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そして、彼女は、いなくなった

 とんでも収納グッズの山茶花には、大量に保存されている。それはもう、腐るほどある。


 だめだだめだめ。仏心は悪役の敵。


 ここでへろっと出したりしたら。下手をすれば、いや、しなくても、アルファ砦の二の舞いになるだろう。

 ローデンの人口は砦の比ではない。口が増えれば、声も大きくなる。


「ウォーゼンさん。肉の残りは?」


「ああ。あとコレだけだな」


 ボンボン三個か。


「一人一口にしても足りない、かな?」


「そんなっ!」


 悲痛な声を上げる伝令をまるっと無視し、空気を読めない魔獣が宣う。


「おねーさまおかわりっ♪」


「「「・・・」」」


 これで本当に南天王やってられるのだろうか。


「あー、そこのグリフォン」


 飢えた熊、もといガレンさんが低い声でメンチを切った。


「何よ。小虫が何の用?」


 さっきまで斧に怯えていたとは思えない傍若無人っぷり。


「俺達も肉が食いてえんだぜ?」


「自分で獲ってくればいいじゃない」


 鳥頭、それをお前が言うのか。極太のブーメランが刺さってるのにも気が付かないとは。


「今、おめえが食ってるもんはなんだ」


「あらぁ。ヤキモチ焼いてるの?」


 うふ。じゃない。


「そうだね。誰が獲った肉なのかな?」


「やだぁ。お姉様とアタクシの仲じゃなぁい? ね?」


 自分の優先順位が高いと言って憚らないオネエな鳥頭。


 ふふふ。甘いな。


 わたしの中ではローデンも鳥頭も等しく面倒事カテゴリーの範疇だ。


「そうだね。ムチムチでハリのある太腿の照り焼きは美味しそう」


 手羽先の唐揚げもいいよね。揚げ油も準備した方がいいかな。


 ・・・たらーり。


 ぶっとい嘴の表面がうっすら濡れている。へぇ。グリフォンの冷や汗って、こんな風になるんだ。


 ではなくて。


「お。やっぱり斬っていいのか? いいんだな」


 ノリの良いガレンさんは、好きだ。


「何よ。ただじゃおかないわよ?」


 空を飛べれば敵う者なし。


 だがしかし。


「一葉もう一度」


 串を一振りすれば、あ~ら簡単。魔法の縄が飛びかかる。


「ちょっとお姉様んぎゃあ!」


 悲鳴を上げるグリグリは、とりあえず放置だ。街の方から漂ってくる不穏な空気を払拭したい。


「ねえ。食べたがっているのは何人ぐらい?」


 いきなり話を振られて、それでも指折り数え始める伝令さん。


「え? あ、はい。騎士団の応援が多数。それと、出発予定の隊商も集まっていたから、えーと」


「ハンターも召集したぜ。こいつ一頭でも足りるか?」


「つまりは、いっぱいいるってことだね」


 「椿」を取り出し、刃の具合を確認して見せる。


「お、お姉様。それで、何を、斬るつもり、なのかしらぁ」


 無言の視線で答えてやる。


「ロナ殿、いいのか?」


 前言を翻したわたしに、ウォーゼンさんが困惑している。だけど、今はこちらの本気度を理解させる必要があるのだ。今までのやり取りだって、冗談だと思っている節がある。


「だ、だってだって、お腹が空いているんですものっ」


 ほら。


「は?」


「コレはこういうやつなの」


 食欲大王は、いつでもどこでもどこまでも、自分の食欲に正直だった。


「ウォーゼンさん。相談なんだけど」


「あ、ああ。何だ」


「残りの肉。あっちの人達にささやかなおすそ分けを出すのと、コレに食べさせるのと、どっちがいい?」


「それを俺に訊くのか?!」


 だって、この場で一番身分が高いのがウォーゼンさんなんだもん。


「前者だと、コレがいつまでも居座る。まあ、その時は討ち取っちゃえばいいんだけど」


 喜んだ直後に絶望する鳥頭。精神的ジェットコースターも存分に楽しむがいい。


「そうでなければ、頑張って定期的に肉を補給するのに協力する」


「後者でお願いします!」


 ウォーゼンさんではなく、ガレンさんでもなく、伝令さんが返事した。


「おい?!」


「ちまっと食べるよりも、後からでもいいからこう口いっぱいに頬張りたいっ」


 どんだけ肉に飢えてたんだか。両手を力一杯握りしめ、歯ぎしりまでしている。


「ガレンさんの意見は?」


「あ〜、こいつを手に入れて、ロナの肉もあれば言うことないな」


「欲張りすぎるのは良くない」


「まあな。だけどよ。本当にこいつは肉にしたら駄目なのか?」


 肉、と聞いて、伝令さんは鳥頭に恐怖の視線、ではなく、食い物に向ける目を向けた。


 それで万事解決するなら、わたしもそうしたい。


「あの、ワタクシ、放してくださらないかしらぁ?」


 ぷるぷるぷる。


 特大グリフォンがカワイ子ぶっても通じないよ?


「ウォーゼンさんの決断次第」


「先程は、グリフォン殿が居なくなると問題が起きると言っていた筈だが」


「わりと力があるもんだから、荒れる地域が出来る、と思う」


 [南天]とか[南天]とか。


 わたしは、ロックアントや痺れ蛾の相手で手一杯。しかも、[西天]の問題は未解決のまま。[南天]の面倒まで見ていられない。


「俺達がなんとかしてみせる」


 ガレンさんの意気込みは買うけど。


「今でも[魔天]での採取に難儀しているのに、そんな余裕があるの?」


「う」


「でも、そうなると肉の定期便は難しくなるかも」


「そんなっ!」


 今の伝令さんの合いの手はいいタイミングだ。


「どうしてアタクシの邪魔をするのよ。この子虫!」


「邪魔してるのはそっち。捕まえたのはボク。迷惑かけたお詫びにウォーゼンさんにあげたの。贈答品に口を出す権利はない」


 ぶちっ!


「そんなぁーーっ!」


「ロナ殿。それ以上やるとハゲるのでは?」


「料理する時ゴミなるんだから、今、毟っても問題ない」


 ぶちぶちっ


「あ、あ、あ、アタクシの自慢の羽、羽が」


「尻の毛も要らないね」


「お姉様の意地悪ぅ〜〜〜っ」


 うっとおしい。


「ゴホン、グリフォン殿。この場は、お引き取り願えないだろうか」


 やっとウォーゼンさんが話を進めてくれた。


「どうしてアタクシが小虫の言うことを聞かなきゃならないのよ! ね? お姉様っ痛!」


 ぶっちぶっち


「ロナ殿、交渉中に手出しはやめてもらいたい」


「ウォーゼンさんがそう言うなら」


「お姉様?」


「ロナ殿にもお願いする。この、彼女に、料理を振る舞ってもらえないか?」


「材料はどうするのさ」


「これでお願いしたい」


 最後のボンボンを渡される。


「どうして、ウォーゼンさんがそんなことをする必要があるの?」


 ウォーゼンさんの目が釣り上がった。


「ぐ。俺はローデン騎士団副団長として、住人の安全を守る義務がある。そして限りなく穏便な方法で解決したい。


 だから、グリフォン殿、ロナ殿。


 どうか、頼む」


 地面が付きそうなほど、深く深く頭を下げた。ウォーゼンさん、いやな役を押し付けてごめんね。


 超真面目なウォーゼンさんの姿勢に、さしもの鳥頭が怯んだ。


「お姉様ぁ」


 馬鹿者。泣きつく相手が違う。力自慢と羽自慢以外のことにも頭を使え。


「・・・そこを、なんとか」


 ウォーゼンさんは、両手だけでなく膝も地面についていた。本当に、ごめん。あとで何かお詫びを出すから許して。


「ハゲるのは嫌だけどぉ、でもまたいつお姉様の料理が食べられるか判らないしぃ」


 こ、の、食欲大王!!


 暴動が起きたらどうする気だ。と思った時には、新たな伝令さんが、またも騒動を告げに来た。


「た、た、た、大変ですぅ! グリフォン、グリフォンが東門に向かってますっ。どうすれ、どうすればいいですか!」


「「「・・・・・・」」」


 今日のローデンは、災厄の神様に愛されているらしい。


「よし。今すぐコレの首を切ろう」


 ガレンさんは即断即決の人だった。


「いいよ。さくっといこうさくっと」


 鳥頭はまだ拘束したままだ。なんでも出来るぞ。


「どうしてそうなるんですのお姉様っ?!」


 当り前だ。一頭でも苦慮しているというのに、同時に二頭も相手する余裕はない。


 [南天]で大騒動が起きようが知ったことか。


「アタクシ、アタクシが相手しますわ。ね? それなら、いいでしょ?」


 無言でにじり寄るわたしに、わりとマシな提案をする鳥頭。


 だがしかし。


「合流して暴れたら困るんだよ」


 ローデン上空でのグリフォン空中戦。ただのスピード競争で終わるとは思えない。でもって、ブレス合戦の流れ弾を全て叩き落とせる自信はない。

 そもそも、門前の人達の目があるのだ。派手なことは出来ない。したくない。ないったらない。


「肉は、逃しませんっ!」


 ガレンさんの言い分は当然。なのだが、伝令さんその一よ、その短剣では羽も切れないぞ?


 きゅわーーーーーっ!


 東方より細く鋭い叫び声が届いた。


「あら、うちの娘だわ」


 へ? なんですと?


 きょえーーーーーーーーーっ!


「いきなり叫ぶな!」


「耳が、耳が・・・」


 伝令さん二人は耳を抑えて蹲ってしまった。五樹とガレンさんは、あら、気絶してる。強面の癖に、意外と繊細だった模様。


『オヤブン、たいへん』


 なんというか、グリフォンの背中にそびえ立つ立て看板って、とってもシュール。


「ほらほらほら、大変なんだって? ささ、直ぐ帰れ、とっとと帰れ」


「もう呼んじゃったもの」


「一緒に帰ればいいじゃん」


「まだ食べ足りないですわお姉様」


 いい加減にしろ。





 伝令さんを蹴り起こし、ウォーゼンさんが対処し終わるまで野次馬を越させないようにしてこいと、追い出した。


 その横では。


 きー


 くえー


 ききーっ


 くーえー


 生ハム状態の鳥頭と新顔グリフォンがなにやら言い争っている。


 もとい「早く帰ってきて」「いやだ」の応酬だったりする。三葉さん看板が大活躍。


「よっしゃ! 二頭確保だぜ!」


 ギルドマスターは、お宝マシマシとあって大興奮している。グリフォンにしては小柄なニューフェースの細首なら、ガレンさんの斧の一振りでぽろっといきそう。


 まさか、鳥頭探索の他のグリフォンまで集まって来やしないだろうね。


「ガレン殿、まだ話は終わっていない」


「一頭ぐらいいいじゃねえか♪」


 これ以上の魔獣の増量は遠慮したい。心の底から遠慮したい。群れたグリフォンの傍若無人な行動は、以前の[南天]で嫌という程経験しているのだ。

 騒ぐなら自分達のナワバリでやれ。


「ちょっとうちのに何する気よ!」


「なんだもなにも、肉にする他に何かあるか?」


 びくぅ!


「口封じの必要もあるね」


「ロナ殿。どういう意味だ?」


「だって、こんな雁字搦めの格好見られちゃったんだよ? 他の仲間に言いふらされたら大変でしょ?」


 今なら、一頭で済む。


 ぴぃ!


 言いません言いません絶対に喋りません!


 これは、看板なしでも理解した。


 だが、ここは、鳥頭の説得材料の一つとして、最大限に有効活用させてもらう。


「今なら出血大サービスで一緒に解体してあげる。で。オヤブンはどの料理が好み? 丸焼き? みじん切り?」


「あ、あははは。お姉様、冗談ですわよ、ね? ね?」


「ロナ殿・・・」


 深々とため息をつくウォーゼンさん。


 だけど、何もかも、延々と未練がましく駄々を捏ねる鳥頭が悪いのだ。


「なんなら、五樹、丸かじりしてみる?」


 ぐあっ


 違う違う。まんまと飛び込んできた新しい方じゃない。


 ひぃ!


「ロナ坊、余計なことをするなよ。逃げっちまったじゃねぇか」


 新顔は、悲鳴を挙げるなり上空に逃げた。でも、遠くへはいかず、ぐるぐると旋回している。


 南天王を呼びに来るほどの大事件・・・、また黄色の悪夢が大繁殖したとか。

 本気で冗談じゃない。


「ガレンさん、大丈夫だよ♪ 叩き落とす手段なら色々持ってる」


 ハンマーに、銛に、投げ槍に。さて、どれにしようかな。


 南天の窮状なんか聞いてない。話を持ってきたばかりでなくわたしの顔を見たお使いグリフォンの口を封じれば、ほら、証拠隠滅完了。


「お姉様止めて〜〜〜っ」


 とうとう、鳥頭が半泣きで訴えてきた。


「グリフォン殿。ロナ殿は俺がとりなす。だから、だから、この場は引いてくれ!」


「もうちょっと食べたいのにぃ」


 この期に及んでまだそれを言うのか。


「後で必ず届けさせる」


 ウォーゼンさんが安請け合いしやがった。


「本当に?!」


 笑顔のグリフォン。って、こんな顔なんだ。


「どうやって? コレの棲家はすごく遠いし危険だよ? 言っとくけど、ボクは引き受けないからね」


「「あ」」


 うっかりヤツの縄張りに踏み込んだら、食べ飽きるまで見逃したりはしない。それが南天王。


「そ、そうだ。そちらで何が起きたのだ? よかったら事情を教えてもらいたい」


『むし、いっぱい。たべる。たいへん』


 なんとまあ。[南天]もか。粘菌でないだけまし、かもしれない。


 だがしかし。


 飛蝗の被害は凄まじい。巨体の食い倒れ以上に始末が悪い。短期間で繁殖を繰り返し、数十万という個体数で大地を蹂躙する。雑食性の昆虫ならば、尚更。


「森がつるっぱげになるのも時間の問題だね」


「あらやだわ」


 口調は軽いが、事態は深刻だと認識したようだ。


「むぅ。騒動とはこの事だったのか」


 とんでもない。それは偶然の一致。わたしは、南天王の座をめぐる[南天]全域を巻き込んだバトルロワイヤルを想定していた。


「あー、えー、そうだわ! いいこと考えた♪」


「グリフォン殿? 何を」


 きえーっ


 鳥頭の一声で、スリムグリフォンが舞い降りてきた。


 くえー


「あんた、ここでお姉様の手伝いをしなさいな」


 くえっ?!


「で、時々料理を運んできなさい。それならいいでしょ? お姉様」


「これっぽっちもよくない。仲良く巣に帰れ!」


「ちょっと待ってくれ。どこがいいのか、説明してくれ」


 そうだそうだ。


「少しは考えなさいよ、小虫。アタクシが立派すぎるから困っているんでしょ? ナニは小さいけど、うちの娘達の中でも早い方なの。この娘ならお姉様の作りたてをすぐに運べるわ」


 あくまでも、自分本位な食欲大王。しかも、自分のことを立派だなんて言ってるし。


 ではなくて。


「どこが小さいって?」


「嫌だわお姉様♪ と、ぶぐ」


 ほれ肉だ。下品なことは喋るんじゃない。


「つまり。この、貴殿の従者殿に運搬役を頼む、ということか?」


「そう言ったわ。そうね。ついでにお姉様のお手伝いもするのよ。いいこと? 言うことをちゃんと聞くのよ? そうすれば、いっぱい食べさせてもらえるから」


 おい! 話が違う。しかも、ついでってなんだ、ついでって。


 くいーっ


『オオオヤブン、ヨロシク!』


 こら一葉さんまだ早い! 鳥頭を開放する許可は出してない!!


「それじゃ、お姉様。お料理待ってますわぁ♪」


「しっかり頼んでおく。安心して帰還してくれ」


「小虫の癖に話がわかるのね。お礼に、そこの羽はあなたにあげるわね」


「かたじけない」


 毟ったのはわたしだ。勝手に所有権を移すな。それに、いきなり意気投合するなんて反則だ!


「なんでボク抜きで話を進めるのさ!」


「俺がこの場の責任者だからだ。貴殿も、よろしく頼む」


 あーっ、交渉役を押し付けたツケがこんなところに!


 くいー


『オヤブンの友達』


「うむ」


 嬉しそうに頷くな。


「子猫ちゃんとも仲良くしなさいね。では失礼しますわお姉様♪」


「こら待て鳥頭!」


「オーホッホッホッ。それでは皆様ごきげんよ〜う」





 散々引っ掻き回しておいて、それはない。

 勝手気ままに動き回るキャラクター、それが南天王。


 そして、フォーエバー、貴女のことは忘れない。


「ナニか言ったかしら」


 いえ、何も・・・



 #######


 南天王が「小さい」と言おうとしたのは、新顔グリフォンのつばさのこと。ナニではない。主人公の背丈でもない。

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