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ささやかな凶報

 ぐるぐるぐる


 聞き慣れた腹の虫の声。


 ではなくて。


 うーみゃぁ〜〜〜


 五樹は、ちらりとわたしを見て、すぐに顔を背けた。照れているらしい。いや、いつものことだし、気にしてないよ。


「ごめんごめん。お腹空いたんだね。ありがとう、よく眠れた」


 ふみゃん


 ふかふかクッションから体を起こし、大きく伸びをする。


「ん?」


 なぜに、三人が床で寝ているんだ? 薄掛けがあるから寒くはないのだろうが。


 ま、いいか。


 アンゼリカさんがここにいる、即ち厨房を使い放題。


「よし、五樹、待っててね。ご飯作ってくる。その間、見張りをお願い」


 侵入者を阻止してもらうのだ。ふふ、不特定多数に見られなければ何をやっても何を持ち込んでも問題はない。ないったらない。


「お目覚めでしたか。おかえりなさいませ、ナーナシロナ様」


「ミレイさん、こんばんは」


「・・・おはようございます」


「あれ?」


 一晩、食堂で寝てたのか。


「ラトリが皆様よくお休みになっていらっしゃるようでしたので、そのままにしておきましょう、と」


「部屋に運んであげなかったの?」


「よくお休みになっていらっしゃるようでしたので。ええ」


「あれ? それじゃ昨日の夕飯は? 起こしてくれればよかったのに」


 食堂兼休憩所を占領していたのだ。悪いことしちゃったな。


「よくお休みになっていらっしゃるようでしたので。ええ」


「そうなんだ」


「そうなんです」


 ・・・深く聞かないほうがよさそうだ。


「そうだ。朝ご飯作ってもいい?」


「どうぞご自由にお使いください。私もお手伝いします」


「よろしく」


 食堂の現状は見て見ないふりをすることになった。




 窓の外が明るくなってきた。さて、メニューはこんなもんかな。


 みゃみゃっみゃっ


「イッキちゃん、お願い。ね? そこを通して」


 みゃぁ〜


「確か、壁に穴ぁ空いたよな。そこから入るか?」


「その先は保冷室で、別の部屋には繋がってないの」


「それじゃ、倉庫から回るか」


「調理場側に鍵がありますのよ? ナーナシロナ様がお気づきになられないとは思えませんわ」


「あ〜ん! ななちゃんへのお料理がぁ」


 沈没組も目を覚ましたようだ。


「五樹、開けていいよ」


「間に合わなかった!」


 食堂への扉の向こうには、打ちひしがれるアンゼリカさんと苦笑するペルラさん。


 そして。


「てめえ! なんてもんを飲ませやがる!」


「なんのこと?」


「こいつだこいつ!」


 空になった小瓶をぐいと突き出すヴァンさん。アンゼリカさんてば、工房に常備してたのか。


「よく進んで飲む気になったね」


「違うわ!!」


「お二人の声が少々度を越しておりまして、そうしましたら蛇様方が、こう、問答無用で、えいっ、と」


「みんな、よくやった!」


「褒めないで!」


「褒めるな!」


 いいじゃん。一葉さん達のスタンドプレーは今に始まった事じゃない。それに、昏倒仲間が増えてわたしは嬉しい。


「私は巻き添えなんですのよ?」


「目は覚めたんだから問題ないよね。それよか、顔洗って来たら? ご飯が冷めないうちにさ」


「・・・はい。そうさせて、いただきますわ」


「ロナ。後で覚えていろよ!」


 負け犬の遠吠えは見苦しいぞ。


「私の料理・・・」


「アンゼリカ様、昼食でもよろしいではありませんか」


「作りたてを食べて欲しかったの!」


「わがままなんだから」


「いいわ。勝負よななちゃん! 絶対に美味しいって言わせるんだから!」


「アンゼリカさんの料理は全部美味しいよ?」


「食べてもいないのにいい加減なことを言わないで」


「「お願い」で美味しいって言わせるのもありなの?」


「違うわよっ!」


 なんなんだ。


「皆様。邪魔ですのでお下がりください」


 ラトリさんは、平然と配膳を始めようとする。こんなやり取りを四六時中見させられて、慣れっこになっているのだろう。


「ちょっと待ってて」


 『浮果ふか』で、食堂内の埃を集める。集めたゴミは掛け布に包んでおいて、後で外に捨てればいいや。


「いいよ。テーブルを拭くね」


「・・・今、何が」


 ラトリさんには、厨房でもいろいろ出して見せたのに。今更驚くことかな。


「四人と一頭が一晩いた部屋だよ? 床を拭く時間はないけど、少しでも清潔にしときたいじゃん」


「・・・ななちゃん。もう少し常識を考えて行動したらどうかしら」


「悪役ななしろの辞書に常識という文字はない!」


 一度、言ってみたかった。


「非常識ってやつなら山盛りあるよな?」


 戻って来たヴァンさんが的外れなことを言う。辞書に同じ言葉をいくつも載せていたら、それはもう辞書じゃない。


「そんなデタラメ辞書は持ってないよ?」


「てめえっ!」


「さっさと座ってよ。料理を運べない」


「ぐぎーーーーっ!」


 朝からあんなに血圧上げちゃって。大丈夫かな。


 警備員さん達も、三々五々ご飯を食べにやってくる。


「お、おおお。今日も朝から肉だ」


「ここに雇ってもらえてよかった。本当によかった!」


「塩漬けだろうがなんだろうがすごく食べやすい料理を出してもらってたけど、やっぱりこれだよこれ♪」


 このはしゃぎっぷり。


「これって、街の人達、大丈夫なの?」


「何が大丈夫なのかはわかりませんが、一日のうちに干し肉を口にできればいい方だそうですよ」


「だからといって全くないわけじゃない。食堂にはそこそこ出回ってるぜ」


「商工会が極端な値上がり阻止に奮闘しているそうです」


「王宮の補助とかは?」


「そこまでは。上の人の話は簡単に伝わらないものですわ」


 元宮廷魔術師団長様が言っても、全く説得力がない。


「陛下の私財を放出しているそうです」


「ロロさん?」


「おはようございます、ナーナシロナ様」


 いやいやいや。元上司への挨拶が先じゃないの?


「副師団長、なにかありましたか?」


「ペルラ様。メヴィザが壊れました」


「「「「はい?」」」」


「壊れたとは冗談ですが。ペルラ様同様に魔術が使えなくなったと、昨晩報告が上がりました」


 さらっと答えるロロさんと引き換えに、食堂に集う人々の顔が強張った。


「おい。あいつが脱落したら」


「ええ。ローデンとしては少々困ったことになります」


 大変だねぇ。


「何他人事の顔してやがる。てめえも頭貸せや、頭」


「ボクの頭は取り外し不可」


「違げぇよ!」


「興奮しすぎると頭に良くない。そうだ、今朝も一本いっとく?」


 絶対確実速攻鎮静剤。それが「最終手段!」。


「ばばばばかやろうぅ〜〜〜〜〜〜っ」


 食い逃げ犯が逃亡した。


「さ、静かになったよ。それで?」


「「「・・・」」」


「ななちゃん。容赦ないわね」


「それでこそナーナシロナ様でございますわ」


 大多数が沈黙する中、アンゼリカさんとペルラさんがそれぞれ感想を漏らした。


「いやだって。いっつも引っ掻き回すだけで冷静な話が聞けないんだもん」


「ロナさんが興奮させるようなことを言うからってすみません勘違いでした」


 小瓶をぶら下げた四葉さん達が這い寄っていくなり、仕事のある人は全力で、そうでない待機組はそれ以上の速さで食堂から撤退していった。


「それでメヴィザさんがいなくなると、どうなるの?」


「え? あ、はい。各国の各種業務における労働力配分が取り決められています。ローデンの泥の回収班はメヴィザに主力を頼っており、その分派遣する人数を抑えられていました。彼の魔術なしに同等の作業をこなすには、改めて相当数を送る必要があります」


 泥の回収、って、例の汚泥湖対策の話だよね。


「また、街から働き手を持ってかれっちまうのか」


「主だった者達は既に他業務に携わっております。配置換えを行うにしても、新たに人員を募集するにしても、時間が必要ですし。なにより、食料が・・・」


 更に肉不足が酷くなる、と。


「いっそ、牢屋からごっそり連れていったら?」


「不真面目な態度であそこに行けば、すぐに怪我をするかあるいは泥に埋もれて窒息するのがオチです」


 きっぱり言い切りましたよロロさん。


「他国の事例ですが、複数件報告が上がっております」


「あ、そう、なんだ」


「メヴィザさんだけじゃなくて、魔術師団の土魔術師さんって他にもいるんでしょ?」


「それが、・・・」


 メヴィザさんの大躍進に注目が集まってから、役立たずに成り下がってしまった。


 クロウさんは張り切り過ぎた。そこに、ローデン気質に裏打ちされた土魔術激愛魂が炸裂したら、もう、誰にも止められない。


 出る杭は打たれるものだけど、あの凸凹コンビは太すぎて少々腕が立つ程度では全く歯が立たない。

 訓練にも身が入らず、やがて虚しさのあまり引きこもる者が続出し、挙句退役申請まで出されるようになった。だからと言って、金と時間をかけて育てた人員をそう簡単に手放すわけにはいかない。即座に却下し、当座の脱走を阻止するためにとりあえず迷宮送りにしたそうだ。


「命令で現場に派遣することは可能です。ですが、それはまたメヴィザの業績と比べられることにもなり、今度こそ逃げられてしまうかもしれません」


「・・・・・」


 例外中の例外事例と比べるんじゃない、と言うのは簡単だが、人はそういう生き物なのだ。


「そう言う事情ですので、速急に解決致したく。つきましては重ねてナーナシロナ様のご助力をお願い申し上げます」


「クロウさんが死んでもいいの?」


「メヴィザが死なない程度でしたら問題ありません」


 うわぁ。死に体に鞭打つ気満々だ。


「そのために高い俸給を与えているのです」


「あ、そう、なんだ」


「そうなんです」


 誰の方針? ってペルラさんが天井を見上げている。ロロさんの発言に呆れているんじゃなくて、視線を逸らす的方向で。


「あ、まさか」


「アンゼリカ様、どうなされました?」


 いきなり声を出すアンゼリカさんを訝しむペルラさん。


「あ、あはは。あのね、まさか、とは思うのだけれど、それ、が原因なのかしら? なんて」


 震える指が指し示したのは、先ほど四葉さんが取り出した「最終手段!」。


「それはない。ユードリさんが飲んだのは、昨日が初めてでしょ? その時は、もう魔術が使えなくなってたんだし。それに、使えないわけでもないし」


 なんだかんだで、わたしもそれなりの量を飲んでいる。そして、この調合が完成する以前に、威力調節できていなかった。


「でも、メヴィザさんにはクロウさんが居るわ。他にも二人とはいろいろと違うところがあると思うの」


 アンゼリカさん、余計なことを!


「確かめてみる必要がありますね」


 って、おい?!




「今度は何をやったんです?」


 念の為に、治療師さんが呼ばれて来た。


「どうしてボクを見るのさ」


「また怪しげな調薬を行ったのでしょう」


「してないしてない。原因はアレ」


 責任追及は、自主的に人体実験を実行したロロさんへ。アンゼリカさんが示唆したのは従魔の存在なのに、この行動に意味があるとは思えない。


「そうだ。エッカさんにも聞きたいことがあるんだ」


「なんでしょう」


「魔術が使えなくなる病気を知らない?」


「は?」


「ナーナシロナ様。説明を省かないでくださいませと散々申し上げておりますのに」


 そこまで言うなら、経緯説明はペルラさんに任せる。


「副師団長ってそこまでするもんなのか?」


 ユードリさんの気持ちは判らなくもない。いくら重責ある役職だからって、率先して手を出なくてもいい事はままある。たくさんある。寧ろ、他の業務が疎かになって運営に支障が出るとは思わないのだろうか。


「ロロさんには、メヴィザさんの状態を詳しく教えてもらいたかったのにな」


「ん? どうしてだ」


「ユードリさん達の不調とは経緯も状況も違う。だから、その違ってるところはどれだけあるのか知りたかったんだ」


 要因を一つ一つ潰していくのは大変だけど、ロロさんに任せれば良さそうだ。手段を選ばなさそうなところが、とても頼もしい。


「お? お。おおお。そうか。ロナは頭がいいんだな。そんなことは思いつかなかったぜ」


「うん。ユードリさんはもっと頭を使おうよ」


 咳と発熱の原因はアデノウイルスばかりではない。インフルエンザと肺結核では、治療方法が全く異なる。


「バカにすんな!」


「じゃ、ユードリさんは自力で解決するんだ。頑張って」


「バカでいいから頼む。頼みます。ロナ先生なんとかしてください」


 手のひら返しが清々しい。


「人手が足りないんだから、ユードリさんも働いてくれるよね?」


「はい先生!」


 なんだかなぁ。


 手紙を用意し、ユードリさんに、騎士団宿舎とクロウさんがいる厩舎の現場責任者に届けてもらう。その後、依頼先に異論がなければ、厩舎で待っている筈だ。


「エッカさんも来る?」


「と、なんですかロナさん。いきなり」


「先ほどの症例についてお聞きしました」


 え? 本当にあるんだ?


「事故で手足を失うような大怪我をした人です。あと、転んだり訓練などで強く頭を打った後ですとか。

 こんなのもあります。年配の方で特に一日に何度も食事を要求するなどの物忘れが激しい人」


 異世界にも、いるんだ。都市部が平和な証拠、なのだろうな。多分。


「体の衰えが別の能力にも影響している、とか?」


「見方を変えればそういう言い方もありますね。

 ただ、治療院では、もともと魔術が使えるかどうかの確認をしておりません。本人の申告があった場合のみ記録していますので、正確なところは不明です」


「症例とか原因とか、よく覚えていられるよね」


 エッカさんも、その「年配」といわれるグループに属しているのに。


「大怪我をする方というのは、魔道具作りを生業とする魔術師が大半です。年配の方は、つい先日往診したばかりでした」


「へ、へえ」


「元魔術師団員だった貴族が円満退職後に後添いをもらい、悠々自適に暮らしているうちに、見るも無残な体型に変貌したのでなんとかならないか、と。患者のご家族からご相談を受けました」


「別の職についたりはしなかったのかなぁ」


「ええ、まあ、遠慮とか配慮とかがおありだったのでしょうね」


 普通にプライドがあって、普通に他の人を見下して、つまりは普通に偉そうに振る舞う人。ってことか。

 魔術師団以外で仕事をするなら魔術師だろうとなんだろうと、飯を食う為には時と場合を選ばなければならないが、そこそこお金をもっていてしかも貴族なんて身分だったりしたら、無理だろうな。

 で、仕事をしなくて良いのなら年中無休の食う寝る遊ぶ生活に浸っていても誰も何も言わない。そうして、いるうちに頭の中だけ、歳が進んでしまったわけだ。


 目指せ、悠々自適のフリーライフ。


 なんだけど、適宜頭と体の運動は忘れないようにしよう。




 わたしの未来予想図が、老人ボケした大怪獣。なんて恐ろしすぎる。

 ローデン魔術師団の職場環境が思いの外ブラックだった件。


「職員が職員ですので・・・」


 後ろの余白が怖いんですが。


「常日頃から真面目に研鑽に努めてくれればいいのですが、一部の、突き抜けた人が、ですね・・・っ」


 あ。眉間にシワが。

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