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雨宿り

 わたしの話を聞いたウォーゼンさんが大慌てで周囲の兵士さん達に指示を出し、団体さんは纏めて退散、もとい退却していった。


 かなめが居なくなれば、お供も不要。


 だいぶスッキリした。


 レンの意思など関係ない。ふははは。使えるものなら、なんでもいいのだ。


 でも、あれってなんの匂いだっけ? ま、いっか。すぐさま悪化して死ぬようなものではなかった筈だ。


「残りはあと少し」


「この悪党」


 頭を手で隠したギルドマスターの藪睨みなんか怖くない。寧ろ笑いが取れる。


「ガレンさん、何か言った?」


 わたしは悪党ではなくて、悪役なの。違いが解らないオヤジに用はない。


 ギャラリーが小劇場の結末に呆然としているうちに、トンズラしよう。


 としたのだけれども。


「あら、あら、あらあらあら。どこに行くのかしら?」


 アンゼリカさんの細められた目が怖い。


 ちっ。もう再起動しちゃったのか。


「レンのことは放って置いていいの?」


「手配はした。俺が出来ることはここまでだ。どちらにしろ、レオーネは同行させられん。それに状況を詳しく聞きたいのだが」


 ウォーゼンさんも、へばりついたままだった。


「ナーナシロナ様。お巫山戯になるにも限度がございますのよ?」


 うわ。メデューサヘアを幻視してしまった。


「巫山戯ては居ないよ? 二、三ヶ月おとなしくしていれば大丈夫だって。・・・多分?」


「多分、は大丈夫とは言わねぇ」


「いやなんかね、どうにも思い出せなくてさ。変なもの、は食べないだろうし。なんだっけ?」


「と言われても、ロナ殿に解らないことが俺に解る訳がないだろう?」


 自慢にならない事を自信満々に告げるウォーゼンさん。副騎士団長がそれでいいのだろうか。


「それにしても、あの数の背負袋をどこから集めてきたんだ。あれは巡回班が使うやつだろ?」


「あっ!」


 ガレンさんの指摘にウォーゼンさんが声を上げる。なんだ、今頃気付いたのか。


「謹慎きんしーん三か〜げつぅ♪」


 あ。


 こんなショートフレーズでもだめなのか。


 それはともかく。


 デタラメ即興ソングは、三人を速攻でノックアウトした。


 この場から逃げ出す絶好のチャンス。なのだが、気絶した人を放置するには場所も時間もよろしくない。

 とっととこのマグロもどきを街に放り込み、素早く退却しようと思ったのだが、少々見込みが甘かった。


 グリーンブラザーズは謎歌の巻き添えを食らってただの紐と化し、助力は見込めない。九卯と五樹までヘタっている。

 やや離れた所に居た門兵さん達も百メルテ全力ダッシュ直後のような有様で、全く役に立ちそうにない。


 幸いなことに、厄介ごとの匂いを嗅ぎつけた隊商の皆様方は、ユードリさん達と共に姿を消している。巻き添えが少なくて何よりだ。


 ではなくて。


 わたし一人でえっちらおっちら街の中へ運び込んだ直後、閉門となってしまったのだ。融通の効かない門兵め。肉の配給を減量しちゃうぞ。


 九卯と五樹には、門外で朝まで待つように閉門直前に言い含めた。クロウさんの寝床を間借りしたくても、二頭を運搬するための荷車を準備できなかった。つまり、放置プレイするしかなかったのだ。

 それに、今夜は街中の方が危険かもしれない。ガレンさんと愉快な仲間達がいつトチ狂って、もとい我慢できなくなって九卯の首をサクッと切り落とすんじゃないか。と。


 もっとも、気の回し過ぎだったことが、後に判明する。


「あいつ一匹よりも多く回してくれるんだよな♪」


 ・・・肉スキーめ!




 巡回の兵士さん達に協力してもらい、根性無し共を治療院に放り込んだときは、すっかり日が暮れていた。月明かりが目に染みる。


 手隙の治療師さん総掛かりで手当し、倒れた原因が魔力酔いによるものだと判ったのが夜明け前だった。


 そして、エッカさん大激怒。


「ロナさんっっっ!」


 はぷはぷはぷ


「何したんですか何飲ませたんですかあれほどだめだとっ」


「エッカ師落ち着いて落ち着いてください〜〜〜っ!」


「まだ寝てますから患者〜〜〜っ!」


 宥めようと右往左往する部下の皆さんも、疲れ切っているせいで口調が怪しい。ついでに、エッカさんより声が大きかったりする。


「ぐび、ぐびがう」


 このままエッカさん渾身の一捻りで逝ってしまえれば。


「やめろっての!」


 ヴァンさんのイケズ。無粋にも割り込んできやがった。


「ふーっ、ふーっ」


 元肉体労働者の羽交い締めで拘束された治療院長が、猫のように唸っている。


「どうどう」


「ロナもワザワザ煽るなってんだ。で、ガレンが倒れたって聞いて来たんだが、ロナが暴れたのか?」


「内緒♪」


 エッカさん疑惑の謎薬品なんかあるわけないし、正直に言えばそれはそれで煩くなるだろうし、実演すれば今ここに詰めている治療師さん達がダウンして開店休業状態になってしまうし。


「ロナさんっ吐きなさい喋りなさい今すぐ白状なさい!」


「こいつがそう簡単に口を割るはずねえだろうがっ!」


 ヴァンさんに任せておけばよさそうだ。


「そうだ。レン、レオーネ王女の容態は?」


 秘技、話題逸し。


 治療師さん達は、そろってプルプルしている。やっぱり危険な病気だった?


「ご・・・です」


 若手の女性治療師さんがぼそっと呟いた。


「ご臨終?」


「違いますっ! ご懐妊と申し上げましたっ!」


 あ〜らら、真っ赤になっちゃって。


 ・・・・・・え?


「つまり、おめでたい?」


 こくこくこく。


「お、おう。めで、たいな」


 ヴァンさんも真っ赤っ赤。


「良かったねぇ。拘束する口実ができて」


 あれは妊婦さんの匂いだったのか。なおさら、連れて行けないじゃん。


「全くです。・・・ってそうじゃありません!」


 うっけっけっ。


 でも。ちょっと待って。


 レンは、公称わたしと同じ年齢。すなわちアラフォー。で、初産?


「体は大丈夫なの?」


「直前まで騎士団の訓練に参加しておりましたので、少々心配ではありますが」


「何やってんの。それもだけどトシが」


「はい? あ、いえ、王族の方々の中では遅いほうですが、これからのケアをきちんとしていれば」


 この世界では、長命種と呼ばれる人達がいる。だが、明確にそれと判明しなくても、はるか昔に加わった竜の因子の影響で、平均寿命は現代日本人よりも長いらしい。


 肉体全盛期間も長く、つまりレンの年齢的問題は無視できるし、駄隠居さんの大剣大車輪も不思議ではない、と。


 なんて羨まケシカラン人種なんだ。




 三日後、アンゼリカさんと愉快な仲間達が、「お宅訪問」に出立した。魔力酔いからの回復と、関係者、もとい野次馬の説得にそれだけの日数が掛かったのだ。むしろ、三日で終わらせたことを褒め称えたいくらいだ。


「んふ。んふふふふ♪」


「おい。調子に乗るなよ?」


「わかってるわよぅ♪」


 同行するのは、首謀者だけではない。


 まあ、ヴァンさんが居てくれるのは助かるけどさ。暴走状態のアンゼリカさんを大人しくさせておくのは、正直、わたし一人の手に余る。


 だけど。


「組織運用のトップが三ヶ月も所在不明って、大丈夫なの?」


「不届者、ごほん、足手纏い共がごまんと湧いて出そうな気配でな。手を打たずに人数を増やしてロナ殿の不興を買うよりはマシだろうと、俺から申し出た」


「人身御供ってこと?」


「・・・そうとも言う。かもしれん」


 浮かれまくったアンゼリカさんの現地レポートだけでは物足りないと、なにがなんでも同行する気だったレンその他大勢の代理人として、ウォーゼンさんが同行の許可を求めてきた。

 こんなんばっかり徘徊しているローデン王宮の行く末が、つくづく心配になる。


「ロナ殿の負担を増やしてしまうことになるが」


「お土産をしこたま持ってきてあげるって言ったのに」


「それは陛下も宰相殿も全力で断っただろう」


「でもさぁ。なにもウォーゼンさんでなくても、トンちゃん辺りで良かったんじゃないの?」


「全く飯を作れないよりはマシだろう。俺はロージーに一通り手ほどきを受けて、自分が食うだけならなんとかなる」


 確かに、わたしの不在時に自分自身の面倒を見られるスキル持ちでなければ、とてもじゃないが連れて行く気になれない。


 それでも、限りなく不安だ。


「ここだけの話、ミハエル殿下も急行中との情報が入っている」


 王弟殿下が同行するとなったほうが、ウォーゼンさんよりも各方面への抑えが効く。という理論武装で入れ替わりを強行する可能性があるそうだ。


「・・・なるほど納得」


 ウォーゼンさんが無理を押して出発を急ごうとする訳だ。


 繰り返し危ないところに行くって言ってるのに、そこは端から無視されている。ローデンの王族は危険不感症なのか?


 顔を見合わせて同時にため息をつく。


 でも悪いことだけではない。ウォーゼンさんのネームバリューが効いて、素直に残った者が居るのは確かだ。


「美味い肉をよろしくな♪」


 ガレンさんは、持ち込まれる肉をいち早く食べたいだけなのかもしれないが。とことんぶれないオヤジだ。


「こないだ持って来たじゃん」


「あれは手付けだ手付け。まだまだ足りねえな」


「ガレンさんなんか、肉の山に埋もれてしまえ!」


「おお、いいねぇ」


 喜んでるし。


 またも門の外まで出張りわざわざ見送りに来たガレンさんのしつこい肉肉コールを背に、精神的疲労感をずっしりと背負ったまま、ローデンを出発した。




 九卯にウォーゼンさん、残る二人を五樹にのせて、森の中を突っ走る。気分転換と道先案内を兼ねて、わたしも突っ走る。騎乗帯代わりのグリーンブラザーズが憑いているので、少々コーナーリングがきつくても問題ない。ないったらない。

 おかげで、道中はとてもとても静かだった。


「さ。着いたよ」


 レンの調教訓練で使った地点に到着した。ロックアント製のプレハブが来訪者を歓迎している。ように見えるだろう。多分。


 本当は、地下の秘密基地を使うつもりだった。


 アンゼリカさん達が寝込んでいる間に、客室やベッドなどを用意しておこうと思ったのだが、入り口の結界を解いた途端に、暗褐色の粘液体と鼻をつく異臭が溢れ出した。

 にじり寄る物体Xにかつての惨劇を思い出し、慌て過ぎたわたしは、無我夢中でカモフラージュ用の岩もろとも溶岩化した。地表が赤く光りだしたのを見て正気に帰り、手を止めた時には地下施設の全てを失っていた。


 いつの間にかこのあたりも[魔天]領域に取り込まれてしまったらしく、それが原因で発酵中の酒がバイオハザードを起こしたのだろう。


 今も、わずかに窪んだ地面から湯気が立ち上っていたりする。地下室の汚染度が不明な上、除菌する手間暇や最近の過密スケジュールを考えると、ベストな解決策だったと思う。

 でも、双葉さんからは猛烈な抗議が来た。関節技で責められた結果、果実酒用の酒蔵を新しく探すことになった。山の洞窟でもいいじゃん。だめ? あ、そうですか。


 ちなみに、まーてん麓の酒蔵は、ロックアント素材のプレハブを採用している。減らしたいわたしと際限なく仕込みたい双葉さんとの壮絶な駆け引きの産物だ。

 出来上がった酒の仕上がりを散々自慢された後、蔵の中にある酒樽を回収する。蔵も再利用しやすいように内部を掃除をしてから指輪に仕舞うのだが、敵もさる者、ちょっと目を離した隙に入り込んでいて、偉そうに空の樽を要求するという。


 そして、プレハブ蔵一棟で足りなければ蔵のおかわりも催促する。

 わたし一人では到底飲みきれないってば。だめ? あ、そうなんですか。


 それはさておき。


 今回のお荷物三人組の仮の宿は、酒蔵プレハブを流用した。一から設計するのは面倒臭い。それに、上から下までロックアントで出来ているから、万が一、三人では太刀打ちできない魔獣が来ても、立て籠もってさえいれば命は助かる。

 内装は、最低限の設備を増設した。風呂とトイレとミニキッチンと寝台車式三段ベッドと。オプションで軒を伸ばしてあるし、昼間はその下でのんびりできる。キャンプテーブルにパイプ椅子もどき、オープングリルなども準備した。


 セキュリティー的にもアメニティレベルも問題ない筈だ。どこに文句のつけるところがあるというのか。


 だがしかし。


「ななちゃんのお家じゃないわ!!」


 と、暴走アンゼリカさんは宣ってくださいやがりましたよ。


「このサイズならば荷馬車にしつらえることもできる。もう少し小さければ、マジックボンボンにも収納できるのではないか?」


「隊商付きの傭兵どもが飛びつきそうだな」


 男二人には大好評なのに。


「お家に連れて行ってくれるって、言 っ た の っ!」


「ねえ、アンゼリカさん? レンのわがままっぷりに負けてないと思うんだよボクは」


 さりげなく自覚を促そうにも。


「約束したんだもの!!」


 最早、子供の癇癪と変わりない状態。


「ヴァンさん、なんとかして」


「俺には無理だ」


「役立たず。何のためにくっついてきたのさ」


「うぐぐぐぐ・・・」


 てっきり反撃して来るかと思ったら、何故か沈没した。本当に、肝心なところで使えないんだから。


「ウォーゼンさん?」


 一縷の望みを託して、こっぱずかしい気持ちをねじ伏せ、上目遣いでお強請りしてみた。


「すまん。俺はもとから員数外だったしな。特に女性相手では何もできん」


 さっさと白旗を揚げてしまった。


 九卯と五樹は、野生の本能に従ったのかとうの昔にとんずらしている。


 どいつもこいつもっ!




 ふん捕まえてぐるぐる巻きに梱包し九卯の宅急便で送り返したいのに、アンゼリカさんは捕縛できない。

 痺れ玉は華麗に回避され、盾にされたヴァンさんがしこたま蹴られただけで終わった。逃げ足のレベルも普通じゃなかったとは。

 ウォーゼンさんにも協力してもらい、宿泊処に密封、もとい閉じ込めようとしたら、入り口に陣取って双剣を手に暴れる暴れる。

 ヴァンさん? 最初の一撃で沈んだままですが何か。


「なんで逃げるのさっ」


「いやよ。ななちゃんのお家に行くまでは離れないわ」


「離れるも何も、ロナ殿の手を煩わせているだけなのでは」


「連れて行ってくれればいいだけの話でしょっ?!」


 とまあ、埒があかない。


 どざばぁ


「あ。雨だ」


「雨だ、じゃねぇ! この薄情者!!」


 ヴァンさんが、慌てて屋根の下に逃げ込んで来る。やっぱりね。死んだふりしてただけだった。


 そして、文字通りの水入りで一時休戦となった。


 地下室跡地にもうもうと湯気が立つのを、気を削がれた一同がぼーっと眺めている。精神的又は肉体的な疲労感に襲われているとも言う。


「正直に言うと、家らしい家はない。存在しない。作ってないんだ。

 拠点にしている場所はあるけどさ。そこは街道からすごく遠いし。足りないものは自力で探すしかない。しかも、冗談抜きに魔獣がてんこ盛りで徘徊しているようなところなんだけど。

 アンゼリカさんは、そんなところで、どうやって三月も過ごすつもりなのさ」


「おめぇ。なんだってまたそんなところに・・・」


 ヴァンさんは呻き、ウォーゼンさんは何故かしたり顔で頷いている。


「ここなら、すぐ街に帰れる。たまに顔を見せに来るからさ」


「い、や、よ!」


 アンゼリカさんは、何故にこうもかたくなな態度をとり続けるのか。


「巻き込まれるヴァンさん達も大迷惑でしょ?」


 一番迷惑を被っているのはわたしだけど、一人よりは二人三人の方が主張しやすい。


「そうなの?」


 ぎろり、と睨みつけるアンゼリカさんに、ギルド顧問もローデン騎士団副団長もたじたじとなった。


「俺はレオーネ殿下に報告しなければならんしな。生きて戻れるものならそうしたい」


 早口言葉よろしく一気に言い切った。よろしい。内容は文句なし。


「アンジィよう。おめぇ、ロナの邪魔をしたいのか?」


「違うわよっ。ななちゃんのお家に行きたいだけなのっ」


 力一杯地面を蹴りつけた駄々っ子は、足元に流れてきた雨水を自身に被る羽目になった。なんという自爆技。


「ふ、ふえ、う、うわーーーーーん」


 下半身に泥水の洗礼を受けたアンゼリカさんは、とうとう泣き出した。本格的に幼児化している。


「おい。どうするよ」


「どうするもこうするも・・・ロナ殿?」


「何でボクに訊くのさ」


 三人で顔を見合わせ、同時に泣き止まない駄々っ子に視線を向ける。


「「「・・・はぁ」」」




 本当に、どうしてこうなった。

 どうやっても、アンゼリカさんの同行を止められない。


「ちゃんと阻止してよ!!」


 無理。抵抗しようとすればするほど、泥沼化するだけだった。


「作者の無能者!」


 ぐはぁっ!

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