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暗雲を吹きとばせ

「根本的治療は難しく、せめて運動をすれば少しは体重が軽くなるだろうと、日常の散歩をお勧めしました。早速始められるというので念の為同行を依頼されたのです。

 そして庭に出た時に、いきなり魔術師団での実績自慢を始められまして、それは聞き流して要られたのですがとうとう見本を見せてやると。口だけは達者だったようで、介助の使用人の制止も間に合わず呪文を唱えられてしまいました。

 しかし、私達にとっては幸運でしたが、不発に終わってしまったのです。他の魔術も散々試されましたが、【炎の矢】一本出せずに、最後には地面の上で、こう子供のように泣き喚いてしまわれました」


 おもちゃ売り場の前にいるお子様状態。幼児帰りしている、と言えなくもない。


「その人の子供達は大変だね」


 介護が。


「後のことは知りません。診察料以上のお支払いをいただいてしまいましたので。ええ」


 黄金の菓子折りで口封じ? それで、いいんだ?


「とまあ、お三方の現状に似た症例は、今のところありませんね。これから治療院に戻って過去の記録を調べて来ましょう」


「そこまでするんだ」


「これ以上ハンターが減ってしまっては私達が困ります」


 肉ですね。


「薬草も品不足なのですよ」


 おっと、心を読まれてしまった。


「でもさ、メヴィザさん達、今までずーっと過剰労働してたんだよ? 負担が大きすぎない?」


「それはそうかもしれませんが・・・」


「本人、メヴィザがそれを望んでいるのです。ならば問題ありませんわ」


「ペルラさんに言われても、ねぇ」


「確かめに参りましょう。ささ、参りましょう!」


 確認する為に手紙を送ったんだけど。復活したらしたでブラック労働一直線、ってのは気が引ける。




 案の定、メヴィザさんは引き篭もっていた。


 きゅろぉ〜


 完全に挙動がおかしいクロウさんも放置したままだ。というより、


「すみませんすみません。わたしが無理をさせてばかりにクロウさんに苦労をかけてしまいましたってとんちじゃないですそうですこれは天罰なんですよもうどうしようもないんです。ああでももう少しで究極の土魔術が完成していたかと思うとでもでも苦労さんが死んでしまうなんてダメですそうです罰は罰として男らしく胸を張って受けることなんでできませーーーーん!」


 クロウさんの厩舎の中、ただ一人、壁に向かって怪しげな呪文をつぶやき続けている。本人が、一番おかしい。


 一葉さんが、「最終手段!」を取り出してみせる。完全に武器にしちゃってるなー。


 だがしかし。


「眠らせている時間が惜しいから、それはまた今度」


「この声は、ロナさん?」


 おや、正気に戻った。


「元気してたかな」


「ロナさん! クロウさんを助けてくれてありがとうございましただから私も助けてくださいたすけてぇ〜〜〜〜」


 この人、わたしと会う度に号泣してないか?


「メヴィザ、見苦しいですわよ?」


「げ。師団長?!」


「元ですわ、元!」


「とにかく。一旦外に出よう。歩きながらでも聴取、もとい話はできるでしょう」


「「はい?」」


「何度も練兵場を借りるのは悪いし、土魔術を使うなら街の外の方が便利だし」


 出かけるのは、敗戦組と凸凹コンビとわたし。


 そこに、もう一頭加わった。


 くーいー


「ロナ殿、九卯殿を連れて行ってくれないか?」


 もとい、ウォーゼンさんが連れて来た。


「運動するなら練兵場で十分でしょ」


「それだけじゃなくて、執務室の掃除をしたいのだ」


「掃除?」


「九卯殿が毛繕いする時に、埃が溜まりに溜まって」


 最後は早口になっていた。


「外でやってもらえば」


「あ、あ〜。俺のあとをついて来る、のは構わないのだが、毛繕いまでついていてやることはできない」


 今も頭をボリボリと掻いている。グリフォンの口では舐めて身綺麗する手は使えない。

 ・・・埃っていうか、フケだよね。一緒の部屋にいたら、ウォーゼンさんが病気になってしまう。


 それに、よく見てみれば羽の艶が落ちている、気がする。鳥だと水浴びか砂浴びをする、だったかな?


「掃除用の道具を貸すね」


 ついでに練兵場の隅に専用の砂浴び場を作っておけば、完・璧。


「新道具は出してくれるな! ただでさえ忙しいのに」


「そこは、試供品ってことで」


 工房で動作確認はできている。


「とにかく! 今日のところはロナ殿が面倒を見てくれ。頼んだぞ」


 くえーぃ


 ん? なになに。


『かゆい』


 これを我慢させるのは可哀想だ。


「連れて行くから、掃除は隅々までやっておいてね」


「おい」


「だから、これを貸してあげる。後で使い勝手を教えてね。じゃ、行こう」


 土魔術が使えれば、九卯が水浴びするのに十分な深さの穴は簡単に作れる。


 うむ。目標があるってことはいいことだ。


 呆気にとられるウォーゼンさんを残し、被験者達を連れて厩舎を離れた。


 意外にも、クロウさんと九卯の仲は悪くなかった。


 くぅ?


 きゅろきゅきゅきゅ


 何を話しているのかさっぱり判らない。


『爪、すごい』


 ・・・あ、そう。爪で交わる魔獣の集い。なんだかなぁ。


 ほぼ、クロウさん専用通路となった路地を通り抜け、街門を出る。


「なあ、どこまで行くんだ?」


「魔術が暴発しても人目につかないところまで」


「・・・今日中に帰れますの?」


「九卯とクロウさんに五樹もいるんだ。大丈夫でしょ」


 鞍はないけど、安全ベルト、もといグリーンブラザーズがいる。心置きなくハッスルしてくれたまえ。


 ハッスルしたのは、魔獣組だった。


 抜けていた腰が元どおりになり、目的を思い出したユードリさんが質問してきた。


「で? なにをどうするんだよ」


 だから。まずは自分の頭を使えというのに。


「ペルラさん、実験その一。地面に魔法陣を描いてみて」


「は、はい?」


「いいから。そうだ。クロウさん、地面を均してくれるかな? 無理はしなくてもいいけど、できるだけ広くね」


 きゅ


 ・・・魔術ではなく、太くて立派な前足の爪で均して見せた。まあ、使えるならなんでもいいんだけどさ。


「クロウさんっ! 私を気遣ってくれたのですねっ!!」


 それはどうだろう。わたしは、「九卯に自慢したかっただけ」に一票。


 ちゅどーん!


 何も言わないうちに、実験その二「発動できるか確認しよう」を自発的にやってくれたらしい。


「ペルラさーん。次はねー、炎の矢の魔法陣書いてー」


 順調な滑り出しで大変結構。大穴の前で土にまみれたペルラさんには、次のステップに進んでもらう。


「なあ、どうして地面にかいた魔法陣が発動するんだ?」


「魔力って、地面にもあるんだよ。だから、魔導紙みたいに使えるかもしれないと思った。ほら、練習のたびに魔導紙を使ってたらいくらお金があっても足りないでしょ」


 ケチケチ作戦、というのもあるが、大量の魔導紙を必要とするのはペルラさんだけではない。勤勉な学生さん達の邪魔はしたくない。商工会や王宮の通常業務にも使われている。

 物流に制限があるこの世界、身近にある資源を有効活用するのも生活の知恵。


「・・・見たことも聞いたこともないぞ。こんな話」


「今朝考えついた。魔力の通りやすさって土地によって異なるから、街の中では効果は薄いと思う。それに、魔法陣を地面に描くのって面倒でしょ」


 文字通り場所を選ぶわけで、必要な時にすぐに発動したい、なんて場面では到底間に合わない。


「す、すごい、すごいですよロナさん! これなら私も」


 土魔術愛好家は、嬉々として地面を引っ掻いている。それにしても、あんな意味不明な図形をよく覚えていられるものだ。


「言われた通りロー紙に写した使える魔法陣を持ってきたけど、これ、どうするんだ? まさか」


「最初は、陣布の魔法陣を地面に描き写してね」


「げっ! 無茶言うな!」


「ペルラさんはできたんだから無理じゃない。あ、ペルラさーん、ユードリさんの魔法陣がちゃんと描けたかどうか見ておいてねー」


 クロウさんに頼み、大穴を避けてどんどん地面を均してもらう。整地が終わった所には、大人が三人が落書きに勤しんでいる。


 魔法陣を知らない人にはそう見えるだろう。


 それはさておき。


 実験を重ねた結果、ペルラさんとユードリさんの訓練には目処がついた。威力の弱い魔法陣を発動させることができたのだ。威力は桁違いだったけど。


 魔法陣を発動する時、術者は魔力を放出する。始めのうちは、とにかく「どん」と送り込んで「どかん」とやっていた。何度も何度も何度も自分の術で吹っ飛ばされているうちに、魔導紙と異なり地面からは反発を感じるようになり。その感覚を頼りに、魔力量を絞る努力を始めるようになった。


「こんなに大きな音を立てていて、大丈夫でしょうか」


「盗賊と野獣のどっち?」


「両方ですわ」


「逆に警戒してるんじゃないかな?」


 単発ならともかく、どかんどかんどかどかん! とやっているのだ。まともな感覚を持っていれば、身の危険を感じて近寄ろうとはしない。


「なんかこう、もう少し、なんだよなぁ」


 ユードリさんの実験では、氷像祭の会場が出来上がっていた。これでもかなりスケールダウンしている。一発目は、【氷の矢】どころではなく、氷のロケットが出現して、しかも空に打ち上げられた。発射された質量兵器は飛行中にわたしが槍を投げて粉砕した。

 ・・・あれが壊れることなく落下していたらどうなってたんだろう。


「一日で終わらせることもないよね。また今度にすれば?」


「そう、ですわね」


「だな。まるっきりダメだったわけじゃないし。あー、ほっとした」


「うん。うまくいってよかった」


「うまくいってません! 私は、うまくいってません!」


 その通りで、メヴィザさんは一向に進展がなかった。いや、ペルラさん達とは別パターンで障害が起きていることはわかった。


「こ、このままでは、またクロウさんが死んでしまいますっ」


「そうだね」


「それに別の負担も掛けてしまっています」


「そうみたいだねぇ」


「・・・ロナさんっ! どうすれば、私はどうすればいいんですかぁっ!」


 メヴィザさんは、自前の魔力による魔術発動ができなくなっていた。代わりに、クロウさん経由の魔力に依存している。そういうことらしい。


 きゅろ〜


 完全に、燃料タンクとエンジンが別の車体に分離してしまった。でもって、燃料供給コントロールはタンク側が請け負っている。バケツ単位で燃料を使う分にはそれほど気を使わない。だが、スポイト一滴だけ、というのは相当無理がある。


 自力発動が全くできない、というわけでないところが、事態をややこしくしている。


 クロウさん用蜂蜜湯をさらに薄めて飲ませたところ、メヴィザさんは穴だらけの地面を元に戻すことに成功した。すぐさま、魔力切れをおこしてへたり込んだが。


 曰く、相当燃費が悪くなっている。


 クロウさんに頼らない魔術を使うと、体に痛みが走ると訴えた。

 自前のガソリンタンクに穴が空いていて、かろうじてエンジンに燃料を送ることができた。でもいつ引火するかわからない状態。とでも言えばいいのか。

 そんな想像をした直後、メヴィザさんに魔力ポーションを大量にもたせる案を却下した。

 クロウさんを庇って健康を損なうようでは、意味がない。


「困ったねぇ」


 実験、もとい回復訓練中、九卯は水浴びにいかせた。好奇心の赴くままに被験者の邪魔をして回ったからだ。特に、ペルラさんが開けた大穴が気に入ったようで、全身茶色の薄汚れたグリフォンは、新しい穴ができるたびにそこへ飛び込んで土浴びをしている。毛艶はどうでもいいのだろうか


 兎にも角にも、九卯を泥まみれにしたまま騎士団官舎に入るわけにはいかない。そもそも、体を綺麗にしてきてくれと追い出されてきたのだ。五樹に一葉もつけたので、そこそこ磨かれて戻ってくるだろう。


「ナーナシロナ様、少々よろしいでしょうか?」


 あー、嫌な予感がする。ペルラさんの目がキラキラ、ではなく、ギラギラしている。


「ナーナシロナ様は従魔を従えておられますよね。つまり、魔力はお持ちのはず。それなのに、全く魔術が使えないというのは腑に落ちませんわ。

 せっかくですから、ご自分が発案なさいました訓練方法を試していただけませんか?」


「おおお! それはいいや。先生、ぜひお願いしますっ」


 悪魔の囁きに、ユードリさんが乗った。


「ふ。ふふふ。仲間です。お仲間ですよ。ふふふふ」


「無責任なことを言わないでよ」


「一度試してみれば白黒はっきりいたしますわよ?」


「うんうん。言い出しっぺは責任を取らないとな!」


 自分達の未来が明るいからって、余裕をかましてくれるじゃないの。


「今まで、どの魔法陣も反応してくれなかったし」


「そこはナーナシロナ様のやり方が悪かっただけですわ!」


 断言しやがった。


「まあまあ。コレなら、大丈夫だろ」


 大穴の隙間に手早く魔法陣を書き込むユードリさん。短い時間で随分と上達したものだ。


 ではなくて。


「ええ。間違いありませんね」


「ロナさん。さあ、早く見せてください。その失敗する姿を!」


 わくわく


 あれ? 九卯も期待に目を輝かせている?


 ・・・そうか、そうですか。


 どうなっても知らないからね。

 他人の不幸は蜜の味。


「いつまでも 笑っていられると 思うなよ」


 字余り。


「やかましい!」

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