ジャスト、ミート
「こっちの荷物はもう片付けちゃったし。クロウさんも歩けるようになったし。余分なお客さんをもてなす余裕はないし。
あ、盗賊はそっちで持って帰ってね」
クロウさんに余計な気遣いをさせたくはない。病人、もとい病畜のリハビリ環境を整えるのも依頼に含まれるのだ。
いかに依頼主でも、いや依頼主相手だからこそ、こちらの主張を通させてもらう。
「俺達は昼飯時で腹が減っているのだが」
ウォーゼンさんは今ひとつ状況判断が出来てないらしく、どうでもいいことを宣う。
「まだ早いんじゃない?」
「朝一番に出立してな。休憩も、その・・・」
後続班一同が、とある人物に、一瞬だけ視線を向けた。
約一名は、思いっきり顔を背けた。
誰が、とは言わない。
「無理したら駄目じゃないか」
「俺もそう言ったんだが、な」
「あら。何かしら?」
あくまでもシラを切り通すつもりらしい。まあ、どうでもいいが。
「それじゃ手を出して」
アンゼリカさんが、首を傾げながらも手を伸ばしてきた。
はい。バトンタッチ。
保冷マジックボンボンを、アンゼリカさんの手に押し付ける。
「「「「「え?」」」」」
「ななちゃん?」
中身は、薄味肉の塊。解体しておいてよかった。本当によかった。
「料理人なら目の前に居る。ウォーゼンさん達はここでご飯にすればいい。これで問題ないよね。
そうだ。アンゼリカさん、五樹の分もお願い」
どどどん、と今度はウォーゼンさんに持たせた。男なら、そのくらいの数でふらつくんじゃない。
「あ、あの、副団長・・・」
「ロナさん、ちょっとあんまりじゃ・・・」
見物人もとい兵士さん達が、首ふり人形になっている。
「ほらほら。クロウさんはまだ足が遅い。もう食べちゃった人達の腹ごなしにもなるし、様子を見ながらゆっくり進むからさ。居残っておかわり貰うのも有りだけど?」
先程たらふく食っていた連中は、後発組の恨めしそうな視線を受けた途端にそそくさと移動を始める。
うむ。食べ物の恨みは恐ろしい。でも、野営組が冷や汗をかいているのは、慌てて荷造りしたからだ。
わたしの背中にも何かがザクザク刺さっている気がする。でもそれは気の所為。ちゃちな矢玉ではわたしの鱗どころか皮膚も傷一つ付かない。
だから、何も起きていない。ないったらない。
「んじゃね〜」
あっけに取られているお見舞部隊を放置して、ローデンに向かって出発した。
つられて野営組一同も動き出す。
「あ、あの〜。メヴィザ殿は、どうすれば」
声を掛けられるまで忘れてた。
「置いていこう。起きたばっかりだし。ついでに竈の用意を手伝わせたら? ああ、クロウさんは駄目。まだ魔力の回復が十分じゃないんだから。下手に近くに居たら、元の木阿弥だよ?」
くきゅぅ〜
「メヴィザさんにクロウさんを背負ってもらう? 無理でしょ? それよか、ちゃんと歩けるようになってメヴィザさんを喜ばせたくない?」
きゅるっ!
ちょろいぞ、クロウさん。
最初は数歩進んですぐ休むといった有様だった。体力半分、置いてきた一号への気がかりが半分。それでも、そこは魔獣の魔獣たる所以、半刻すぎれば騎馬の並足程度になっていた。体の大きさが歩幅にも現れる、とも言う。
「この調子なら、すぐに走れるようになるよ。でも、無理は駄目。体力と魔力をバランス良く回復させないとね」
きゅっきゅっきゅっ♪
思うように動けなかった時のもどかしい状態から開放されて、嬉しそうに歩くクロウさん。回復を実感できる歓喜のあまり、一号、もといメヴィザさんのことは一時的に頭から飛んでいるらしい。
気持ちは判る。
魔獣が歩けなくなる時は、間もなく他の魔獣に食われる運命しか残っていない。
全力で走ったり飛んだりしていても、食われる時は食われるのだが。
「本当に、よくここまで元気になったよな」
ガレンさんが半ば呆れている。
「そう言うガレンさんこそ。その年で馬の足に付いていけるって、どうなってるの?」
「年は関係ねぇ!」
野営道具一式を詰め込んだ二頭立ての荷馬車と、警戒用の騎馬兵と、出来るだけ装備を減らして馬車に並走する兵士さん達。そして、しゃべくりながらもたったか走るガレンさんと、わたし。
数回小休憩を入れて、閉門前にローデンに到着した。
ちなみに、全員が完走した。
クロウさんなんか軽くスキップしてたし。ふむ、今回の治療は成功と言えるだろう。最後に、もう一度メヴィザさんにぶっとい釘を刺しまくって終了かな?
それにしても、ウォーゼンさん達はまだ追いつかない。
「途中で何かあったのでは」
見舞班が同行していないことに気がついた門兵さんは、不安げに呟いた。
「ボク達が通った時には何もなかった。食べ過ぎて動けなくなってるだけだよ。きっと。食いしん坊ばかりそろえて行ったに違いない」
「「「「「・・・・・・」」」」」
帰還した兵士さん達が何か物を言いたそうな目をしている。が、何も言わない。
「何?」
「いやいやいや」
「だって、焼肉、みんなもがっつりたっぷり食べまくったでしょ?」
「「「「「何?!」」」」
いきなり周囲から人ががぶり寄ってきた!
「焼、肉。肉だと?」
「たっぷり、とな?」
「ほほう。貴様ら、さぞやうまかったのだろうなぁ」
門兵さん達は静かに殺気を滾らせていた。
商人さんらしき人も、目の色が変わっている。
「今なら高値で買取しますが」
「なんでしたら、うちの商品をサービスしますよ?」
安定のビビリ魔獣は、押し寄せる群衆に怯え、一目散に与えられている厩舎に走って行った。おお、すっかり元気になっちゃって。
「あ〜、クロウさん、勝手に行っちゃったけどいいの?」
「それどころではありません!」
「肉、肉、肉・・・」
いいんだ。肉優先でいいんだ。・・・いいのか?
吊るし上げられた兵士さん達の自白により、矛先がわたしに変わった。
でも、慌ない。すかさず、別の標的に擦り付ける。
「残りはウォーゼンさん達に持たせたんだ」
嘘は言ってない。まだ大量に確保している事を隠しただけ。
そして、食欲に目が眩んだ人達は、わたしの告白(偽)をあっさりうっかり鵜呑みにした。
「副団長・・・」
「いくらなんでもこればかりは見逃せませんねぇ」
ガレンさんとエッカさんは苦笑している。
「まあまあ。そう言うな。副団長は普段からいろいろと大変なんだろう? 大目に見てやれよ」
「それとこれとは別です!」
「一口二口じゃないんでしょう?!」
「俺だって、俺達だって我慢してるのにっ!」
「この人数が満腹する量があれば、今なら少々ふっかけられても即座に完売するのにっ」
儲け話にもなるのか。
「ふ。副団長一行は十分な補給物資を運んでいましたね。野営が一晩増えたくらい、なんてことはないでしょう」
「半門閉めるぞーーーーっ!」
騒動を聞き取れなかった人達が、門兵さん達の宣言を聞いて慌てて街の中に移動していく。
どうやら、見舞い班一行を締め出すつもりらしい。
「職権乱用?」
「誰の所為ですか」
エッカさんが疲れたように言う。でも、わたしに言うのはお門違い。
焼肉が食べられないのは、精肉の供給量が少なくなったから。それは、非常事態もどきな大規模事業に人員が派遣されているから。そして、大騒動になったのはスーさん達が舵取りしたから。
つまり。
「王様が悪い」
「なんでそうなる?!」
アレをわたしにやらせたままにしておけば、こんな問題は起きなかったのだ。
ただ、ガレンさんの悲鳴じみた文句に、それまでの剣呑な雰囲気が吹っ飛んだ。それも王様の所為だ。評価点が増えてよかったね。
メヴィザさんも五樹もいない厩舎に一人で寝かせるのはかわいそうだと思い、その晩はクロウさんのところに潜り込んだ。
ちゃんと団長さんとエッカさんに許可をもらったし、一応、ヴァンさんやペルラさん達に伝言も頼んだ。
「しかし。よく復調しましたね。聞いた話では私でも無理だと判断しましたのに」
「普通の従魔なら人の方がばたばた倒れるんだよね」
「そう簡単に倒れられても困るのですが」
地肌が見えなくなる程度には毛が再生している。でも、白い毛皮コートが気に入ったようで、今もふくふくと鼻先をつっこんで寝ている。
「ウォーゼンさんに話を聞いたときは、最初、うっかり拾い食いして毒か何かに中ったのかと思ったんだ」
「魔獣でも食中毒になるのですか?」
「物にもよるけどね」
「よくご存知で」
しまった。わたしは、ただの職人見習い。ベテランハンターのような知識を持っているのはおかしい訳で。
「他のは知らないけど、食べ過ぎて調子を悪くしたことはある」
「なるほど。お連れの金虎の変異種ですか」
五樹、ごめんよ。
「エッカさん、治療院に戻らなくていいの?」
「もう一晩ぐらいは問題ないでしょう。ええ、問題ありません」
治療院長がそれでいいのか?
「そういえば、忘れていました」
「何を?」
エッカさんの荷物は、荷ほどきした時にここへ持ち込んだ。わたしが。担いで。運び忘れたものがあったかな?
「クロウさんの治療に使ったものは何ですか?」
ぐはっ!
「あれほど、あーれーほーどーっ! 勝手な調薬は禁止しましたよね? お忘れですか? それで? 死にかけたサイクロプスがこんな短期間でぴんしゃんするような物騒な代物をどうやって手に入れましたか? さあ、さあ!」
それが聞きたくて獣舎まで同行していたのか。危ない素材を使っていることを念頭に置いて、迂闊に人に知られないよう用心して、二人きりになれる場所に来るまで自制していた。のかもしれない。
心遣いはありがたい。
だけどさ。首、首はやめようよ。ぐえ。
「クロウさん寝てるし! もう少し静かに、ね?」
「素直に答えてくれれば問題ありません」
にーっこり。
薄暗い畜舎の片隅でチロチロと揺れているランプの明かりに照らされたエッカさんの微笑みは、どこぞの幽霊絵のようにも見える。
すなわち。
こわいよう!
ペルラさんのうにょうにょめぢからに匹敵する圧力に場所と時刻の合わせ技が加わると、それはもう背筋が寒くなるほどのホラー感増し増しとなる。
逃げよう。
「おや。安眠しているクロウさんを巻き込むつもりですか?」
揚げ足取られたし!!
大量にもらった蜂蜜を消費する手段の一つとして試しに作ったものだと、正直に答えた。白状するしかなかった。
したのに、エッカさんは真っ白になった。
「他の人には渡してないよ?」
シーゲルさんに預けた分は、消費済みと聞いている。
「当たり前です! トレントの実の、実、実なんてっ!」
こっそり『遮音』術杖を出しておいてよかった。
「だからさ。万が一ボクが魔力切れになっても五樹は動けるかなって」
実際は、五樹に食べさせるなんてとんでもない。
深淵部に住む魔獣達の気は引くものの、特製キャンディを口にする者はいなかった。当然かもしれない。加工前の実を際限なしに喰らい尽くすロックアントが即死する代物だ。
だからこそ、クロウさんには薄めて飲ませた。
で、わたしはそれを何個もガリガリと齧っていたりする。
・・・どうやら、わたしの胃腸は魔獣のそれを遥かに上回る変態性能であるらしい。
エッカさんは、夜が明けても硬直したままだった。一晩あの格好で過ごしたようだが、腰や肩は大丈夫なのだろうか。
そして、
「おはよ・・・
「いいですか? 決して、絶対に、何が起きても人に食べさせてはいけませんからね? 必ずですよ?!」
・・・判った、判りました!」
挨拶もそこそこに復活し、またも首カックンをかましてくれた。其処までショックを受けるようなブツじゃないと思うんだけどな。
ちょうどいい。クロウさんの朝食代わりにしよう。
あー、シーゲルさんがいればなぁ。力は足りているが、わたしの背が足りない。混ぜにくいったら!
「はあ。なるほど。薄めれば、ちょうどいい感じになるのですね」
程よく冷めた蜂蜜湯をくぴくぴと啜るクロウさん。
「これからは、メヴィザさんを甘やかしたらダメだからね? もう一度死にかけるのは嫌でしょ」
きゅぅ〜
え〜、でもぉ、しかたないかなぁって
てな感じで身をくねらせるバカップルの片割れは、全く懲りていない。喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、早すぎる。
「反省しなさいってば! 次も助けてあげられるとは限らないんだよ?」
「確かに。でも、治療院に記録を残しますし、ギルドにも知らせましょう。あって欲しくはありませんが、今後の保障にはなります」
もしもし、エッカさん? クロウさんは人の言葉を理解しているんだから。
「そんなこと言ってると、あのお調子者はまたやらかすよ?」
土魔術に全身全霊をかける男、それがメヴィザさん。そして、そんなおバカを文字通り死ぬほど惚れ抜いているクロウさん。なんだってあんな面倒な男にひっつく気になったのやら。
『めー、やさしい』
ほら。言った傍からこれだ。三葉さんの通訳も偶には役に立つ。
「優しかろうが何だろうが、死んだら終わりだって」
「まあ、それはその通りですね・・・。ええ、メヴィザ殿を悲しませたくなければ、自身の健康は自分で守らなければなりませんよ」
治療院長も認めたのだ。言いつけを守らないとお尻ペンペンするぞ。いや、死んでいたら意味がない。全身骨格標本にするか、それとも。
わたしの妄想を察したのか、クロウさんはぷるぷると震え始めた。
「んじゃ、その万が一が起きた時の為に」
特製キャンディの詰め合わせを押し付け、もとい預けておこう。
「何故に私に寄越すのですか」
「メヴィザさんだと、ちょっとくしゃみしただけでも飴のまま与えそうな気がする」
「・・・」
否定出来ないところが、メヴィザさんクオリティ。
「判りました。従魔用治療薬として登録しておきましょう」
「はい?」
そんなつもりはなかった。これっぽっちもなかった。
当初予定通り、蛇肉だけ提供していれば、こんなことにはならなかった。
「本当?」
・・・多分。
「嘘つきっ」




