ラ・ラ・ラ・トラップ
午後は、薫製を続けた。時々、チップを追加するだけだけど。
「なあ。ロナ」
「なあに?」
「今度は、何を作っているんだ?」
薫製箱を作るのに用意した竹板は、かなり余った。それを、もっと細くしたり、輪にしてみたり。
「夜中のお客さん用、かな?」
「・・・だから、そこまでする必要があるのか?」
「ないといいねぇ」
侍従さん達は、離宮の掃除をしている。ついでに、不審物がないかチェックして回っているらしい。調理中に、他の部屋へ入り込んだものが居るかもしれないから、だそうだ。いくら兵士さん達が目を光らせていても、【隠蔽】した人は見つけられない。
そういう魔術なんだもん。ボクには丸見えだけど。
今は、調理場の出口にはボクが居座っている。屋内の扉の前には、ユキが寝転がっている。料理に何か仕込もうにも、誰も入れない。
でも、夜は別だ。ボク達が寝室で休んでいる間に、忍び込む事が出来る。ユキ達が見回っていても、すべての出入り口を同時に見張る事は不可能だから。
王宮内部の人なら、鍵を閉めていても意味はない。その鍵を持ってくればいい。
とはいえ、侵入したとたんに、見回りの兵士さんにばれてしまえば、何も出来ない。すぐに逃げるか、逃げ損なうか。
窓から入ってくる事はないだろう。あからさまに「怪しいものが来ましたよ」と、言っているようなものだ。・・・いや、やるかもしれない。
目的が判らない。攫うのか、害するのか。眠り薬だと、どちらも有りだもんねぇ。
「ロ〜ナ〜」
「ん?」
「何を考えているんだ?」
「いろいろ。レンは?」
「退屈だ」
この! 狙われているのはレンなんだぞ? 大人しくしておけ!
と、ボクから言う事は出来ない。王様ですら、内緒にしているんだから。
「でも、ロナがいるからいい」
「どういうことさ?」
「いつもなら、やれお茶会だ、夜会だ、とか言われて、愛想笑いの付き合いに引っ張りだされている。それが、一日中、友達と一緒に居られる。こういうのんびりした日は、多くないんだ」
「そうなんだ」
「そうなんだ」
「・・・」
少しでも手を動かしていれば、退屈はまぎれるかな?
「レン。手伝ってくれる?」
「やる!」
しっぽが有ったら、ぶんぶん振り回しているに違いない。
二人で、夕方まで竹板の輪を作り続けた。
薫製が終わり、調理室に運び込む。
あばら肉数本は、そのまま食卓に。残りは、ヘビ皮に包んで保管する。ベペルも同じように保管。薫製箱は、二つを調理室の隅に置いた。
薫製済みの肉を包むのにヘビ皮を使ったので、残る二つの薫製箱は竹板が剥き出しのままだ。ちょうどいい。これも使おう。
「夕餉までいただく事になるとは」
侍従さん達は恐縮していたけど、
「たまにはこういうのも悪くないだろう?」
と、上機嫌のレンの笑顔に喜んでいた。
「これで、レンが料理を覚えたら、みんなもっと喜ぶかも?」
「そうか?」
ところが、侍従さん達は、真顔に戻ってたしなめた、もとい否定した。
「ナーナシロナ様。それだけは、お止めください」
「我々の健康のためにも、是非とも!」
思わずレンを見る。
「う? うん。昔、な、いろいろと。でも、あのときはきちんと教えてもらっていなかったから。な? そうだろう?」
「「それでも!」」
「何があったんですか?」
「調理場が半壊しました」
はんかい。
「何をどうやったら、そんなことになったの」
今度は、侍従さん達がそろってレンを見る。
「たいした事はしてない! かまどに火をつけようとして、その、うまく薪に火がついたから、消えないようにどんどん放り込ん、で」
「すべてのかまどに薪を大量にくべたあと、目を離してしまい、薪置き場に火が移りそうになったんです」
「それを消そうとしたのでしょうが、レオーネ様。剣を振り回しても、火は消えませんよ?」
「誰か側に居なかったんですか?」
「賢狼殿が飛び火に気が付いて、魔術師を呼びに行きました。で、戻ってきた時には・・・」
がれきの山、と。
「レン? 何を作ろうとしたの」
「その、スープを。疲れた時には消化の良い物を、と聞いて」
「どういうわけか、鍋は無事だったんです。それで、レオーネ様が料理をなさった理由をお聞きになった陛下が召し上がられまして」
「昏倒されました」
うわぁ。
「その後、レオーネ様は調理室へ立ち入らないよう、陛下が厳命されました」
教わるどころじゃない。
「あ。でも、騎士団の見習いなんだよね? そこでは、教えてくれなかったの?」
「ほとんど練兵場から出た事はない。魔獣討伐も、その日のうちにローデンに戻ってきたし。盗賊討伐の囮班に加わって、初めて野営を経験した」
・・・トングリオさんに、深く同情する。散々嘆いていたのも無理はない。
「い、一応は、野営の心得とか、注意事項とか、教わったんだぞ?」
でも、最後の最後で、食い気に負けた。
「街門、いや、城門に帰り着くまでが任務だ、って言われなかった?」
真っ赤になって、そっぽを向く。
だめだこりゃ。
最後まで緊張感とか集中力が持たないんだな。
「賢狼殿も、レンのお守りは大変だったろうねぇ」
「そんなことは! そんなこと、ない、よな? な?」
だんだん声が小さくなる。でも、三頭とも、レンと視線を合わせようとしない。
「う。」
「料理を覚える以前の話だよ。騎士団は、腕っ節だけでは勤まらないよ?」
「その通りです!」
もう一人の侍従さんも、大きく頷いた。
「みんなして、いじめなくてもいいじゃないか」
「いじめじゃない。これは、忠告。正式な騎士団員になりたいなら、守るべきところはちゃんと守らないと」
きょとんとした顔をする。
「守るというのは、街の住民を魔獣や盗賊から守るという事だろう?」
三人で、ため息をついた。見た目は凛々しい女騎士なのに。中身が残念すぎる。
「騎士団の戒律とか訓戒とか、覚えてる?」
「お、おお、覚えているとも」
「三十回、書き写して」
「なんでだ!」
「丁寧に書く事。でないと、明日のお肉は抜き!」
「ヒドい! あんまりだ! なんで?!」
「お二人とも、なにか異論がありますか?」
「「ございません」」
ほーら。多数決。
「副騎士団長から、謹慎命令も出されてたよね。ちょうどいいじゃん」
「なんで、なんで? ロナがそういうことを言うんだ!」
「だあって、レンがちゃんとしていたら、ボクはあの場で巻き込まれずにすんだんだよ? ボクのこと、守れてないよね」
「うっ」
「覚えているだけじゃ駄目。理解しなくちゃ。そのための書き写しだよ。えーと、紙とペンは、ありましたっけ」
「副寝室にございます。主寝室にお持ちしますか?」
「お願いしまーす」
にこやかに会話を続けるボクと侍従さん達を、レンが恨めしそうに見ている。
「いままで、ぽけーっとしていたツケだよ。自業自得。大丈夫、今からやり直せばいいんだから」
「・・・そうだろうか」
「だって、レンは出来る子だもん」
「やる!」
だから、ちょろすぎるって。
レンが、ユキとツキに見張られながら、書き写している間。
「調理場の出入り口に、仕掛けをしたいんですけど、いいですか?」
一応、侍従さん達にも了解を取っておかないと。明日の朝、うっかり罠に突っ込まれて騒ぎになるのはよろしくない。
「と、申しますと?」
「ほら。昼間にいいにおいさせてたから、夜中にこっそり誰か食べにくるんじゃないかなって」
「鍵は閉めておきますが」
「でもねぇ。レンみたいな人、他にもいるんじゃない?」
「「ああ!」」
食い気野郎ども、万歳。二人には、多いに納得してもらえたようだ。
でも、仕掛けは単純。あることが判っていれば、問題ない。
食器の片付けも終わって、
「それでは、我々は失礼いたします」
「朝食は、お任せください」
「はい。おやすみなさい」
では、仕掛けましょ。
寝る時刻になっても、書き取りは終わらなかった。
「ロナ〜ぁ」
半泣きになっている。文字もぐちゃぐちゃだ。
「判った判った。お肉は半分出したげる。だから、明日から、もう一度、三十回書くんだよ?」
「うん。頑張る」
慣れない集中力を振り絞った所為か、レンは、大して運動もしていないのにぐっすり寝てしまった。
国の王女さまがこんなんで、大丈夫なのかね?
夜半を過ぎて、調理場側が騒がしくなった。予想通りにしても、情けなさ過ぎる。
静かにベッドを出て、階下に向かう。屋内側の扉に、異常はない。屋外なら、見回りの兵士さんに任せておいていいだろう。
明け方近くにも、大きな音がした。すぐさま、鎧のこすれる音がして、また静かになった。いい仕事してる。
「おはようございます。昨晩は、眠れなかったのではありませんか?」
「おはようございます。食いしん坊さんが来ましたか?」
調理場の扉を開けると、そこにはすかすかの竹籠がぶら下がっている。薫製箱の一つだ。もう一つも、別の扉の前に突っ立っている。
窓には、竹の内側の部分も使ったすだれもどきが立てかけてある。
灯を持たずにやってくれば、窓を塞がれた部屋の中は全く見えない。すると、侵入者は籠に突っ込んで大きな音を立てる寸法だ。窓から入るには、すだれをどうにかするしかない。でも、あることを知らなければ、すだれは倒れて、やはり大きな音を立てる。
朝方の侵入者は、随身控え室の脇にある扉から入ろうとした。そこの床には、竹の輪をひもで結んだマットレスもどきを置いた。輪の直径は大人の足よりやや大きいくらいだ。でも、うっかり竹を踏みつければ足を取られる。慌てれば、なお足を取られてひっくり返る。緩く結んであるので、持ち上げるだけで、音がする。
やれやれだ。
「どこから嗅ぎ付けてきたのでしょうか?」
「そういう人達でしたか」
「左様でございます」
「レオーネ様は?」
「書き取り途中で、時間切れになりました。あまり慣れていらっしゃらないようで、よくお休みになってましたよ」
「左様でございましたか」
「はい」
三人で、にっこり笑い合う。これで、ボクが状況を理解していると判っただろう。
「本日のご予定はいかがなさいますか?」
「ボクは、昨日の料理の続きをします。姫さまは、書き取りの続き」
ぶぶっ。
侍従さんにあるまじき吹き出し様だ。
「っく。では、そのように。ちょ、朝食までは、今しばらく、お待ち、ください・・・」
「思いっきり笑った方が楽ですよ?」
さらに肩を震わせる。
「そういう、訳には、まいりま、せん」
ボクが居ない方が、笑えるってことか。
「また、庭で運動しています」
「かしこまり、ました」
二人の前を離れてすぐに、笑い声が聞こえた。やっぱり〜。
朝食後、すぐに、マイトさんがやってきた。
「ロナ! 見つかったよ。それでさ!」
「マイト。落ち着け」
「・・・姫さん、なにか悪いものでも食べたのか?」
テンションの低いレンの様子に、マイトさんが首を傾げる。
「いや、そうではない。そうではないんだが」
「レン? ちゃんと書けないと・・・」
「わかったから! すぐ始める。だから」
「丁寧に書くんだよ?」
「だから。わかったと言っている!」
むくれて、二階に上がってしまった。
「どうしたんだ?」
「調理場半壊の話を聞いて、お説教したところ」
「お説教? 姫さんに? 陛下や王妃さまに叱られても、全く応えてなかったのに」
「今日のご飯で、お肉無し、って言ったら、ね?」
「それだけ?」
「じゃ、マイトさんも同罪で」
「約束が違う!」
悲鳴を上げて、取りすがってきた。
「そういうこと」
「あ」
ようやく、納得してくれたようだ。
「まっさか、こんな方法があったなんて」
「今だけだよ」
薫製の準備をしながら、話をする。
塩漬け肉をぬるま湯で洗い流す。手ぬぐいで水気を切って、薫製箱に下げる。そうして、また木屑に火をつけた。
「王宮でお姫様をやってるだけならいいけど、騎士団員で堪え性がないってのは、大問題でしょ」
「あー、うん。そうなんだろうな。でも、ミハエルさんでも、駄目だった。副団長なら何とかなったかもしれないけど、あの人、役職上、忙しすぎて」
「マイトさんは?」
「だーめだめ。てんで相手にされてない。街道での話を聞いていただろう?」
「レンの尻馬に乗ってたよね」
「違うっ」
ミハエルさんの勇者ゴッコ以上に、厄介だよねぇ。
「昨日の薫製は、変なところにも匂ってたらしいよ」
「うん?」
「夜中に、食いしん坊さんが二人、かな?」
マイトさん、顔は笑っているけど目が笑ってない。
「ふーん。で、ロナはどうするんだ?」
「どうするも。せっかくボクが貰ったんだもん。全部、ボクが食べる」
「お、おれは?」
「マイトさんが持ってきてくれたんだから、食べる権利はあるよね」
「やったーっ!」
本気で喜んでるよ、この人。
「ま、そういうこと」
「・・・聞いたのか?」
「ぜーんぜん。ん? なんのことかな?」
そらっとぼける。
「とても十三には思えないよ」
「違う。ボク、十五!」
「え!」
そりゃ、レンに比べたら、小さいし、小さいし、・・・。
「あ、う、いや。十五でも、うん。なんだ、頭いいし。そうだ! あのリュック! またかごに入ってた!」
「気に入らなかった?」
「そうじゃなくて! 返しにきたって、言ったのに」
「何か問題あったかな?」
「それも違う〜」
「じゃ、保証人になってくれたお礼で、ミハエルさんにあげる」
「あー、ミハエルさんも、班長も要らないって言ってた。だから持ってきたんだって」
「仕方ないなあ。それなら、レンにあげよう」
「姫さんが、どこで使うってんだ?」
「鎧とか。そうだ。どこでも食べられるものを持たせておけば?」
ぶぶぶーっ。
侍従さんとマイトさん以外にも、吹き出す声がした。見回りの兵士さん達が聞き耳を立てていたらしい。
「騎士団訓戒の書き取り帳の方がいいかもしれない」
「アーッハッハッハッ!」
とうとう、マイトさんが大笑いを始めた。鎧の音もする。お互いの鎧をガンガン叩いているようだ。侍従さんは、お腹を抱えてうずくまってるし。
ボクは、真面目に言ったのに。
頭上からバケツ、という手も考えたのですが、手近な材料で作ろうとしたら、ああなりました。
常夜灯のないところならでは、でしょうか。




