊商から馬を借りる訳にはいかず、何故か巡回の兵士達にも会えず。そこからローデンまで更に三日掛けて歩き通した。
三人の苦労物語。
「ふ、うふふふ。避けるんじゃなくて最初っからみっちりがっつり相手しておけばよかったんだ」
あ、そうですか。
「作者ぁ? 待っててね♪」
え?




