大脱走・・・?
シーゲルさんを扱くのはいいとして、クロウさん療養中に騒がしくするのは宜しくない。
静かにできることは〜。
「これ、効果あるのか?」
「やるのもやめるのも自由だよ?」
「あ〜、うん。まあ、もうちょっと続けてみるか。よいしょっと!」
「うおっ。いきなり揺するな。で、俺は、いつまでこうしてればいいんだ?」
「適当に交代すればいいじゃん」
「・・・そう、するわ」
「じゃあ、次は、俺が下な」
「おう」
二本の剣を尻にあてた大男を背負った大男が立ち去っていく。
ちょっとした視覚の暴力、かも知れない。
適当な重しが思いつかなかったので、二人一組になってもらい、相方をおんぶして、クロウさんの天幕の外を静かに且つ素早く周回することを勧めてみた。速歩にさせたのも足腰に負荷を掛けるためだ。
一応、盗賊や狼を見張る名目で来ているのだ。ただ、歩き回らせるだけではもったいない。
持久力トレーニングにはなるだろう。
一方、わたしはシーゲルさんのご指名を受けはしたが、彼の相手ばかりもしていられない。
クロウさんの治療を優先させ、尚且つシーゲルさんを扱く、もとい鍛えるには。
両手に金属製の籠手を付けた状態で魔女鍋に取り掛からせることにした。構えは中腰。これは、譲れない。
「ふんぎーっ」
「ぬおぉぉぉぉっ」
「どりゃぁあぁぁっ」
真面目にする気が有るのか無いのか。イケメンらしからぬ怒号が上がるたびに、ゆるゆると湯気が立ち上る。
ぼちゃん
被験者が取り落としたお玉を、魔女鍋もとい繭取り桶から拾い上げる。中身は、ほんのり蜂蜜味のお湯なのに、そこはかとなく残念臭が漂っている気が。クロウさんがお腹を壊さなければいいけど。
「はい。最初から」
「これと、出世の、どこが、つながるんだよ!」
さあ?
周回チームも半信半疑のようだが、さっきも言ったようにトレーニングの実施は個人の自由に任せている。嫌なら止めればいいのだ。
そもそも、半刻手ほどきを受けただけで目を見張るほどパワーアップするのは、テレビゲームやおとぎ話の中だけだ。
ある種のヤバイ薬、昔見た魔術師向けの禁薬なんてものもあるが、あれを使えばいずれ人を辞める事になる。わたしは作れもしないし作る気もない。ないったらない。
わたしが的を爆散させずに木刀を振り回せるようになるまで、どれだけ血反吐を吐いたことか(実際に吐いたことはない)。
・・・おっと。わたしは、この世界に落ちた時から人外だった。
ゴホン。わたしは例外として!
百里の道も一歩から。地味な反復こそが基本だと思う。
足腰鍛えて地力を蓄えて。応用範囲はいくらでもある。
「もうちょっと、報酬が、増えるだけで、いいってのにっ」
「今回の任務に満点出せたら口添えしてあげる」
「本当?!」
先程とはうって変わった様子で、鼻歌を歌いながら混ぜ混ぜするシーゲルさん。
きっと、こんな調子でいいように巻き上げられているのだろうなあ。
誰から、とは言わないでおく。
それにつけても、本気になった魔獣は強い。
ではなくて。
目を見張る勢いで回復しているクロウさん。だけど、気負いすぎるのもどうか。
「ん〜」
「ロナさん。どうした?」
「順調なのはいいけど、食べ物をちょっと考えないと」
「考えないと?」
「またハゲるか、げっそり痩せ細る。かも知れない」
クロウさんは、モコモコ毛皮服の下、自毛がうっすら生えてきていた。その分、食欲もガンガン増えている。
つまり、栄養とかタンパク質とかエネルギーとかを大量に必要としているのだ。
自力で食べられるようになったことを喜ぶべきなのだが、今、この場所に持ち込まれている食料の質と量はそれを補えそうにない。
かと言って、ローデンまで歩かせられるまでには至らないし。大急ぎで追加分を運んでもらうとしても、効果的に回復させるには出来れば直接物を見て吟味したいし。
「ハゲ。は、気の毒だよな」
確かに。ヘアレスサイクロプスなどという種族に需要があるとは思えない。
「なんなら分けてあげたら?」
「何を?!」
じーっと、シーゲルさんのおでこ付近を凝視していたら、頭をてで隠そううとしながらジリジリと後ずさっていった。
でも、名前が『茂る』なんだし。
それはさておき。
「ねえ。ローデンの肉不足ってまだ続いてるの?」
「ん? あ、ああ。べペルを食い尽くすわけにはいかないし。ハンター達がシカやウサギを狩っているらしいが、捕り過ぎは禁止されてるし。まあ、物足りないっちゃ物足りないな」
おんぶ訓練のノルマを終えた休憩中の兵士さんの一人が、ものすごく悲しそうに腹を擦りながらおしえてくれた。
「それに、最近は、みんな霧の中に逃げてっちまうんだよなぁ」
「肉は食いたいが、迷った挙句の餓死もごめんだ」
「お前が追いかけたところで捕まえられる腕じゃないだろ?」
「それを言うなぁっ!」
べペルは、ニワトリ程ではないが増やしやすく粗食にも耐える都市向きの家畜だ。肉だけでなく、卵も食用に利用している。だが、増やしやすいと言っても限度があるし、街壁の内側で飼育出来る頭数も以下同文。
しかも、最近、都市周辺に生息しているシカやレイヨウの類の行動が変化したそうだ。昼間は[魔天]付近に移動してしまい、狩人が居なくなる夜になってから街道周辺に出てくる、らしい。それに共なって、肉食獣も移動範囲が広くなったとか。
あの霧は、動物には影響しないのか。
ではなくて。
オオカミなどの肉食動物は、縄張りからシカ達が居なくなれば、他の獲物、例えば街道を行き来する隊商とか開拓村を狙うようになる。
因みに、この大陸に家畜のウシは居ない。ヤギやヒツジと共に旧大陸から移入されたが、ウシだけは尽く魔獣化してしまい、あまりの凶暴さに目についた端から倒すしかなかったとか。
それでも、一部は、逃げのびて何処かで繁殖しているという噂が残っている。
[魔天]では見たことがないのだが。
兎にも角にも。
ダグ周辺の大事業が終わるまで、肉の品薄状態は続くと思われる。
クロウさん向け病人食に適した食材が街にあるかどうかは、街に行ってみなければ判らない。正直に用途を告げた場合、売ってくれるかも微妙。
となれば、打てる手はただ一つ。
「シーゲルさん。お肉、食べたい?」
「「「「当然!」」」」
・・・あ、そう。
居合わせた兵士さん達も声を揃えて返事した。
「ボクの狩の腕は聞いてるよね? だからさ、ちょっと行ってきたいんだけど。いいかな?」
「「「「「「「「いいとも!」」」」」」」」
この肉スキー共は、どこから湧いて来たんだ?
近場には手頃な動物が居そうにないから、少し遠出し、一日ぐらいで戻ってくると約束した。
特濃魔力キャンデーを預けて、クロウさんへの給餌も頼む。
「但し、絶対に自分で食べたらだめだからね? それと、一号、じゃなくてメヴィザさんはまだ起こさないように」
「それって大丈夫なのか?」
目が冷めた時、経口補水液代わりの塩入り蜂蜜水を飲んでもらい、直後に問答無用で「最終手段!」を口に突っ込んでいる。
食べ物は、・・・まあ、もうしばらく我慢してもらおう。
「フカフカで元気モリモリになったクロウさんを見て驚くメヴィザさんを見てみたい」
「・・・・・・」
それはさておき。
魔術フリークが焼肉の準備をすると聞いて黙っていられるはずはない。メヴィザさんが小さな竃一つを作るだけでも、クロウさんの回復を遅らせる原因となるのだ。
彼に魔術を使わせないようにするには、問答無用で眠らせておくに限る。
悪役は、手段を選ばないのだ。
ではなくて。
時間は有限。こんな事に関わっていられる余裕はないんだってば。
「クロウさんもそう思うでしょ? 思うよね。ね?」
こくこくこくこく。
何処かの首ふり人形も真っ青な勢いで頷くクロウさん。
よし、同意は取った。
「なあ。こいつ、怯えてないか?」
「今のボサボサな毛はメヴィザさんに見せたくないよね」
こくこくこくこくこくこくこくこく。
「ほら」
「「「「・・・・・・」」」」
「じゃ。行ってくる」
「だけどもう日が沈むぞ?!」
「早く行けば早く食べられるよ?」
「おう。行ってこい♪」
「楽しみにして待ってるからなっ♪」
手のひら返しとは、このことか。
「あ、馬車が来た」
「「「え? もう?!」」」
翌朝、介護現場に果物を満載した荷車とその護衛兼交代の兵士達が到着した。
「ロナさんは何処ですか?」
「サイクロプスんとこか」
一行には、エッカ治療師とギルドマスターのガレンも加わっていた。
「あ〜、えーと、その・・・」
揃いも揃って言動が怪しい。
「それより! ギルドマスターがわざわざお越しになった理由は何でしょうかっ?!」
「オヤジから頼まれてな。ロナから目を離すなって。だけど、俺も詳しくは知らねえんだ。おめえらは何か聞いてねぇか?」
ぎくぎくっ。
「わたしは、従魔の治療について相談したいと打診があったので。原因が体内の魔力切れによるものとの報告書があったおかげで、薬の種類を試し、げふん、厳選してきました。入りますよ」
「あっ。あ、あのっ!」
とっさに引き止める言い訳も出てこないまま、天幕への侵入を許してしまう。
「おーい、ロナ坊ー。久しぶり・・・」
鼻歌を歌いながら黒い桶をかき混ぜていたシーゲルは、二人の視線に気がついた途端に凍りついた。
実は、ななしろの書いた報告書を団長に届けに行った際、畏れ多くも国王陛下直々に「彼女から決して絶対に何が何でも目を離すな!」と厳命されていた。ちなみに、交代の兵士達もローデンを出発する前に同様の命令を下されている。
だと言うのに、肝心の人物が不在。
「確か、シーゲル、だったか。ロナ坊は後ろか?」
桶を覗き込み、そのまま患畜の周りをぐるりと歩いてきたエッカが戻ってきた。
「変なものを調合してませんよね? と言いたいところなのですが、肝心のロナさんが見当たりません」
「ロナさんは、少し席を外しておりましゅっ」
思いっきり、噛んだ。
「こいつをほっぽっといてか?」
指差した相手は、いつの間にか、桶に顔を突っ込んで中身をすすり上げている。
「う。あ、の、ですね? 何か、足りないものがあるとかないとか・・・」
「伝令に頼まなかったのですか?」
「はい、まあ。それが、なんというか・・・」
女性相手にはいくらでも回る舌が、肝心な場面で機能不全を起こした。
「エッカ師、ここを頼むわ。念のために天幕の外を見てくる」
「いえ、わたしも行きましょう。もう一つのテントが怪しいです」
「お、そうか。寝てるのかもしれないしな」
シーゲル達は、二人が全く心にもないセリフを残して出ていくのを見届けた後、揃って地面に跪いた。
「こ、今度こそ、降格、かなぁ?」
「それで済めば御の字だ」
「特訓は、副団長の特訓はもう嫌だ!」
「休暇なしの巡回班とか?」
口々に予想される己の未来を挙げていく。
そして。
「「「「「ロナさん! 早く帰ってきて!!」」」」」
「すぐに戻るもん!」
ふ。甘いな。
「・・・作者? 何を」
次回、お楽しみに!
「ぎゃああああああっ」




