立ち上がれ、魔術師!
トレードオフで置いていかれたグリフォンの扱いは、揉めた。揉めに揉めた。
「ウォーゼンさんが現場の責任者だもん」
「だが、親分グリフォン殿はロナ殿に預けたと」
「ボクは認めてない」
くーえー
オロオロするグリフォンの肩を、ぽすぽすと叩く五樹。仲間が増えて嬉しいのだろうが。
「面倒見きれねえってなら、いっそ食っちまうか?」
ひよっ!
南天王さんの命令でこの場から動くに動けないグリフォンはどう対応したらいいのか判らないようで、つまりは硬直した。
君は生真面目だねぇ。
「ガレン殿は手を出さないでくれ。・・・どうしてこう面倒事を増やしてくれるのだ」
中間管理職は辛いよ。
ではなくて。
「あの親分殿にロナ殿の料理が届けられなかったら、どうなると思う」
ウォーゼンさんは、その場にいる全員に言い含めるように話し始めた。
「あ、あ〜。今度こそ門をぶち破る勢いで突っ込んで来そうだな」
「ローデン周辺を行き来する隊商にロナ殿が紛れ込んでいると考えて、荷物を蹴散らして探したりするのもありかもしれん」
「・・・」
「ま、まあ、そういうことだ」
二人揃ってわたしに目を向ける。
「どういうこと?」
「つまり、こいつは料理を作る者の傍に居なければ意味がない、ということだよ」
「だからといって、野良魔獣が好き勝手に街を出入りするのも問題でな」
「問題ありまくりだろうが。入ったとたんに討伐されるのが落ちだな」
「飛んで逃げるでしょ」
「それは無理だ」
「どうして」
「ロナ殿は知らなかったか? 街道都市上空は魔獣の侵入を防ぐ結界が張られているんだ」
「飛び上がっても逃げられねえんじゃな」
「と言うわけだ。ロナ殿」
わたしには、一葉さんと双葉さんと三葉さんと四葉さんと五樹がいる。これ以上増やすつもりはない。もう、十分だ。
「ウォーゼンさんが飼っとけばいい」
「ロナ殿が、俺に大型魔獣の世話をする暇を作ってくれると言うなら考慮しよう」
そうくるか。
「それによ。仮に副団長が引き取ったとして、すぐにクロウの二の舞いになるんじゃないか?」
魔獣の魔力切れ。
比較したこともないが、魔力の必要量はサイクロプスよりもグリフォンの方が大きいだろう。蟻塚を壊すのに爪の威力だけで十分な平和主義者と、常日頃空を飛んだり魔力弾をぶっ放しまくったりする喧嘩上等な種族。
「それなら、エッカさんに対応策を教えた」
当座の蜂蜜飴はたんとある。薬のレシピもある。安心して倒れていいよ。
がし。
いきなり、ガレンさんがわたしの両肩に手を置いた。
「な、何」
「なあ、ロナ。今のお前、あのグリフォンにそっくりだぞ?」
「うむ」
そんなばかな!
「・・・・・・」
鳥頭のあの態度は純粋百パーセントの我儘由来。わたしは、ただ面倒事を回避したいだけ。
違う。どこもかしこも違うったら違う!
「俺は、そろそろ不発に終わった緊急発動の始末に取り掛かりたい」
「俺んとこもだな。ん? ロナ坊、手伝ってくれるのか?」
「・・・・・・・・・」
「では。グリフォン殿はロナ殿に従うように。いいな?」
くぅくぅ
慰めなんか、要らないやい。
グリフォンを九卯と名付け、街にいる間はウォーゼンさんに密着していろと命令した。
「おい! 俺は面倒を見きれないとさっきも言ったぞ?!」
「ボクが街にいる証拠だと思えばいい。それに、箔がつくでしょ、箔が」
体格は五樹とほぼ同じだが、それをさらに大きく見せるつばさは街の中ではすこぶる邪魔になる。
ギルドハウスの訓練場でハンターの玩具にする、もといされるよりは、まだましな使い方だろう。
「なんだったら、王様にも噛み付いていいからね」
「それはやめてくれ! お前もやるなよ?」
くーう?
直前まで野生の王国で生活していたとは思えない行儀の良さだ。
もしかして、スピード狂の鳥頭が、自分を追い越しかねない九卯をこれ幸いと追い払ったとか。ありうる。
もう少し良い待遇を考えてあげよう。
それはさておき。
暴動寸前だった肉スキー、もとい兵士その他ご一同様には、「実力で叶わなかったが、肉を振る舞うことで穏便に引き取ってもらった」と公表した。
一部誇張はあるが、だいたい合ってる。だから問題ない。
収まらない一部の人達には、ガレンさんが「頑張って狩りをするからもう暫く待ってくれ」と頭を下げ、なんとかお引取り願った。
「本当に、手に入るんだろうな」
「あー、まあ、なんとか?」
なんとかどころか、ローデンの人口を数年分養えるだけの量がある。だが、入手先を聞かれるのは困る。ものすごく困る。
[西天]事情を隠したままでは、薄味恐竜の説明ができない。気軽に行き来している事そのものが、トップシークレットなのだ。
他にもツッコミどころがありすぎる。[魔天]周辺どころかヘリオゾエア大陸のどこにも、あんな巨体が群れ成して闊歩している地域はない。
例外は、東天王さんぐらいだけど、彼を食べるのも駄目なんだってば。
「早めに、出来るだけ早く持ってきてくれ」
擦り手揉み手で催促するガレンさん。無理も無い。「不屈」の二つ名持ちあっても、多勢に無勢では勝ち目が薄い。「自分達ばっかり良い物を食いやがって!」と、袋叩きにされたらしい。今も、顔のあちらこちらが変色したままだ。
この分だと、護衛に付いていた騎士団の人達もすごいことになってるんだろうな。
西門の騒動が一段落し、やっとペルラさんの手紙を読むことが出来た。いや、読む前に工房に到着してしまった。
「助けてくださいませぇ」
「って、どういう意味?」
号泣していて、話が判らない。
「よお。やっと、戻ってきたな。この悪党!」
「うん。ボクは悪役♪」
「そうじゃねえ!」
ユードリさんには怒鳴られた。
誰か、ちゃんと事情を説明してくれる人がいないかな。
と思っていたら、いた。
「ロロロッカと申します。ローデン王宮魔術師団副団長を勤めさせて頂いております。どうぞお見知りおきくださいますよう」
彼らの横にいきなり現れたのは、ロロロッカさんだった。今日も隠蔽術はキレッキレでした。術の気配があったから誰か隠れているんだろうなーとは判っていたけど。そうですか。ロロさん、出世してたのね。おめでとう。
それはさておき。
「あ、どうも。悪役ななしろです。よろしく」
「アークァ? アークヤック?」
「・・・ロナ、でいいです」
「畏まりました。それでは僭越ながら私がご説明させていただきます」
退役師団長の泣き言に出張ってくる役職ではないと思うのだが、別の事情があるのかな? それはそれで、またも面倒事の予感がする。
「ロナ様と試合されました後、魔術が使えなくなったそうでございます」
身構えてたのに、一文で終わった。肩書と実情が合ってない。
「ぞーなんでずわ〜っ」
「俺、氷魔術が使えなかったらただの荷物持ちだし」
一人は泣き崩れ、一人は地の底まで落ち込んでいる。
「でもさ。魔術師じゃないボクに何をどうしろと」
そこが一番判らない。
「だ、だっで」
落ち着かなければ、説明もなにもあったものじゃない。
「コレ飲んで」
あ。間違えた。
ペルラさんは取り返す間も無く一気飲みした。「最終手段!」はいつもながらよく効くこと。
違う。昏倒させるのではなく、気分を鎮めてもらいたかったのに、ついうっかり。
これでは、一葉さんを笑えない。
「なあ。俺も、か?」
「落ち着いて話が出来る?」
「ああ。まあ、多分?」
多分って。
「・・・危険ではありませんか?」
「寝るだけ。飲んですぐに効くからそう見えるけど」
「はあ、まあ。そういうことでしたら」
三葉さんと四葉さんが、昏倒したペルラさんを運び出した。自室までお願いね。
魔術馬鹿のペルラさんだ。ショックを受けているのも判らなくもない。
だけどねぇ。
二人とも、普段魔術を頻繁に使う習慣はなかった。よね?
「いつ気がついたの」
「アンゼリカさんに頼まれて氷を作ろうとしたら出来なくてさ」
「たまたま魔力が少なくなってただけじゃないの?」
「それが、その。壁に穴が空いた」
なにそれ。途中経過を省かないで欲しい。
「こう、ムキになって、ぐあってやったら、練兵場ん時の太い矢がどーんと飛び出しちまって、壁に、どかんと」
ん?
「それって、これっぽっちも魔術が使えない、のとは違うよね」
「俺は! 肉を保存するのに必要な分だけ作れればいいんだ!」
森の中で、巨大な氷をガリガリと削るハンター。イトオカシ。
「もしやと思い、ペルラ様にも試していただきましたら、・・・」
沈鬱な表情で頭を振るロロさん。
「まさか。ペルラさんも、工房でやらかしたとか」
工房内の通って来た部分に限れば、リフォームした形跡は見当たらないけど。
「用心して練兵場をお借りしておいて本当にようございました」
「それって・・・」
ユードリさんの手のひらが、ぽん、と開かれる。
「また、毛が短くなっちまった」
あ。そう。そっちはそっちで、盛大に爆発したのね。
「ペルラ様が、元凶は陣布の可能性が極めて高いと言い出し、ゴホン指摘されました。よって、こうしてご相談させていただいた次第でございます」
「あの実験で使った陣布はペルラさんが作ったんでしょ? 本人の刺繍ミスじゃないの?」
「僭越ながら、魔術師団員複数人が元になった魔法陣と比べました。結果、一分の違いも見つかっておりません」
専門職も引っ張り出したのか。ロロさんがここに居るのも、うっかり魔術師団の業務として関わらせてしまい手を引くに引けなくなったから、だろう。多分。
「『繭弥』、えーと虫採りじゃなかった繭取りの陣布でも試してみた?」
「繭がないと試しようがないのでは」
「水を入れた容器ならなんでもいいよ」
ペルラさんの前でも実験したのに、もう忘れたのか。
陣布と容器を机に並べる。
「そうだ、ユードリさん。実験用の陣布ってまだ持ってる?」
「んあ? ああ、コレを作る時にもあちこち連れ回されて・・・」
ユードリさんが発動できる魔法陣を探すために学園へ強制連行され、年下の学生に混ざって大量の書き写しをやらされたそうだ。
対戦で使ったという陣布も見せてもらった。
「あれ? 魔包石がないね」
「だから、実験だったんだと」
石の有無は結構重要なファクターとなっている筈だ。コレでは前提条件が異なりすぎて、比較対象にならない。
「つまり、魔導紙の代わりに陣布を作った。それを使ったら、今度は魔法陣を必要としない魔術が使えなくなった。ってことかな?」
「あら」
今思いついた、みたいな顔をしないで欲しい。先に気付け。
「ユードリさん、【氷の矢】以外の魔法陣で使えたものって何かなかった?」
「・・・水を浮かせるやつ、と他には」
術の効果は覚えていても、魔法陣そのものは覚えていなかったしメモも残していなかった。
ちなみに、陣布作成の準備段階で、ふんだんに魔導紙を用意して書いては発動実験をしていたそうだ。贅沢にもほどがある。
工房の経費とは別、だよね? 後でペルラさんに必ず確認しよう。公私混同はしていない、と思いたい。
試してみたいことをいくつか検討したが、肝心の魔法陣が手元になかった。
翌日、ペルラさんを通行証代わりに使って学園へ行き、学園長に用件を伝え許可をもらう。始業前に乗り込んで行った所為か、最初は渋っていたけど、寄付金を積み上げたら諸手を挙げて歓迎してくれた。魔導紙も融通してもらえた。素直でいい人だった。
それから三人で、必要と思われる魔法陣を片っ端からロー紙に複写した。
一通り種類を揃えられた上、トラブルなく学園を出られたというのに、門から出た途端に怒鳴られた。
「ひどい、酷いですわ。ナーナシロナ様っ」
「メイクなしでも何も言われなかったでしょ? 良かったね」
学園長がすんなり取引に応じてくれたのは、わたしの出した粗品だけでなく、ペルラさんの地顔の圧力、もとい迫力もあったにちがいない。化粧する時間を惜しんだ甲斐があった。
「良くありません!!」
「じゃ。実験に行こうか」
早く魔術が使えるようになりたんでしょ?
「むきーっ!」
その足で、別の場所に向かう。被害範囲を考えて、またも練兵場の一角を借りることにしたのだ。大丈夫。昨日の内に予約している。当日飛び込みじゃないから問題ない。
練兵場は、ペルラさん達の現状確認によって惨憺たる有様になった。
ユードリさんの【氷の矢】は、魔法陣を使っても使わなくても発動した。そして、矢ではなく、何本もの氷の丸太が飛んだ。
【氷の矢】以外の魔導紙魔法陣は、不発、もとい暴発した。
代わりに、と言っていいのかどうかわからないが、また髪の毛が短くなった。誰の、とは言わないでおく。
それはさておき。
ペルラさんは、【火炎弾】や【豪華爆雷】を豪快にぶっ放した。日常生活でメデューサヘアをプロデュースするはずのそよ風は、まったく起こらなかった。【風槌】魔導紙を使うことによって発動したものの、サイクロンとなり人も物も吹っ飛ばした。
「術系統に変化はなし。で、規模の大きな、つまり魔力をたくさん使う魔法陣は発動したね」
【豪華爆雷】は複数人で取り掛からないと発動しない代物だというのに、ペルラさんは一人でやらかした。でもって、魔力切れでぶっ倒れた。
なにかこう、もやもやする。なんだろう。喉元まで出かかっている気がするのに。
ぷはぁ
それにしても、治療院から取り寄せた濃紫色のドリンクを何本も呷る様子は、まるで徹夜明けのサラリーマン。そういえば、昔の職場の同僚にも、似たような人がいたな。
「と、まあ、こんな状態なんですの」
唇も紫色。目の下のクマと相まって、ええ。
大魔女、降臨。
「なあ。なんとかならないか? いや、なんとかしてくれよ!」
「ボクに言われても。ボクは治療師じゃない」
「このままでは、夜が寝苦しくてたまりませんわ」
えーと。
「・・・あんた。そんなことに魔術を使ってたのか」
「文句ありますの? 私の魔力を私が使うだけではありませんか」
そりゃそうだけど。
「魔術師の印象が壊れるからやめてくれ」
「ほほほ。知られなければよろしんですのよ」
「ペルラ様・・・」
ロロさんが溜息をつく。
「痺れ蛾油のランプが使えるようになってから陣布の刺繍が捗るようになりましたの。それはそれで助かりましたけど、それはそれで暑いのですわ」
それはあるかもしれない。
気軽に魔術を使えれば、・・・あれ?
「ロナ、どうかしたのか?」
「うーん。仮説、なんだけど」
「流石はナーナシロナ様ですわっぐ」
ずびし。
脳天チョップを受けて頭を抱えるペルラさんは、放っておこう。大声を出されたら、ささやかなアイデアが吹っ飛びそう。
「あのさ。魔術には魔力を使うよね」
「あ。はい」
「その魔力の量って、意識して調節してる?」
「・・・意識したことは、ございません、ね」
「そういやそうだな」
「もう一度確認するけど、使う魔術毎に自分で魔力を大きくしたり小さくしたりはしてないんだ?」
「ええ」
よし。希望の光が見えてきた。
「ユードリさん」
「お、おう。なんだ」
「さっきの氷の槍を出した時と獲物の肉を冷やす氷を作った時で、使った魔力の量の違いって判る?」
「そりゃまあ、あんだけでかいものを出せばそれなりにくたびれるぜ?」
想像通り、術の効果によって消費される魔力量は異なっている。そして、大雑把ではあるが魔力の大小を体感できている。
「あのさ、魔術を使う時、魔力も自分でなんとかしてみたら?」
「・・・どういう、ことで、ございましょう?」
「威力の小さい魔術の魔法陣でも魔力は通ってる。でも量が多すぎて魔法陣の方が負荷に耐えられなくて爆発する。
魔法陣が必要とする分だけ魔力を出せれば、ちゃんと発動するかなって」
「お、おおおおおっ!」
「その発想はありませんでした!」
「ナーナシロナ様、学園の教授連を泡を吹かせる新発見ですわ!!!」
「じゃ。頑張って」
「「「え?」」」
ここから、君ら魔術師の伝説が始まるのだ。さあ、作者の加護を受け取りたまえ。
「獲った肉をもっと長持ちさせることができるんだな」
「今度こそナーナシロナ様に勝利できる新しい魔法陣を手にできるのですわね」
「腑抜けた教員達に喝を入れる絶好の機会です」
シャラシャララーン!
腕立て伏せが二百万回できるようになったよ。
「「「それは違う!」」」
ごめん。スクワットと取り違えた。
「「「それも違う!!」」」
倒立腕立て伏せの方がよかった?
・・・
・・
・
ちゅどかーん!




