実験は、爆発だ
皆様はきちんとした専門家に指導を受けた上で、実験を行なってください。場合によっては、非常に危険です。
まずは、街中仕様の平常状態で、ぺたっとな。
しーん。
「ナーナシロナ様? ちゃんと、起動させてますの?」
「は、ははは。ハーッハッハッハッハッ! やった、仲間だーっ!」
メヴィザさんは、本格的に壊れた。
「それはどうだろう。なんか企んでるよな?」
「企むって、何を。ねえ。魔法陣を触ったら起動するんじゃないの?」
「そんなわけあるか。こう、押すような感じで、ぐぐっとやるんだよ」
抽象的すぎるアドバイスをありがとう。でも、判ってやってたんだよーだ。
「それじゃ、やってみる」
深呼吸して、精神を集中させる。
絞れ、絞り込むんだ。
「あら? 何か、背筋が寒くなってきた気がしますわ」
「・・・同感だな。魔法陣一つに、なにムキになってるんだか」
スポイト以下、マイクロピペット一滴、いやそれよりも更に少なく。
く、くえ?
そして、ナノ・セカンドの接触に抑えろ!
タッチ!
ちゅどかーーーーーーーーーーーん!
五樹は、事前に退避していた。付き合いの長さは伊達ではなかったようだ。
わたしを唆した三人は、悪運強く、作成済みの大穴に転がり落ちて、爆風の直撃から逃れることが出来た。多少の打ち身は受けただろうが、命は無事だ。
可哀想なのはクロウさんと九卯で、ついうっかり地面に爪を立ててしがみついてしまったために、吹き上げられた泥の雨を全身に浴びることになった。
わたし? 即座に『楽園』を起動して身を守った。そう安々と自爆被害を受けるつもりはない。
「い、今。何が」
吹き上げられた土砂が全て落ちきり、周囲に静寂が戻った頃、メヴィザさんが、全身泥まみれになって穴から這い上がってきた。
「あ。埋もれてなかったんだ。よかったね」
「良くありません! それにしても、今の威力は・・・」
台詞が途絶えた。
「メヴィザ、どうした? げほっ」
「ユードリさんの方が先に出てくるかと思ったけど」
「ペルラさんをおいていけるか。ほら、俺の肩を踏め」
「み、見上げないでくださいませ!」
「誰が見るかそんなもん」
げしっ
迂闊な一言に、強烈なお礼を貰った模様。当然の報いだ。
穴の縁に白い、訂正、元は白かった茶色の手が覗く。
「はーいよっと」
掛け声とともに、ゴーレムもどきを引っ張り上げた。
「ユードリさんは、出られそう?」
「無理だな。手が滑って登れそうにない」
「三葉、ゴー!」
「え? お、おうわっ」
一本釣り、大物だぁ。
「とまあ、こんな訳だけど。どう?」
「どう? じゃねぇ・・・」
またも台詞が途絶えた。ついでに、目と口がポッカリと開いている。ペルラさんも右に同じ。
「埋め戻すのが大変だよねぇ。これ」
山の洞窟は険しい傾斜の中腹にあり、魔道具作成に失敗しても、たいていは崖に吹き飛ばされるだけで済んでいた。洞窟を増産したのは、【魔力よけ】の時ぐらいだ。
・・・そうだよね〜。こうなるのも予想できたよねー。
「クロウさん、九卯、出ておいでよ」
ぽろ、ぽろぽろ
巨大クレータの縁に残った土の小山が崩れ、二頭が現れた。だけど、背中の物はもう落ちきったというのに、まだ震えている。
「九卯は、もう一度水浴びしてこないといけないね」
「我々も、必要、ですわ」
「そうだな。今日はもう帰ろうか」
「メヴィザ? どうしました?」
「あ、あの。ペルラ様? この惨状を見て、それで済ませられるんですか?」
「ナーナシロナ様のしたことですもの」
「だな」
パタパタと体を叩く、平常運転の二人。
「曲輪でやらかしたあれこれを間近に見てれば、なぁ。俺としたことが、こうなることを予測しておくんだった!」
「おほほほ、その通りですわね。ええ、今更ですが」
「・・・」
突き抜けた方向で信頼性が高かった。嬉しくもなんともないけど。
「えいゆう、しょうこうぐん、だとばかり、思って、いました」
「はあ? あれって、魔術師もなるんだろ? 変でもなんでもないだろうが」
「エッカ様に聞いてみましょうか」
「何をだ」
「魔力暴走型と腕力暴走型だけでなく、複合型も症例としてありなのかどうか」
「有りじゃねえの?」
再び、視線が集中する。
「ねえ。そろそろ移動しないと閉門までに帰れないよ?」
必殺、話題そらし。
「ですが、この格好では恥ずかしいですわ」
「恥ずかしいも何も、着替え、持ってる?」
「「「・・・」」」
「おーい。五樹ーっ。行くよー?」
ぐおん♪
駆け戻ってきた五樹に、二頭の恨めしそうな視線が刺さる。
きゅるーーーーっ
くえくえーっ
ぐあっ
五樹の返答に、二頭がうなだれた。なんだかなぁ。
「じゃ、行こうか」
その言葉と共に、グリーブラザーズが三人を手早く魔獣達の背中に括り付ける。
「あ、その、ちょっと!」
「急がないと間に合わないって。じゃ、しゅっぱーつ」
「せめてももうちょっと土を落としてからでもぉ〜〜〜?!」
乗る方も乗せる方も大差ないって。
門前は、ちょっとした騒ぎになっていた。
大小の茶色の塊がとことこと近づいているからだろうか。
「と、止まれーっ」
「ばか! それで魔獣が止まるもんか!」
いやいやいや。三頭はとてもお利口さんですよ?
「止まった。本当に、止まった」
「お前、従魔使いの素質があるんじゃないか?」
ぐだった会話をしながら恐る恐る近づいてくる兵士さん達に、挨拶することにした。
「ただいまだよー。ペルラさんとメヴィザさんとユードリさんとボク」
ひらりと五樹から降りて、手も振ってみた。
「あああああ〜〜〜〜」
兵士さん達のテンションがダダ下がる。
「っと、そうでした! 何か異常に気が付き・・・」
うん、見るも哀れな有様だもんね。
「ペルラさんに頼まれて色々実験してたら、みんなこうなった」
「もしかして、派手にぶっ飛びました?」
「そりゃもう!」
はぁ〜〜〜〜〜〜。
腹の底から息を吐く兵士さん達。そう言えば、通常の門兵さんとは格好が違う。
「なるほど、了解です。王宮にもそのように連絡しておきます」
もう一人が深く頷いた後、門へ走っていった。
「王宮?」
「ええ。そうですよ。延々と轟音が聞こえてくるってんで、東西の街門は厳戒態勢を命じられたんです」
「・・・出来るだけ、離れてたつもりなんだけど」
「いえ、寧ろ離れててくださって助かりましたよ。音だけでも相当だったのに目の前でやられてたら・・・」
当事者三人は、感覚が麻痺していたようだ。吹っ飛んで、また魔法陣を描いて、また吹っ飛んで。そういう意味では、三者三様で壊れていたのかもしれない。
「確かにねぇ。大穴がボッコボコ空いてたもん」
「・・・よく、無事でしたね」
「ボクはね」
「・・・」
やっと降りてきたペルラさん達の様子を見て、口を噤んだ。
「治療師を呼んできます」
「その前に、あの格好をなんとかしないと」
「・・・・・・それも、そうですね。緊急事態ということで、門兵待機所の裏手を借りられるよう手配します」
「ついでに着替えの手配もヨロシク」
「了解、です」
「あの、ナーナシロナ様? 何の話ですの?」
「身だしなみの話」
「「「・・・」」」
「ロナばっかり、ずるいぞ」
「何が?」
「その格好だ! なんでお前ばっかり」
ユードリさん、ひとを指差すんじゃありません。
「日頃の行いがいいからだね♪」
「それは違うでしょ?!」
メヴィザさんの泣き言が気持ちいい。
「それはそうと、クロウさんの厩舎に水浴び出来るところはある?」
「あ!」
予想通り。でなければ、ウォーゼンさんが「九卯の毛づくろいを街の外で」なんて言う筈がない。
「ここまで泥だらけだとブラシじゃ間に合わないし。だから、預かってく」
「え? ナーナシロナ様?」
「厩舎とか街の中とか、盛大に泥を振りまきながら歩いて行ってもいいのかな?」
くえくえっくえーっ
九卯は、真っ先にそれを拒否した。
「私は付いていきます!」
茶色の小人、もといメヴィザさんが頑固に主張する。クロウさんと離れがたいのは判らなくもないけど。
「その格好で? 放っておいたら風邪引くよ?」
「ぐっ」
きゅるっきゅぅ
すぐに戻るわ、だろうな。優しい目でメヴィザさんを見つめている。まるで、恋人達のラブシーンに見えてしまう。
カップルの組み合わせは、一つ目の魔獣と土団子だけど。
「それじゃ、また明日の朝ね」
「お待ち下さいませ!」
「ちゃんと休んでおかないと、体が持たないからねー」
「ナーナシロナ様ーっ!」
呆気にとられる兵士さんや引き留めようとするペルラさん達を残して、踵を返した。
さて、どこで丸洗いすればいいかな?
「そうか。親分グリフォン殿の癇癪ではなかったか」
ウォーゼンは、安堵のあまり椅子の背に体重を預けた。漸く片付いた室内も、心なしか明るくみえる。
「え?」
「なに、こちらの話だ。それで、現場での詳しい話は聞けたのか?」
最悪の事態でなかったのは幸いだが、何度も緊急召集を行いたくはない。どんな大騒動だろうと、予め怒ることが判っていれば無視することも可能だ。
「皆様、軽く体を洗った後、ペルラ様の工房に向かわれました。聴取担当者を派遣しましたが、まだ報告がありません」
「まあ、皆が無事であれば、急ぐこともなかろう。だが、明日中には報告するように」
「・・・」
「どうした?」
「ロナ殿だけ、街から出られております。「また明日の朝」と言い残して・・・」
「もしかすると明日も、か?」
「おそらく」
部屋の中がいきなり薄暗くなったようだ。
「その時は、担当者も同行させろ」
「それは、ものすごく過酷な任務です!」
見物してくるだけの任務を「過酷」とは言わない。
「いつまでも待機兵を用意するわけにはいかんのだ。これは命令だ」
「副団長! 怖いんですよ? 本当に怖かったんですからね?!」
確か、こいつは今日、街門の当番だった。爆音とやらを聞いていたのか。
「お前が行くわけではないのだから、そこまで怯えなくても」
「・・・俺じゃないんですね。絶対ですよ?」
騎士の位にある者が涙目で訴えるな。
指示を出し退出させると、入れ替わりにトングリオが入ってきた。
「すごく綺麗じゃないですか」
「お前も手伝っていただろう。保管庫の鍵は忘れていないだろうな」
「掛けてきましたって」
整頓ついでに古い処理済みの書類を保管庫に移動させた。これで、九卯殿も少しは居心地が良くなるだろう。
「あれ? グリフォンは帰ってきてないんですか」
「ペルラ殿の訓練に巻き込まれてまた汚れたので、ロナ殿が連れて行ったそうだ」
「夜になるのに?」
「ロナ殿だぞ?」
彼女に対して野営の苦労を説くだけ無駄だ。
「・・・いいなぁ」
「何がだ」
先程の騎士とはえらく態度が異なる。
「だって、ロナですよ、ロナ。きっと美味いもん食い放題してますっ」
「う、ううむ」
先日、二頭ものグリフォンが現れた衝撃は、肉騒動に埋もれて影が薄れてしまった。その時、ロナ殿から預かった保存容器は中身もろとも全て返却した。ことになっている。
実は、アンゼリカ殿に最後のボンボンを奪われてしまったのだが、少々情けないので誰にも言っていない。
発覚しなければいいのだ。
しかし、ロナ殿の料理か。
トングリオに執務室を任せるか。九卯殿を迎えに行く、という口実がある。それに、調査員を一人に限らなくてもいいだろう。
翌朝、街門に向かえば、問題児が待ち構えていた。
「副団長殿! 私が、私が行きます」
「レオーネ。どこから湧いてきた」
「湧くって、なんですか?」
もう、四十も超えているだろうに、この程度の話も通じないのか。
「俺は、グリフォンを受け取るために来たんだ。お前の仕事は別だろう?」
「ロナの調査に加わる係と、快く代わってもらえました!」
「代わったやつは、夜間街壁上部の巡回班に加えろ」
夜間、高い壁の上を乏しい明かりで足元を照らし朝まで歩くだけの簡単な仕事なのだが、騎士団任務の中では人気のない部類に入る。少しは反省するだろう。
開門前の準備に忙しい門兵を捕まえて、伝令を出させた。
「それで、どこに向かうんですか?」
ああ。まだ肝心の人物が残っていた。
「ロナ殿の調査ではなくて、魔術師の回復訓練、らしい。話をきちんと聞いてきたのか?」
「え? あ、あれ?」
既に継承権を放棄しているとは言え、紛れもなく王族の一員なのだ。ペルラ殿の暴発に突き合わせていい身分ではない。
一応、騎士団の上司と部下という建前があるため、俺がレオーネにこんな口調で命令しても咎められることはない。
「今から別の者を呼び出す暇はない。よって俺が代行する。レオーネ、即座に官舎へ戻り、トングリオの補佐を命ずる」
「あーっ! それはずるいです副団長っ」
「何を言うか。勝手な任務変更は許可していない。それとも、レオーネにも罰当番が必要か?」
ミハエル殿下と共に迷宮管理の勉強をさせる手もある。だが、今は、魔術師団から預かった土系魔術師の取扱に苦慮していると聞く。そこに、この問題児まで送り込んでしまうのは少々心苦しい。
加えて、親分グリフォンとレオーネの態度は、すこぶる似通っている気がする。
場所を読まない強要を立て続けに受けたロナ殿が、どんな逆襲を始めるか、想像したくもない。ローデンの平和と俺の頭髪を守るために、俺は断固として戦う。
いやいやいや。逆襲ならばまだましだ。本格的にヘソを曲げて遠くへ去ってしまったら、肉の補充もメヴィザの帰職も全部幻に終わってしまう!
なんとしても、この邂逅を阻止しなければ。
「マイト、居るのだろう? さっさと連れて行け」
「気が付くの、早すぎますよ」
「ミハエル様なら、そうするだろうな、と思っただけだ。ところで、いつ帰ってきたのだ」
「昨日です」
「・・・早いな」
あの人の手回しの良さは、どこで学ばれたのだろう。
「ロナがまた何かやらかしたんですか?」
街門に近づこうとするレオーネの腕を取ながら、マイトは、さも当たり前のように失礼なことを言う。
「今回は、色々と巻き込まれている方だ」
肉とか、肉とか、魔術とか。色々ありすぎて申し開きも立てられない。
「え? ロナが? 大変だ!」
「レオーネは黙っていような」
「まだ居たのか。さっさと官舎に向かわんか」
「あーっ。副団長! 少し、少し挨拶するだけでもっ!」
「伝言はしておいてやる。だが、押しかける前に予定を聞いておけよ?」
「判りましたっ。お願いしますっ」
これで、一応は引いてくれそうだ。助かった。
「ミハエル様への報告はどうしましょう」
「俺が戻ったら用意する。レオーネを頼む」
言外に、逃がすなと含ませておくことも忘れない。
やれやれ。今日も長い一日になりそうだ。
たーまやーっ
「作者。どんな風に飛んでみたい?」
・・・(こそこそこそ)




