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一難去って

「付属品がどうたら言って歩き出しちまったんだ。止めようとしたら足が紐に絡んじまってよ」


「そう。じゃあ、ボクは、作業に戻る」


 お互いに聞きたいことも言いたいことも山ほどある。あるのだが。


 白い半袖の上着に白い短履姿のななしろは、足元に転がっているアンゼリカには目もくれず、その場から立ち去ろうとした。


「あ、う。だがな? その、すまん」


「ヴァンさん達の落ち度じゃないんでしょ?」


「ロナ殿。少し休んでからでも良いのではないだろうか」


 ウォーゼンは、無粋な言い訳や無様な褒め言葉ではなく、無難な提案を出せたことに内心ホッとした。兎にも角にも、お互い落ち着くべきだ。


 だがしかし。


「今は時間が惜しい。

 そうだ。双葉、ちゃんと面倒を見ていなかったね。ということで、酒蔵全没収と期限付きでアンゼリカさんと謹慎するのと、どっちがいい?」


 ずるずるずるーっ


「あっ。ななちゃん、私の話も〜〜〜〜っ」


 一応は命の危機から生還したばかりだというのに、くるりと梱包されたアンゼリカは、碌にお礼も言えないまま小屋の中に消えた。


 あの驚愕の体験を経て気絶していなかった根性は褒めてもいい、かもしれないが。


「容赦ねぇなあ」


「くだらない言い訳を聞いている時間があるなら魔道具を作っているほうが有意義」


「・・・本当に容赦がねえ」


「ウォーゼンさん。今度は、ちゃんと帰ってきたよ。もう泣かなくていい」


「え?」


「ヴァンさん。今度こそ後をよろしく」


「お、おう」


 最早、スタスタと立ち去るななしろを黙って見送るほかなかった。


 隣から小さく嗚咽が漏れ聞こえるのを放置できなくて。


「そうか。おめぇ、コンスカンタで」


 かつて、透き通った水の流れに飲まれて消えた姿を思い出してしまったのだろう。大男の目が涙に濡れていた。


 草原の彼方此方で、小鳥達の鳴き交わす声が復活する。地面に座り込んだまま、それ以上何も言わず、それに耳を傾けていた。


「・・・見苦しいところを見せてしまったな」


「見苦しくなんかねぇよ。


 だがよぅ


 俺達。


 何度、あいつに助けられればいいんだろうなぁ」


「そうだな。どうしたものだろう」


 ワイバーンの行方も知りたかったが、アンゼリカが無事だったことで、無理やり意識の外に追いやることにした。


「そういやぁ。あいつ、ちゃんと休んでると思うか?」


「む。どうだろう」


「大丈夫かね?」


「む。ううむ」


 小屋から何かが暴れているような音がする。今暫くは、こののどかな景色でささくれ立った気分を癒すことにした。





 翌朝、完成した魔道具を手に戻ってみれば、大中のシロクマが小屋の前で丸まっていた。


「わざわざ出迎えなくても良かったのに。それとも日の出見物?」


「・・・どうもこうもねぇよ」


「昨晩、小屋に入れなかったのだ」


「駕籠もあったでしょ」


「この装備が存外使えたので、つい」


 手袋と長靴はまだ渡していなかったが、着ぐるみの中に引っ込めてしまえば凍傷は防げる。そもそも『楽園・改』が効いているから凍死することもない。


 だからって。


「双葉、開けて」


 バン!


 景気よく扉を開き、真面目に謹慎していたことをアピールしている双葉さん。だけど。


「ヴァンさん達を追い出せとは言ってないよ? 謹慎期間延長」


 がーん!


 干しわかめは放っておこう。


「で、アンゼリカさんは・・・」


 寝台の上で、寝ている。のではなくて。


 アレを使ったらしい。


「・・・謹慎の意味がないじゃん」


「そうか? 味だけでも結構キツイものがあるのだが」


「だけどまあ。大人しくさせておくには最善なんじゃねぇか?」


「ヴァンさんも言うよね」


「ところでロナ殿。見ているこちらが寒いぞ。俺達に渡した装備はもうないのか?」


 早朝の草原は、白い霜に覆われている。そこを裸足で突っ切ってきた半袖短パン姿のわたしを見て、ウォーゼンさんは本人でもないのに体を震わせていた。


「最後の一張羅がダメになったからね。本当に、もう、どうしてくれよう」


 双葉さんが、「もう一本いっとく?」と小瓶を取り出す。


「気絶してたら反省もできないの。面倒の見方を間違ってる。ってことで謹慎期間はもっと延長」


 ががーん!


 崩れ落ちる双葉さん。再び無視だ、無視。


「ご飯は食べた? 駕籠の中の荷物に、非常食を入れてたんじゃないかと思うんだけど」


「「あ」」


 自前の荷物を調べることも忘れていたらしい。すぐに変身したけど、やっぱり、あの姿は刺激的すぎたようだ。


「じゃあ、お腹空いてるよね」


「粥は、まだあるだろうか」


 流石は副団長。よく判っている。


「俺は肉がいい」


 ヴァンさんは一発殴っとく。


「まずは消化のいいものから。一日食べてないんでしょ?」


 卵粥を作ることにしよう。


 薄味の無精卵を取り出し、一部に穴を開け、撹拌器がわりのロックアント棒を放り込み蓋をする。わたしの背よりも大きい卵を抱え上げたら、次はシェイクシェイク。


「・・・ロナよう。ちったぁ自重しろって、何度言わせる気だ」


 言葉に力が無い。ヴァンさんを大人しくさせるなら絶食させればいいのか。


 ウォーゼンさんは賢明にも顎を両手で支えている。うん。顎が外れたらご飯は食べられないもんね。


 アルコール液で消毒したロックアント桶に注ぎ分け、その一部を鍋に戻した粥に混ぜる。桶は蓋をして指輪に仕舞う。味見をして、ちょいちょいと味を整えて。


 これでよし。


 黒い器と薄黄色い粥の取り合わせは奇妙に見えるが、食べられるんだから苦情は聞かない。にらめっこしてないで、冷める前に食べたら?


「む。変わった味付けだが美味いな」


 さっさと口をつけたウォーゼンさんを見習え。もう一つの鍋に頭を突っ込んでる五樹の真似をしろとまでは言わないが。


「水麦と一緒にもらった調味液を使ったんだ。地元では豆汁って呼んでて、港都ではソウマだったかな?」


「いやそうじゃなくて」


 そうでした。ソーマはどこかの神様のお酒だ。


「大きいけどあれでも卵なんだから食べられるって。割ってすぐだから危なくないよ。割る前もちゃんと消毒したし」


 わたしの劇毒判定では白と出ている。だからちゃんと普通に食べられる。


「そうじゃねぇっての」


 男は黙って粥を食え。


 勝手におかわりを注いだ。ほら見ろ。お腹空いてたんじゃないか。だからって犬食いみたいに掻き込まなくても。確かにこぼれそうになったけど。


「そうだ。食べすぎると、駕籠で移動する時また気持ち悪くなるかもしれないからほどほどに」


「そういいつつ手に持ってるお玉はどう言う意味だ、こら」


 食べてすぐに元気になった。ヴァンさんの回復力は、もしかしたら魔獣並かもしれない。


 アンゼリカさん用の卵粥はヴァンさんに預け、監視、もとい看病も任せた。ウォーゼンさんもまだ本調子じゃないらしく、休んでいるそうだ。


 わたしは、他の作業を後回しにして当座の服を作ることにした。青い顔をしたウォーゼンさんの懇願に負けたからではない。ないったらない。


 生地の材料は、無染色の天杉布、毒血染の虫布、鞣しの終わってない猪と鹿の皮、そしてわたしの抜け殻、と選択肢は多くない。そして、縫製はともかく裁断している余裕もない。三葉さんならさくっとセーターを編んでいただろうが、ここに居ないからには無益な仮定。


 手っ取り早く作れる作務衣もどきでいいか。


 太陽が傾き始めた頃、小屋の前での縫い物が終わった。そして、ヴァンさん達も出てきた。よかった。間に合った。


「アンゼリカの飯が終わったぞ。ウォーゼンももう大丈夫だって・・・まだ白いな」


 天杉布の作務衣と布草履だから仕方がない。ちなみに、草履は一葉さんと四葉さんが天杉布を裂いて編んでくれた。


「放っておいて」


「朝と代わり映えしねぇじゃねぇか」


 あれは下着姿。今は服を着ている。全く違う。違うったら違う。


「ロナ殿。悪役ごっこで使った服はもうないのか?」


「ふっふっふー。あれは小さくて着れなくなってたんだ♪」


「そ、そうか。よかったな・・・」


「でしょー?」


 頑張れば着れなくはないのだが、これからロックアント狩りするのに窮屈な服では動きにくい。


「さてと。これから、何もしなければまた魔力酔いにかかるかもしれない場所に行く。それを防ぐための魔道具がこれ。作業着のに入れておけば、気にならないと思う。だけど、他の魔道具とは干渉しちゃうから、小屋では脱いでたほうがいい。脱げば動かなくなるようにしといた。

 こっちのは小屋用の魔道具で機能は同じ。一日中動かしっぱなしにしておいても大丈夫。作業着ばっかり着たままだと休めないでしょ。だからね。こっちはフライパンなんかもちゃんと使える。


 ねえ。聞いてる?」


 三人を地面に座らせて、説明がてら魔道具を取り付けた。ふふん。これでフード無しでは居られなくなる。


「小屋から出るときは、これを着とけってことだろ?」


 まあ、そうなんだけどさ。


「それじゃ。各自の荷物を駕籠に移してくれる? 終わったらアンゼリカさん念願の拠点に移動する」


「小屋の中の設備はどうしたらいい?」


「それはそのままでいいよ。あ、先にこれを天井の中央、灯の魔道具の下に下げて。そう、それでいい」


「荷物は運び終わったぜ」


「あの」


「乗る前に毛皮巻きを着ていた方がいいのか」


「ウォーゼン、皮巻きってなんだよ」


「ただの作業着では味気ないだろう?」


「好きなように呼べばいい」


「あのね? なな・・・」


「話は後。さっさと着てちゃっちゃと乗らないとここに置いてくよ?」


「・・・」


「なに突っ立ってるんだ。行くぞ」


 アンゼリカさんは、多分昨日のことを謝るか何かしたいのだろう。でも、双葉があんな対応をしたってことは、素直に反省しているようには思えない。


 なにより、わたしの危機センサーが激しく点滅しているのだ。


 もう、時間がない。


 ヴァンさんに促されて漸く駕籠に乗ってくれた。


 小屋も指輪に仕舞って、残るのは。


「五樹〜! いくよーぅお?!」


 周辺の警戒を頼んでいた五樹を呼んだら、わたしの影へ走高跳込みの要領で入った。・・・一体がしたかったんだか。点数? 出すわけないじゃん。


 山羊達へのお詫びは、来年に持ち越し、かな?




 気流は安定している。進行方向に積乱雲などの障害物は無い。『隠蔽』を使っているので、空の魔獣の横も素通りだ。

 元地下基地より近いし標高の高いところから下るだけなので、到着は早まりそう。


 で。


「な、なんだあれは!」


「ななちゃんあんなところに行くの?!」


 と、着地直前、非常にやかましくなった。


 アンゼリカさん達のあれこれがなければここまでひどくならなかったんだけどねぇ、と、声を大にして伝えたい。マイクがないから無駄だけど。


 本当に、酷い。


 まーてんの麓の半分が真っ黒に染まっている。酒蔵がどこにあるかもよくわからない。素材が素材だから、見分けにくいのも当然なんだけど。


 つまり、黒色の正体は、言わずもがなのロックアントだ。それに、なんなの、今年の増えっぷりは。


 東側の、まだロックアントが到達していない草地に駕籠を下ろし、隣り合わせに小屋を出す。駕籠の上に『重防陣』の術具を貼り付けて、準備オッケー。

 おっと、着替え着替え。裾抑えと脚絆を兼ねた細布を両腕と脛に巻きつけて、わたしの戦闘準備もこれでよし。


 それから、五樹だ。変な入り方をしてたけど、難なく影から引っ張り出せた。


 にゃがーみょごーっ!


 膨れっ面してもダメ。


「大事な任務をお願いするね。アンゼリカさんをちゃんと守るんだよ」


 うみぎゃぁ


「双葉だけじゃ心許ないんだもん」


 んぎゃう!


 ついでに、君の極上なモフモフが三人を癒してくれることを期待する。


 閂も外し、駕籠の扉をあけて、ざっと説明しておく。


「到着したよ。さっき渡した魔道具とは別に、ロックアントが入れない結界を張った。でも、駕籠から離れすぎないほうがいい。ボクは、さっき見た群を止めに行ってくる。数が数だからいつ顔を出せるかわからないけどね。


 五樹も留守番するから安心して」


「ロナ殿?! 無茶だっ」


「ななちゃん! 危ないわっ!」


「って、ダメだ! ウォーゼン! ファタにクロスケも手伝え! 」


 ヴァンさん。ナイスフォロー!


「結界の中の草刈りでもしてて」


 このところ全く手を入れられなかった草地は、駕籠が埋まるほどの背丈に伸びている。だから、数歩進めば人も物もすぐに見えなくなる。


 仕事があれば、気も紛れるだろう。


 


 酒蔵を巻き込むから、凍結ブレスが使えない。そもそもガチンゴチンに凍らせると、解体前に解凍しなくてはならず、面倒臭い。

 茂りまくった草も邪魔だ。アリ団子を握りつぶす時に巻き込んでしまうから、この手も使えない。


 何はともあれ、わたしはわたしの仕事をする。

 取り敢えず、お疲れ様。


「いやこれからが本番なんだけど?」


 それが主人公の宿命だもの。


「そんなものは要らないっ!」

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