魔王様、危機一髪
直視されなくても、風が起きれば騒ぎになるかもしれない。ソニックブームで地表を吹き飛ばすのは問題外。
速度を調節しつつ、飛んでいく。
このくらいの高度なら、グリーンブラザーズも文句はないらしい。風に当たって楽しそうだ。・・・植物なのに。
海上で、運良く雨雲に遭遇できた。全身の卵液を洗い流してさっぱりできた。でも、やっぱり早くお風呂に入りたい。
海都とマデイラの間ある半島から上陸する。しかし、すぐさま北に方向を変えた。
まだ夜中だと言うのに、どうやって気配を感じたのかワイバーンが警戒を始めたからだ。
ワイバーンは、翼竜に似ていなくもない。皮膜に覆われた翼手は大きく、俊敏な飛翔を支える胸の筋肉は厚い。細長い後脚は上半身に比べてやや貧弱に見えるものの離着陸に十分な筋力を誇る。短い首の先にある頭は、大きなとさかがよく目立つ。
わたしは見たことはないが、ワイバーンに騎乗する時は背骨の上に立ち、とさかを手綱代わりにするのだそうだ。
乗り手が気に入らないと文字通り振り落とすという、ハード且つデンジャラスな生き物なのだが、飼育数が少なく、何より実力が物を言う職業とあって、ワイバーン乗りに成れた人は各方面においてとても人気が高い。
彼らは人と共に旧大陸から渡って来た「新参者」で、竜の里のドラゴンと同じく[魔天]に満ちる魔力に適応できなかった。だが、入植直後の混乱で逃げ出した個体も少なくなかった。管理しきれずに敢えて逃したのかもしれない。
かろうじて生き残ったワイバーンは、空を飛べる能力を活かし、魔力が薄まる高い山を住処とすることで少しずつ生息範囲を広げていった。この東西山脈もその一つだ。
大地の魔力が減じ始めると餌を求めて麓を徘徊するようになり、結果、動物のみならず家畜も狙い始めた。家畜には、隊商の馬車馬も含まれる。
こうして、野良ワイバーンは魔獣に並ぶ厄介者になってしまったのだ。
それはさておき。
ワイバーンは意外と小回りが利き、それでいて獲物となる動物を延々と追跡出来るだけのスタミナもある。
まとわりつかれる前に、逃げるが勝ちなのだ。直線スピードなら負けない。
ワイバーンの縄張りになっている山脈から離れて、すぐに振り切った。どうやら、わたしを追い払うだけで気が済んだらしい。こちらも助かった。
やがて、眼下に若木ばかりの森を見つけた。
「ここは草都の南かな?」
クモスカータに要求した植林事業は、今も続けられているらしい。
「肥料は撒き損なったけど、いい感じに育ってるみたいだね」
魚粉団子は収納カードに入れたままだった。今頃は、どこか海の底にあるのだろう。あれが開放されたら、・・・赤潮になるのかな。
つんつんつん。
グリーンブラザーズがそろってわたしの手を突付く。
「なに、下の森を見たいの?」
違うらしい。えーと、あっちを見ろ、かな?
遥か彼方が赤く染まっている。
暁光によるもの、ではない。空はまだ暗い。火事だろうか。
今度は「そこに向かえ」、だろう。
「[北天]の奥っぽい。寒いけど大丈夫?」
いいらしい。やけに急かすなぁ。
どうせ遅刻するのだから、もう時間は気にしないことにする。
矢でも鉄砲でもどーんと来い。
予想は外れだった。
火事でも戦争でもなく、其処には赤い木が一面に生えていた。木の葉がうっすらと光っていて、その色が空に放たれていたらしい。
ただの木でもない。根がのたうち、無数の枝が振り回されている。
「トレントの変種みたいだけど、これがどうかしたの?」
とても興奮していて判りにくかったが、身振り手振りを解読した結果、どうやらこの赤トレントを叩きのめせ、と言っているらしい。
「えと杉を絞め殺したみたいにはしないの?」
・・・自分でやるのは嫌らしい。なにその我侭。
わたしも疲れている。ほぼ二日寝ていないし、ろくに食べていない。
そもそも、ここは北天王さんの縄張りなのだ。勝手は出来ないって。
むぎゅーっ!
飛んでいる最中につばさを丸め込まれてしまっては、まともに飛べなくなるわけで。
「おおお、落ちる、落ちるっ!」
多数決、もとい団結力に負けた。
かろうじて着地直前に変身し、拘束から抜け出した。
そこにいたのは、白銀の虎。
「おおっ? お、おおお。王ではありませんか!」
「いや違います。お邪魔しました」
獣身の北天王さんのど真ん前に落ちた模様。狙ったの? 狙ったよね?!
ひと目見て人を王呼ばわりするのもどうかと思うが、それよりなにより状況が全くわからない。
「わざわざ起こし頂き歓迎の宴を催したいところですが、生憎手が塞がっており誠に申し訳なく」
五樹よりもふた回りは大きい虎が、ぶっとい前脚で赤トレントの枝を打ちのめしながら、どうでもいいことを叫んでいる。
「お取り込み中ですよねこちらこそお騒がせしてすみませんなのでこのまま帰ります」
回れ右。
がしっ。
右肩にモッフモフの毛の塊が乗せられた。チラ見えする爪がアクセントになっていて迫力マシマシ。
ではなくて。
「そうおっしゃらずに、よろしければご助力いただけますととても嬉しいのですが」
周囲では、手下らしき白虎隊が果敢に赤トレントを攻めている。
「いえいえいえ。かえってご迷惑になりますよね」
「ですから是非ともに今一度ご協力をお願いいたしたく!」
セリフとともに突き飛ばされた。
何をする! と文句を言う前に、噛みちぎられ赤みを帯びた木の根が目の前に落ちてきた。
びちびちびち。
不気味な踊りを披露した根は、やがて動かなくなった。
「小奴らは少々図に乗りすぎておりましてお仕置きの最中なのですただ数が多くてですねっ!」
ああ。ここでも巻き込まれてしまうのね。
・・・・・・。
「どの程度まで暴れてもいいんですか?」
「殲滅していただければ大変ありがたいっ!」
あ。うちのグリーンブラザーズが、全面同意している。
「とりすぎはダメだっていつも言ってるのに」
ん?
『病気』
三葉さんボードが登場した。しかも、わたしの頭をぶん殴る勢いで振り回している。
赤トレントは一種の病気に罹患していて、放置できない、と主張しているらしい。
「切っても別のに感染るかもしれないじゃん」
『死ぬ。問題ない』
「北天王さん達なら楽勝だと思うんだけど」
『増える。たくさん』
・・・白虎隊の包囲網から逃れた赤トレントが間際の別の木にしがみついた。[魔天]のトレントと樹形が違うので気がつかなかったが、これもトレントの一種だったらしい。
そして、そいつも赤くなった。でもって、白虎隊を背後から襲い始めた!
北天王さんが、あわてて援護に向かう。
手が足りないと言うのも納得できる。倒す方には体力の限界があり、一方、敵の増殖速度は衰えそうにない。
「あ〜。わかった。わかりました。やります。やればいいんでしょ!」
グリーンブラザーズは、接触感染を防ぐためにもふもふポーチに避難させた。巾着の口を縛って閉じ込めたとも言う。
王うんぬんは後回し。
さぁて。今度は、木こりさんかぁ。
今度こそ、さくっと終わらせたい。・・・できる、かなぁ。
赤い葉が触れた程度では変異していないので、感染力はそれほど強くないらしい。一方、地面をうねる根は、こちらの警戒を掻い潜って仲間を増やそうとする。
なまじ根だけを切り離すとトカゲの尻尾のようにしばらく動き回り、しかも、こちらの足に絡みついてくるので非常に鬱陶しい。
わたしは、空間の魔導剣を構えて、白虎隊に気を取られている赤トレントの根元を横薙ぎに一閃。即座に、幹を軽く蹴り飛ばして浮かせ、切り株もろとも指輪に収納する。
この繰り返しによって、伝染速度が落ちた。気がする。
「流石は、王!」
「褒める暇があるなら、そっち止めて!」
「畏まって!」
それも違う!!
それにしても。この状況は、バイオハザードか、ゾンビゲームみたい。
やだよ。ホラーゲームは趣味じゃないんだ。
と言ってるそばから、追い詰められた敵がパワーアップするのもお約束らしい。
一点に集まり、巨大赤トレントに変身した。
あ〜あ。
「な、なんと・・・」
北天王さんが絶句するのも無理はない。
枝や根の一本一本が太さを増し、同時に力も強くなってしまったのだ。
ぎゃうん! ぎゃいん?!
枝の投擲攻撃や根の鞭打ち攻撃を避けられなかった虎達が悲鳴をあげる。
太くなった枝を別の枝が引き千切り、全力でぶん投げてくる。しなやか且つ頑丈な根が唸りを上げて旋回する様は、熟練の鞭使いのようだ。
しかも。
べしゃ。
「王?! ご無事か!」
枝だけじゃなかった。実も投げて来た。大きな枝を隠れ蓑にして飛ばしたらしい。枝を避けたら、まともに顔に当たった。
「ふ。ふふふ。舐めた真似をしてくれるじゃん。棒っ切れの分際で」
ゾンビだろうが吸血鬼だろうが、他の種族と共存できるならば殲滅しようとは思わない。
だが、望まぬものを無理やり変異させ、あまつさえ、子供のイタズラじみた嫌がらせまでやってくれるとは。
「いいどきょうじゃ、ん。ひっく。よきゃりょ、あいてぃえ、にゃるん」
お、王は、どうなされたのだ。
迷惑千万な樹魔の成敗に王のご助力をいただけたのは大変ありがたく、あともう少しで終わりそうだったのに。
きゃつらが集合体となり、私の牙も届きにくくなってしまった。この先、どんな手を打てばよいのか。
それよりなにより、王のご様子が急変してしまった。
「にゅるっぱー、にふる。ひて、れんひ、んっく、らくらひ、するにょー」
人が酒を飲みすぎた時の様子によく似ている、気がする。そう言う時は、危なっかしい行動をする者が多かった。特に、武器を持っている場合の巻き添えになると悲惨な結果になっていた。
王は、今、手に、剣を、持っていらっしゃる。
・・・・・・
「皆! 下がれ!!」
「らいりょうぶら〜。きょれもっれえ〜」
お言葉も聞き取れない。投げられた物を受け取るだけで精一杯だ。う、ぼこぼこと変形する袋とは。これも、変異種の影響を受けたのか。
「っと! 王を鎮めなければ」
だが、どうやって?!
ぬーふーふー。
成敗する前に、全力で嫌がらせ返しをしてやる。手足ならぬ枝と根を全て切り落とし、身動き取れなくなったら表皮全面を使って落書きするのだ。
また実を投げてくる。来るとわかっていれば、黙って顔でうけることもない。
それに、食べ物を粗末にするとは益々けしからん。
わたしが食ってやる。
「りょうりゃ! まいっらりゃ?!」
移動するための根を生やす側から失い、棒杭に様変わりしている。ただし、絶望的に巨大ではあるが。
それで大人しくしておけばいいものを、変異種は幹をうねらせて最後の抵抗を試みた。その動きは、恐ろしいと言うより正直気色悪い。
だが。
「しぇいばあい」
気の抜けた掛け声と共に、急所を切断された。そして、その姿が消えた。
これで、一安心。
・・・できればいいのだが、そうもいかない。
「王よ。おめでとうございます。いえ。お手を煩わせてしまい大変申し訳なく」
「も、みょ、らいりょーぶらよれ。きゃえる」
幹の上に立っていた王は、足元が消えた時、そのまま地面に落ち、埋まっている。
変異株どもがかき乱した地面は、溶けた雪と相交じって泥沼のようになっていたのだ。
「それでは、お手を。と、失礼します」
流石に王を咥えて運ぶのは失礼だろう。人型に変じて手を差し伸べた。
「あい」
「・・・これは、手ではありませんが」
しかも、抜き身のままだ。見ていた限りでは、私でも身震いするほどの切れ味だったのだが。
「らいりょー、る。きった」
「・・・はい?」
「も、きれらい。ららののー」
・・・悲しいことに、王がなにを仰っておられるのか、理解できない。
「ん!」
急場とはいえ、王に無理を願ったのだ。左腕一本は覚悟するべきだろう。
そーっと、剣身を握る。・・・指も手もなんともない。これならば、問題なさそうだ。
・・・・・・大有りだった。
王の手から、剣が離れてしまったのだ。
「王よ。今一度、お手を」
「んや。ほーへんおー、にゅるよ〜?」
「私のことはお気になさらず。どうぞ」
「ありゅあー、んがい」
は?
なんのことか、判らない。
「ひゅ、ひょっく、あきぇりゅ」
まずい。王のご尊顔が、地面に付きそうだ。
「御免! ん?」
お預かりしていた袋の動きが激しくなった。もしや、これのことか?
おそるおそる口紐を緩めると、緑色の紐、ではなく。
「長老殿でありましたか。これは失礼致しました」
私の本能は、この方々が長き時を経た古木であると訴えている。王に並ぶ、畏敬と脅威を感じ、何か不敬をしてしまわなかったかと慌ててしまった。
だが、長老方は寛容であられた。
声にならない声で、長老方と王は意思疎通ができないこと、王を鎮める手段を王ご本人から預かっていることを伝えてこられた。
「では。お任せ致します」
夏場にしか見かけない蛇のような動きで王に近づき、いとも容易く王を引き抜く。
「・・・お見事」
いやぁ。それほどでも。
長老のお一人が、照れた様子で踊っていらっしゃる。・・・ですが、王をお救いしたのは別の方なのですが?
「ぬーい〜」
相変わらず意味不明なつぶやきを漏らす王に、不安が増す。
「これから、どうなさ、る・・・」
小瓶の中身を飲ませた途端、王の体から力が抜けた。
とりあえず、二次被害は免れられそうだ。
「どこかで王を休ませなければ」
だが、季節は冬。この辺りの雪は深い。私の巣にお招きしてもいいのだが、少々距離がある。
ん? 王は、ご自分の御寝所に戻られることを所望されていたのか。
こんな時こそ、あやつの働き場だろうに。
気配があるのは判っている。
「いつまで寝ている気だ!」
王の影に潜んでいたクロを叩き出す。
言い訳は聞かん。怪我? もう治っているだろうが。役目を果たせなかっただ?
「ならば、今後の働きで挽回せよ。その気概もないというのなら、今度こそその首をねじ切ってやる。後詰は別の者にまかせるから安心せよ」
ふにゃがが!
「お側仕えが減ったのならば、尚更励め。馬鹿者が」
ただ一人、色違いの毛を持って生まれたために、仲間外れにされ、ヤケを起こしていたお前。ただ、無為に死なせるのも不憫に思い、申し訳なくも王にお預けしたわが娘。
少しは真面目に働くがいい。
小題訂正:魔王さま(の周囲が)、危機一髪
「作者ぁ!(怒)」
皆様、くれぐれも飲み過ぎにはご注意ください。




