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大遅刻

 頭が痛い。胸がむかつく。だるい。しんどい。目が回る。


 ウォッカを一気飲みさせられた時よりも酷い。


 何も考えられない。


 水、水は何処だ。


 ボケた視界の片隅にいい感じの樽が見えた。


「・・・迎え酒は、お呼びじゃ、ない」


 水道を探しに行きたいけど、動きたくない。頭を持ち上げようとしただけで。


「うぷ」


 別の樽が運ばれてきた。アルコール臭はしない。これなら。




 !!!




 やっと、目が覚めた。


 味のことをすっかり忘れてた。


 バッドのフレッシュジュースを樽で一気飲み。朦朧としていたから出来た荒業だ。「最終手段!」よりは、まだマシだけど。二度は無理。無理ったら無理。


「うん。おはよう。みんな揃ってるね」


 グリーンブラザーズが喜びの踊りを披露する横で、五樹のしっぽもうれしそうに揺れている。


 五樹が元気になったのは嬉しい。嬉しいのだが、風切り音が出るほど振り回さなくても・・・。


 それはさておき。


 何がどうしてこうなった。


 [北天]で北天王さんに頼まれて赤いトレントを伐採していた自分が、気が付けば、まーてんの麓で本体晒して酷い二日酔いにのたうち回っていた。


 つまり、途中経過が綺麗さっぱり記憶から抜け落ちている。


「えーと、わたし、何をしたのかな?」


 一葉さん達の動きが止まった。


 そして、三葉さんの通訳ボードが掲げられる。なになに。


『悪いの、倒した』


 悪いの、とは赤トレントを指すのだろう。しかし、倒した、ではなくて、伐採した、という方がしっくりくるのだが。


「・・・で、あれからなにがどうなってどうやってここまで来たのかな? わたしは覚えてないんだけど」


 今度は混乱の踊り? 無駄に器用な表現力を付けたな〜。


 ではなくて。


 三葉さんの書きなぐったボードも乱舞し、それを目で追うわたし。枚数は多いし字は乱れてるしじっとしていないし!


 ・・・・・・。


 漸く、グリーンブラザーズの言い分を読み取った、もとい理解した。

 その頃には、目が回った所為で吐き気がぶり返していた。でもって、二日酔いとは違う意味で頭も痛かった。


 なんでも、合体した肥大赤トレントの実をバカ食いして酔っ払い、その状態で危険極まりない魔導剣を振り回していたというのだ。


 嘘だ幻だやってない! と言いたい。だが、つい先程まで、見事な二日酔いだった。誤魔化しようがないくらいに完璧な二日酔いだった。

 しかも、証拠の品が指輪リストに燦然と輝いている。


  融合赤トレントの幹

  融合赤トレントの根

  融合赤トレントの切り落とし


 赤トレントが振り回していた枝を切り刻み木屑状にしてしまった物のようだが、マグロや豚バラ肉でもないのに「切り落とし」って・・・。


 幸い、北天王の配下を含めて、味方に斬りつけるようなことはしなかったらしい。なんとかに刃物な状態のわたしから全力で避難したからでもある。素晴らしきかな、野生の本能。


 ついでに、リストから消えた品目もあったりする。


 「空間」の魔導剣。どこで、誰にやったのか、覚えているようないないような。でも多分大丈夫。きっと大丈夫。だって、一葉さん達が何も言わないから。どこか安全な場所に保管されているに違いない。そう信じよう。うん。そうしよう。


 それはさておき。


「もう、てん杉も食べないほうがいいのかな」


 物騒極まりないわたしが突然正気を失い全力で破壊活動を始めたら、きっと誰にも止められない。


 一葉さん達が言うところの「病気」に罹っていたトレントの実だったのが原因だとは思うが、万が一ということもある。

 現に、今回は「最終手段!」を飲ませる隙が無かったために、好き放題暴れまわることになった。途中で寝たのは不幸中の幸いだったのだ。


 とは言うものの、貴重な魔力源が減ってしまうのは困る。同じ効果をドリアードの根に求めるなら、[魔天]中から採り尽くしてもまだ足りない。

 安全かつ手間いらずの方法ならまーてん頂上での昼寝チャージがあるが、充填、もとい温まりきるまでに時間がかかる。これから、何度も[西天]へ通わなくてはならない時に、昼寝三昧はどうかと思う。


 魔獣の内臓は体の中でも一番魔力を多く含んでいる部位だが、毎日三食モツ祭りは遠慮したい。そもそも、内臓系の料理は味付けが難しい。今こそ切実に手前味噌が欲しい!


 唸るわたしに、三葉さんの救いの手が。


『漬ける。食べる』


 蛇酒、のことではないよね。いや、それも有りだけどさ。


「てん杉の実の生食を避ければ大丈夫ってこと?」


 そういうことらしい。一周回って今まで通り、と言えなくもない。グリーンブラザーズが太鼓判を押すのかは不明だが、深く追求しないでおこう。


 でも、突発変身癖も含めたアレルギー体質はいつ発症するか予測不可能だ。一応、もう少し蛇酒などの他の素材を集めておこう。

 特定の食材に頼りっきりにしてたのが間違いだったのだ。


 そう。あれはアレルギー反応。蕁麻疹、ではなくて記憶がぶっ飛ぶトリップ仕様だけど、アレルギーったらアレルギーなのだ!!




 問題が解決したなら、忘れてはならない大事なことがある。


「運んでくれてありがとう。それと、バッドの酔い覚ましも。実を集めるのは大変だったでしょ。本当にありがとう」


 彼らは水魔術を使えない。酒以外に用意できる飲み物はアレしかなかったのだ。しかも、搾りたて百パーセントのバッドジュースを樽いっぱい作るには、相当量が必要となる。

 そこで、五樹が籠を背負い、一葉さん達が収穫した実をせっせと運び、大活躍したそうだ。


 ぐなるうるるるる


 得意満面なのね。よしよし。


「病み上がりだってのに、無理してないよね?」


 しきりに顔を擦り付けてくる。


 わたしの腹に。


 いや、ちょっと待て。


 待って。


 全力で伸し掛かるんじゃありません。


 そこは、今、押したらあかん。んぅ・・・




 うおごろげGououx?%!




 ずりゅっ。どすん! どん、どどん。ぐしゃ。




 ・・・今の、音と、振動は、何、かな?


 薄味達の断末魔の轟音とは似て非なる音。あはは、ついうっかり、まるまる一頭指輪から放り出したりしちゃったかな? そうだといいなぁ・・・。


 そろ〜りと振り向けば、わたしの体長とどっこいな大きさの水晶が転がっていた。


 水晶って、こんなに大きくなれるんだぁ。


 ・・・・・・ではなくて!


 あれがわたしの上に落ちてたら、流石に「ぷちっ」となっていただろう。被害が東屋だけで済んで本当によかった。


 ・・・・・・・・・でもなくて!!


「どこから出てきた?!」


 地面の窪みと現物の位置から推測してまーてん側から現れたようだが、あんな吹き出物、もとい突起物はなかった。山頂部もほぼ平面だし。


 水晶を観察する。どの結晶も中に異物を含んでいる。灰色の砂粒の塊に見える、ものすごく心当たりのある代物だ。


 あれ?


 この位置って、以前わたしが寝泊まりや倉庫に使っていた洞窟のあったところではなかろうか。

 そして、出戻りしてきた時には影も形もなくなっていて、それで数百年は過ぎたのかと勘違いさせてくれた原因だったような。


 あ。


 急に振り向いた所為で、吐き気が。


 うげぼ。


 ぼてぼてぼてごてぼとぼて





 わたしの口から出た物は判る。


 だけど。だけどね?


 同じタイミングで、ツルンテンテンの岩壁から吐き出される水晶って、有りですか?!




 水で口を濯ぎ、口元を拭い、水晶を拾って指輪に収納する。潰れた東屋と嘔吐物は『昇華』で一発消去し、臭いが残っている場所には消臭液代わりのロックアント消化液をたっぷりと散布。周辺の草が消化液の巻き添えになったが、すぐさま生え揃った。


 えらいぞ、草。


「これでよし。何もなかった」


 尻餅を付いて目を丸くしている五樹と、その周りで微動だにしないグリーンブラザーズにも聞こえるように宣言した。


 ええ。吐いてなんかいません。水晶? 何のことかな?





 一葉さんの管理に手抜かりはない。


 木の葉一枚落ちていない大浴槽に、へろへろの体を沈める。即座に、特製ブラシを持ち出して洗い始める一葉さん。わたしは助かるけど、これ以上堕落させないで欲しい。


「あ〜、極楽極楽♪」


 最初、湯気を立てる水面にビビっていた五樹も、わたしの様子を見て漸くお湯に入ってきた。


 こらこら、三葉さん、四葉さん! 五樹を溺れさせるんじゃない! もうちょっと丁寧に洗ってあげて?!


 暴れる五樹を止めようとしたら、一葉さんに怒られた。ついでに、わたしが身動きしたせいで、三人ともお湯に流されて打ち上げられてしまった。


 体が大きいと、こういうところが不便なんだよねぇ。


 まあ、溺死を阻止できたから今回は良かったことにする。


 一通り体磨きが終わり、全身にお湯を被る。


「はぁ。さっぱりした!」


 三葉さんと四葉さんにもみくちゃにされ半分のぼせている五樹も、一緒にお湯から上がり、『温風』で体を乾かす。おお、フカフカだぁ。


 それでは、ブラシを掛けてあげよう。変身して、ブラシを取り出す。つばさの名残を優しく整え、他の怪我も完全に治っているか確かめる。うん、大丈夫そうだ。本当に良かった。こんなことなら、もっと早く新しいブラシを作っておけばよかった。それとも、街でいいのがあったら買おうかな。


 機嫌良さげに喉を鳴らす五樹が居る。それが、嬉しい。


 嬉しいのだが、他にも何か忘れているような気がする。なんだっけ?


 ブラシ、魔獣、もふもふ・・・


 ・・・・・・。


「あーーーーーーーーーっ! ちょっと、あれから何日経った?!」


 ついうっかり五樹の耳元で叫んだら、頭を抱えてひっくり返った。あ、脚が痙攣してる。


 でもまあ、生きているから良しとする。


 ではなくて!


「三葉、数を数えられるよね。[北天]を出てわたしが目を覚ますまでに明るくなって暗くなるを何回繰り返したか教えて!」


『一、二、三』


 どう? 偉い? と言わんばかりに、胸を張る三葉さん。何処が胸なのかは知らないが。取り敢えず褒めておく。


 だがしかし。


 一日で戻る約束だった。それが、すでに五日目。


 クロウさん用の特製蜂蜜飴は、もう残ってないだろう。シーゲルさん達が好奇心で口にしないように、ぎりぎりの量しか置いてこなかった。魔力供給を絶たれたクロウさんがちゃんと回復しているのかどうか、かなり不安だ。悪化はしていないと思いたい。


 ボケッとしている暇はない。


「すぐに出るよ! って、二葉?」


 わたしが風呂を堪能している間、二葉さんはてん杉の実を集めていた。それをしきりに指差ししている。指はないのに指差しとはこれ如何に。


 ではなくて。


「仕込んでいる時間はないんだけど?」


『酒。減る。大事!』


 三葉さんが、ゴシック体文字でデカデカと主張する。代筆ご苦労。


 ではなくて。


 酒?


 バッドジュースが入っていた樽を指し示す二葉さんの様子を見て、首をひねってたら、巻きつかれた。


 あ〜〜〜〜〜っ! 絞まるそこ絞まってる!


 二葉さんの倉庫に、空の樽はない。だから、出来上がった酒を捨てたそうだ。バッドジュースを搾り入れるために。


「ありがとうありがとう! 次戻った時にいっぱい作ろうぅおぉぉぉ〜っ」


 べしばしべし!


 次では駄目! だそうだ。それにしても、言葉が通じないからって、すぐに暴力に訴えるのはやめて欲しい。


「判った。判りました。だけど一樽だけだからね?」


 むぎゅぅ


 ぼぼぼぼ暴力反対っ!




 上機嫌の二葉さんが、てん杉の種酒を仕込んでいる。先日仕込んだ蜂蜜酒は、上出来だそうだ。それはよかった。


 仕込み樽の横に、綺麗に剥かれた果肉が残っている。勿体無いから、蜂蜜漬けに・・・。

 え、「最終手段!」も作るって? 材料を集めている時間ないって言ったよね? 言ったのに! あっ! バッドと一緒に採取してきてた!! ちょっと、何樽作るつもりなの?!


 ・・・そうして、空になった倉庫(複数)は、あっという間に元通りになりましたとさ。


 めでたしめでたし。




 ではなくて。


 現実逃避していても、時間は無情に過ぎていく。二葉さんが満足した時には、既に陽が暮れていた。そして、わたしも途方に暮れていた。


「ねえ。どうしたらいいのさ。そりゃあね? わたしの思い付きで盛大に回り道したのが原因なんだけどさ。六日の大遅刻は確定なんだよね。クロウさんの容態が悪化してたら誰が責任とるの。わたしが中途半端に手を出した所為になるよね。ウォーゼンさんになんて説明したらいいの・・・」


 三葉さん四葉さんコンビの歌と踊りは、何の気休めにもならない。一葉さんはわたしを風呂に誘う、もとい引きずり込もうとしたが、いつもの怪力はわたしの重力魔術に敗北した。


 そうだ。全員留守番させとけばよかったんだ。今更なんだけど、今からでも遅くはない。


 なまじ頼りになるから、ついうっかり余計な作業までしてしまうのだ。ならば、最初から居なければいい。




 ・・・どうやって人外ストーカー(複数)の目から逃れるかが問題だけど。

 ストーカーから進化して、完全密着体制だよね。


「そうだね」


 引き剥がすところから始める訳だけど、無理じゃないの?


「うん。そんな気がする」


 だったら潔く諦めよう。


「諦め、・・・られるか!」

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