薄味(うすあじ)
思いの外早く獲物が見つかってよかった。蛇さん、いつもありがとう。付け合せの植物も確保した。炭水化物は無いけど、彼らが持参している糧食でカバーできるだろう。
ちょっと時間が余った。
でも、すぐに戻るのも勿体無い気がする。久しぶりの森を散策するのもいいな。
・・・・・・
そうだ!
西天王さんに、謝ってこよう!
とんぼ返りするつもりだったのに、すっかり足止めされてしまったし。もう少ししたら、[魔天]のロックアントを見張る季節になるし。
石生石探しは、またまた先送りにしてもらうしかない。
大圏コースを取れば、ギリギリ往復できるだろう。
「みんなはここで待っててぇ〜〜〜〜〜っ? ギブギブ! ごめん! ソレやめて!!」
気温が氷点下になる高度は、グリーンブラザーズにとってきつい環境になる。だから、戻ってくるまで待機させようとしたのだが、放置プレイは彼らのお気に召さなかったらしい。
そして、わたしにSMプレイを喜ぶ趣味はない。
仕方なく、ミューノラの毛皮の端切れを使った袋を作り、その中に入ってもらうことにした。長い紐で口を縛り、余った部分を指に引っ掛けて袋を握り込んでおけば、誤って海に落とすことは無いだろう。
ミューノラの対候耐性を信じる。信じるからね?
もう片方の手には『隠蔽』の術具にした首長竜の骨を持つ。自分の抜けた牙だと手に持つには小さいし、全力で飛ばす気なので、姿を隠すのは術具に任せたい。
さて。
飛ばすぞーっ!
うん。
亀の背中も、地平から流れ落ちる水も無かった。
今更かもしれないけど、この世界は惑星だった。
地球の衛星写真にも似た、大気圏の上層までバッチリ見てしまった。何より、地平が丸かった。
勢い余ってあんな高高度まで上昇するつもりもなかった。
傍から見たら流星と間違われそうな状態だったけど、ほぼ一刻で西大陸西端に到着したのだから良しとしよう。
・・・ところで、西天王さんは何処だろう?
なんとなく騒がしい気がする方向へ飛んでみた。木々が疎らな地域から、鬱蒼と茂る森に移行する。
その先で繰り広げられていたのは、某恐竜映画も真っ青なパニック状態だった。
リアル中生代は、スケールが違う。
ではなくて。
巨大な草食恐竜の群れが、とんでもない勢いで食事をしている。その周囲を中型の肉食恐竜達と大型肉食恐竜が取り囲んでいた。
どう見ても草食恐竜を襲う肉食恐竜。なのだが。
額に角を持つ中型恐竜の一頭が、大型草食恐竜の後ろ足めがけて突進した。しかし、角はいとも容易く圧し折れ、更には蹴り飛ばされて吹っ飛んでいった。尾に齧り付き足を止めようとしている者は、軽い一振りでやっぱり飛んでいった。
悲鳴は無い。のではなく、咀嚼音のお陰で、他の音が全く聞こえない。
草食恐竜の体表はキラキラ光る鎧っぽい物に覆われている。滑りやすいだけでなく多分それなりに硬くもあるのだろう。中型恐竜の爪や歯は、殆ど効果がなさそうだ。
体型と個体数のコンビネーションが、グリーンカーペットを蹂躙していく。なんというか、痺れ蛾最終令幼虫の食欲を思い出してしまう。
旋回しながら見物しているうちに、デカ恐竜の一頭が漸く肉食恐竜に倒された。大型恐竜が尾を抑え、他の者達が腹側を攻略したのだ。
うもー、と末期の叫びが響く。にもかかわらず、群れの残りは慌てず騒がず、ショリショリと食べ進めて行ってしまった。
うーむ。草食動物の常とは言え、仲間が食われていることに動じないのに驚いた。
一休みしていた肉食恐竜達が群がって食事を始める。その中の一頭は、すこぶる大きい。
もしかして?
「ティラノさ~ん!」
血塗れの頭をもたげて、周囲を見回す親分恐竜。騒音の元、もとい巨大草食恐竜が離れたので、声が聞き取れるようになったようだ。
『隠蔽』を解除し、彼らが齧りついている死体の上に人型になって飛び降りてみる。
安定の踏み心地。
ではなくて。
とても動物の体の上とは思えない硬さだ。よく見れば、強力な脚の爪で引っ掻いた跡がない。
どうやって仕留めたんだろう。
「お。お? おう! おうじゃあねえか! 久しぶりだなぁ。・・・おうは、ちっこくなったか?」
「違う!」
足元のご飯と比べて小さく見えるだけ! いくらなんでも、その挨拶はあんまりだ。
「おおう、すまねぇ。今ぁ、忙しくてなぁ」
ティラノさんは、申し訳なさそうに小さく首をすくめる。
いやいやいや。謝るべきなのはわたしの方なの。
「忙しいって、このでっかいののこと?」
「むちゃ。ん。そうなんだなあ。こいつら、馬鹿でよぅ。あっち行けってのに、食うのに夢中で聞いちゃいねぇ。仕方ねぇから食うことにしたんだがよぅ・・」
説明しながら、肉を噛みちぎっているティラノさん。器用だな。
ではなくて。
なんとなく渋い顔をしている。気がする。恐竜の表情なので判りにくいが。
「追い払えないの?」
「おう。もぐ。硬いし鈍いし。はぐっ。他の連中に嫌われてるのも気付かねえ馬鹿だし!」
硬い、のはなんとなく判る。さっきの突進を見てたからね。実際、足元にある横腹部分の表皮の感触もなかなか。
ティラノさんのご飯になっている恐竜は、ほぼ全身を鎧の如き骨板状のもので覆われている。
体重差だけでも十分厄介なのに、ティラノさんも手を焼く天然装甲を装備している大食漢とは。
ずいぶん後になってから、どれだけ迷惑な連中なのかを教えてもらった、もとい何度も見かけて実感した。
巨大草食恐竜は、普段はもっと乾燥した地域に分散して暮らしている。しかも、本来はティラノさんと同じぐらいの体長しかない。
オスと番うのは一生に一度だけ。その時にもらった子種を体内に宿したまま、年に一個か二個の卵を生む。因みに、オスは数頭のメスと番ったら死んでしまう。ハッスルしすぎる結果なのだろうか。
そして、滅多に起こらないが、たまたま生息域で雨が降り食べ物が増えると、劇的に「太る」。
流石は恐竜。太るにしてもスケールが桁違い。
それはさておき。
体が大きくなった分食欲もマシマシになり、より植物の茂る地域へ移動する。そして体格差に物を言わせて手当たり次第、いや口が届く範囲の植物を片っ端から平らげていく。食べれば食べるだけ、また「太る」。太って食べる量が増えてまた太る、という悪循環に陥る。
放っておけば太り過ぎで動けなくなり死んでしまうのだが、その前にもとから住んでいる恐竜達の食べ物が無くなってしまう。
何より、踏み固められた地面ばかりとなって、次世代の植物が生育できなくなる。
原野にメンテナンスフリーの舗装道路を作るには便利かもしれないが、そんなもんを必要としない地元の草食住人にとっていは迷惑極まりない存在でしかない。
今回は、更に運の悪いことに降雨域がそこそこ広かったらしい。結果、「太った」個体の数も増え、はじめはバラけていた彼女らは豊富な食料目指して移動しているうちにいつの間にか群れになり。
お陰で、洒落にならない面積が綺麗さっぱり更地と化した。
ロックアントといい痺れ蛾といい、異世界迷惑動物は、もたらす影響も桁違いだ。
「げふぅ。やっぱ、食い切れねぇ」
「大きいもんね」
「んあ? 他のやつなら、いくらでもおかわり出来るぞ?」
・・・異世界恐竜の食欲、恐るべし。
だが、他のやつ、と言うセリフが気になる。取り巻きのちびティラノさん達もあまり食が進まないようで、食べる勢いがないように見える。
怪我を治すために大量の肉を必要としている角を折った個体も食事会に参加していたが、やっぱりがっついているように見えない。
もしかして、満腹状態だったのに狩をする状況だったとか。それとも。
「毒、では無いんだよね?」
「食べ応えがねぇっつうか、・・・味が薄い」
はい?
「馬鹿な連中はよう、どいつもこいつも食った気がしねぇんだ」
えーと。
「だけどよう? まだ、あんなに残っていやがるんだぜぇ?」
はぁ。
ぶつぶつ愚痴るティラノさんの様子から、このデカブツは余程彼らの口には合わない味なのだろう。
西天王たるティラノさんは、どうしても迷惑大食漢達を放置できない。でも、デカブツを何とかするには、「倒して食べる」手段しか持っていない。
唐突に、まずい糧食ばかりを延々と食べさせられる兵士さん達を想像してしまった。
うん。やる気がなくなるのも判る。
「肉スキーな他の子達にお裾分けするとか」
「だがよう。おれっちが仕留めてやったんだから、半分ぐらいは食ってやるのが礼儀ってもんだろう?」
わぁ。男前!
「絞めてすぐに食わねえとますます不味くなるってのに、まだあんなに居やがる!」
わぁあ。不機嫌なティラノサウルスってば、とってもワイルド。
ではなくて!!
ティラノさん達が巨大恐竜一頭を食べ終わる前に、群れは食欲に促されるまま移動していくのだろう。すでに、だいぶ遠くへ行ってしまった。
追いつくのは簡単だ。彼女らの食べた痕跡をたどればいい。ただし、それは食べられた分の森が消失したことも意味する。
食いしん坊達が動けなくなっていれば、イラつく原因の一つは解消できる、かな。
「足止めするだけなら手伝う・・・」
けど。まで言えなかった。
血塗れ恐竜顔のドアップは怖い怖い怖いってば!
「流石はおうだぜい♪」
いやいやいや。
本来なら、こんな森の奥まで入り込ませることはなかったのではなかろうか。
だが、例の石探しでティラノさんの初動が遅れたとしたら。加えて、わたし自身、約束していた期間を大幅に遅れて来ている。
二重の意味で、迷惑料を支払うべきだ。
鈍い、というのは本当らしい。
背中に飛び乗り頭まで駆け上がっても、何の反応も起こさない。視線は緑色のごちそうに釘付けのままだ。一定のリズムで咀嚼する時の振動が足元から伝わってくる。
いやぁ。こんな経験、したことない。うん。ある訳ないない。
「いくら頑丈な鎧を纏っているからって、鈍すぎるにも程があるでしょ」
額の天辺にある鼻の穴めがけて、痺れ蛾の燐粉を放り込んだ。体が大きい分、使用量も増やした。なんとか足りるだろう。頭がふらつき始める。よし。効果バッチリ。残りの大食いにも振る舞ってこよう。
最後の一頭に鼻薬ならぬ麻痺薬を嗅がせると、後方から地響きが聞こえはじめた。これだけ体が大きいと、効き目が現れるまでの時間が長いようだ。
おとなしくなったら、わたしの重力魔術で森の外に運び出してしまえばいい。生き物相手に使ったことはないが、一葉さん達に手伝ってもらえば、この巨体でも空中運搬は可能なはず。
うーん。空飛ぶ宅配便? サイズと質量が桁違いだし、コンテナクレーンの方に似ているかも。
どーん。ずどーん。
次々に倒れているようだ。
さて、変身するか・・・
・・・・・・あれ?
聞こえてはイケナイ音が混ざっていた、ような、気が・・・。
ぼきっ! めきょっ! ぶちぶちぶちーっ!!
最後の一頭も力を失い、わたしを頭に載せたまま倒れていく。
そして。
ずずんぶちばきぐしゃ。
長い長い首が地面についた衝撃と、何かが引きちぎられるような音と、何かがへし折れる振動と、何かが叩きつけられた音と。
地面に叩きつけられる前に被害者から飛び降りる。着地した時には、文字通りの屍の山に変わり果てていた。
ありえない角度に首を折っている者。足の関節が増えた者。口からだくだくと血を流している者。
よく考えれば、想像できたはずなのに。
キリンやゾウでさえ、いきなり倒れれば自重で体を損なってしまう。体長二十メルテ以上もある巨体ならば、尚更、だ。
「あー。ちょっと、手段を間違えた・・・・・・」
「おおおおっ! おうおうおう!! おうはすごいなぁ!!!」
惨劇を目の当たりにして呆然としているわたしと違って、ティラノさん達は大喜びしていた。
「ごめんなさいっ!」
「へ? こいつらいっぺんに全部シメっちまうなんて、おれには出来ねえ技だもんなぁ。内緒にすればいいのかぁ?」
「へ?」
「「・・・」」
お互い、豆鉄砲を食らったような顔で見つめ合ってしまった。
「おれっちが薄味どもを仕留めなくて済んだんだぁ。ありがとなぁ♪」
「はあ。どういたしまして?」
ティラノさん的予定では遅かれ早かれ殺すつもりだったようで、叱られるどころかお礼を言われてしまった。
「遠慮なく食ってくれぇ。すぐに大きく成れるぞぉ」
「成れるか! ・・・って、食べる?」
「おう! おうに食われるなら薄味どももここまできたかいがあるってもんだぁ♪」
「いやあのね? わたし一人で食べられる大きさじゃ」
一食三百グラムとして、一頭何食分になるのか。過食部分が全体の五割として。
ではなくて!
「おーとーさーーーーん! いたよぉ〜〜〜〜ぅ」
「あっちに薄いのがもしゃもしゃって〜〜〜」
文句を言おうとした所に、ちびティラノさんが、でしでしでしと勇ましく駆け寄ってきた。
薄いの、で通じるようになってしまった自分が悲しい。まだ居るのか、あれが。
ではなくて。
「あ、おうだ。ちいさくなった?」
お前もか!
「違う! 君がおおきくなったの!!」
「そうなの?」
会ったことのあるちびティラノさんは三頭。うち、一頭は先日不幸にも死んでしまった。残る二頭も、別の場所で独立したと思っていたが、未だにティラノさんにひっついていたらしい。
いや、立派にお手伝いしていたと言うべきか。
それにしても、躾はなってない。全く失礼な。
「おうおう。おうはすげぇぞ。こっちのはみんなおうがくってくれるからな!」
「「「「ワーイッ!!」」」」
それまでモソモソと齧りついていたもう一回り小さいちびちびティラノさん達まで歓声をあげた。
「え? ねえ。ちょっと?」
「すまねぇなぁ。おれっちはあっちにいくけどよぅ、おうは存分にくってくれなぁ。
あ。腹だけちっこいのに分けてもらっていいいかぁ? 騒がせちまったもんだからよぅ。詫びぐらいはやらねえとなぁ」
「お腹はおいしいの♪」
「じゅるり」
ちびちび達が、慌てて腹腔に頭を突っ込んでいる。そうか。最後の口直しかぁ。
ではなくて!
「いつまでくってるんだぁ? もういくぞぉ?」
「「「「はぁい。おじちゃん」」」」
ぐあぅ
負傷兵、もとい角折れ君も引き続き作戦行動に参加するらしい。
ではなくて。
「すまねえなぁ。またきてくれなぁ。じゃあなっ」
「またねぇ」
「おうはもっと大っきくなってねぇ」
余計なお世話だっ!
と怒鳴る間もなく、全身血塗れティラノさん御一行は上機嫌で駆け去っていった。
キエー ギョワー
取り残されたわたしの目の前には、死骸が横たわっている。一頭でも見上げるほどもあるのに、それが十三頭。
キエー ギョワー
食害を免れた木々の間から、小さい者達が様子を伺っている。
キエー ギョワー
時間が立つと不味くなるんだっけ。
キエー ギョワー
せめて、血抜きぐらいはしておかないとなぁ。
キエー ギョワー
君たちはカラス的ポジションなのか?
キエー ギョワー
・・・・・・
「こんなに食べられるかぁっ!
かぁっ!
かぁっ!
かぁっ!」
キエー ギョワー クエー
ついうっかり、大量のお肉をゲット♪
「多すぎるっ(涙)」




