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楽しいスローライフ

「女将っ。飯だ飯ぃっ?」


 ごすっ


「おかえりなさいな、ななちゃん。あのねあのね?」


 相変わらずだった。


 喜色満面で迫るアンゼリカさんは、どうみても気持ちが高ぶりすぎている。まともに相手をしたくない。

 だからと言って、無視し続けていても、いいことは何もない。


「アンゼリカ殿、少し落ち着いてくれ。それではここにきた時と大差ない態度だ」


「ウォーゼンさんの言う通りだよ。深呼吸して。はい、ひっひっふー」


「・・・なんか違わねぇか? それ」


 なんだっていいんだよ。


 みゃあ〜ん?


「五樹、いい子にしてた?」


 みゃんみゃ


 虎なのに、どこまでも犬っぽい五樹が褒めてくれと擦り寄ってくる。よーしよしよし。見張り役ご苦労。


「私、私もっ」


「双葉」


 生きた腰紐は言外の指示に従って、今度はちゃんと役目を果たした。アンゼリカさんは、みょーんと進み、すぐさま小屋に引っ込む。


 水平方向のバンジーなら危険はない。面白いだけだ。ふははは。


「ロナ殿・・・」


「黒助と態度が違いすぎる」


 呼んでも居ない客と差をつけるのは、当然だ。


「長話もどうでもいい挨拶も無し。ご飯食べたら、すぐに出る」


「そのことなのだが、もう終わりにしてもよいのではないか? 素材ならばもう十分入手したと思うのだが」


「だよな。使い切れるのかよ」


 そこから? でも、言わなきゃ判らない、か。


「食べながらでもいいかな」


「それもそうだな。随分と動き回っていたようだ。腹も減っているだろう」


「すぐに持ってくるわっ」


 ウォーゼンさんの助言で、扉の前で出たり入ったりを繰り返していたアンゼリカさんが目紛しく動き出した。


「ありがと」


 暴走女将の行動誘導に、感謝する。


「いや。これくらいしか出来なくて、むしろ申し訳ないくらいだ」


 いやいやいや、十分ですよ。


 今度は双葉さんも邪魔しない。うむ、状況に合わせて判断しているようだ。まるで街の料理屋のような盛り付けの料理が、軒下のテーブルに手際よく並べられていく。使い慣れない台所で、随分と頑張ったらしい。


 だがしかし。


「・・・ちょっと匂いがキツ過ぎるよ、これ」


 思わず二歩下がる。


「これでも昨日よりはマシみたいだけどな」


「これでも?」


「これでも」


 ヴァンさんの肯定に、ウォーゼンさんも大きく頷く。


「大丈夫よ。とにかく食べてみて♪」


 そうかな。毒劇センサーが、微かに反応している気がしてるような?


 一皿手にとり、恐る恐る口に入れた。


 ?¥$#!*!!!!!


 セカイがマワル、ワタシは誰、お花畑にチョウチョが飛んでる・・・


「ロナ殿、水だ」


 差し出されたカップを何も考えずに一気飲み。


「がふっ!」


 今度は、胃が。さながらビッグバン。ふおぉぉぉおおお?!


「ほら見ろ。普通の味付けに戻せ、ふ、つ、う、にっ!」


 ヴァンさんがアンゼリカさんに噛み付いている。珍しい。


 ではなくて。


「あんれりららん。あれらありららい」


「・・・舌が壊れたか」


「もう一杯水を飲んでみるか?」


 ウォーゼンさんの気遣いが、胃に、もとい身に沁みる。とっさに口の中で氷を作り齧り飲む。少しは下火になった、かもしれない。げほっ。


「おいしくなかった、かしら?」


 宙を舞い、地面に落ちた料理と呼ばれたものの残骸を見下ろす。


「えほっ。可愛く、言っても、あれは味じゃ、ない。香辛料の使いすぎ。刺激の暴力。お愛想でも美味しいなんて言えない」


 ほんの一齧りでも、凍結ブレスが出そうになるほど「刺激的」。がんばってこらえたけど、口が爆発するかと思った。


 酷い魔力酔いで、アンゼリカさんの味蕾に続く神経が壊れてしまったのだろうか。

 そんなもんを治せる薬草の心当たりは、これっぽっちもないんだけど。


「う、ううう」


 隅で蹲るアンゼリカさんを慰めたりなんかしない。


 まだ残っていた卵粥でびっくりした舌と胃を宥めつつ、ヴァンさんとウォーゼンさんに状況を説明する。


「この辺りは結構深いところだろう? 放って置いてもいいんじゃねぇか?」


「暴食アリが途中で止まってくれるならね」


 そんな希望的観測は、欠片も持ち合わせていない。


「・・・街道にも影響が出るのだな」


「そうなるかもしれないし、ならないかもしれないし。

 どちらにしろ、あれもこれも食い尽くされるんで、ボクが困るんだよ。こんなに増えたのは初めてで、狩り切れる自信はないけど」


「今までもロックアントの納品にも余裕だったのは、こんなことをやってた所為か」


「こんなことってなにさ。ボクにとっては必要悪なの」


「私が手伝うわ!」


 もう一匹の暴走生物が、いきなり復帰してきた。


「アンゼリカさんの腕なら、一匹限定で急所を一刺すれば簡単に仕留められると思う」


 ぱぁ、と明るい顔になった。本気で手伝えると思ったらしい。


「ロナ殿。本気か?」


「だけど、今回は群、しかも大群。


 次から次に順番なんか関係なしで押し寄せてきて、いつ終わるかも何匹来るかも判らないまま延々と剣を振るい続けて。


 出来るの?」


「・・・」


 真っ青になった。


 アゲて落とす。これ、基本。


 顔色が変わったのは、アンゼリカさんだけではなかったが。


「あ〜。解体ならどうだ? これだって立派な「手伝い」になるだろ。俺の『不殺のナイフ』を貸してやる」


 アンゼリカさんに代わってロックアントを仕留めると言わなかったのは、誰かさんと違って自分の実力を理解しているからだろう。副騎士団長さんは、藪蛇を恐れて口を閉じたまま。


「解体の腕は、どっちが上?」


「そりゃあ、俺の方が上手い


「練習するわ!」


 ・・・ぞ?」


 食べられない刺激物の凄惨せいさん、もとい生産に励むよりはマシ、かな?


「ナイフ一本じゃ足りないでしょ。道具一式用意するよ。怪我しないように気を付けて」


「怪我といえば。俺も聞いても良いだろうか。草の切れ味が良過ぎるのに、この作業着のせいで問題なく動けたのだ」


 話の矛先を逸らすにしても、言いたいことはなんとなく判ったけど、判りづらい。そもそも問題ないなら黙って使ってればいいのに。


「ミューノラの毛はロックビーの針も弾くから当然、って知らなかった?」


「そうだったのか。ヴァン殿、教えてくれれば、・・・ヴァン殿?」


 ヴァンさんの目と口が大きく開いていた。なんと、ギルドマスターも知らない情報だったらしい。


 ミューノラの弱点らしい弱点は、鼻の先。小さな瞳はまぶたを閉じてしまえば問題ない。故に、ロックビーの巣の底で無残にも腫れ上がった鼻の花を咲かせることになる。何も好き好んであんな危険地帯へ潜り込んで来なくてもいいのに、と見るたびに思う。


 他にも、モディクチオの甲殻は物理抵抗が高かったり、サイクロプスの毛は魔術を跳ね返したり、グリフォンの羽毛は斬撃に強かったり。魔獣の体質は、それこそピンキリで多種多様。


「草の切れ味って変な言い方だよね。葉っぱで手を切りそうになったのかな?」


「てめえの住処なんだろうが! 知らねぇとは言わせねえぞ?!」


 未知の情報だったからって、照れ隠しに怒鳴らなくてもいいのに。


「怪我したことがないんだもん」


 はい。生半な刃物では、わたしの薄皮一枚切れません。本体ならば尚更。


「そうね。ななちゃんの服の生地は、とってもとってもとーっても丈夫よね」


 天杉布と勘違いしてくれた。ラッキー。


「こまめに草刈りしていれば過ごしやすいところなんだよ。細かい虫はいないし、動物も滅多に入って来ないし」


「そういえば! 香木の煙玉を焚いてないな」


「ロナ殿の結界が防いでいたのではなかったのか」


 トレントの根を加工して作った香木は、香りの良さもさることながら、人々の生活に必要不可欠な品だったりする。服に薫きしめたり、煙玉の材料にしたり、街門の篝火に振りかけたり。


 効果は、虫除け。そして、人や家畜には全く害を及ぼさない。


 住処に入り込む寄生虫を駆除するために魔獣がトレントの根を持ち帰るのを知って人々も同じように利用し始め、やがて、より効果を高める加工法を発見したのだろう。


 閉鎖された街では、疫病の発生は文字通りの死活問題となる。香木があれば、少なくとも虫を媒介にした感染を防ぐことができるのだ。郊外の山野でも、小煩い蠅や蚊を追い払うことで作業がはかどり、移動は楽になり、野営時の十分な休息が取れる。


 容易く採取できることも、利用拡大につながったと思われる。魔獣が集めるのは地表に見える古い根だ。よっぽど乱暴な伐り方をしなければトレントは根を隠したり反撃したりしない。人が採取するときも以下同文。

 葉にも弱い虫除け効果があるが、こちらは採取しようとすると嫌がる。物凄〜く嫌がる。


 以前、ローデン近くのトレントが減ったのは、根の採取方法を知らないハンターが強引な伐採を繰り返したのが原因だ。


 [北天]のトレントは、寒冷地に生息していて成長が遅いためなのか、採取できる根は少ない。元から食害を及ぼす虫が少ないのも、態々虫除け用の根を増やそうとしない理由かもしれない。

 その代わりではないが、魔導紙の原料となる枝を採取している。枯れ枝を拾ったり切り落としたりするだけだから、こちらも伐採する必要はない。過採取で枯れることもなく、寧ろ個体数が増えすぎた所為で赤い変異種が現れたのではないかと邪推している。


 それはさておき。


 ここは、まーてんを中心に草地が広がり、その外側を天杉がぐるりと縁取っている。


 普通種のトレントの根でも十分すぎる除虫効果がある。上位種、と思われる天杉ならば、もっと強烈なのかもしれない。そんな物騒なものが長年に渡って溜まりまくった結果、昆虫はここの草地から一掃されてしまったのだろう。

 天杉がこの場所にだけ集中して生息している理由は、まだよく判らないが。


 わたしだって知らないことばかりなのだ。日々是発見。とても楽しい。




 いやいやいや。困っていることも多い。


 今回のロックアント大集合もそうだ。

 最初の群れが、数千匹。他にも黒い地点をチラホラと見つけている。


 のんべんだらりとしている暇はない。


「えーと、ちょっと待ってて」


 訊かれる前に結界から出た。

 以前採取した解体済みのロックアントを素材に、大量の各種容器をあっという間に作り出す。細かいに残った組織を掻き出すバールもどきや予備の解体用ナイフも忘れない。慣れたものだ。某錬金術師にも真似はできまい。


「何してたんだ。ションベンか? うぉあああっ?!」


 シモネタ反対。不埒者には天罰を。


 結界の中の三分の一が、獲りたてほやほやのロックアントで埋まった。その脇には、空容器の山がそびえ立つ。その間に、腰を抜かしたヴァンさんがいる。

 ヴァンさんの両脇に崩れ落ちる限界まで積み上げた、とも言う。


「よかったらウォーゼンさんもどうぞ」


 新作の『不殺のナイフ』をてんこ盛りにしたバケツを手渡した。


「・・・ロナ殿。これらをどうしろというのだ」


 どうもこうも、暇つぶしには十分でしょ。


「またしばらく戻れない。それまでに終わってるといいね」


 何が? 解体が。


「ヴァン! やるわよっ!!」


 一人気炎を上げるアンゼリカさん。


「・・・・・・ロナ殿」


 お粥だけでは物足りなかったのかもしれない。バケツ持った大シロクマの背が丸い。


「まあ、程々に、な」


 同じ様に肩を落としたヴァンさんが、力なく手を振る。


「ヴァンさんもね」


 さて。続きだ続き!




 一群狩り終わったらプレハブ小屋に戻って解体済みのブツを回収し、次の素材を預けてまた出かける。を、繰り返した。

 毎回未解体の小山が残ってたけど、想定内だから問題ない。


「ロナ殿。ロックアントが邪魔で草を刈れない」


 ついでに腰も痛くなった、と愚痴を聞かされた。


 それもそうか。剣で草刈りなんて、やる機会は滅多にない。


「草刈鎌があればよかったね」


「てめえが作ればいい話だろうが」


「ざーんねん。『不殺のナイフ』では草刈りできないよーだ」


 金属加工は別腹だ。そう簡単には作れないっての。でも待てよ?


 話を聞いた次の休憩兼顔見世の時、いくつか渡してみた。


「ロナ。自重しろって、言ったよな?」


「じゃあ、あげるんじゃなくてレンタルにする」


「そうじゃねぇ・・・」


 長柄の草刈鎌を試作してみた。起伏の多い山の草地でも、立ったままでサクサク刈れた。これなら、腰の負担は減るだろう。


 刃の素材は、鉄、銅、アルミニウムの単純金属製、首長竜の骨を原料としたセラミックス、デサイスの鎌のリユース、などなど。合金の配合をテストするのは大変だけど、分離抽出するだけなら簡単だ。難しかったのは、シルバーアントで作った長め且つ太めの柄に固定する部分の整形だったりする。


 大鎌を取っ替え引っ替え振り回すウォーゼンさんは、黒いマントを羽織っていたら死神に見えるかもしれない。

 この世界に死神の概念があるかどうかは知らないが。


「では、この白い鎌をお借りする」


「それを選んだ理由を教えてくれる?」


「黒と赤は少々重すぎる。長い時間使うには疲れそうだった。緑はすぐに草が絡まってしまった。銀と白はどちらにするか迷ったが、少しでも軽い方が良さそうだと思ったのでな」


「軽いのだったらこれでもいいじゃん」


 ロックアントの固定枠に天杉糸を張った、糸鋸の鎌だ。軽さはピカイチ。ただし、ある程度の速さで振らないと、刈った草が糸と枠の間に残ってしまう。


「それが、絡まった草を取り除こうとして、指を切りそうになってな」


「・・・うん。止めとこうね」


 刈るのは草だけでいい。

 ザッザッザッザッ


「うむ。これはいい」


 あの、副騎士団長さん?


「何も考えず、急かされもせず、ただ草を刈ることで、こんなにも爽快な気分になれるとは」


 ザッザッザッザッザッザッザッ


 ・・・相当ストレスが溜まっていた様子。

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