ミート・ファイト
その晩は、主寝室のベッドに二人で寝る事になった。
ユキとハナが交代で見回り、ツキはベッドに上がり込んでいる。しきりと三葉に鼻を近づけている。魔獣同士の会話はよくわからない。でも、険悪な雰囲気には見えないので、問題ない。はず、多分。
レンは、ベッドに横になって、すぐに寝てしまった。騎士団見習いとはいえ、まだ十五。野営続きで疲れていたのだろう。
さて。明日から、どうしようかね。
いつも通りに目を覚ました。レンを起こさないよう、静かにベッドを降りる。ツキは、そのままレンの側に居るようだ。
「妹の面倒を見るお姉ちゃん、ってところかな?」
見上げて、尻尾を振っている。当たり、ですか。まあ、自分と一緒に居た時間よりも付き合いは長いしね。
「これからも、頼むね?」
クン!
小さく返事をした。
階下に降りると、ちょうど侍従さん達が来たところだった。でも二人だけ。
「おはようございます」
「おはようございます。もう、起きて来られたのですか?」
「習慣なんです。今から、朝食の準備ですか?」
「はい。賢狼殿がおられると、侍女達が尻込みしてしまって。男手で申し訳ないのですが、我々がお作りします」
「夜間に、控え室に誰も居ないのも?」
「はい。お世話が行き届かず、申し訳ありません」
いや。ボクは、人気がない方が気楽なんだけど。
「そんなことないです。綺麗なベッドで眠れるなんて、すごいです」
「ありがとうございます。朝食まで、今しばらくお待ちください。それまで、お部屋で待たれますか?」
「いえ、前庭で軽く運動しています。何かあったら、呼んでください」
「こちらこそ。ご用がありましたら、すぐにお呼びください」
軽く頭を下げて、侍従さん達から離れた。
調理場の水瓶は、昨夜のうちに中身を入れ替えてある。彼らが持ってきた食材に、怪しい匂いのものはない。さて、睡眠薬は誰の仕業だ?
木刀を取り出し、素振りをする。仮想敵の動きをイメージし、それに適したカウンターを打つ。とはいえ、こちらの世界に日本刀はない。
両刃の剣は、切り裂くのではなく、その重量で叩き切るあるいは叩き潰す。以前、騎士団との模擬戦で見た戦い方を参考に、どうすれば、相手を無力化できるか、シミュレーションを繰り返す。
でもねぇ。「椿」では、どうやっても大怪我確実、なんだよね。切れ味よすぎて。
マイトさん達、トンファーの練習に付合ってもらえないかな。
「ロナ〜。早いな」
レンが、起きてきた。ぼさぼさ頭に騎士団員の制服を着ている。
「おはよう。せめて、髪の毛ぐらいなんとかしてきたら?」
「ロナが居ないから、あわてて起きてきたんだ。すぐ直してくる!」
寝室に駆け戻って行った。ハナも付いて行く。やれやれ。
リビングの入り口に立っていた侍従さんが、くすくす笑っている。
「レオーネ様にあれほど懐かれるとは。どのような魔法をお使いになられたのですか?」
「えーと。クッキー一袋の魔法、かな?」
さらに、笑い声が大きくなった。
「さ、ようでございましたか。あれほど、食べ物にうるさい姫様が。っくくく」
実際にうるさかったのは、賢狼殿、だと思う。とすると、毒味役にも、手が回っていたって事か。王族って、大変だねぇ。
「それはそうと、お食事の用意ができました。食堂にお越し下さい」
「ありがとうございます」
侍従さん達の給仕で、朝食をいただいた。痺れ薬も眠り薬も無し。ふむ。
「お粗末でした」
「いいえ。美味しかったです」
シンプルに、焼きたてパンとベペルの卵焼き、サラダとスープ、カットされた果物。
「ナーナシロナ様。本来ならば、ローデンの街をご案内するところなのですが、護衛の手配が間に合いませんでした。ですので、申し訳ないのですが、本日は、こちらの離宮でお過ごしください」
街中で襲撃されて無関係の人が大勢巻き込まれるよりは、ボク一人の方がまし、もとい守りやすいもんね。
「わかりました。ただ、あの・・・」
「なんでしょう?」
「姫様達に差し上げたクッキー。あれを、作りたいんです。材料とか、分けていただく事は出来ませんか?」
しばらく考え込んでいる。
「どのようなものでしょうか? たいていの食材は、食料庫にもあるはずでございます」
「それが。クトチとクッパラの実、それに干した果物を加えたいんです」
さすがに、眉根が寄せられる。
それもそうだろう。クッパラ、すなわち胡桃はまだいい。だけどクチトはトチの実に似たどんぐりの一種で、都市外の集落の非常食として食べられるものだからだ。
つまり、びんぼーにんの食料。おおっぴらに王族が口にするには、外聞が悪い。
ただ、灰汁の強さのおかげで保存性は抜群。だから、七日以上、ウェストポーチに入れておける。
「姫様達に食べられちゃったので、補充したいんですけど。だめですか?」
「おそらく王宮にはないと思われます。女官長様にご相談して参りますので、それまでお待ちいただけますか?」
「無理は言わないでください。出来れば、でいいです」
「かしこまりました。離宮の食料庫のものは、ご自由にお使いください。そう、砂糖もございますよ?」
「ありがとうございます」
「失礼します。騎士団の者がナーナシロナ様に面会を求めております。いかがなさいますか?」
あーもう。そこまで、へりくだられた言葉遣いをされると、背中がかゆくなる。でも、侍従さん達はお仕事なんだから、ここは我慢。
「名前は判りますか?」
「マイト殿です」
「マイト? 何の用なんだ?」
「レン〜。会ってみないと、判らないでしょ」
「それもそうだな」
「通してください」
あとから来た侍従さんが下がり、すぐにマイトさんと一緒に部屋に入ってきた。
「おはよう! よく眠れたかな?」
「おはよう、マイトさん。で、それ、なに?」
マイトさんは、大きな籠を背負っていた。ベペルの足やら羽やらがはみ出している。
「副団長から、お裾分け。それと、ミハエルさんから差し入れ。ペベルは、おれから」
「お裾分けって?」
「サイクロプスだよ。ロナなら、料理できるんだろう? 副団長が、とりあえずの報酬に、だってさ。ついでに、借りたものを返してこいって使いに出された。おれも、何がいいか迷ったんだけど、ちょうど締めたばかりのやつが市に出てたから買ってきた」
説明しながら、籠を下ろす。
「肉を出すなら、調理場にしてよ」
さらに中身を広げようとするマイトさんを止める。
「それもそうだな。調理場って、どこだい?」
「こっちだ」
侍従さんよりも先に、レンが案内する。
もう一人の侍従さんにお願いする。
「お肉、調理場で加工させてください」
「・・・ご自分で、料理なさるのですか?」
「一応、ボクが貰ったもの、みたいなので。香辛料とかも使わせてください」
「かしこまりました。お手伝いいたしましょうか?」
「お肉の種類とか量を見てから」
そう言って、ボク達も調理場に向かう。
「・・・ロナ。どうする?」
レンが、途方に暮れた顔をしている。
大きな作業台一杯に広げられた、肉、肉、肉。
籠二杯でも余る肉の山が目の前にある。
籠は、リュックを隠すカムフラージュだったらしい。早速、有効利用してくれたようだ、が。
ボクも、思わずため息をつく。
「これ、何人分?」
「さあ?」
マイトさんはニコニコと笑っている。これは、「作って寄越せ」という、とっても判りやすいメッセージだ。そうに違いない。
骨が付いたままのあばら肉が半身分。もも肉、一本分。羽と内臓を抜かれたベペルが六羽。
メニューは決まった。
「薫製用の箱はありますか?」
侍従さんに聞いてみる。
「・・・さすがにそれは置いてないようです。本宮から持って参りましょうか?」
そこまでする事もないだろう。
「マイトさーん」
「なにかな?」
「お土産渡すから、その前に、買い物を頼んでもいい?」
「いいともさ♪ で、何を買ってくる?」
品物を伝えると、思いっきり変な顔をした。
「早く帰ってくれば、渡せる量が増えるんだけど・・・」
「すぐ行ってくる!」
空になった籠を担いで、駆け出して行った。足、早いな〜。
大鍋をあるだけ出してもらった。オーブンに火を入れて、余熱を始める。
侍従さんには、パンとリンゴもどきを角切りにしてもらう。その間、ベペルに軽く塩こしょうをふっておく。
もも肉は、鍋に収まるサイズに切り分け、トレントの細ひもで縛り、形を整える。これにはたっぷりと塩をまぶしておく。・・・どれだけあるんだよぅ。
あばら肉は、骨一本ずつに切り分けてから、更に長さ二十センテに切る。侍従さんは、骨もろともスパッと切り落とすボクの包丁に驚いていた。
骨付き肉を、大鍋で茹でる。塩だけでなく、魚醤も少し入れた。火が通ったら、ザルにあげて水気を切る。一度では茹できれなかった。骨に切れ込みを入れて、ひもを結びつけておく。
四羽のベペルのお腹に、角切りしたパンなどを詰め込む。お腹の皮は、細い串で縫い付ける。表面に蜂蜜を混ぜた溶かしバターを塗って、オーブンに入れた。
骨付き肉が茹で終わったら、その鍋に、コショウ、ショウガ、ネギ、その他の香草を入れて煮立たせる。一度火を止めてから、もも肉の半分を入れて火にかける。ただし、沸騰はさせない。
「た、ただいま! 買ってきたけど、これ、どうするんだい?」
マイトさんに頼んだのは、竹。と、木屑と竹の皮。
「ちょっと待ってー。鍋にあくが浮かんだら、掬い取ってください」
侍従さんに後を頼んで、調理場から外に出る。
ハンティングナイフで、竹を割る。二センテ幅になるまで割る。節を落とし、内側も割って、厚さ五ミリの竹板にする。マイトさんにも手伝ってもらった。
「それ、どうするんだ?」
「同じように組んでくれる?」
長さ三メルテもある竹板二枚を十字に組んで、中央をひもで結ぶ。それぞれを曲げて、塔の様な形にして、足下ほか数カ所をひもで結び、開かないようにする。竹板の、天辺に近いところと中間の二か所に切り込みを入れ、短い竹板を差し込む。
横に渡した竹板に、肉をひもでぶら下げる。塔の周りに昨日のヘビ皮を巻き付けて、外側をひもで縛って固定する。塔の上の皮は折り曲げて蓋にする。塔の下に、木屑を敷いて火をつける。
即席薫製箱の出来上がり。
ヘビ皮の都合上、四本しか作れなかった。一つにはベペルをぶら下げる。残りは茹でた骨付き肉だ。ぎりぎりで、収まった。
木屑は、薫製用のものを探してもらった。さらに、[魔天]の薬草も混ぜておく。
「な、なんか、不思議な匂いだねぇ」
マイトさんだけでなく、侍従さん達も戸惑い気味だ。
「少しは日持ちするし、冷めても美味しい、はず」
「へえ。そうなんだ」
おっと、オーブンの焼き加減はどうかな? 数回、溶かしバターを塗り直す。肉の向きも変える。
もも肉を茹でていた鍋を火から下ろして、そのまま放置。
「こっちは、出来上がり?」
「一本は、お昼に食べよう。残りは、まだ続きがあるんだ」
ベペルのオーブン焼きも出来上がった。一羽を大皿に盛る。
もも肉を茹でていた汁を使って、スープを作る。薄くスライスしたもも肉を、サラダに添える。
食堂に料理を並べた。暖め直したパンも添える。
今度は、侍従さん二人も一緒に昼食をとった。
「我々が同席するなど・・・」
「味見も兼ねてるんだから。いいの、いいの」
「今日も、ロナの料理が食べられるのか。うれしいな」
ちなみに、レンは、いつのまにかハナ達とじゃれていた。最初のうちは、熱心に見ていたんだけどねぇ。ま、初心者向けの料理でもないし。大量の肉を相手にしていて、説明している暇もなかったし。
更に、マイトさんは、昼前にギルドハウスに向かわせた、もとい追い出した。ベペルのオーブン焼き三羽を、竹の皮に包んで持たせている。
「おれだって、一緒に食べてもいいじゃないか!」
と文句を言っていたけど。
「ここで食べて、ギルドハウスでも食べて。ばれたら、たこ殴りにされない?」
誰に、とは言わない。
「おうっ・・・」
案の定、顔が引きつる。
「明日、別の料理が出せるから、また来ればいいよ」
「やった! 約束だ〜っ!」
ちょろい。
「そうだ。生のクトチを見つけたら、持ってきてくれない?」
「クトチ〜? そんなもん、どうするんだい?」
「昨日のクッキーの材料、だったりするんだけど」
「わかった!」
ちょろすぎる。
足取り軽く、離宮から立ち去るマイトさんの後ろ姿に、
「あのマイトが、素直に返事するなんて・・・」
レンが呆れていた。
昼食に、鳥一羽は多すぎたか、とも思ったけれど。食べ尽くされた。
貴族階級では、調味料を多用するのが一種のステータスとなっている。なので、こういうシンプルな味付けの料理は、見向きされない。
はずなんだけど。
「いえいえ。我々の身分では、普通ですよ」
「しつこすぎず、薄すぎず、素晴らしい味付けです。こちらのベペルの焼き加減も完璧です。ご相伴にあずかったのが、申し訳ないくらいです」
侍従さんの一人は「申し訳ない」が口癖のようだ。
「そんなことはない。二人の働きには、十分感謝している。ロナの料理を食べる権利は満たしているぞ」
なにそれ。権利とか資格とか。ご飯食べるのに、そんなものは必要ない。ただし、盗賊は除く。
ピスピスと鼻を鳴らしていた三頭には、もも肉を出す。当然のごとく、調理済みのものをねだられた。・・・君達、魔獣でしょうが。
「ほら。賢狼殿も判っている。うん。次は何が出てくるのかな?」
だから、今、食べ終わったばかりだってのに!
サイクロプスの胴体は牛よりも一回り大きい、と想定しています。なので、持ち込まれた肉は半端ない量になります。
離宮には保冷室がなかったので、大急ぎで調理するしかなかった、のです。いくら手伝ってくれる人がいても、半日で加工出来るんでしょうか?
作者は、無理! です。




