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奏でるモノ

「結界の中の草刈りでもしてて」


 そう言い残して、彼女は消えた。伸ばした手は空を掴み、視界を遮る茂みを掻き分けて行けば結界に阻まれ、それ以上追うことができずに終わる。


「ヴァン! なんで止めなかったのよ!!」


「なんでもなにもねぇ。ロナが急いでいた理由がアレなんだろうよ」


「あんなの一人じゃ無理に決まってるわ! そうだわ、みんなで手伝えば」


「アンゼリカ殿こそ無理を言わんでくれ。そもそも俺の腕ではロックアント一匹でも仕留めきれん」


「結界から出られんのに、手伝うどころじゃねえだろうが。それに知ってるか? あいつ、シルバーアント百匹を一人で平らげたことがあるんだぞ?」


「え?」


 シルバーアントはロックアントよりも体が大きく、その上魔術をただ弾くのではなく敵に反射するという非常に厄介な性質を持つ。


「それよかどうすんだよ。小屋に戻れなけりゃ、水もなければ飯も食えねえ」


 アンゼリカを一人にするわけにいかず、結局三人で移動したわけだが、籠のある方向が判らない。草を踏み固めて移動していればなんとかなっていたかもしれないが、今更だ。


「・・・そうだな。草を刈る道具は、・・・ないな」


 草を刈るなら、鎌を使う。だが、誰も持っていない。持ち合わせている筈もない。


「俺が持ってるのは、『不殺のナイフ』と解体用ナイフだ」


 枯れ草ならばともかく、『不殺のナイフ』で地面から生えている青々とした草は切れない。


「俺の剣に切れ味は期待しないでくれ」


 騎士団員の大剣の大半は、そういう機能を求められていない。


「双剣と包丁、よ」


 笑うしかない。


「ヴァン殿。先導を頼む。我々の中では道無き道での移動に一番慣れているだろう?」


「俺も長いこと現役から離れてんだぞ? まあ、頑張って勘を取り戻す気ではいるがよ」


 揺れる葉先のその上に、岩山が見えている。籠から降りた時に見えた方向を頼りにすれば、大きく目標を外れることはないだろう。


「おおよその方角を示してくれればいい。切れはしなくても折ってしまえば視界は通る」


「お、おお。そういうことか。って、そのデカブツでやる気か?」


「日が暮れる前に小屋を発見せねば、あとでロナ殿に大笑いされてしまいそうだ」


「はっ、はははっ。笑われるだけで済めばいいけどな。さて、結界ってのは普通は円形だからその中心に籠がある、筈だ。多分。それに岩山の方向も加えれば、こっちか?」


 ヴァンの示す方向へ、腰を低くしたウォーゼンの剣風が唸る。


「またっ夕食っ抜きはっ御免っ被りったいっ」


 かなり気合が入っている。この調子なら、日が沈み切る前にたどり着けるかもしれない。


「アンジィ。後ろから見て俺とウォーゼンの進む方向が曲がったら教えてくれ」


「え、ええ」


「なんか起点の目印になりそうなもんは、・・・ねぇなあ。ん?」


 ウォーゼンに憑いていた蛇が、地面に降りて何か取り出した。


「でかっ」


「これを、どうしろというのだ?」


「目印、になるんじゃないかしら」


 三メルテほどの棒の先に荒く編んだ縄が巻きつけてある。


「こいつぁ助かる。後で回収するから、今はここに立てておいてくれねぇか? うおっ!」


 用途が違ったらしい。


 もう一匹の蛇と共に両端に巻きつくと、棒を地面を引きずって進み始めた。


「・・・なるほど。理に適っているな」


「もしかして、駕籠のある場所も判っているのかしら」


 ヴァンの頭上に残った、もとい登った一匹が、これ見よがしに首を縦に振る。


「・・・」


「ま、まあ。腰痛になる心配もなくなったことだし、俺達も移動しないか?」


 茂った草を倒しただけなので、すぐに立ち上がる。蛇達に置いて行かれたら、今度こそ確実に迷子になる。


「そうね。さっきはごめんなさい。私も悪かったわ」


「どちらにせよ、当分は草刈りに専念しよう」


「見通しが悪いとこんなにも落ち着かないものなのね」


「・・・・・・うなよ?」


「ヴァン殿。どうした?」


「言うなよって言ったんだよ」


「報告書には残さないつもりだが」


「違ぇよ! ロナには言うなってんだ!」


「俺は言わない」


「でも、ねぇ?」


 アンゼリカは、まだヴァンの頭の上に陣取っている蛇を見上げた。


「ちっくしょーーーーっ!」


 ぎゃう?


 まさに三人が歩いて行く先から、五樹が跳ね飛んで来た。


「・・・五樹殿も残っていたな、そういえば」


「そうね。そうだったわね」


「うおーーーーーーーっ!」


 うみゃ?


 首を傾げる五樹と絶叫するヴァンの様子に、アンゼリカは思わず笑いと涙がこぼれた。




 翌朝からの日課が決まった。まず、アンゼリカが包丁の手入れ用に持って来ていた砥石でウォーゼンの剣を砥ぎ、草を刈る。刈り取った草を、一箇所にまとめて積み上げる。

 だが、持って来た荷物の中に草を縛る紐はなく、馬草鍬なんかも存在しない。

 緑の蛇達もそこまで便利な道具は持ち合わせていなかった。しかも、グリフォンのつばさを捩る怪力は、細くて軽くて嵩張る草の山には全くの無力だった。


 他に働き手がいないため、ヴァン一人が手で抱えて運んでいる。 


「なあ、黒助。魔法かなんかで、なんとかならんか?」


 ふーーーみゃあ!


 頼みごとが嬉しかったのか、五樹は気合を入れて叫んだ。結果、せっかく集めた草は四方八方に撒き散らされた。


「違う。そうじゃねえ。この草を片付けるんだっての!」


 ぐなぅ?


 今度は、ぶっとい前足の爪を振るい、ちまちまと草を集める。集めるだけだ。運べない。


「・・・ありがとよ」


 みゃっ


 腰を落とし、右手左手と交互に使い草を集める五樹を労い、いろいろと諦めたヴァンは、もう一度草運びに取り掛かった。


「道具が道具だからな、一朝一夕には終わらないだろう。お互い、体を痛めない程度にしておかないか?」


「ロナがここを見て驚く顔を見たかったんだがなぁ」


「あれだけの数だ、いくらロナ殿でも早々戻ってこられるとは思わんのだが」


「わかんねぇぞ? どうだ、やるか?」


 どちらからともなく、ニヤリと笑う。


 その時、開け放たれた小屋の中から、鋭い言葉の釘が飛んで来た。


「ななちゃんで賭け事はやめてね?」


「やらねぇよ!」


「当然ではないか」


「ならいいけど。もうすぐ夕飯ができるわ。手を洗って来てちょうだい」


「おう! ・・・なんだってこういう時だけ勘が働くんだよ」


 返事だけは勢いよく、だが後半はウォーゼンにしか聞こえないように小声で囁く。


 だが、同意は得られなかった。


「アンゼリカ殿だしな」


「ウォーゼンよう、おめえはおめえで何も考えてねえだろ」


「彼女らの言動を俺ごときが斟酌するだけ無駄だと悟ったのでな」


 ウォーゼンは、ここではないどこか遠くを見つめている。


「・・・おう。そうかい」


 ヴァンは、そう答えるより他になかった。




 この地に生える草は一種類しかないらしい。うっかりすると手や顔を切りそうになる程度の鋭さがある。

 だが、ななしろの用意した作業着は、草による傷から装着者を守る能力もあった。次いで、元から着ていた服の損耗も防いでいる。替えの服がない土地では、とても助かる。とてもとても役に立つ。


「あいつはよぅ。こうなるのを予想していたのかねぇ」


「そうだったとしても不思議とは思わん」


 紙に記されていた能力にも間違いはなかった。


 あらかた草刈りが終わり、もう怪我する危険性はないからと見た目暑苦しい作業着を脱いだ途端、蒸し暑さにやられた。

 そうかと思うと、午後の雨が降れば急に気温が下がる。


 小屋の中にいれば、雨が降ろうと日差しがキツかろうと関係なく快適に過ごせるのだが、大の男が一日中じっとしていられるわけがなく。

 おまけに、小屋の外の軒下はデタラメ魔道具の圏外だった。


「・・・ちくしょう」


 作業着を身に付けたヴァンは、毛刈り前の羊によく似ている。


 フードを外してしまえば、それは体の動きを邪魔するただの拘束具に早変わりする。そして、体調維持を言い訳にした快適さに負けた今、脱ぐ選択肢は存在しない。


 愚痴を漏らすのが精一杯の反抗だった。


「外観の感想までは書かんよ」


「報告書自体書くことを止めてくれ」


「そうはいかん。これは仕事だからな」


 ウォーゼンの荷の大半は、報告書用の紙の束だった。予備の武器すら入っていない。


「ここはローデンじゃねぇ!」


「副騎士団長が任務をサボっては配下に示しがつかん。なにより、レオーネ殿下への抑えが・・・」


 王や王妃は臨機応変という名のやったくりぶったくりが原因で、レオーネへの説得力が全くこれっぽっちの一欠片たりとも存在しない。

 ウォーゼンが、規律正しい姿勢を示し続けることで辛うじて手綱を握っている状態なのだ。


「ここじゃ誰も見てないんだぞ?」


「ロナ殿やアンゼリカ殿を甘く見るつもりはない」


「・・・・・・」


 万が一、報告書の中身とアンゼリカの話に齟齬があった場合、最後の鎖が断たれてしまうことになる。

 レオーネのやらかしたあれやこれやを知るウォーゼンは、未来の可能性を否定できない限りそんな危険を犯せない。


「王様がコレを欲しがらなきゃいいんだがな」


 その時はその時で、全力で笑ってやるつもりだ。


「ロナ殿に頼めと正直に言うだけだ」


「・・・がんばれや」


「考えたくはないがなぁ」


 軒下のテーブルを挟み、どうでもいい話をしているところへ、アンゼリカが顔を出した。


「なんの話? それより、今日の味付けなんだけど」


「普通でいい普通で!」


「ななちゃんに美味しいって言ってもらいたんだもの」


「いやいやいや。調味料は貴重だ。先は長い。慎重な使用を希望する!」


「大丈夫よ。ペルラさんにたくさんボンボンを借りてきたのよ♪」


「ペルラぁ〜〜〜っ!」


 朝昼晩に味はともかく規則正しく食事を摂り、だらだらと会話を繰り返しし、初日の刈り跡から新芽が萌えてきた頃。


 草叢を超えて、キシキシという音が絶え間無く届き始める。発生源が何かは想像したくもない。


 だが、期待虚しく、ロックアントを見る日がやってきた。黒い甲殻が結界の向こうに積み重なり、忙しく動く触覚や脚はそれらが生きていることを証明している。


 やがて、パキッボクッという音も聞こえ始めた。


「・・・ななちゃんが、あそこにいるのかしら」


「そうなんだろうな」


「どうせ見えやしねぇし、手も出せねぇんだ。料理でも作って待ってろよ。そのうちに顔を出すさ」


「・・・・・・そうね。そうするわ」


 男二人は、結界のきわから小屋に戻っていくアンゼリカと五樹を見送る。


「さて。あとどれくらい残っているのだろうか」


「五日も掛かるったあ、あいつにしちゃ手際が悪いんじゃねえか?」


「ヴァン殿。あの数を見ていて、それはないだろう」


「だがよ。ロナだぞ、ロナ。どうにも腑に落ちねぇ」


「む、むぅ」


 妙な点で同意してしまう。


 唐突に、一葉と四葉が襟元から作業着の中に潜り込んだ。


「なんだ?」


「何か、聞こえないか?」


 バキグシャベキボキという破壊音。


 だけでなく。


 ふ〜んふんふ〜ん


「なんなんだ?」


 かくん、と膝が折れる。


「ヴァン殿これはっ」


 ガレンも受けた洗礼を、今、ヴァンも体験する。


 も〜うい〜くつたたぁけば〜ぁ? よっこらしょっとぉ!


「な、んだ?」


「いやまだ正気でいられるようだ」


 微かな頭痛を感じてはいるが、気絶するほどではない。


 声が少しづつ近づいてくる。同時に軋む音は減っていく。


 お〜ま〜え〜で〜さーぃごっ


 ドン!


 そして、音が途絶えた。


「だ、大丈夫だろうか」


「待ってりゃわかるさ」

 

 その通り。


 草を掻き分け、漸くななしろが顔を出した。




「随分とご無沙汰じゃねえか。ああん?」


 いろいろと、いろいろと溜まっていたヴァンは、つい絡み口調になる。


「働き詰めは良くないからね。休憩挟んだらこうなった」


「だったらこっちで休めってんだよ」


「まだアンゼリカさんの顔を見たくなかったんだ」


「ロナ殿、それは正直に過ぎるのでは・・・」


「だけどさぁ。落ち着いて話ができたとも思えないし。そんな状態できっちりすっきり休めると思う?」


「「・・・」」」


 否定、出来ない。


「ごほんっ。ロナ殿の用事とやらは、もう終わったのか?」


「この辺はね。一応、一応、アンゼリカさんの顔を見て、それから続きだよ」


「は?」


「ロナ殿。それは、ロックアントが、まだ、居る、ということだろうか?」


 ヴァンより先に、ウォーゼンが確認を取る。


「初動が遅れたからね。大群があちこちに発生してるみたい。本当に、どうしてくれよう」


 一瞬、二人は、ななしろの背後に雷雲を見た。


「そういやぁ。さっきのはなんだったんだ? いきなり頭が痛くなりやがったんだが」


「へ? ああ、そういえば歌ってたっけ」


「まさか、この頭痛はロナ殿の歌が原因なのか?!」


 驚愕するウォーゼンから視線を逸らし、頬を掻くななしろ。


「報告書には書くなよ? 絶対に記録に残すなよ?」


「ももももちろんだとも」


「ということだ。さっさと吐け。今すぐ吐け。吐きやがれ」


 こちらの体調不良を引き起こすような真似を、そう簡単にやらかしてもらっては困る。本気で困る。


「・・・あんまり多すぎてさ。やけくそになって節をつけてたら、動きが遅くなってね。こりゃ一石二鳥かな〜と」


「魔獣が? マジでか」


 突拍子がなさすぎて、理解が追いつかない。


「街門では歌かどうかもわからないうちに気を失っていたのだが」


「山で作った魔道具が影響を軽くしたのかな? でなかったら、また気絶してたと思う」


「そ、そうか。いろいろと助けられていたのだな」


「こいつが変なことをやってなければよかっただけの話だ! いたたたた」


「何言ってんの。アンゼリカさんの甘言に乗ったりしたからだよ」


「そこまで遡らんでも〜〜〜っ」


 三度の頭痛に涙目のヴァンが睨みつけるが、ななしろは何処吹く風だ。


「それについては返す言葉がないな」


「簡単に謝るんじゃねぇよ副団長!」


「ロナ殿に世話をかけているのは確かだ。ついでに、いくつか相談したいこともある。出来れば、一緒に食事ぐらいはしていってくないだろうか」


 卒なく小屋へ誘導するウォーゼンに、


「雨も降りそうだしね」


 素直に同行した。


「俺と態度が違い過ぎるっ」


「置いてくよ?」

 作業着の内側は、一葉達の安全地帯になりましたとさ。


「くすぐってぇぞ」


 保護の対価はマッサージで、どう?


「あひゃひゃひゃ」

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