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クロウの苦労

 スーさん達は議論に熱中しているようだし、わたしもそろそろ食べ飽きた。


 脱出する口実を持ってきてくれるとは、ウォーゼンさんもなかなか気が利いている。


「あの人達に見つかると騒がれるよね」


「あ、うむ。・・・そうだな」


 思わず同意したウォーゼンさん。正直でよろしい。


「シーゲル、お前も来い」


「俺、食堂の警護が」


 この人、口が軽そうだし、スーさんに迫られたらあっさりゲロってしまうに違いない。いや、相手が王様なら、それは当たり前か。

 口封じに連れ出すというのは、いい判断だ。


「サボりの刑罰の方が好みか?」


「喜んでお供に付かせていただきます!」


 素直でよろしい。


 三人。イケるかな?


「魔道具で姿を隠していこう」


「頼む」




 ・・・頼むのではなかった。


 レオーネが使ったという極小の隠蔽結界は、とにかく狭かった。だから、結界内に大男二人が収まる手段はソレしかなかった。


「副団長っ! 俺、俺っ!」


「うるさいぞ。耳元で喚くな!」


「ごめんねぇ」


「ロナ殿は悪くないぞ」


 自ら依頼した以上、今更嫌だとは言えない。


「だったら、俺もう離脱してもいいですよね? ね? ね?」


「事が終わるまではお前をこの件の専任とする。フォコは巡回に出たばかりでしばらくは戻らないからな」


「だからってだからってこれはないですよっ」


 ウォーゼンの背に抱きついた格好で歩くシーゲル。ロナ殿ははシーゲルに背負わせた。彼女が不穏な想像をしている気配がしなくもないが、今はそれどころではない。


「歩調を合わせろ。俺の踵を蹴るな」


 歩き難いと言っているのに、こいつは。巫山戯てやっているのならば、訓練料を倍増するぞ。


 ドアを開け閉めする時が、一番緊張した。だが、部屋を出てすぐに結界を解除すれば、それはそれで目立つことになる。騎士団官舎にある自分の執務室が、これ程遠いとは思わなかった。


「それで、クロウさんはどんな状態なの?」


「だから、よくわからんのだ。サイクロプスの体調不良など見たことも聞いたことも無くてな」


「えーと、動けなくなった。あるいは、動かなくなった。けど、原因がわからないからどうしようもない?」


「そういうことだな。ロナ殿は幾多の魔獣を狩っているだろう?」


「だったらギルドでもいいじゃん」


「それもそうなんだが、ロナ殿の方が頼りになる、気がしてな。とにかく。なんとか検討を付けてもらえれば、我々でも手当が出来るだろう?」


「うーん。でも、体を壊した魔獣は、大抵すぐに他の魔獣に食べられてしまうからねぇ」


「そこをなんとか!」


「そうだ。メヴィザさんは魔術師団の所属なのに、騎士団が采配するの?」


「連絡はしたのだが、うちの連中との行動中に起きた不調だからそっちで何とかしろと。そう言われてしまえば反論できん」


「もしかして予算的なアレ?」


「いや。派遣中に掛かる諸経費は先方が負担することになっていてな。一応、団長が交渉しているのだが、まあ無理だろう」


「世知辛いねぇ」


「と言う訳だから、費用の方も考慮してもらえると助かる」


「治療費をケチるんだ」


「あ、いや。そういう意味ではなくてな?」


 シーゲルは自分の前後で交わされている会話を全力でスルーしていた。さしたる技量を持たない自分が関わっても、さっくり魔獣に殺される運命しか見えない。聞き間違いだ。向かう相手はサイクロプスではない。馬だ。いや、べペルなんだ。そうに違いない。


 執務室に到着し、漸く結界から開放された。




「これはなかなか便利だな。だが、狭すぎないか?」


「『音入』は女性ハンター一人用の魔道具だもん」


「二三人用は作らないのか?」


「誰が何に使うのさ。それともうっふんであっはんな犯罪を推奨する気?」


「・・・それもそうだな」


「なんでそこで俺を見るんですかーっ?!」


 いやだって。シーゲルさん、色々と軽そうだし。何人、泣かせたのかな?


「ちょっと改良して、中からは簡単に出られるようにしたんだ。排泄時に体調が悪くなることって結構多いからね」


 寒いトイレはとても危険だ、と聞いたことがある。


「なるほど。だから、結界面に触らないように注意したのか」


「うん。触ると解除するようにした」


 それに、万が一悪用されたとしても、逃げ場なしのイケナイ空間からトンズラ出来る。


 曲輪に居る間、女性騎士さん達に使ってもらったら、大好評だった。ただ、魔道具だから高くて手が出せせそうにない、とも言っていた。ギルドや騎士団で買い取って採取や巡回に出る時に貸し出すようしてもらえれば、きっと多くの女性が喜ぶだろう。

 完成した魔法陣の図面をペルラさんに渡しておかなくちゃ。


「流石はロナ殿だ。この調子でクロウのことも頼む」


 おっと。本題を忘れていた。


「それは直に会ってみないと判らないってば」


「それもそうか。ならば早速向かってくれるか? 必要な物が判明したら、シーゲルをよこしてくれ。折り返し運ばせる」


「へ? 俺? なんで!?」


「専任だと言っただろうが。それとも俺の代理を勤めるか。そうかそうか、シーゲル、やっと成長


「厩に行きます」


 判ればいい。場所は案内役に任せてある。先に準備してこい」


「はい〜」


 にーちゃんはやさぐれたが、ウォーゼンさんはとことん容赦がなかった。


「なんだ、お前には物足りない任務だったか? それならもう一つ」


「失礼しましたっ! 誠心誠意務めさせていいただきますっ」


「さっさと行け」


「はっ」


 力みすぎた敬礼を捧げ、くるりと向きを変えると、人形のような足取りで部屋を出て行くシーゲルさん。


「それなりに能力はあるやつなんだが」


 ウォーゼンさんは、力なく頭を振る。


「若いんだから、これからでしょ?」


「いや? シーゲルはトングリオと同期だぞ」


 ぶっ。


「だって、だって、シワもないし声も若いし」


「長命種だったらしい」


「・・・あ、そう、なんだ」


 イケメン長寿・・・ぐぬぬ、羨ましくなんか、なんかっ!


「悪いやつでは、ない。多分。せいぜいこき使ってやってくれ」


 深々とため息をつき、さらりと売り渡すウォーゼンさん。よし、もらった。返品はしないからね。


「そうだ。食堂にいた人達にはなんて言うの?」


「クロウの容態がはっきりするまでは近づくなと言い渡しておく。ロナ殿もその方がいいだろう?」


「あんまり時間を割けないんだけどな」


 西大陸の事案が手付かずのままだし。


「無理を言ってすまない。だが、手をつくしてやりたいんだ。頼む」


 何度も繰り返される「頼む」の言葉。あのヘタレサイクロプスは何をやらかしたのだろう。


「出来るだけはやってみるね。じゃ」


 そう答えて、シーゲルさんを追いかけた。




 西の街門を出て案内の兵士さんの誘導に従い馬を走らせる。夕刻、あの曲輪よりは小さいがそれなりに巨大な囲いに到着した。


「助っ人だよ〜」


 傍らの小さなテントに声を掛けた。途端に、何かが飛び出してきた。


「クロウさんが、クロウさんがーーーーーーっ!」


 ご丁寧に黙って受け止めてあげる必要はないだろう。


 軽く半身を引けば、飛び出してきた勢いのまま地面に突っ込むメヴィザさんがいた。

 一発ぶちかましてもよかったが、そうしたらクロウさんの様子を聞き出すことが出来ない。後で割り増ししよう。


「酷いじゃないですかっ、ってあれ? ロナさん?」


「どっちが酷いんだか。潰されるかと思った」


 土まみれの顔をがばっと持ち上げて、漸くわたしの顔をまともに捉えた。よほど慌てているらしい。


「メヴィザさんが興奮したままじゃ、クロウさんも安心できないでしょ。で、何やったのさ」


 どうどう。軽く頭をなでて落ち着かせる。


「く、クロウさんが、動けなくなってしまって」


 えぐえぐと泣き始めてしまった。


 周囲の兵士さんを見れば、「またか」みたいな顔をしている。


「クロウさんをお見舞してくる」


 今はまともな話ができそうにない。先に患者、患畜? 違うな。まあいい、様子を見てこよう。


「俺は待機してるね」


「専任でしょ? すぐに指示したいことがあるかもしれないしぃ♪」


 徹底的に使い倒して良いとのお墨付きを貰っているのだ。遠慮なんかしないもんね。


 ウォーゼンさんがしたためた命令書を現場監督らしき兵士さんに預け、逃さないように手を握ったシーゲルさんを引きずってクロウさんがいると思われる囲いに入った。





 思わず大声を上げるところだった。だが、深呼吸を繰り返して心を落ち着ける。


 ほぼ全身の毛が抜け落ちて、青白い皮膚が丸見えだ。浅い息を繰り返すクロウさんは、どこからどう見ても今すぐ死にそう。大声なんか出したら一発でショック死しかねない。


 直ぐ側で様子を見ていたらしき兵士さんに、そっと質問した。


「えっと、助っ人のななしろで、ウォーゼンさんに頼まれて来ました。いつ頃からこんな状態なの?」


「三日前、ローデンへの帰還途中、ここでうずくまってしまいました。その時はただの休憩だと思ったのですが、翌朝から少しずつ毛が抜けはじめまして。メヴィザ殿が、移動を促しても立てなくなっていたようです。ローデンに近い場所とは言え、野獣も多い。急ぎ騎士団に急使を出して、囲いや警備兵を配置したのが今朝方です。念のため、治療院にも問い合わせしてみましたが、やはり魔獣は管轄外とかで・・・」


「ここに来る前にメヴィザさん達がやったことを知っている?」


「え? ええ。汚泥湖周辺の居留地の整地に加わっていた筈です。他には、ええと、何だったか」


 考え込む人とは別の兵士さんが加わった。


「ナーナシロナさん、ですよね。でしたらご存知だと思うのですが、洪水で埋まった街道の復旧で溜まった泥の掻き出しと運搬に携わっていましたよ」


 全くご存知ではありません。あの川筋がスッキリしていたのは、人海戦術でえっちらおっちら運び出したのだと思っていた。そうか、ここでも土魔術師が大活躍したのか。


「地味が良いとの判断で、うちの開拓地まで持ってきたんです。これで、来年の収穫は間違いないですよ。本当に、ありがたいことです」


 クロウさんを拝むな。


 林の枯れ葉を腐葉土にして畑に撒くのは有効だ。だが、土そのものは人里にない病原菌を含んでいたり寄生虫が居たりするので、無闇矢鱈に運び込むのはあまりお勧めできない。

 そもそも、作物に適した土質なのだろうか。


 しかも、涸れ川を掘削するだけでなく、あれだけの物量を運ぶなんて。魔力の無駄遣いだと言いたい。


「それ。結構な人数の魔術師さんも加わったんでしょ?」


「いえ。メヴィザ殿だけです。汚泥湖の作業から人手が割けないとのことでしたので」


 ・・・こんの。お調子者共のすっとこどっこいが!


「ナーナシロナ殿?」


「うん。メヴィザさんにね、ちょっと」


 軽く引き気味の兵士さん達を放置して、さっきのテントに戻る。


「メ〜ヴィザさ〜ん」


「ロナさんロナさんロナさん! どうですか?元気になりましたか?もう大丈夫ですかーーーーっ!」


 ずびし。


 再び取りすがろうとしてきたお調子者一号の脳天にチョップを下した。


 そして地面に沈む一号。手足が引く付いているようにみえるのは気の所為だ。


「ロナ、さん? いきなり、何を」


 往復中、一度も口を開かなかったシーゲルさんが恐る恐る声を掛ける。


「クロウさんは、魔力すっからからんで死にそうなの。原因は「これ」しか居ない」


 這いつくばる一号を指差し、冷たく言い放つ。


「わたしがそんなことをする訳がありません!」


 ちっ。復活しやがった。


「ねぇ? メヴィザさんは土魔術が得意だけどさ。クロウさんが引っ付くようになってから、割りと大きな魔術も使えるようになったよね? それって、どうしてかな?」


 ゲシゲシゲシ。一号の背中を踏みにじりながら、優しく問い質す。


「え、え〜と。それは、その・・・」


 段々と声が小さくなる一号。


「でもって。クロウさんてば、メヴィザさんにベタ惚れしてるよねぇ?」


「私だって好きです。愛しています!」


「だったら! どうしてあんな事したのさ!!」


 十トン単位の土砂を、早馬でも三日は掛かりそうな距離、移動させるには。大型ダンプを使ったとして、日数も台数も必要だし、運転手も然ることながら燃料も半端なく消費する。


 だがしかし。この世界に、ガソリンエンジン搭載の作業車など存在しない。


 でもって、メヴィザさん一人が魔術を駆使して完遂した。


 だが、その動力源たる魔力はクロウさんのものだ。


 メヴィザさんを慕う彼女は、自身の魔力をメヴィザさんに捧げていた。いつでもどこでも何度でも惜しみなく。


 そして、限界が来た。


 そういうことだ。


 ゲシゲシゲシゲシゲシゲシ!


「ロナさん、その辺で勘弁してあげよう。ね? そうしよう!」


 呆然としていたシーゲルさん他見物人、もとい兵士さん達が寄ってたかってわたしを引き剥がす。


「クロウさんが動けなくなった時に、土壁を作ろうとしたでしょうがっ! 痕跡が残ってたっ! それもクロウさんの魔力を使ってやったんだよね?! アンタがクロウさんにとどめ刺してどうするーーーーーっ!!!」




 やっと、根本的原因に気が付いたらしい。




 アンポンタンは、ぼたぼたと大粒の涙をとめどなく流していた。

 メヴィザを激しく糾弾する主人公ですが、実は八つ当たりだったりします。六実と八重が似たようなことをやって、居なくなってしまったから。

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