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魔王の囁(ささや)き

 キュロ〜


 お調子者二号が一号の異変を感じ取ったらしく、か細い声を上げていた。


 死にかけてるって言うのに、まだ懲りていないらしい。どんだけラブラブなの。


 兎にも角にも、二号はまだ生きている。ならば、回復が最優先。一号へのお仕置きは後回しだ。


「取り敢えず、これ飲んどいて」


 ショックのあまり何も考えられないのか、メヴィザさんは差し出された小瓶を素直に受取り無造作に飲み干した。


 おお、いい飲みっぷり!


 ではなくて。


「「メヴィザ殿?!」」


「ロナさん何したの!」


 一号は、昏倒した。よしよし。


「クロウさんの治療の邪魔だからメヴィザさんは当分寝かせとく。目を覚ましたらこれ飲ませて」


 兵士さん達が一号を介抱してくれるようだ。ならば、追加を渡しておこう。必殺「最終手段!」を。箱で。


 メヴィザさんが目を覚ましていると、せっかく取り戻した魔力をホイホイと投げやってしまう、かもしれない。受け取り手が人事不省になっていれば、垂れ流しを防げる、だろう。多分。


「ボクがいいと言うまでは絶対に起こさないで。いいね? 他にも邪魔しそうな人がいたら遠慮なく飲ませていいからね」


 こく。こくこくこく。


 赤ベコ人形のように首を振る兵士さん達。うむ、それでよろしい。


「シーゲルさんはボクを手伝って」


「俺ぇ?! どうして!」


 いきなりのご指名に慌てふためくシーゲルさん。だが、逃さん!


「専任でしょ? それともウォーゼンさんに」


「判った。わかりまっした!」


 本当に、この人トングリオさん達と同年代なのだろうか?


 囲いの外にいる兵士さん達に断りを入れて、中に入る。


 案の定。


 きゅろぉ。きゅろろぉ〜。


 動けない体で移動しようとしている二号が居た。


「大丈夫。メヴィザさんも疲れてたようだから寝かせてきただけだよ。


 そうそう。どちらにしてもメヴィザさんはお説教だからね。あれほど大事にしてねって言ったのにクロウさんをこんな目に遭わせたんだから。庇い立ては無用! 得意な土魔術が使い放題になって有頂天になったメヴィザさんの自業自得だって事をじっくりたっぷりねっとり自覚させないとね。


 あ〜、こらこら。その有様ではなんにも出来ないでしょ?。ちゃんと体を直せたらメヴィザさんを守れるかもしれないけど、今のその状態じゃねぇ?


 それとも。


 死ぬまでが辛いって言うならボクが今すぐ引導を渡してあげる。

 そうそう。死んだ後はメヴィザさんに食べてもらおうね。ほら、死んでも一緒になれるし。それなら安心できるでしょ。


 どうする?


 クロウさんに選ばせてあげる。


 このまま死ぬ? それとも、ボクの治療を受ける?」


 ガタガタ震えながらわたしの話を聞いていた。食っちまうぞと言ったら、一層震えが大きくなったが、選択の余地があるとわかった途端目に光が戻った。


 きゅろっ! きゅきゅきゅきゅーっ!


 必死になって、アピールする二号。


「確認するよ? 元気になる気があるの?」


 きゅっ!


 治療を受ける本人の気力がなければ、回復もへったくれもない。この調子なら、なんとかなりそうだ。


 とは言うものの、治療すると大見得を張ったが大したことは出来ない。出来るはずもない。


 解体なら得意だけど。


 強いて言えば、火山の噴火で狂った魔力を鎮めた時の経験が、今こそ役に立つ! かも知れない。


 要は、ガス欠寸前の体に魔力を注ぎ込めばいい。


 ここは[魔天]から離れているので、周囲の魔力は薄い。体内の魔力を維持するのもそれなりに体力を使っている、はず。

 だから、調子を見ながら体が受け入れられる程度の魔力を含んだ食べ物を少しずつ与える。ある程度体力が戻ったら、手足を動かすリハビリを施せばいいだろう。


 空に等しい状態で急激に魔力を補充したところで体が受け付けない。受け入れられない。絶食後に一気食いすると逆に体調を悪くするのと同じだ。


 無理無茶無謀はリバウンドの元。


 本当は、治療師さん達の知恵を借りたい。一応、ウォーゼンさん経由でお願いしたのだが、まだ来てくれない。いや、魔獣の治療など専門外だと言っていたらしいし。


 禿げまくったクロウさんは、本当に寒そうだ。出来ることなら、きちんと屋根のあるところで休ませた方がいい。だが、巨体故に、超特大荷馬車でもなければ、街に運びたくても運べない。そもそもそんな馬車は存在しないし、特注で作っても今後の使い道がない。


 だから、ぶっ倒れた場所で治療する選択肢しかない。


 あらら。ナイナイ尽くしじゃないの。




 一葉さんにカテーテル役を頼み、体を起こせずうまく飲み込めないクロウさんの胃に特製高魔力飴を溶かした人肌に温めたお湯を送り込む。

 禿げて体温も下がっているから、一石二鳥を狙ってみた。


「ロナさん。どこから、こんな、物を」


 お湯作りには繭取り桶を流用した。シーゲルさんは、飴が均一に溶けるようにぐるぐるかき混ぜてもらっている。なんというか、魔女鍋に取り付いた下僕みたい。きっと、とんがり帽子も似合うだろう。


「職人の弟子だから」


「普通の、職人でも、持ち、歩か、ないって!」


「師匠が普通じゃないからねぇ」


「どうして、俺が、こんな、目に」


「よっぽど普段の行いが悪いんだ」


 さっさと出世したければ、それなりの努力が必要だと思う。長生きするからって、のんびり構えていたツケが漸く回ってきただけだ。

 なに、死にはしない。筋肉痛で死ぬほど辛い目にあうかもしれないけど、それも鍛錬不足の所為。どこまでも自業自得だ。


「これは、関係、無いと、思う、んだがっ」


「何事も経験経験♪」


「くっそーっ!」


「病人の前で下品なことを言わない」


「ふんぐーっ」


 ついでに、いつまでも若々しいイケメンの存在など認めない。汗や泥にまみれてことごとく振られてしまえばいいんだ。


 調薬、ではなくて病人食をシーゲルさんに任せ、わたしはクロウさん用のコートをせっせと縫っている。


 オールヌードをさらけ出したままでは可哀想だし、何より体温を保てなくては回復する前に風邪を引いてしまう。


「・・・何か、手伝えることは、ありませんか?」


「それなら、鍋の上に雨除けを用意してもらえないかな?」


 クロウさんを刺激しないように、静かに且つ素早くオープンテントが建てられる。


「他に何か」


「誰か俺と交代してくれ!」


 泣き言を言う余裕があるなら、その分ちゃっちゃと鍋を掻き回せ。均一に飴を溶かしておけば、消化吸収の負荷が減る。筈。


「もう少ししたら、出来上がったこれをクロウさんに着せてあげるのを手伝って」


「了解しました!」


 でっかい図体を覆い隠すほどの毛皮の塊を動かすのは容易ではないというのに、ものすごく嬉しそう。


 どういうことなのか、兵士さん達は非常に協力的だ。「最終手段!」怖さに手伝っている、訳でもなさそうだが。

 以前、練兵場であれほどクロウさんを怖がっていた人達と同じとは思えないくらい。


「ねぇ。聞いていいかな。クロウさんは魔獣なのに、どうしてこんなに親切にするの?」


 よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりに身を乗り出してきた。なんだなんだ。


 やっぱり小声だけど、それでも誰もが口々に喋ること喋ること。


 もとより図体はでかいが控えめな質のクロウさんは、怖がられはしていたものの嫌われてはいなかった。

 それが、街道の泥処理で大活躍したことで、大人気となったのだ。


 街道の保守は、その両端に位置する国が負担することになっている。だが、ダグは洪水で荒れた街道を補修する人員を一切出そうとしなかったそうだ。少なくはなったものの行き交う隊商がいる以上、不通状態を長く放置することは出来ない。

 結局、ローデン側が全面負担せざるを得ない状況となった。


 とは言うものの、兵士も開拓村の余剰人員も汚泥湖関連の事業に向かわせてしまったため、人手が殆ど残されていない。

 門兵や国内の治安維持要員などの最低限の人員を除く、全団員を動員すると予告された時、彼らは洪水を恨みダグを呪い、そして絶望した。

 速急に街道を復旧させるには、下手をすれば不眠不休で従事させられるだろう。水を含んだ泥は扱いにくく、どれだけの重労働が待っているのか、想像もしたくない。


 それをひっくり返したのが、メヴィザさんとクロウさんのデコボココンビだ。

 瞬く間に舗装された街道が現れ、すぐさま補修に取り掛かることが出来た。待ち構えていた隊商から、大層感謝された。

 更には、この土を開梱したばかりの畑地に持ち込めば翌年から十分な収穫が見込めると聞き、「それなら運んじゃいましょう」と言って実行してしまった・・・・・・・。


 喜々として教える兵士さん達には悪いが、内心頭を抱えていた。


 褒めそやされて天狗になって。ついうっかり能力以上に頑張ってしまった結果が、これか。


 食べ疲れたのか、体が温まってホッとしたのか、いつの間にか眠ってしまったクロウさんを見る。


「馬鹿だねぇ」


「え? ええと、おかしな話でもしましたっけ?」


「違う。あとで詳しい報告書を出しとく」


「? はい。お願いします?」


 苦役から開放してくれた人物に感謝するのは分からなくもない。


 騎士団という看板は、華やかできらびやかなイメージに彩られている。


 だがその実態は、戦闘員兼保安員兼土木作業員という泥臭い体育会系労働者の集団だったりする。

 それが長い着任期間中に経験するありふれた通常任務の一つだったとしても、文字通り泥を被る重労働から開放されるのだ。少しでも楽ができるとなれば大喜びするのも当然だろう。


 それが、引き受けた側の自業自得の末、一匹の魔獣を瀕死に追いやる羽目になったのだとしても。


 なんだかもう、バカバカしくなってきた。




 一夜明けて、シーゲルさんを使いに出した。


 散々文句を言っていたけど、わたしが一睡もせずに縫い物やら報告書書きやらしていた横でぐーすか寝ていたんだ。行って戻るだけの簡単な仕事くらい黙ってやれ。


 そして、夕方。


 交代の兵士さん達と一緒に、馬車に乗って戻ってきた。


「あれ? また来たの?」


 適当に理由をつけてサボると思ってたのに。


「またって・・・。副団長に追い出されてきたんだよ。じゃなくて。これ、渡してくれって頼まれた」


 うなだれるシーゲルさんから受け取ったのは、任命書の写しだった。


 ふむ。もうちょっとこき使ってもよいということだな。ありがとう、ウォーゼンさん。


「それに後ろの荷物は何?」


「ロナさんが頼んだ物でしょうが!」


 クロウさん用の新鮮な果物が欲しいと、報告書に書き加えただけだ。


 サイクロプスの好物はフォレストアントの幼虫(体長八十センテほどの白くてプニョプニョしたナマモノ)だが、流石にアレを生きたまま採取するのは遠慮したい。


 幸いサイクロプスは雑食性なので、胃腸が弱っている間は比較的入手しやすい果物でも問題ない筈だ。


 明日のメニューは、すり下ろした果物の蜂蜜掛けにしよう。

 もちろん、ただの蜂蜜ではない。二葉さん特製のてん杉果肉を漬け込んだロックビーの蜂蜜だ。魔力が濃くなりすぎないように気をつけなくては。


 ・・・この量を一頭で食べ切れるかな?






 三日目の昼過ぎ。


「あ〜、まあ? 俺がせっせと運搬しなくても済むのは助かるんだけど」


 今日も大量の果物が運ばれてきた。大盤振舞いにも程がある。おすそ分けをもらってもいいってことなのだろうか。

 うん。治療主任の権限で、いいってことにしよう。味見味見っと。


「口より手を動かしてよ。次はこれをすり下ろして」


 あ、これ見たこと無い実だ。いい匂い。


 ではなくて。


 ローデンを含む密林街道沿いの国では所謂新鮮な野菜は都市内の自家栽培で賄われており、質量ともに十分供給されているとは言い難い。街壁内外で採取される果物は貴重なビタミン源なのだ。


 街の住人が食べる分は足りるのだろうか。


 一方。


 クロウさんは、果物を運搬してきた兵士さん達のお見舞いを受けていた。もとい、拝まれていた。


「ありがとうありがとう!」


「もう無理はしないでいいぞ」


「俺達も頑張るから!!」


 これは、わたしが騎士団長及び国王宛てに提出した報告書が原因らしい。


 メヴィザさんが調子にのり、クロウさんに多大な魔力消費を強いた挙句、棺桶に半身を突っ込ませる羽目になったこと。何より、その苦行をメヴィザさんはもちろん同行者の誰もが異常とは思わずに看過したこと。


 なんと、報告書の概要が、その日のうちに騎士団中に知れ渡ったそうだ。寧ろ、正副騎士団長が率先して広めまくったらしい。


 クロウさん絶不調の原因は素人の推測ではあるのだが、否定できる根拠も無い訳で。

 しかし、報告書ってのは、内容を精査し正誤を確定してから公式発表するものではなかろうか。ローデンの上の人達の思い切りの良さは予想の斜め上をいくようだ。


 なお、元からこの場所に居た兵士さん達は、ことの顛末を街からやってきた同僚に聞かされたようだ。

 だからといって、わたしを恨めしそうに見つめたり詰め寄ったりするのはお門違い。


 拝観ブツと化しているクロウさんは、それはそれはもっこもこのもっふもふだった。

 とは言うものの自前の毛皮が復活した、のではなく、中古ミューノラの毛皮をつなぎ合わせて作った特製カバーを着ているからだけど。


 ぬいぐるみクロウさん拝んだり抱きつきたくなったりするのも判る。判るが、体調不良なんだってば。

 あまりにも騒ぎすぎる不届き者は、手当たり次第に天幕から叩き出した。


「クロウさんは、病人、ではなくて、病畜、でもなくて。とにかく、具合が悪いの。うるさくすなら放り出すよ?」


「もうやってるじゃん」


「シーゲルさん、擦り終わった?」


「いいや、まだだ」


「ちんたらやってるなら、シーゲルさんを頭からバリバリと」


「ちゃんとやってる、やってるってば!」


「ほぉ。お前が真面目に手を動かしてるなんてな」


「雨が降るんじゃないか?」


「だから、雨避けを張って貰ったんだし」


「流石!」


「気が効くねえ」


「シーゲルにゃ勿体無い!」


「お前ら〜っ! 後で覚えてろ!」


 比較的物静かな見物人、もとい見舞人は、ついでとばかりにシーゲルさんをいじりまくっていた。


「ブランデやトングリオとかは休憩時間にも勉強してたり訓練してたりしたのに」


「こいつときたら王宮の小間使いの控室とか」


「警護の手伝いと称して王宮内の廊下を勝手にぶらついて通りがかりの女性に声を掛けてたり」


「ああ、洗濯場にも出没してたな」


 暴露大会か。しかし、なんというか、悪戯小僧というかわんぱく坊主というか。


「武器の手入れぐらい自分でやれよ」


「腕のいい職人に任せてどこが悪い?」


「・・・これだもんな」


 重症だ。


「いいとこのボンボンなの?」


「顔しか取り柄がない次男坊だよ」


「いいや? 長命種って判った時点で継承権は放棄した。んだよな?」


「当然だろ?」


「ちゃんとした後ろ盾があれば、出世も早かったんじゃないの?」


「家名は残してあるからそれとは関係ないと思う。大体家の仕事なんか面倒じゃないか。それに、いつ辞められるかわからないのに、やってられないよ」


 つまり、放蕩息子。親御さんの苦労が偲ばれる。


「騎士団の仕事もろくに勤められないくらいだもんね」


「それなりに剣は使える!」


「腕っ節だけ使えてもねぇ?」


「とんでもない。へっぴり腰のへなちょこだよ」


「毎回まともに的に当てられてないし」


「お前、元団長達の試合を見てたんだろう? なんとも思わなかったのか?」


「ちょっと待て! 先代が誰と試合したって?」


「そこのロナ殿とガチでやりあってた。いやあ、すごかった」


「え?! ずるい!」


「なんて贅沢なっ!」


 おや、見てない人も居たんだ。それもそうか。街道や街中の警備もあるしね。


「だ、だから、秘密の特訓を頼んで・・・」


 いじりネタを自ら提供するとは、シーゲルさんはなかなかいい人材だ。


「ここにいる間だけでも特訓を受けてみる?」


「やったぁ!」


 ふっ。墓穴を掘ったな。この、顔だけ男。


「シーゲルばっかり、えこひいきだ!」


「「「「「そうだ、そうだ」」」」」


 こら。病人の前で騒ぐな。


「混ざってもいいよ?」


「「「「「お願いしまーす!」」」」」


 いい年こいたおっさん達が、喜々として加わった。よし、いっしょにいじろう。


「よかったね。仲間が増えて」


「そんなぁ〜〜〜〜っ」


 シーゲルさんは、悲鳴をあげた。





 ・・・安請け合いしてしまったが。さて。何をすればいいんだ?

 タイトルミス。


 魔王はそそのかした!


「きゅろろっ!(めーさんの為ならばっ)」






「ロナさーん。秘密の特訓って、普通は一人っきりで受けられるものじゃないの?」


「「「「「シーゲルの抜け駆けは許さん!」」」」」」


「そんなぁ」

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