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襲来

 この調子なら、クロウさんの件をエッカさんに任せても問題ない。


 本格的に西大陸の石生石対策を考えよう。


 と思ったのに。


「ロナさん! よかった、まだ居てくれましたか!」


 ここは兵舎の一角で、兵士さんが右往左往しているのも当たり前なのだけど、挨拶もそこそこに駆け込んでくるのはどうかと思う。もう一人居たようだが、すぐさま取って返して行った。何をしに来たのだろうか。


「おはよう。で? 逃げてもいい?」


 どうせ面倒事なのだろう。最初から非協力的であることをアピールしておく。


 喧嘩は立ち上がりで勝負が決まる。ん? 違うか。


「織物工房のペルラ様からお手紙を預かってます。それと、もうじき副団長もこちらに来るそうです」


 やっぱり逃げよう。


「クロウさん、お大事にね」


 撤収撤収! 道具の手入れは後回し。


「ロナさん? 置いて行かないでください!」


 内勤一筋のエッカさんは、変態ギルド顧問のような敏捷性を持ち合わせては居なかった。言葉だけでわたしを引き止められる訳がない。


 だがしかし。クロウさん専用厩舎から出てみれば、十重二十重の兵士さん達に取り囲まれていた。


「朝練ご苦労様」


「「「「「「オスッ!」」」」」」


 ではそういう事で。


「何処に行く気だ?」


 出入り口正面で仁王立ちしていたトングリオさんがずいずいと歩み寄り、ついには立ち塞がった。。


「次はペルラさんところ。手紙もらったからね」


「副団長に会ってからでも遅くはないだろう?」


「ウォーゼンさんの依頼は終わったもん」


「本人にそう言ってくれよ」


「ペルラさんのも急用だったらどうするのさ」


「そん時は、自分から押しかけてくるんじゃないか?」


 それは、否定できない。


「それにしても、随分人が多いね」


「手隙の人員をかき集めました!」


 嬉しそうに報告する副官もどき。


「手合わせなんかやらないからね」


「「「「「「え〜〜〜〜〜?」」」」」」


 やっぱり。そんな暑苦しいもんにシロウトを巻き込むな。


「違う、そうじゃない。ロナ、今度は何をやらかしたんだ?」


 はい?


「トンちゃんに説明を求める」


「だぁれがトンちゃんだっ!!」


 大多数の兵士さん達が思いっきり吹き出すのと、トングリオさんの絶叫が重なった。


「え? 自覚あるんだ? ボク、トンちゃんとしか言ってないけど」


 ぶぶぶぶぶぅ


「く、このっ、俺の顔見てそう言うからっ」


 くふふ。先手必勝。相手の平常心を乱すのも喧嘩の作法。


「クロウさんが心配? 後はエッカさんが診てくれるって」


「そりゃよかった。って、だからそうじゃないっ!」


 地団駄踏むトングリオさん。よし、このまま全て有耶無耶にして。


「ロナさんから目を離すなという団長命令なんです」


「戻るまで待ってて欲しいって、中で言いませんでした?」


「待ってるだけなら誰か一人いれば十分だと思うけど」


「取り押さえられませんよ!」


 揃って頷いていやがる。


「それってボクが逃げ出すのが前提の話だよね」


「逃げないんですか?」


 ごもっとも。


 ではなくて。


「先日の乱戦、もとい訓練を見物していたら、とてもじゃないけど「俺一人で問題ない!」なんて言えません」


「俺は見てないけど、運が良ければ相手してもらえるかなって」


「毎朝鍛錬しているんですよね?」


「副団長が来る、もとい見つかる前に是非!」


「ボクを巻き込むな」


 幸い、兵士さん達は密集陣で待ち構えている。


 よぉし。痺れ蛾鱗粉を朝食代わりにたらふくご馳走してあげようじゃないか。


「あ! ロナ、何する気だやめろっ!!」


 『爽界』陣布のバンダナを口に巻き、燐粉玉を手にした時。


 カーンカーン! カーンカーン!





 西門方向から鐘の音が響いた。


 数瞬遅れて、通信室担当者の一人が官舎から猛烈な勢いで走って来た。


「西門外に大型魔獣接近! 門兵が半門で待機中。代行、指示願いますっ」


 トングリオは兵士達へ振り向くなり、大声で叫んだ。


「街の巡回当番を増やせっ。待機班、防具を揃えて西門へ向かえっ。工作班は予備の武器防具を荷車に乗せて西門に運べ! 団長は何処だ?!」


 一斉に動き始める兵士達の間を縫って、通信者がトングリオに駆け寄る。


「はっ。ペルラ殿の工房ですっ」


「まだ走れるな? 伝令だ。団長に今の指示も合わせて報告、そのまま王宮に同行し陛下に直接奏上しろ。その後は、団長に従え。俺は、西門に行く」


「は、はっ。了解しましたっ」


 念のため真剣を携帯しておいてよかった。が、現場に行く前に釘を差しておくべき人がいる。


「ロナは動くな。って、あれ?」


 別人にすり替わっていた。


「はぁ。はぁ。もう、いません。あちらに」


 小さな背中は右往左往する兵士達の頭上を飛び越えて、すぐに姿が見えなくなった。


「エッカ師、なんで引き止めておいてくれないんですかっ!」


「老体に無理を言わないでください。それより、はぁ、私も同行します」


「行っても何も出来ませんよ?」


「怪我人の手当ぐらいは出来ます。幸い野営用に用意していた物が揃っています」


 問答している時間が惜しい。


「副団長らに届ける防具といっしょに移動してください。それにしても、ロナのやつ・・・」


 どさくさに紛れてトンズラしやがるとは。


「アンゼリカ殿やご自身の従魔が居ますからね」


「へ?」


 民間人が副団長に同行したという報告は聞いていない。


 きゅきゅきゅろぉっ!


「あっ。お前も待て! 病み上がりなんだろうがっ! 出るな、ここで待っていろっての誰かっ手伝え〜〜〜〜〜っ」


 メヴィザが同行していない時点で、彼にも何か問題があったと思われる。彼が居ない状態でサイクロプスまで出張ってしまうと、現場の収拾がつかなくなってしまう。

 クロウの厩舎は、魔獣が暴れた時のことを考慮してロックアント製の内壁で補強している。あの爪でもそう簡単に穴が空くことはない。だが、扉の蝶番までは考えていなかった。騎士団に勤務している元兵士達総出で扉を押さえておくのが精一杯だ。


 非常事態を告げる鐘は、まだ鳴り止まない。


 トングリオは、前言を撤回し、副団長に現場の統括を丸投げすることにした。




 官舎から出撃する兵士さん達を置き去りにして真っ先に到着し、半門前で警戒する門兵さんを捕まえた。


「うわっ。ってロナさん? どうしてここへ!!」


「五樹を迎えにきちゃ悪い? そうだ、もうすぐ応援が来るからね。団長さんや王宮にも知らせが行ったよ」


「ありがとうございます。知らせて頂き感謝しますけど勝手に出ないでください!」


「大丈夫大丈夫。サイクロプスなら近づかれる前にちゃっちゃと蹴ってくるから」


「そう言えば。ってそうじゃないですってっ待ってってぇ〜〜〜っ」


 はっはっはっ。英雄症候群の看板も無駄じゃなかった。


「で、どっちから来てるの?」


「監視塔の報告では街道ダグ方面からなんですが、サイクロプスにしては足が速いらしくて正体が不明なんですよ」


「生き物は、首を落とせば死ぬんだよ」


 心臓破裂や頚椎全損、出血多量でも以下同文。


「いくらロナさんでも一人は無理です。せめて応援が来てからにしてください」


「足が速いなら待ってる間に接近されるでしょ? 戦場を確保する為にも足止めは必要だと思うんだ」


 非常用の鐘を鳴らすくらいだから、大群かあるいは大型魔獣がローデンに向かってきたのだろう。数を減らすくらいなら、協力してもいいだろう。


 どぉれ。元気なお子様はどなたか、な・・・。


 見えた。


 どちくしょうが。


「それは我々の仕事ですっ。・・・ロナさん? 怖気づいた、訳じゃない、ですよね? どうしました?」


 訝しげに問いかける人とは別人からも報告が降ってきた。


「監視塔から四枚のつばさを持つ魔獣っ! て聞いたことねえぞっ?!」


「なんだとぉ?!」


 慌てふためく門兵さん達の台詞が、わたしの耳を素通りしていく。


「あんの馬鹿鳥頭っ」


「ロナさん何か知って、知ってて・・・ひっ」


 尻すぼみになる門兵さんを振り返れば、どの顔も真っ青になっていた。無理もない。アレは最強の魔獣に数えられている種族なのだから。


「行ってくる」


 宣言した。


「「はっ!」」


 敬礼は要らないって。




 わたしの姿を確認したらしい。スピードを挙げてかっ飛んでくる彼女の後方に、荷馬車を含む騎馬団が追従している。どうやら、無体な真似はしていないようだ。


「おーねーさまぁーーーーーーっ♪」


 そう何度も何度も何度もつかみ取りにされてたまるか。


 鉤爪をかいくぐり、すれ違いざまに尻尾を捕捉する。


「え? いいい痛ぁい〜〜〜〜〜っ」


 ぐるぐるぐるぐる。大回転だよ。面白いことが好きなんでしょ? 


「千切れる千切れる千切れるぅ〜〜〜〜!」


 大丈夫。キミは強い子♪


「はーなーしーてぇーーーーーーーっ」


 もうお終い? 仕方ないなぁ。それでは、フィニッシュ! 目指せ、オリンピックチャンピオン!!


「そーれ、逝ってこーいっ!」


 にょわーーーーーーー〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・


 そのままお星様になってくれればいいのに。


 はぁ。はぁ。はぁ。


 流石に重かった。


 デカブツを振り回している間に、見舞班は現場を迂回し街門に到着していた。

 そして、二人と一頭、もとい二人の男女を乗せた五樹が戻ってくる。はて、何用かな?


 うぐるうぐるぐる


 頭を擦り寄せる五樹に、少し気分が落ち着いた。ガチンコ勝負はしていないようだ。ただ、何が不満なのか、ぐにゅぐにゅとうなり続けている。


「ロナ殿、手間を掛けさせた」


 女性をエスコートし、五樹の背から降りるウォーゼンさん。そのまま街門で指示を出していればいいものを。

 でも、都市防衛の責任者の一人でもあるし、できるだけ正確な事情を知りたがるのは無理もない。


「そっちの被害者は?」


「今のところは一人も居ない」


 それはなにより。


「で?」


 ウォーゼンの背筋が伸びた。


「あの姿では忘れ様がないしな。あちらも俺の顔を覚えていてくれて助かった」


 ほほぅ。鳥頭にしては頑張ったじゃないの。


「本当に知り合いだったのね」


「不本意だけど」


「それにしても失礼なのよ? あの鳥頭。わたしの料理をイマイチだって!」


 アンゼリカさんも鳥頭呼ばわりするのね。無理も無いけど。


「アンゼリカ殿が料理をしている時に乱入してきてな」


 うわぁ。食欲大王に総取りされたのか。


「それじゃあ、皆、食べられなくて残念だったね」


「いや。それがな?」


 みゃがうがにゃが!


 だしだしと地面を叩く五樹に首を傾げる。


「ななちゃん、あのお肉は何?」


 更に首を傾げる。


「なにって肉だけど」


「あのシーゲルが手を止めてしまってな」


 あの、ってどのシーゲルさん?


「それに、この子、五樹ちゃんも変な顔をしたのよ?! おかしいでしょ? だから教えて。あのお肉は何なの? それともあのお肉に何かしたの?! 教えて、教えてちょうだい!」


 首カックン第二弾。


「それではロナ殿がしゃべれないぞ?!」


 そんなことをしている暇があるなら今の内に街の中へ移動していて欲しかった。


 ほら来た。


「お姉さまってば酷いですわっ!」


 ずざざーっ


 エアブレーキならぬ四肢ブレーキを掛け、わたしの手が届かない位置に停止した。鳥頭のくせに無駄な知恵ばかり付けるんだから。


「きゃあ!」


 アンゼリカさん。超絶剣技は何処にやったの?! いくら驚いたからって、わたしの首は桟橋の杭じゃない!


「アンゼリカ殿いくらなんでもそれはまずい!」


 みにゃぁ!


 ウォーゼンさんが両手を引き剥がし、五樹が割り込んでくれたおかげで、漸く離れられた。どうやら絞殺は免れた模様。


「げほっ。酷いやアンゼリカさん」


「お姉様もアタクシを置いていくなんて酷いですわぐはっ!」


 嘴を横殴りにする。硬いじゃないか。


「なんでこんなところを彷徨うろついているのかな?」


「お、お姉様を探していたんですのよ?」


 これがヒトだったら、愛想笑いの一つでも浮かべているんだろうな。


「忙しいって言ったはずだけど」


「でもでもでも、どーしてもお姉様の料理が食べたかったんですもの。ウフッ」


 その気色悪いシナは今すぐ止めてもらおう。


「一葉、双葉、三葉、四葉。コレを思いっきり締め上げて」


「え、え? えぎょぉ!」


 普通、ラスボスは、最難関の魔境の深部とかダンジョンのファイナルステージで待ち構えているのがお約束。その辺をほっつき歩くボスなんか、ボスとは認めない。


 鳥頭で十分だ。


「さあて。覚悟は良いかな?」


 ぎゃあぎゃあ泣きわめくグリグリの頭をもう一度殴りつける。一葉さん達は、気を利かせて嘴も封じてくれた。おかげで少しは静かになった。よしよし。


「ろろろろなどのもうすこしおんびんに」


 早朝から全速力で走ってきた影響が今頃出てきたのか、ウォーゼンさんの膝が笑っている。声も笑っている。ふむ、鳥頭の無様な姿がツボにはまったかな?


「穏便だよ。まだ首は切ってない」


 プルプルプル


 四者四様に首を振る。


「大体、料理ができない身上でアンゼリカさんの料理に文句を言うなんて百年いや千年早い」


 ぶちっ


 頬の羽を毟る。


「それにこんな大騒ぎになったのは誰のせい?」


 ぶちっ!


 もう一掴み。


「ぼくはね」


 ぶちぶちっ


 喉元の羽も毟る。


「静かに」


 毟る。


「穏やかに」


 毟る毟る。


「暮らしたいんだけど?」


 胸を飾る緋色の羽を引き抜く。


「邪魔するって言うなら」


 もう一本。


「ご自慢の羽を全身隈なく丁寧に引っこ抜いた後を火あぶりにすれば当分新しい羽は生えてこなくなるわけで節操なしの下半身は削ぎ落としてからにしようねどうだろう丸ハゲグリフォン爪やくちばしは残ってるけどこれならローデン騎士団でも討伐できるんじゃないの?」


 ふがふべふぐふが


 涙目の鳥頭がガタガタ震えている。


「判った。ロナ殿判ったからもうやめてくれ」


 ウォーゼンさんに羽交い締めにされた。それでも口は止まらない。


「肉に不満があるならほらここにまるっと新鮮なのがあるよね今すぐすっぱりさっぱり解体しようそうしようそうすればアンゼリカさんも心置きなく料理できるしこれだけ無駄にデカい図体だからそれなりに食べられると思うんだ何料理にするのがいいと思う?アンゼリカさんうぶ」


 べんべろべろべろ


 唐突に五樹がわたしの顔を舐めまくり始め、被告への判決文の読み上げは強制中断と相成った。


 どうせすぐに忘れるんだから、もう少し喋らせてくれてもいいじゃん。

 ラスボスが格下をラスボス呼ばわりしている。


「やかましい!」

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