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ホイホイ

 そう簡単に見逃してくれる連中ではなかった。


 逆に張り切った。


 二葉さんが倉庫群の戸締まりを確認している間に、三人がかりでわたしを梱包し五樹の背にしっかりと固定した。


 そして、彼女は夜の森を爆走した。


 わたしの希望とか意見とか懇願とかをとことん無視して、無駄に全力を尽くす方向に突っ走ったのだ。


 夜行性の猛獣どもを蹴散らし、邪魔な巨木は三角飛びで華麗に回避。


 ・・・多分、おそらく。


 なにしろ、目も口も完璧に塞がれていて周囲の状況が判らない。しかも、自分の手足でしがみついている訳でもないので、急加速やら急カーブやらに備えられず、結果、腹具合が酷いことになっている。気絶できるものならばそうしたいのだが、あまりの衝撃に気絶しているのかそうでないのかも判らない。


 いつの間にか地面に寝かされていた。


「お、おい。大丈夫かよ」


「これ以上揺さぶってはいけませんよ? 息はしてますし瞳孔は、あ、今動きましたね。熱もありません。安静にしていれば落ち着くでしょう」


 きゅろぉ


 聞き覚えのある声だなあ。


 よしよし、生きてたか。


 ・・・ではなくて。


「無理に喋らなくてもいいですよ。こちらの皆さんにお聞きしますからね。さ、こちらにいらっしゃい?」


 優しげな中にも、こう背中が寒くなる台詞が聞こえる。よし、聞かなかっことにしよう。


「そういうことだ。暫く休んでろ」


 軽く頭を叩いていく。なんだか、暖かくて照れくさい。


 ああ。揺れていない地面って、いいなぁ。




 すっきり! とまではいかないが、視界は回ってないし、胃の調子も落ち着いている。

 手渡されたカップを飲み干したら、まずはこれでしょ。


「ここはどこ。ボクは誰?」


 ブハハハハハハ


 定番の台詞を豪快に笑い飛ばしてくれた。


「冗談が言えるようなら問題ないですね」


 こちらは軽く含み笑いを漏らしている。


「うん。酷い目にあった。それで、叱りに来たの?」


「「は?」」


「え?」


「ロナさんや。何を考えたらそういう結論になるんだい?」


 シーゲルさんが呆れたように口を挟んできた。


「いやでもだって。ものすごく遅刻してきたし」


「あのなぁ。狩に出て一日で返ってくるほうが可怪しいんだって。例えオヤジの保証付きでも、な」


「・・・保証、って?」


 ニヤリ


 ダンディ親父にはニヒルな微笑みがよく似合う。


 ではなくて。


「なんか珍しいもんを獲ってきたんだろ? 早く見せてくれ♪」


「薬草も有りますか?」


 平然と獲物を強請ねだる二人に脱力した。いやその前に、現役ギルドマスターと治療院長が街の外にいる理由を知りたい。


「慌てまくったのが馬鹿みたいじゃないか!」


 五樹以下は、後でお仕置き決定だ。


「いやいやいや。間に合ってよかったよ」


「へ?」


 シーゲルさんがものすご~く申し訳なさそうな顔をしている。


「ほら、あのさ? 俺、副団長から頼まれてたんだよね。それで、やっぱり、隠し事は、いけないかなー、と考えてさ。ほら、ほらほら、俺の仕事だし!


 だけど、肝心のロナさんが狩に行ったまま帰らないって隠しきれなくなって、それで」


「あ〜、誰か来るかもって?」


「いやーはっはっはっ」


 棒読み状態の笑い声が全く似合ってない。○げろ、シーゲルさん。


「それは多分俺だな」


「多分って」


「副団長からはなんも聞いてねぇ。オヤジに頼まれたんだ。代わりにギルドの書類仕事を押し付けてきた!」


 わたしの見張り役がシーゲルさんだけでは不安になったのだろう。だけど、ヴァンさん本人が押しかけてきそうなものなのに人に任せた。

 何か悪巧みしてたりするのかな? やだなぁ。


「エッカさんは散歩?」


 にしては、随分と距離があるような。


「違います。サイクロプスの治療に関して相談したいと言ってきたのはロナさんでしょう?」


 そうでした。


「最初は抜け毛と体温低下としか聞いていかなったので検討もつかなかったのですが、ロナさんの報告もあって、魔術師の魔力切れとほぼ同じ症状だと判りました。なので、治療薬を取り寄せて投与しています。それと、報告書とガレン殿の意見も参考にして肉類を少しずつ増やしました。今のところ順調に回復していますよ」


 きゅ


 クロウさんの声にあの弱々しさはもう感じられない。


「それはよかった」


「それでさ? あるんだよね? ね?」


 シーゲルさんが唐突に口調を変えた。そして。


 ごきゅり


 それまで口を挟まずに傍観していたギャラリーから、妙な音が聞こえた。


「俺も試食させてくれ」


 堂々とたかりやがりますかこのギルドマスターは。


「妙な薬草は使わないでくださいね」


「エッカさん、それどういう意味?」


「ご自分の胸にお聞きになられては?」


 やんわりとした口調ながら、目が笑ってない。


「ボク、まだ気持ち悪いんだけど」


「アハ、アハハハ」


 乾いた笑いを漏らしながら、あさっての方向を向いている者、多数。


「噂のロナさんの料理を食べられる機会がこの先あるとは思えなくて」


 大きく頷く者、多数。


 つまり何か? 体調不良の人に調理させる気か?!


「どんな味になっても知らないよ?」


「食わなくても焼くだけだろ?」


「糧食と果物一口だけの食事はもう、もうもう・・・」


 今度は泣き落としか!


「・・・クロウさんのが先だからね」


 これからやってくる人に、不在の理由がただの口実じゃなかったことを証明しておかないと後々面倒になりそうな気がする。


 だが。


「「「「「「え〜〜〜〜〜〜〜ぇ?」」」」」」」


「文句をいう毎に一人あたりの肉は減ったりして」


「「「「「「サーセン!!」」」」」」


 まったくもう。




 むっちゃむっちゃむっちゃ


 クロウさんの口には合ったようだ。薄味恐竜のサイコロステーキを夢中で食べている。様子を確認してから天幕を出た。


「ねえねえねえ。今度こそ食べられるよね、ね? ね?」


「しつこい人は後回しだよ。残ってるといいね」


 猫なで声で擦り寄るシーゲルさんと用もないのにウロウロしていた兵士さん達、ついでに五樹もフリーズした。


「なんだなんだ。てめえらで焼けばいいじゃねえか」


 ガレンさんの指摘に、揃って視線をあさっての方向に逸らせる一同。


「これだけいい匂いをさせていれば、ムリもないかと」


 エッカさんの目も泳ぎまくってる。あれ?


「焼いただけなのに」


 ちなみに、クロウさんのご飯は、動物向けに塩分控えめだ。焼き加減はレアよりも生に近い状態。うっかりヒトが口にしたらお腹が大変なことになる、かもしれない。

 だが、調理中の匂いだけなら満点のようだ。絶好のチャンス、もとい折角の機会。なので、ティラノさん達には不評だった食材を試食していただこう。


 ほーら、たんと喰え。


「うめーっ!」


「おかわりあり? あるよね? あるって言って!」


「薄切り肉を炒めたのもなかなか」


「何言ってんだ、すげーうまいだろうが!」


「妹にも食べさせてやりたい・・・」


「これならデートに誘える!」


 おい。最後の感想は的外れすぎる。


 それにしても。


 厚切りステーキ以外は、すこぶる評価が高かった。そのステーキも、よーく叩いて柔らかくしてからは普通に食べられていた。


 恐竜は鳥類に近い種類だと聞いたことがある。なので、味も鶏肉に近いと思っていたのだが、寧ろ牛に似ていた。ただ、少々固めなので美味しく頂くには一手間必要となる。


 何故にティラノさん達には不評だったのだろうか。筋が多いとか? でも、食感ではなく味が薄いと言っていたし。でもでも、クロウさんは普通に食べてるし。

 魔獣の種族的嗜好なのだと割り切るしかない、のかな?


 肉だけでは栄養が偏るので、野菜たっぷりの肉炒めやスープも作った。


 だがしかし。肉肉しい野郎どもがそんな気の利いた食材を手間隙掛けて運んでいる訳がない。


 使ったのは、五樹の暴走中もとい移動中にグリーンブラザーズが手際よく集めた物だ。それも、わたしが普段よく採取している薬草や香辛料を大量に。揃って「褒めろ」とばかりに踊りまくっている。どうやら、ここを出る前のやり取りを覚えていて、気を回してくれたらしい。


 確かに料理の種類は増やせたけど、そんな無駄に器用なことをするより、もう少し穏やかに運んで欲しかった。


「煮込みも作ってるのか」


「色々と調理方法があるものですねぇ」


 確かに、野営地向きとは言い難い。なにせ。


「煮物はちょっと時間がかかるよ」


 目指せ、ビーフシチュー。三日目が美味しいんだっけ?


「「「「「「え〜〜〜〜〜〜〜ぇ?」」」」」」


「文句があるなら食べなくていいよ」


「待ちます。待ちますとも」


 揉み手擦り手でへラリと笑うシーゲルさん。どこかの小悪党みたい。


 クロウさんが顔を上げる。五樹の耳もひくひくと動き始めた。うん。兵士さん達の意見にかかわらず、お預けにするしかない。


「誰が来たのかな」


「はっ。見張り、当番兵〜〜〜〜っ!」


 わらわらと散っていく兵士さん達に、ため息しか出てこない。


「あいつら、何のためにここに居るんだ?」


 ガレンさんも呆れている。


「こちらのサイクロプスもそろそろ移動できそうですね」


 たらふく食べたクロウさんは、しゃんと立ち上がっている。しかも、地肌が見えなくなる程度には毛も生え揃っていた。魔獣の回復力、侮りがたし。


「それじゃ、撤収しよう」


「「「「「「え〜〜〜〜〜〜〜ぇ!!」」」」」」


「いやでもさ。野営続きで大変でしょ」


「その煮込みはどうするの!」


 はい?


「もう少し火に掛けておきたいけど、蹴散らかされたら勿体無いもん」


「ロナ? どういうことだ?」


 怯えるクロウさんに、唸り始める五樹。クロウさんの方が体は大きいのに、相変わらずのヘタレっぷりかぁ。この巨体を当てに出来ないのはちょっと勿体無い。


「も、もしかして?」


 エッカさんの顔が引きつった。


「徒党を組んでるねぇ。二手に分かれて挟撃するつもりらしい。どっちも二十人ぐらいかな? 片方は馬がいるみたい。シーゲルさん、メヴィザさんをこっちに連れてきてクロウさんに預けて。エッカさんとガレンさんもここで待機。近寄らせないつもりだけど、念のため料理は片付けとく。五樹は手伝ってね」


 ぐおん!


「ちょっと待て! どうやって?! って、そんな人数で来られたら」


「ああ、天幕も下ろしちゃっていいよ。撤収するんだし、火矢も怖いし」


 ぷるぷる。


 クロウさん、言葉責めじゃないからもう少し落ち着こうよ。


「天幕北側に不審者発見!」


「南東側から数騎接近中!」


「本当に馬が来た!」


 おい。責任者はどこだ。いや、誰だ?


 まあいいか。


「南東側は兵士さん達に任せるね。五樹、手伝ったげて」


「え? 北側は?」


「ボクが行く。ご飯の恨みは恐ろしいってことを思い知らせるべきでしょ」


「「「「「「オウッ!」」」」」」


 乗せられやすい兵士って大丈夫なのかな。今は助かるけど。


「クロウさんは、エッカさんとメヴィザさんを守るように。それくらいは出来るよね?」


 きゅろっ


 では、行きますか。




 勝負にもならなかった。



 わたしは、「音入・改」を使って盗賊団の遊撃手の背後に駆け寄り、結界を解除して素早く痺れ蛾燐粉を盛大にばら撒く。盾代わりの彼らが倒れる前に、もう一組の遊撃射手へ痺れ薬付きの矢を撃ちまくる。本体の後方にいた弓持ちにも漏れなくプレゼントすれば、あっさり無力化に成功。


 残るは刃物を引っさげたおじさん六人。


「お、おい! 援護はどうした!」


「楽しいランチタイムを邪魔した報いだよっ!」


 必殺、足刈っ


 三葉さんと四葉さんのツイスト鞭が、草陰をこっそり移動しようとしていたおじさん達の足を絡め取る。


 がさっ、ずたんびたんどさり


「あ。剣とかささってない?」


 フリフリと蔦の端を振っている。ごめん。衝撃で刃物が吹っ飛ぶのを考慮していなかった。


「いてえ、ってなんじゃこりゃぁ!!」


 おじさん達は、どうでもいい。


「それじゃ、せーのっ」


 ぐいっとね


 手元に引き寄せた蔦の所々におじさんが実っている。嬉しくない収穫だが、引き抜いた勢いで刃物は全部取り落としたようだ。良かったよかった。


 獲物は新鮮なうちに絞めたほうがいい。


 ではなくて。


 六人を痺れ薬で素早く行動不能にした後、荒縄ロールに仕上げた。美味しそうに、・・・見えないね。


 さて、射手も拾ってこなくっちゃ。


 片っ端から武装解除し全員を縛り終わったところで、馬が疾走してきた。あれ? 五樹が見逃すとは思えないんだけど、何があった?


 馬上の人物を見れば、・・・なんだ。


 平然と近寄る人を黙って見守った。


「無事、・・・だな」


 騎手が手にしていた剣は、もう腰に収まっている。一応、加勢する気はあったらしい。


「なんでウォーゼンさんがここに居るの?」


「ん? クロウの見舞いだがそれが何か」


「あのさぁ。盗賊の急襲訓練するなら他所でやってくれない?」


「何故、俺が怒られねばならんのだ」


 やかましい!





「・・・こんな簡単でいいのかな」


「いいや。これは夢だ。夢なんだ」


 無傷で討伐できたと言うのに、兵士さん達の様子がおかしい。


「無駄口叩いてないで、さっさと運んでよ」


 だからね? なんでわたしが指示しなくちゃならないの?


「うはぁ。一方的だったな」


「なんだ。ガレンさんも混ざりたかった?」


「バカ言え。俺は魔獣専門だ。刃物を持ったやつは対象外!」


 ある意味プロフェッショナルなご意見、なんだけど。時と場合を選ぶべきではなかろうか。


「隊商の護衛とかはやらなかったの?」


「[魔天]に入ってた方が楽しかったからな♪」


 あ、そう、ですか。


 当初呆けていた兵士さん達は、野営地の撤収作業の続きを行い、後から来た自称見舞い班は、余計な荷物もとい盗賊を運び始めた。


「ちくしょう! てめえらの所為で美味い飯が食えなくなっただろうが!」


「おらおらおら! さっさと歩け!!」


 ・・・違った。食い物の恨みの方だった。でも、解毒薬を与えてないから、どうやっても歩けないんだけど? よくよく見たら、盗賊を蹴り転がしてた。痛そう。


 ぐるるるるる


 五樹も酷い。あれだけ食べておいてまだ足りないらしい。食い気に負けて従魔に下っただけのことはある。


「おおおおお俺達にも食わせろっ!」


「「「「そうだそうだ!」」」」


 なんということでしょう。状態異常「麻痺」は、状態異常「空腹」に上書きされた!


「はっ。賊にやる肉なんざ一欠片もねえ!」


 なんだろう。襲撃者と捕縛者のやり取りが、どこか変。


 エッカさんとガレンさんに視線を向けると、何故か大きく頷かれた。何だろう。意味がわからない。


 首を傾げたら、手を伸ばした。


「ロナ坊。串はあるか?」


「ほい」


「違げぇよ。肉のついてるやつ!」


 投げるためではないらしい。


「ちょっとしたお茶目なのに」


 冷めた肉の味は本当に今ひとつだったので、魔道具フライパンで軽く温める。


 んごきゅ


「ん?」


 一人二人ではなかった。


 わたしの足元に寝転がり、うなうなと催促する五樹。手伝いの褒美が欲しいらしい。


「でも、追っ払わなかったよね」


 ふみっ?!


「ちょちょちょっとロナ殿それはないいくらなんでもそれはっ!」


 素早く身を起こしにじり寄る五樹に、ウォーゼンさんが悲鳴を上げた。


「馬が居たから五樹を行かせたのにさ。結局、働いたのはボク一人じゃないか」


「あ、いや。すまない。だが、それはそれとして、だな?」


「だから、何」


「副団長も食べたいって言ってるんですよ、って俺を睨まないでくださいっ代弁しただけじゃないですかぁ〜〜〜〜〜〜っ?!」


 迂闊なシーゲルさんは、兵士さん達からタコ殴りにされましたとさ。


 そこに、強力な助っ人が現れた。


 ではなくて。




「そうね。わたしも食べたいわ♪」

 

 なんでアンゼリカさんまでここに居るの?!


 ・・・いやいやいや。これは好機。逆転の発想でいくべし。

 ついつい食べたくなる匂いシリーズ。


 ウナギの蒲焼き。

 焼きトウモロコシ。

 焼きまんじゅう。


「醤油はどこ?!」

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