蜘蛛の糸
「でもさ。今の話は、人が魔力量を調整できれば、って前提だからね?」
「ナーナシロナ様はご参加いただけませんの?」
「ボクは魔術が使えないもーん」
だから、丸投げするのだ。
精密に魔力を調節する方法が開発されれば、わたしも魔道具なしで焚き火ができる! かもしれない。
「・・・ところで。魔術が使えなくなった原因なのですが」
徐に、ペルラさんが居住まいを正す。
「これも、多分、なんだけど」
「少々お待ちください。・・・どうぞ」
ロロさんは、ペンと紙を取り出した。そこまでしなくてもいいのに。
「ユードリさんは、今まで使ったことのないような魔術を使って、魔力の調節能力が狂った。ペルラさんは、調子に乗ってバンバン打ち出していたら、垂れ流しするようになった。
考察は、以上」
サラサラとペン先の滑る音だけが聞こえる。
当事者二人は、フリーズしてた。
ロロさんがペンを置く音で、再起動した。
「狂った、狂ったって」
「ナーナシロナ様、言うに事欠いて下品ですわ!」
「いや他に言い様がなくて」
練兵場で二人が魔術を発動する時、周囲に尋常じゃない魔力が漏れているのを感じた。観測機があるわけではないし、今までも備に観察してたわけではないので、確実とは言えないが。
穴の空いたホースに例えられるかもしれない。あるいは、蛇口の栓にいきなり高水圧を掛けた、でもいい。修理方法は、ホースや水栓を交換すること。
だけど、今までそんなものの存在すら知らなかったのであれば、交換作業どころか部品を手に入れることすら難しい、かもしれない。
案の定、ペルラさんは即座に自力解決を諦めた。
「私、工房の仕事も押しておりますの。ですから、今こそナーナシロナ様のご助力が必要なのですわ!」
清々しいほどの開き直り、なのだが。
「ボクも忙しい」
「そうおっしゃらずにお願い致します!」
「負けたのに?」
「ぐっ」
勝った。勝利宣言は、何度やっても癖になる。
そもそも、この相談を真面目に聞いてあげただけでも相当譲歩している。その上、解決アイデアまで提供している。破格の待遇ではなかろうか。
「少々よろしいでしょうか?」
「ロロロッカさん。何かな?」
「ロロ、とお呼びください。先程のお話は大変興味深いものでした。魔術師団でも検討の余地がありそうです。ただ、訓練、と言われましても掴みどころがありません。参考になりそうな情報がありましたら、是非ご教授いただけませんか?」
うーん。
「そこで考えちゃうのがロナ、なんだよなぁ」
なんだと?
「ユードリさんは、未来永劫氷魔術が使えないまま三流ハンターとして生涯を閉じましたとさ。
めでたしめでたし」
「めでなくねぇ!」
「魔術師もどきが減っても問題無い」
「大有りだ! 飯の種なんだぞ?! それにもどきってなんだよもどきって!」
「嫌なら自分でなんとかすればいいじゃん」
「頼むなんとかしてくれ!」
「「・・・」」
見事な土下座を披露したユードリさんを、なんともいえない視線を向ける魔術師団関係者二人。
「な、なんだよ」
ふ、我が身を省みればいい。
それにしても、訓練方法かぁ。
おや?
くーえーっ
九卯が飛んで、もとい走ってきた。
くえくえ? くえっ! くえくえっ
腹一杯になりそうな鳴き声だ。
身振り手振りで一生懸命何かを伝えようとしている。
まあ、慣れない環境にいきなり放り出されたのだ。興奮もするだろう。
『楽しい。面白い、いっぱい』
意外や意外。それなりに馴染んでいたようだ。
「そうなんだ。できるだけ大人しくしていてくれると嬉しいな」
感激のあまり火を吹いた、なんてことにならないようにね。
くえっ
あー、この素直さに癒やされるわぁ。こら、五樹は先輩なんだから、もう少し後輩を労ろうよ。
「やっぱりロナ殿か」
ウォーゼンさんもやってきた。
「さよなら」
「いきなりそれはないと思うぞ」
ウォーゼンさんの職業とか今までの付き合いとか色々考慮すれば、ただの挨拶に来ただとは思えないんだもん。
「お疲れ様でございます。副団長」
「ロロロッカ殿は、どうしてここに」
どちらも副官位だし、知り合いでないほうが驚く。
「ペルラ様不調の調査でございます」
おや。なんか声が冷たい。ロロさんも氷魔術を使える、のかな?
「そうか。大変だな」
「いえそれほどでも」
「「「・・・」」」
ペルラさんの腕を引いて、内緒話の体勢にもっていく。
「あの二人、仲が悪いの?」
「ええ。ウォーゼン様が賢者様をお守りできなかったことを、今でも怒っておりますの」
「・・・そう、なんだ」
としか言えない。迂闊なコメントは、ヤマタノオロチクラスの藪蛇になる。
「でも態度だけですので、問題ありませんわ」
「副団長ってのも大変なんだな」
この場合、役職は関係ないと思う。
「ところで。どうすればよろしいでしょうか?」
「どうって?」
「私の復活訓練ですわ!」
ぴえっ?
復活って、封印された大怪獣じゃあるまいし。いや、似たようなものか。よし、世界平和へ協力は惜しまない。
「グリフォンもびっくりのペルラさん。そうだ、いっそこの子の面倒見ない?」
「どうしてそういう話になりますの?!」
「だって、いつになったら魔術が使えるようになるのかさっぱりわからないでしょ? 練兵場の兵士さん達にも迷惑になるし。
仕事が大変だって言ってたけど、関係者に交渉する度に工房を爆破しなくても、脅迫、もといお願いする時にうってつけの人材だよ? お金の代わりに魔力をあげるだけでほら安上がり」
「謹んでご遠慮申し上げます」
すすすすー
ペルラさんは、見事なバックステップを披露した。飛び退るのではなく、ベルトコンベアーに乗っているかのような後方移動術。ある意味、隙がない。
「魔力有り余ってるんだから別に構わないと思うんだけど。ねぇ?」
くえっ
すすすすすすー
「ロナ殿。どちらが脅しているのか判らないぞ」
ウォーゼンさんは苦笑している。冗談だと思っているからだろう。だけど、今のは半分ぐらい、いや八割本気だ。
ロロさんは、悩んでいる。ペルラさん伝説の数々を思い出したのだろう。さあ、どちらが得かよく考えてくれ。いや、是非ともペルラさんを説得してくれ。
「ぐ、ぐふぃ」
「グリフォンの九卯だよ」
ハンターユードリさんは、警戒心全開で身構えている。そうだよね、ガレンさんが別格すぎるんだよね。
「あんたらなんで平然と立っていられんだよ!」
地上のグリフォンなんか、どうとでもできるもん。
「ボクには五樹もいるし」
「それもおかしいってんだ!!」
「慣れてしまえば可愛いものだが」
くえっ♪
「ウォーゼンさん。本採用決定だね♪」
「その話はもう終わっている!」
ターゲットは、官舎めがけて一気に走り去ってしまった。
ちぇーっ、駄目か。
くえ?
「好きなだけ見物しておいで」
るんるん♪
気楽で、いいねぇ。
そういうモノに、わたしもなりたい。
なぜかと言えば。
「ずるいですわずるいですわウォーゼンばかり」
遠く離れたペルラさんのつぶやき、もとい恨み言が聞こえる。今の会話のどこに羨む要素があったのだろうか。ペルラさんの思考回路も、かなり謎だ。
「ナーナシロナ様。その、どうか」
見るに見かねてロロさんがとりなしてきた。ペルラさん現役時代の苦労が偲ばれる対応だ。
「何か思いついたら知らせる。それでいいでしょ?」
「ありがとうございます!」
うん。だからね、ロロさんが言うのは何かが違う気がする。
「頼むなロナ」
頼まれるのはまあ仕方がないとしても、拝まれるのはちょっと・・・。
採掘作業、もといダグ近郊の再開発、でもないな、とにかく、土壌汚染解消作戦は順調だそうだ。
懸念されていたヘルメット不足は、港都の魔道具職人の尽力で解決を見た。同じく必須アイテムの『爽界』も、シンジョ村を始めとする開拓村の女性達の獅子奮迅の働きで充足した。その他の特注魔道具類も必要量が揃い、今は、たまに破損する分を補充するだけで間に合っている。
従事する人員も十分、となれば障害要素はそう多くはない。
主に、食事環境の維持に重点が移っている。故に、肉不足というか都市住人達が肉に飢えている訳だが。
同時に、最終生産物であるレンガの置き場所に苦慮していた。
予想以上に土壌汚染が進んでいたらしく、掘っても掘っても出てくるのは異臭を放つ泥ばかりで、未だ作業の終りが見えない。
ということは、比率分配する予定のレンガの総数が確定しない。
定期的に各国に持ち込めればいいのだが、国土に街壁という土地制限がある以上、ただの資材置き場にできる余地はない。そもそもどれくらいの量になるかの見積もりが立たない状況での土地の確保は、非常に難しい。
では、原産地、もとい生産地一箇所に纏めておいておけばいいかというと、それも難しい。
あまり溜め込みすぎると、サイクロプスの襲来を考えなければならないからだ。
どうやって嗅ぎつけているのか不明なのだが、風雨で崩れたものには反応せず、生き物が積み上げた土や石の山を目指して歩いてくるのがサイクロプス。蟻塚に限らないところが魔獣らしい、のか?
既に集積場へ一頭現れた。幸いにも、人数だけは多かったのでタコ殴りにして討伐したが、大量の怪我人の手当や散乱したレンガの回収など、後始末のほうが大変だったとか。
そんなこんなで、都市に近すぎず遠すぎない数カ所に分散させている。モノだけ放置するわけにもいかず、余計な人員と手間が掛かるのでこれまた悩みの種になっていた。
どちらにせよ、あちらは言い出しっぺ及びそれに追従したお偉いさん達に任せておけばいい。
わたしの仕事は、なくなった。ヘルメットに埋もれる夢は、もう見なくていい。
工房も、漸く本来の業務、ではなくて『繭弥』陣布や貴族向け反物の作成に戻っている。
だがしかし。
「肝心の糸が足りなければどーにもなりませんわ」
ペルラさんは、今日も元気にやさぐれていた。
「忙しいどころじゃないじゃん」
寧ろ開店休業状態と言う。
「ええ。催促とか催促とか、そういう輩へのご挨拶で連日大変ですのよ」
あ、そう。
「やっぱり九卯を傍に置けば? 督促よけに効果覿面」
秋田犬より頼もしい番犬、もとい番獣になるだろう。
「無用ですわ!」
忙しいって言ったのに。
「今、[魔天]で試している方法がうまくいけばいいんだけどな。早く、薬草や繭の採取量を元どおりにしたいもんだ」
暇人ヴァンさんは、またまた工房に押しかけて来ている。
「早く結果を知りたいんだったら、今すぐ速攻でギルドハウスに戻れば?」
「お前なぁ。ウォーゼンに拉致されてたのを心配して来てやったのに、なんだよその態度は」
ペルラさんに必要なのはどう猛な番犬であって、ヴァン犬ではない。見当違いの方向に吠えても意味がない。
「拉致じゃなくて、緊急事態。クロウさんが歩けるようになってよかったよ」
「そしたら、今度はグリフォンだって? ガレンのやつ、歯ぎしりして悔しがってたぞ」
なにその原因はすべてわたしにあるような言い方は。
「そうだね。惜しかった」
ガレンさん的には、クロウさんの救命は余計なお世話だったかもしれない。
ついでに、アレが南天王でなければ、わたしも一思いにザクッと殺ってしまいたかった。
「クウ、でしたかしら。練兵場で見ましたけど、随分と人懐こい性格でしたわね」
鳥頭と比べれば可愛い(体格比)と言えなくもなくもない。
「おめえが見たのはグリフォンじゃなくて、皮被った偽物だったんじゃねえか?」
「ヴァンにそんなものが用意できるとは思えませんわ」
「俺がするかそんなこと!」
ペルラさんの挑発にたやすく乗っかるヴァンさん。ちょろすぎる。やっぱり番犬には使えない。
「人を見るのが初めてだったのかも」
無人島に住む鳥は人を警戒しないと聞く。見たことがないので、人を敵認識しないのだ。
加えて、鳥頭配下となれば、好奇心とか遊び好きとか、それなりに似たり寄ったりな性質だと思う。
「いやいやいや。魔獣だぞ? ま・じゅ・う! 肉食の野生動物が武器を持たない人を見て手控える筈ないだろうが!」
「五樹も魔獣だよ?」
うみゃあ?
「・・・もう、いい」
魔獣にだって色々な性格があるのだ。ものすごく残念な性格のモノも、中にはいる。そういうことだ。
寝そべっている五樹は、嫌がりもせずわたしのクッション代わりになっている。ふわふわのもふもふでぬくぬく。うーん、気持ちいい。
そうだ。九卯も早いうちに手入れしよう。でも、鳥の羽の手入れってどうやればいいんだろう。
「お珍しい」
ペルラとヴァンが話をしている間に、ななしろは眠っていた。
「こいつの寝顔なんざ、数える程しか見たことねえな」
「王宮での騒動に始まって、ダグのこととか色々関わっていたでしょ? ななちゃんが手を出さなくても済むようになってて、安心したのじゃないかしら」
料理の手を休めて顔を出したアンゼリカが加わった。
「あれはなんもかんもが手探りだったからな。どうしてもロナに頼らざるを得なかった、んだよなぁ」
「そうなのよねぇ。・・・ペルラさん、どうかしたの?」
アンゼリカは、ペルラの様子がおかしいことに気づいた。
「え、ええ。魔術のその色々とありまして。ナーナシロナ様のお知恵をお借りできればと、いえ、その」
昨日の今日で、言質を取った。取ってしまった。手足は使わなくても、問題解決のための頭脳労働に時間を割いてもらったことに替わりはない。
「また、ななちゃんったら」
「駄目元でしたのよ? でも、思いの外、関心を持っていただけたようなので、つい・・・」
息をするのと同じくらいにあるのが当たり前だった技能を使えなくなっているペルラは、どうあっても解決したい。いや、何が何でも取り戻したい。そこに、藁一本どころか頼もしすぎる助っ人が現れたのだ。縋らずにいられる訳がない。
それを理解しているからこそ、うっかり引き受けてしまったななしろの事を心配する。
「はっ。今まで散々やらかして来たんだろうが。暫く大人しくしてたって誰も文句は言わねえぞ?」
「ええ。覚えてらっしゃいませませ」
ペルラ渾身の微笑みに、ヴァンは声も出ない。
「そ、そいでよう。女将、ロナん家に行くって、本気か?」
「ななちゃんの忙しい理由がわかれば、私達にももっとできることが見つかると思うの」
「だからって猛獣の口ん中に飛び込むような真似をしねぇでも」
「あら。ななちゃんはローデンにいる時間の方が短いわ。そのいない時にやっていることを知りたいのよ!」
「それはそうですが、なんと申しますか、無謀、ではありませんの?」
神出鬼没のななしろに同行し密着取材を敢行しようというのだ。肉体の全盛期を過ぎた身には過酷すぎる、と言いたくもなる。
「そのくらいの覚悟があるって示さないと、適当にはぐらかされてしまうわ」
「あ。納得しちまった」
「ヴァンも! 止めてくださいませ」
「声が大きいわよ」
うみゃみゃ
「おう。黒助。すまん」
「申し訳ありません」
みゃあ
「こいつが戻って来てるから、そう無茶はやらかさないと思うんだが」
「そうだといいんだけど・・・」
五樹の腹に埋もれて眠っているななしろ。この姿を見た限りでは、グリフォンを振り回す怪力や三日三晩眠らずに魔導炉の前に陣取っていられる体力の持ち主とは、到底想像できない。
「しゃーない。女将一人じゃ手に余るだろうから、俺も行く」
「ちょっと! 邪魔しないでよ」
「邪魔じゃねぇよ。手伝いの手伝いをしてやるって言ってるんだ。感謝しやがれ!」
「お二人とも、声が」
「二人っきりで親子の会話をするのに余計な人は必要ないわ!」
「だぁれが余計だ!!」
「うにゅひゃい。りゃっておひまひ」
呂律の回らないセリフに、ぎょっとした。三本の緑の蛇が鎌首をあげるのを見て踵を返したが、もう遅い。
「「「!」」」
ラトリがお茶のおかわりを持って来た時、そこには、苦鳴に顔を歪め気絶している三人と、穏やかな寝息を立てるななしろがいた。
作者は、寝ぼけて部屋の壁を蹴りつけていたことがあります。穴は開けてません。
そして、目が覚めてから、妹に怒られ、母には笑われました。




