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真夜中は、お静かに

 マイトさんは、散々笑いこけていた。発作が収まってから、ようやく調理場に入って、籠から袋を取り出した。


「クトチの他にも適当に見繕ってきた。どう?」


 胡桃やドライフルーツもある。


「うん。工房に帰るまでは足りる、と思う」


「え? 帰るの?」


「帰るってば。このクッキーは、日持ちするんだ」


「うーん。おれも、また食べたいんだけど」


「・・・クトチのクッキーだよ?」


「そうなんだけどさ」


 さらに、瓶を二本取り出す。


「なにこれ」


「ギルド顧問から。なんか知らないけど、お近づき? サイクロプスの毛皮はだいぶ傷んでいたけど、綺麗な爪が手に入ったから、とか言ってた」


「ふーん」


 この銘柄は、初めてヴァンさんと飲んだ時のお酒だ。意味深すぎる。でも、


「くれるっていうなら、貰っとく」


「それでさ」


「なに?」


「だから、約束!」


「覚えてるって」


 こっちも、「待て」といわれてよだれを垂らした犬みたい。・・・まんまじゃん。レンの類友だ。


 薫製のあばら肉半分とベペルの包みを籠に入れる。


「今、薫製にしているのは、これとは違うものなんだ。ちょっと味付けには自信がないんだけど、それでよければ、明日、出せる」


「来る! 取っておいて! 頼むから」


「そこまで、真剣にならなくても〜」


「昨日のギルドは大変だったんだ。

 おれ、うっかり、受け付け横のロビーで包みを開いちゃって。一羽はミハエルさんが素早く取り上げて、顧問室に持って行った。だから、おれは食べられたんだけど。

 残りの二羽を巡って、班長とハンター達でにらみ合いが始まってさ。カウンターのお姉さん達が来てくれなかったら、それこそ巡回兵が駆けつけるような騒ぎになってたかも」


 あきれた。


「ただの丸焼きじゃん」


 それも、冷めてるのに。


「うまかった! もー、なんていうの? むっちりもちもち? ああ、思い出すだけで・・・」


 思わず、手にしていたお玉でマイトさんをぶん殴る。


「気持ち悪いよ」


「そうは言うけどさ! 一羽はここで食べたんだろ?」


「うん。侍従さん達にも食べてもらった」


「どうだった?」


「大層美味でございました」


 そこにいた侍従さんが、ものすっごくキラキラした笑顔で即答した!


「ほらぁ。ミハエルさんなんか、食べながら号泣してたし」


「大げさぁ」


「本当だったの! もう」


「それなら、もう少し追加しておく。そうだ、これ、あの黒猫さんに」


 茹でたもも肉を一つ、竹の皮に包む。オボロの分だ。ハナ達だけ食べさせたら、後で文句を言われる。絶対。


「べろんべろんになめてくれたお礼、って伝えて」


「お、おれがぁ? 無理無理無理! ミハエルさんかギルド顧問でなきゃ、金虎殿の前に出るなんて絶対無理!」


 頭と両手を振りまくって拒絶する。


「クッキー、取り分けておく」


「本当? って、その手には乗らない」


「要らないの?」


「欲しい!」


「じゃ、よろしく」


 そういって、外の薫製の具合を見に行く。


「あああ。また乗せられたーぁ」


 マイトさんの横で、侍従さんが、また肩を震わせていた。


 胡桃以外の木の実は、軽く水洗いしてから蒸かした。冷めないうちに、実を割って、中身を抉る。休憩と称して降りてきたレンと、侍従さんの一人に頼んだ。

 その間に、胡桃を炒って、殻を割る。ハンティングナイフで、さくっとね。全部割ったら、次は、胡桃の身を取り出す。


 昼食は、あばら肉を薄切りにして、フライパンで軽く暖め、野菜と一緒にパンに挟む。いわゆるサンドイッチだ。

 これまた、王宮にはふさわしくないメニューだけど、手軽に食べられると喜んでもらえた。


 だけど、レン?


「両手で持たない! 一個ずつ食べるの」


「むぐむぐ」


「ミハエルさんにも注意されたでしょ?」


 鳥頭か? つくづく残念な子だ。




 午後は、レンは書き取りの続き、ボクは午前中の続きをする。ハナ達は、ボクとレンの間を行ったり来たり。少しは落ち着け!


 剥いた胡桃を、もう一度炒ってから、小さく砕く。干した果物も、同じ位の大きさに刻む。レン達に集めてもらった身と少量のバター、胡桃と果物を混ぜ込む。まとまったら、一口大に丸めて、天板に並べる。予熱したオーブンに天板を入れて、焼き上げる。


 あ。果物をヴァンさんにもらった酒に漬けておけば良かった。ドライフルーツと胡桃はまだ残っている。漬けちゃえ!


「まだ、クッパラが残っているようですが。もう、お作りにならないのですか?」


「クトチがなくなっちゃった」


「こちらの材料では役不足でしょうか」


 小麦粉、バターに砂糖とベペルの卵。


「・・・失敗するかもしれないよ。いいの?」


「全く失敗しない料理人など、おりませんでしょう?」


 いや。ボクは、料理人じゃないから失敗するんだけど。


 生地に、酒に漬けたドライフルーツと胡桃を加える。大きめのテリーヌ型があったので、それを借りる。パウンドケーキ、いやフルーツ入りブランデーケーキもどき、だ。

 焼き上がったケーキに、まんべんなくヴァンさんのお酒を塗る。常温まで冷めたら、竹の皮で包んでおく。


 ウェストポーチから小袋を取り出し、冷めたクッキーをしまっていく。試食分を午後のおやつに出したら、これまた受けた。


「クッパラと干し果物がよいアクセントになっているのですね」


「ジャムを乗せても良いようですよ?」


「袋の中がべたべたになるから」


「なるほど」


 ハナ達にも一個ずつ渡す。ちっちゃなクッキーを、いつまでもいつまでもいつまでも・・・。仕方なく、もう一枚ずつあげた。


「・・・なあ。なんで、わたしは一個だけなんだ?」


「綺麗に書き取り、って言ったのに」


「うううっ」


 昼も過ぎて程よい時刻。朝方とは似ても似つかない、いわゆるミミズがのたうち回ったような字になっている。つまり、読めない。


「はい、やり直し」


「そんなぁ」


「だって、綺麗なのは五部だけだもん」


「あうっ」


「一日で三十部、とは言わない。とにかく、丁寧に書くこと。ただし! 最低、十部は書いてね?」


「ふぐっ」


「今日の分は、残り五部だよ。頑張って」


「・・・うん。頑張る」


 クッキー一枚のおやつを食べて、とぼとぼと二階に上がって行った。


「厳しいのですね」


「そうかな? 剣の型を三千回、よりは大変かもしれないけど」


 レンなら、喜んで剣を振っていそうだ。


 ぶぶぶっ


 またも、侍従さん達に笑われた。




 やはり、夕飯までには終わらなかった。


「ロナぁ。寝るまで頑張るから。頼むっ」


「本当に?」


「やる! ちゃんとやる」


 今日のメインメニューは、薫製ハムの厚焼き、フルーツソース添え。


「うーん。やっぱり、味付けが足りなかった」


「そうか? このソースとはすごく相性がいいと思う」


「左様でございますとも」


「もう少し、きつくてもよかったんだけど」


「そんなことはない! 十分美味しい」


「焼かれる時に、少し塩を足されてもよろしかったのでは?」


「塩じゃなくてね? 香り、かなぁ」


 最初の塩と一緒に、香草も入れたかった。でも、あれ、癖があって苦手な人もいるから。


「薫製の、ではないのですか」


「うん」


「流石でございます」


「違いますって。ボクは、ただの見習い職人。師匠の好みが激しいだけ」


「「なるほどぉ」」


 何が?


 コンコンコン。


 ドアがノックされた。侍従さんが様子を見に行く。




「まあ。姫様とあろうお方が、このようなところで食事を召されるなんて。あなた方も不敬ですわよ」


 出迎えに行った侍従さんを押しのけて、食堂に乗り込んできた人の開口一番が、これだ。

 明るい茶色の髪に、暗い緑の瞳。女官服を着ている。でも、本当に女官? 


 丸い。


 印象は、この一言に尽きる。


「申し訳ございません」


 侍従さんは素早く立ち上がり、その女官さんに一礼する。

 ボクは、ある意味、インパクトのある体型に目が離せなかった。そうしたら、ガン見しているボクに気が付き、一喝された。


「そこの子供。身をわきまえなさい!」


「デネバ夫人。こちらは、ミハエル様の客人でございます。いくら、貴女様でも、それ以上は」


「まあ。それはそれは。ですが。ローデン王宮内だというのに、客人にあるまじき身なりではありませんか。このような慮外者を客人扱いする必要はありませんわ」


 今朝、着替えたばかりなんだけど。どこか変かな?


「陛下にもお目通りかなった方でございます」


「んまあああっ」


 声がオクターブ上がった。


「このような、こんな下賤の者が陛下のご尊顔を拝することが出来て、なぜ、わたくしはお会いすることが叶わないのですか? 誰です? わたくしの邪魔をするのは!」


 これは。徹頭徹尾、スーさんが嫌っているからだと思う。


 コンスカンタへの道中、ディさんと宮廷淑女という人種について愚痴っていたのを聞いていたからね。こういうタイプの人には、近寄られたくないって。二人とも。


「デネバ夫人。何か用があったのか? わたしは今夜はもう休みたい。下がってくれないか?」


「あらあらあら。姫様、わたくしたちのサロンは、これから始まりますのよ? そのようなことをおっしゃられては、王宮がお困りになるのでは?」


 意味不明。ナニしにきたんだ、この人。


「わたしは、まだサロンに参加できる年齢ではないし。父上も特になにもおっしゃらない」


 鼻で笑ったよ?


「王妃がそのようにそそのかしたからに違いありませんわ。これだから、位の低い者を娶るのはおよしになられた方が良いと、ご忠告差し上げましたのに」


「母上のことを悪く言わないでくれ!」


「これはこれは。失礼いたしました。ですが、ローデンの高貴なる者の誇りも義務もご存じない方に、王妃の肩書きは重いですわ。やはりわたくしのような、淑女たる者の方がふさわしい」


 どの口が淑女を名乗る。


「母上を選んだのは、父上ご本人だ。デネバ夫人が口を挟むことではないだろう」


 へえ。王族で恋愛結婚? スーさん、頑張ったのね。


「とんでもございません。母君の自覚が足りないからこそ、こうして姫様にご注進して差し上げているのですわ」


 つまり、なにかい? 子供をどやし付けて、王妃の位を返上するように恐喝してる? ・・・くっだらなーい!


 でも、なんで、今頃?


「貴女の好意はよくわかった。とにかく、今は叔父上の客人をもてなしている最中だ。下がってくれ」


 ハナが、さりげなく『音入』の杖を持ってきている。えらいぞ。デネバ夫人とやらに見えない位置で、レンに手渡す。よし、握った。


 ユキとツキが居ない。別の部屋で【隠蔽】で身を隠した侵入者に張り付いている。


 あのね〜、姿は見えなくても、臭いはするんだよ。でも、二頭とも気付かれていないふりをしている。芝居もうまくなったもんだ。

 なので、ばれているとは気付いていない。多分、侵入者が兵士さん達の捕まえやすい場所に来たところで、吠えるつもりなのだろう。


 それよりも、問題は、この部屋に入ってきている侵入者五人だ。やはり【隠蔽】を使っている。侍従さん達、かなり出来る方だと思うけど、相手の人数が多い。

 くーっ。術弾が使えればっ。


「もてなし? そのような、貧相な食事で? やはり生まれ持っている血は争えないですわね。やはり、あなたのような者を姫様と認めることは出来ませんわ」


 侵入者達が、配置を変える。あーあ。実力行使か。


「レン? 杖使って」


「ロナ?」


「でないと、明日のお肉抜き」


「! 『おとよ、とじろ』!」


 女官さんも侍従さん達も、レンの姿が掻き消えたことに狼狽する。


「大丈夫。こっちからは見えないだけ。それよか、あと五人、この部屋に居るんだけど、出来そう?」


 すぐさま我に帰った侍従さん達が、身構える。でも、武器はない。それはそうだ。離宮の中では、侍従さん達は武器の携帯は禁止されている。その上、侍従さん達は、隠れている侵入者の位置が判らない。


「ほ、おほほほほっ。そのようなもので、何をするというのです? 構いませんわ。見えないだけというなら、そこに居るのでしょう?」


 侍従さん達は、後回しにするようだ。【隠蔽】したまま、一人がレンに近づき剣を振り上げる。


 ガッキン!


「な!」


 残念でした。声を出したことで、結界が解除される。おいおい。集中力が足りないよ?


 素早く踏み出して、がら空きの脇腹を殴りつける。体勢が崩れたら、急所に、もう一発。


 よし、気絶した。まず一人。


「な! なんですの? くだらない抵抗はお止めなさい! わたくしを誰だと思っているのです?!」


「紹介もされてない人のことなんか知らないよーだ」


「んまっ。んまああああっ!」


 そのキンキンした声、頭に痛いわ。


 その前に、侍従さん達に武器を渡そう。投げナイフを取り出して、渡そうとした。


 しまった! 横合いから手を伸ばしてきた侵入者その二に、投げナイフを奪われた。


「ひががががっ」


 あれ?


 その二は、痙攣して、泡吹いて、ひっくり返った。


 よく見れば、ナイフに小さな雷光がまとわりついている。


「えーと」


 ナイフは、ボクが拾っても、なんともない。


「ほい!」


「え?」


 もう一人の侵入者に投げてみる。その三は、うっかり手を出して受け止めた。


「ひょひょひょひょひょ」


 びくびくん! と手足が跳ねた後、くたっと倒れた。


 この際だ。理由は後! 使えるから使う。


 残る二人にも、ナイフを投げる。その四、その五は、あわてて身を躱す。うーん。受け取ってくれなかった。


「な、なにをしているのです。無駄な抵抗は無駄なことよ!」


 うわずった声で、妙な台詞を吐く女官もどきさん。その足下には、細いひもが一本。


 ・・・双葉さん、何する気?


「あなたがた、何をしているのです。はやく、あの忌まわしい娘をおおおおおおっ」


 タロットカード、吊るされた男。の、女性バージョン。


「おやめなさい! わたくしに対して何たる無礼! お離しったらお離しなさいーっ」


 幾重にも重ね穿きしたスカートも、役に立たない。ズローズ、という下履きが丸見えになっている。懸命に手でスカートを持ち上げようとしているけど、布地の重さですぐに元の木阿弥に。


 呆然としている侵入者(一応、まだ【隠蔽】でかくれている)に近づき、トンファーでこめかみを叩いて気絶させた。とたんに結界も解除される。

 投げたナイフを拾っておく。侵入者の持っていた武器も取り上げておいた。


 わん、わわわわん!


 がしゃがしゃがしゃん!


 あちらも片が付いたようだ。


「あ、あの、ナーナシロナ様?」


「先に、この人達、縛っちゃおう」


「それも、そうですね」


 ウェストポーチから、縄を取り出し、気絶した侵入者、もとい不審人物をきっちり縛り上げる。


「ご無事です、か・・・」


 足一本でつり下げられた、正体不明の物体に、駆けつけてきた兵士さん達が絶句する。侍従さん達は、取り上げた武器を示しながら、謎物体の正体と状況を説明している。


「レン? もう大丈夫だよ?」


 ようやく、『音入』を解除した。


 でも、俯いて、泣いている。


「わたしはっ! 自分に出来ることをしていただけだ。それなのに・・・。こんなに嫌われていたなんて。わたしのどこが悪かったんだろう」


 術杖を握りしめていた手を、ボクの両手で包む。


「レンは悪くない。ボクは、好きだよ」


 ようやく、顔を上げてボクを見る。


「ふっ。う、うわーーーーーっ」


 すがりついてきた。


 うん。


 レンは、素直なままでいいんだ。

 悪役夫人。かわいそうな結末に。


 #######


 本日の料理


 木の実クッキーの作り方は適当。縄文時代には、それらしいものがあったそうです。


 洋酒漬けのドライフルーツは、長時間付けておいた方が美味しいです。作者は、ブランデーケーキ、大好きです。

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