デッド オア イート
「大物だなって、生け捕りしたのか! 流石ロナ坊だっ!」
魔獣を相手にするならギルドのハンターに限る。出張ってくるのも判らなくもない。
だけど。
「ガレンさんは、ギルドマスターなんでしょ? 野次馬根性も程々にしとかないと、後輩が育たないよ?」
「そう言うなって♪」
狼程度ならころっと首を落とせそうな長柄斧を担いで、ガレンさんがやってきた。野次馬に参加するのに完全武装してくる必要はないと思う。
熊に跨っていたら、童話の主人公。身につけているのがよだれかけではなくて軽鎧なのが異世界バージョン。
それはさておき。
もう少し脅し付けておきたかったのに。部外者が増えると失言を聞かれる可能性も増える。
にゅがにゅにゅ
五樹がガレンさんへ挨拶しに行こうとするのを目で止めた。
なんで、と思ったけど、そう言えばヴァンさんにひっついていた頃に見知っていたのかもしれない。だけど、今は別人じゃなくて別獣なの。
「で、どうするんだ?」
目がドルマーク、ではなくて金貨になってる。
「いや待ってくれ。このグリフォンはロナ殿の知り合い、というか何というか、まあ関係者らしくてな」
ウォーゼンさんがガレンさんを諌めて、もとい説得してくれた。
「だけどよ。変異種だぜ? 変異種。上乗せするぜ?」
「ロナ殿が確保したのだからロナ殿に許可を貰ってくれ」
「全身尻の毛までむしり取って表皮をこんがり焼き上げたあとのハゲハゲグリグリでよければ」
むがむぐむごーっ!
鳥頭に発言権はない。
「・・・なあ、副団長。ロナ坊はどうしたんだ?」
「・・・・・・ああ、さっきからこの調子でな」
「・・・・・・・・・」
「要るの? 要らないの?」
「あ〜、ロナの好きにしてくれ。勿論売るならオレんところでな」
ふうん?
「そうよ。もっと言ってもいいわ!」
アンゼリカさんは、驚きから復活していた。だけでなく憤慨していた。
にゃ!
五樹は五樹で、「そう言えば!」と顔をあげる。
えーと、調理方法に文句を言ってたんだっけ。
「焼鳥が嫌ならハムにする?」
もがーっ!
「そうよ! ななちゃん。あのお肉はどんな風に調理したの?」
鶏ハムの作り方は、ってそうじゃない。
「アンゼリカ殿。今はそういう話をしている場合ではないと思うのだが」
だが、ウォーゼンさんは熱血料理人を鎮められなかった。とてもとても無理だった。
「この失礼なグリフォンにも聞いてみればいいわ! 何処が違うの何が良くなかったの? さあ教えてちょうだい!」
いいこと思いついた。
「それがアンゼリカさんの「お願い」でいいんだね?」
「「あ!」」
どうやらウォーゼンさんは、「お願い」の経緯を聞いているらしい。
「お願いって何だ?」
ガレンさんは、知らないみたいだな。
「無理やりふっかけられた模擬戦の賞品。ウォーゼンさん、肉は残ってる?」
「あ、ああ。運悪く俺が背負って、ってどうする気だ」
よし。これで一件は処理できる。
保冷ボンボンに入っているから問題ないのだろうけど、もしかして、生肉背負って戦う気だったのか?
まあいいか。今、手元にあるのなら問題ない。
「どうもこうも、決まってるでしょ」
頭を抱えて唸るアンゼリカさんは、暫く放置でいい。
復活する前に、ウォーゼンから前後関係を教えて貰おう。
「あれから直ぐに火を起こしてアンゼリカ殿が料理してくれたのだ。俺と同行していた者達は久しぶりの肉に喜んで食べていた。
だが、シーゲルと五樹殿は様子が違っていて、聞けば「ロナ殿のものとは味が違う」と。アンゼリカ殿が料理方法を変えて色々作った品でも納得できなかったらしくてな。
増々ムキになっていた所に、あのグリフォンがやってきたのだ」
半眼でアンゼリカさんを見遣れば、斜め上に顔を背けた。
「アンゼリカさん?」
ふいっ
体ごと回り込んで視線を塞ごうとしても、塞げるほどの背丈がない。ちくしょう。
「ロナ殿何を・・・」
「リクエスト通りにしてあげる」
ふふふ。「お願い」の取り消しは不可だもんね。
「え? あっ! ななちゃん、それは!!」
フライパン他調理道具一式を並べる。
もがっ!
喜ぶな。
「比較対象にコレの肉を使うのもいいかも」
もがーーーーーっ!
指差してやれば、グリフォン再び涙目になった。
「みんなが食べたのと同じものを作ればいいんだよね♪」
ぐぎゅるるるるる
「な、なんの音だ?」
豪胆なガレンさんがぎょっとするほどの音量で聞こえたのは、言わずと知れた鳥頭の腹の虫だ。
四肢を封じられて嘴も塞がれて、それでもよだれを垂らして這い寄る鳥頭に、焼き串を突きつけた。
「今後、二度とヒトの周りをうろつかないと約束して。それならもう羽をむしらないし、しかも今作る料理を存分に振舞ってあげる。
約束を破るとか最初から約束できないと言うなら、手羽ガラ四本ぶら下げて歩いて縄張りに帰って。それとも料理の一品に加わる方が好みかな?」
にっこり。
ジタバタもがくものの、埃を立てるどころか言葉一つも出せない。グリーンブラザーズの緊縛術は、わたしですら逃れられないのだ。だけど、返事が聞けないのは不便だな。
「三葉、通訳」
『ごめんなさいもうしませんいうとおりにします。だから食べさせて』
グッジョブ三葉さん。
「嘘じゃないね?」
目を大きく見開いた。だが頷こうとしない。
「肉の代わりにこの串をたらふく食べたいのかな?」
こちらは大きく首を横に振る。
「ロナ坊。仕留めちゃダメなのか?」
ガレンさんは、目の色が変わったままだ。珍しい素材が手に入れられるかもしれないとあれば、致し方なし。
だがしかし。
「こんなんでもいなくなると困るところがある」
わたしにはうざったいだけの存在だが、西天王さんは彼女の訪問を楽しみにしていたフシがある。身を粉にして働く彼の数少ない知人を、わたしの腹いせ、もとい私情で失わせるのもどうかと思う。
「言っておくけど、ボクは必要としてないからね」
がーん!
口の戒めが解かれたのも気がつかないほどのショックを受けたようだ。鳥頭のマヌケヅラ。貴重な一瞬と言えるのかもしれない。何度も見たいとは思わないけど。
とにかく、街道近くに大型魔獣が居座っていては、隊商の邪魔だ。可及的速やかに解決するべし。
「あと十数えるうちに食べるか帰るか食べられるかを選べ」
喜べ。選択肢は三つもあるぞ。
「いーち、にーい、さーん」
「ななちゃんのお家に連れて言って!」
・・・・・・・・・
返事をする人物が違う。
「どういうこと?」
「ななちゃんへの「お願い」よ。ななちゃんのお家にいって忙しいななちゃんの手伝いをするの!」
うん。その胸部装甲はとてもとても立派だ。
だけど。
「そういうのを、有難迷惑とか余計なお世話って言うんだよね」
「あら、本当にそうなのかどうか、私が見てあげるし手伝うって言ってるのよ」
これ以上その胸部の凶器の凄さを見せつけないで。
「ものすごい迷惑なんだってば」
「ずるいですわお姉様!」
すぱーん!
「鳥頭には関係ない話なの。もう十数えたけど、どうする? 食べる? 食べられる? 毟られる? それとも」
ちらりとガレンさんを見やる。やる気があるのはいいんだけど、ヒトの頭上で斧をブンブン振り回すのはどうかと思う。
「あ、あは、あははははは・・・・・・。すみませんごめんなさいもうしませんだから食べさせてくださいお姉様」
よし。
バカ鳥の方は一件落着したようだ。
「ななちゃん、そんなの放っておけばいいわ。直ぐに行くわよ!」
朝日に照らされたアンゼリカさんの笑顔は、とてもとても眩しかった。
グリフォンをそんなの呼ばわりする度胸は、尊敬に値する。伝令兵さんも見習え。
ではなくて。
「このお肉の料理方法を教えればいいんだよね?」
じうじうと肉を焼く側で、アンゼリカさんが踊っている。
「違うわよ。ななちゃんのお家に行くの。お母さん、とても楽しみ♪」
どうやら、押掛女房ならぬ押込み母さんパワーが料理人魂を凌駕したらしく、わたしの手元を見ようともしない。
モンスターペアレントなんか召喚してない。ないったらない!
「無理なお願いは聞けないって最初に言った」
「そんな大変な場所にあるなら尚更人手がいるでしょう? 大丈夫よ、お母さんに任せて♪」
「あの、お姉様? なんならアタクシがなんとかしましょうか?」
舌なめずりする鳥頭に、何も刺さっていない串を投げつけた。
「余計なことをすると食べる肉とか他の肉とか、いろいろ減るよ?」
重ねて口でも釘を刺す。
それにこれはあれだ。練兵場でのアンゼリカさんのテンションだ。迂闊に接近すれば、二本のレイピアが唸りを上げることになる。自ら好んで一つ目になろうとしなくてもいい。
どうしてもと言うならば、わたしの手でやってやる。
「ゴメンナサイモウシマセン」
「あ〜あ。儲け話はパァか」
「ガレンさん。結構商魂たくましいんだね」
「これで飯食ってるんだぜ? 遠慮なんかしてられるかよ」
プロ根性も極まれり。こんな残念な性格をしていても一応は南天王の座にある魔獣に対して、堂々と首刈り宣言できる人はまず存在しないだろう。
その証拠に。
「ガ、ガレン殿、は、すごいな」
漸くウォーゼンさんが口を挟めるようになった。いつの間にか、五樹のしっぽを握っていたりするのが、ちょっと情けない。
「騎士団長。俺を褒めても何も出ないぞ?」
褒めてないから。呆れてるんだってば。
「いつ連れて行ってもらえるのかしら? 何を準備すればいいの?」
別件同時進行はやめて欲しい。頭がこんがらがってくる。
「来ていいよとは言ってない」
「やだわ。ななちゃんは約束を守ってくれないの?」
う。
鳥頭を引き下がらせるのに「約束」という言葉を連呼した。ここで、アンゼリカさんの言う「約束」を否定してしまうと、素直に引き上げてくれなくなるかもしれない。
だから、面倒臭い用件の並行処理はやりたくないってのに。それとも、態と強行態度をとることで優位に進めようとしているのか?
「はい。焼き上がりだよ」
グリフォンが食べやすいよう大皿に盛り上げた。ついでに、串に刺したものを見物人、もといウォーゼンさんとガレンさんに渡す。
みゃうみゃみゃみゃっ
「はいはい。五樹の分は今から焼くから。もうちょっと待っててね」
手足も自由になった鳥頭は、夢中でサイコロステーキを腹に収めていた。あんな食べ方でよく味がわかるもんだ。
「あ〜。うん。確かに」
「どこが違うんだろう」
男二人は、なにやら意味深なセリフを呟いている。
「え? 食べにくかった?」
日々客人をもてなす為に切磋琢磨している料理人と気まぐれに手に入れたものを適当に加工している人とでは、技量も意気込みも天と地ほどの差がある。
うーみゃーみゃーーーーう!
五樹よ、おまえはどこのグルメレポーターだ。それに、身内の批評は身びいきになるからノーカウントだよ?
「おかわりくださいな♪」
催促しやがるかこの鳥頭。
「これ、あの薄味なんだけど。まだ食べるの?」
「まあぁ! 流石お姉様! あのどうしようもないのをこんなに美味しくするなんて誰にも真似できませんわ!!」
あ。アンゼリカさんのこめかみに血管が。
「どういうことかしら」
「食べてみればいいじゃなーい?」
よし。鳥頭に座布団一枚。
「ななちゃん、私にも一本いただけるかしら」
「これで「お願い」完了ね」
ちょうど焼き上がった肉を串に刺して差し出す。やった。
あれ?
「私だけ除け者にするなんてひどいわ!」
串を受け取らずに文句をいうアンゼリカさん。
だけどね。
「「お願い」は、一つだけだもーん」
むきーっ!
地団駄踏むアンゼリカさんは、唐突にウォーゼンさんに向き直った。
「一口分けてちょうだいっ」
「あ、お、何をっ」
問答無用で取り上げた。
「どろぼーだー」
「違うわよ味見よ味見」
「屁理屈はダメだよ?」
「だから味見って、・・・」
モグモグモグ
あれ? 怒り顔が困惑顔に変化した。
「アンゼリカ殿ならもっとよく判るだろう」
「ロナ。これ、本当に女将に渡したのと同じ動物なのか?」
「そうだよ。ボク達が食べたのは部位が違うけど」
今料理している方が、上等の筈。だよね、あれ?
「それだ」
そうかな。
えーと、指輪からは出したくないのに。あ、ウォーゼンさんに渡したボンボンに混ざってた。ラッキー。
同じように切り分けて焼いてみる。
「どう?」
ついでに魔獣二頭にも、おかわり大盛りっと。
本当に美味しいものを食べているときは、無言になると聞いたことがある。
真っ先に食べきったガレンさんは、満面の笑顔だった。
「うんめぇ〜〜〜〜っ」
グルメリポーターはお呼びじゃない。って、さっきも思ったっけ。
「なんだこれは・・・」
しゃぶり尽くした串を見つめて呆然としているのは、ウォーゼンさん。
なう〜ん♪
「そうね。そうよね。さすがお姉様としか言えないわぁ〜〜〜。だからおわりもう一つくださいな♪」
そうかそうか。わたしも言ってあげよう、流石は食欲大王だと。
「あの。あのー、ちょっといいですか?」
「む。なんだ?」
こそーっと伝令兵がウォーゼンさんに囁く。
「この後、騎士団はどうすれば」
「「あ」」
視線の先にいるのは、機嫌よく食事に熱中している異形の魔獣がいる。
「しまった」
「ま、まあ。遅くはなったが、警戒は解いていいよな。な?」
「何かあっても、ロナ殿がなんとかするだろう」
「どうしてボクに振るのさ!」
「なるほど了解です」
伝令さんは、わたしの非難をさらっと無視しやがった。
その上。
「それとですね。待機中の兵士やハンターから苦情がありまして」
「どうした? 小競り合いでも起きたのか?」
「いえそのあの・・・」
ぐきゅるるる
伝令さんの腹に視線が集まった。
「え、えええ。そういう訳でして。放置すれば本当に暴動になりかねません」
「・・・そうか」
「そうです」
きっぱり!
全員、そこでわたしを見るんじゃない。
焼肉は美味しい。
「そうだけど、そうだけどね?!(泣)」




