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敗北の味

 騎士団の練兵場レンタルは、たまに貴族お抱えの傭兵達に貸し出されることもあるとかで、特例でもなんでもなかった。ただし、申し込んだその日に使うってのは、強引としか言いようがない。


 アンゼリカさんの言いがかりから始まった軽い運動という名の集団リンチは、入場から半刻ほどで終了した。


 なお、その殆どの時間は、事前打ち合わせと治療に費やされている。


 エッカさん渾身の治療のおかげで、怪我人らしい怪我人はいない。

 魔術師二人は、ど紫色の液体を大量に投与されて回復した。マイトさんとご隠居さんも、心臓マッサージを施されて無事復活した。警備員さん達がもらった打ち身捻挫は、唾つけて放置だそうだ。


 欠損したのはユードリさんの毛髪ぐらいだろう。だから問題ない。ないったらない。


 それはさておき。


 一同は、用件は終わったからとそそくさと工房に戻ろうとした。


 だがしかし。


 王様の「勅命」により、マンネリ気味な王宮勤めの兵士さん達のいい刺激になったご褒美にとして、参加者全員が王宮の食堂に招かれた。もとい連行された。


 むちゃくちゃ強引な屁理屈としか思えない。


 見物人、もとい職業戦闘員と王宮魔術師達の、呆れ半分怯え半分な視線に気付いてはいた。

 大半は、何処かに手加減を置き忘れた大魔術の所為だろう。それとも、ほっそりたおやかな(ように見える)妙齢のご婦人が繰り出した絶技の方だろうか。


 ご褒美というのなら、言い出しっぺのアンゼリカさん一人で十分だろうに。わたしにとっては、刑罰にも等しい処遇じゃないか。


 王様俺様スーさんが何やら偉そうに喋っているのを、神妙な姿勢で拝聴している一同。だが、わたしはさらっと聞き流す。


 そんなものよりも、食事だ食事。さっさと食べて素早く退散する。これに限る。


 いつから準備していたのか、突貫で作ったとは思えない料理の数々が、所狭しと並べられている。珍しくもホカホカと湯気を上げているものもある。

 きっと、毒味をする暇もなく作らされたんだろうなぁ。料理人の皆さんを密かに拝んでおく。


 スーさんがいくら王様でも。本当の本っ当に強引すぎる。


 かと言って、せっかくの料理を無下にするのも憚られる。


 いつの間にか、演説は終わっていたらしい。会話を試みる人達を視界から排除し、早速食事にありつく。

 美味しそうな料理からばんばん食べて食べて食べまくった。開きっぱなしの口が並んでいたかもしれないが、そんなものは見ていない。ないったらない。


 一通り飲み食いして食休みしていたら、スーさんが声を掛けてきた。


「あー、その、えーと、ですね? 私達もなかなか工房まで足を伸ばせない状況ですので、ちょうど良かったんです、けど・・・」


 褒美とやらは、やっぱりただの口実だった。無駄な突発パーティーを企画するより、昨日の火事の後処理とか通常業務とか、やることは沢山あるだろうに。


「サボりはよくない」


 ついでに強権発動もよろしくない。


「そいでよう。女将、こんな無茶苦茶やった理由ぐらい教えてくれるんだよな?」


「そうですなぁ」


 ヴァンさんとご隠居さんは、その場のノリと勢いで乱闘に参加した、らしい。なんてこったい。


 王様に遠慮した警備員さん達は、離れたテーブルに固まっている。そう言えば、彼らも朝飯抜きで参加していた。存分に食べてるかな?


 逃げ損なったわたしの周りに残ったのは、見慣れた面子ばかり。もう見飽きた。


 などと現実逃避していたら、アンゼリカさんの謎セリフが耳に届いた。


「ななちゃんの「時間が掛かる」は、本当に長そうなんだもの」


「「「「・・・」」」」


 理由になってない。


「だからね? ちゃんと対価があれば約束してくれるでしょ?」


「・・・ああ! なるほど!!」


 しばらく逡巡していたマイトさんが、やっとわかった、とばかりに素晴らしく晴れやかな笑顔を見せた。

 顔馴染みの連中は、大きく頷く人と首を傾げる人に別れた。むろん、わたしも意味不明。


「どういうこと?」


「ななちゃんに勝ったの! だから。お願い、聞いてくれるのよね?」


 にこにこにこ。


 笑顔なのに、圧力が半端ない。なんちゃって修行で使っている重力魔術よりも重い。ぐいぐい来る。来てますきてます・・・。


「そんなの聞いていない」


 ないったらないったらない。


「いんや。やり始める前に、女将ははっきりそう言ったぜ。な?」


「ええ、そうですね」


 ヴァンさんとエッカさんが阿吽の呼吸でダメ押ししてくる。普段は仲が悪いクセに、こんな時ばっかり!


 大体、工房の庭に居た時ヴァンさんは沈没していたし、エッカさんだって随分と離れた所に居たから、聞こえていた筈がない。

 そもそも、工房で小競り合いを長引かせていたらヴァンさん達は今頃まともな食事もできない状態になっていたのに、恩を仇で返す鬼畜の所業。


 だから、あくまでも「聞いてない」を貫く所存。不確かな証言は不採用だ。言った言わなかったの水掛け論でお茶を濁し、とことんとぼけてやる。


 それに、どんな無茶を押し付けられるか判ったものではない。


 兎にも角にも、わたしは忙しい。忙しいんだ。


 だと言うのに。


「魔法陣を陣布に応用する研究にご協力を!」


「俺を実験とやらに巻き込まないようにしてくれ!!」


 攻撃第一陣が勢い込んでまくし立てた。


 当然、返事は決まっている。


「却下」


「え?」


「アンゼリカ様が勝利なさいましたわよ?」


「ペルラさんとユードリさん「は」、負けた」


 派手ではあった。意気込みも認めよう。しかし、あれは自爆だ。同士討ちと言い換えてもいい。


 後で努力賞ぐらいは出してあげる。来年の繭玉倍量でどうだろう? ユードリさんには特製武器。ロマン武器って、いいよね。


 何かを察したらしい獲物達がジリジリと後ずさりしていく。


 そして。


「お、女将! なんとか言ってくれ!」


 いい年こいたユードリさんがアンゼリカさんに泣きついた。


「・・・・・・そういえば。全員のお願いを聞いてね、とは言ってなかったわ、ね・・・」


 美魔女の笑顔にひびが入る。


「俺の氷、当たったよな、な?」


 諦めの悪いユードリさんに、追い打ちをかける。


「ひとっつもかすったりしなかった」


 トンファーで砕いて弾いてふっ飛ばした。その欠片も当たっていない。

 故に敗者の戯言に耳を貸すつもりはない。寧ろ、勝者の慈悲(物理)をありがたく受け取るがいい。わはははは!


「それに、ボクがいなかったら、あれ、エッカさんに大当たりしてたよ?」


 ご指名です、エッカさん。


「・・・ええ、まあ。最後の暴発、ゴホン! お二人の余波はそれなりに、ええ」


 降り注ぐ猛火や迫り来る氷塊を目の当たりにした恐怖は如何許か。どストレートな表現は避けていたものの、エッカさんはわたしの発言を肯定した。


「それじゃ、俺のデート権は・・・」


 射手の一人が呆然と呟く。


 そもそも、わたしがどうこうできる事案ではない。彼女さんって誰? 男は度胸。どーんと当たって砕けてくればいい。


「追加報酬・・・」


 そんなものは知らん。

 それより、射ちまくった矢は、ペルラさんの炎に焼かれたり折れたりして半分も回収できなかった。寧ろ大赤字だろうに。自腹だったら尚更気の毒。


 彼らへの残念賞はロックアントに決めた。素材によし、売ってもよし。いや、両方賄える量にすれば完璧。





 フェライオスは焦っていた。

 ななしろの賭けの話を聞いて、あわよくばと皮算用していたのだ。だが、彼女はまったくもって甘くない。ペルラとユードリは、会話、もとい口合戦でも負けた。ななしろが勝者と認めたのは、アンゼリカとヴァンだけ、ということだ。つまり、ななしろに「お願い」出来るのも、この二人のみとなる。


「ですから! 是非とも王宮の部屋で寝泊まりして下さるようにして欲しいんです!」


 せめて接触回数だけでも増やしておきたい。


「あら、工房でもいいと思うけれど?」


「わたしが気軽に会えないではないですか!」


「会ってどうする気なの?」


 冷気を纏うアンゼリカに、果敢に攻める国王。ちょっぴり腰が引けていたことに、本人は気付いていない。だから、皆見てないふりをした。


「お茶したり、お茶したり、ですっ」


「そうですわ! 少しくらいお喋りしたって構わないじゃないですか!」


 王宮内で、国王夫妻と差しで茶を飲む。並の貴族では到底叶えられることのない超高待遇。


 なのだが。


「ななちゃんは嫌がりそうよねぇ」


 流石、自称母親。よく理解っている。


「子供達も会いたがっています。どうか何卒是非お願いしますわ」


「王太子様は嫌われたのではなかったかしら」


「ですから、そこを良くするためにもですね?」


「今は、ここに近寄らないよう仕事を押し付け、げふん執務中ですのでご挨拶は後ほど」


 国王夫婦の必死の嘆願を、のらりくらりと躱すアンゼリカ。


 ローデンで王宮内に居室を与えられるのは、王族以外を除けば極限られた者だけだ。

 また、部屋の格によって、身分に関わり無く王族からの信頼度も丸分かりとなる。


 ちなみに、宰相の居室は国王の寝室の隣だったりする。信頼度というよりは依存度と言えるかもしれない。宰相本人が、そんな扱いを喜んでいるかどうかは不明だが。

 役職上緊急時に即応を求められる人員も、殆どは付設された宿舎に押し込まれている。


 貴族でもない王宮勤務の高位役職者でもない者に、国王自ら「本宮内に特定の人物専用の部屋を用意する」となれば、下心満載の貴族商人その他有象無象から、国王に取り入るための駒として狙われかねない。


 訂正。


 ヘンメルが用意した客室で起きた事件に絡み、既に水面下での混乱は広がっている。


 居合わあせた侍女や兵士達には即座に口外無用を申し渡したので、当人と目される人物の詳細は秘匿できた。しかし、ヘンメル自身が「お部屋様」を連れ込んだ事実は隠しきれなかった。ななしろを抱き上げて闊歩する王太子を目撃していた職員達への口封じが間に合わなかったのだ。

 結果、「婚約者が現れた」との情報が行き交っており、王太子妃の座を狙っていた各家はパニックに陥っていた。当分混乱は収まりそうにない。


 だがしかし。


 国王夫妻は、ただただ、ななしろとじっくりたっぷり落ち着いて話ができるようになりたいだけで、国内外への影響を一切考慮していなかった。


 それをこの場で指摘できる人物は、国王や王妃の話は全く聞いていなかった。指摘したとしても制止できたかどうかは怪しいものだが。


 では、何をしていたかというと、宰相はヴァンにくらいついていた。


「かの方の「遺品」を全て引き取っていただくよう口添えをお願いいたしまするっ」


「おい。「赤の他人」に一切合切押し付ける気かよ」


「国内外からの突き上げが激しすぎるんです。仕事になりません! なんとかしてください!!」


 収納カードは返却できたが、宝物庫の中には賢者が勝手に詰め込んでいった品物が大量に残されていた。どれほど箝口令を敷いていても、人が携わっていれば、いずれは漏れる。そして、欲深い者はどこにでも存在する。ありもしない口実を携えて、あわよくば宝を掠め取ろうと日夜呆れた努力を続けていた。

 手を替え品を替えアタックを繰り返す有象無象に対応する王宮職員はグロッキー寸前で、このままでは他の業務にも支障が出かねないとあって、それらを統括する宰相は発狂しそうだったのだ。


「オレに言うな!」


「勝者の権利を是非我々王宮にくださいお願いします!!」


「そう簡単に渡してたまるか」


「年給使用人付き屋敷一切合切お世話させていただきますからっ!!!」


「勝手に決めるなぁーーーーーーっ!」




 対戦組とスーさん達の不穏な会話はまるっと無視した。だいたい、アンゼリカさんの言う通りにするとは一言も言ってない。無駄な努力をあざ笑うのも悪役の特権。わはは。


 ということで、料理の二巡目に向かう。まだ全ての料理を食べてないし、胃袋の空き容量もまだまだ余裕がある。正直、最後の猛ラッシュは本当に疲れた。王宮飯で補充だ補充。


 だが、兵士さんの一人が戦うコツとか極意とか注意点とか教えてほしいと話しかけてくる。

 あまりのしつこさに理由を聞いてみた。休憩時間にあの攻防戦見物していて感激したから、だそうだ。しかも、この会場の警護を命じられ、「教えを請えという運命に違いない」と確信した、とも言った。


 王様といい、兵士といい。おいこら仕事をサボるな。


「いやぁ、魔獣討伐に駆り出された時に、結構怪我するものだから」


 わたしは猛獣か!!


 ・・・その通りでした。ワタクシ、四枚羽の巨大爬虫類でございます。トホホ。


 チャームポイントは白光りする牙がチラ見えする微笑みで、ベーベルンゲ似のしなやかな尾も見応え十分。


 あ、なんか落ち込んできた。


「ロナさん、聞いてる?」


「ヴァンさんの新しい防具は、すごかったよ。そのうちに、巡回班には支給されるんじゃない?」


 魔獣専門のハンターでもしばしば返り討ちに合うのだ。オールラウンダー要員の兵士さん達は、本職が到着するまでの時間稼ぎが出来れば十分だと思う。


「倒せなければ意味ないし」


「そういうことならアンゼリカさんに聞けばいい」


 あのテクニックを習得すれば、深淵部を徘徊している連中も余裕でイケる。と、わたしは断言する。


「だから。あれを限界まで凌いだロナさんに怪我をしないで済むコツをを是非!」


 なんと。あちらが猛獣でした。


「それに、さ? ロナさん、可愛いし」


 いやいやいや。いい年こいた大男がモジモジする姿は気色悪いってば。


「何か関係あるの?」


「先代に比べて、ほら小柄で怖くないっていうか・・・」


 馴れ馴れしい口調なのも、それが理由か。どうせね、今のわたしの姿はちんまいし、ちんまい・・・。


「結局、負けたよ?」


 我流のデタラメ訓練で身につけた付け焼き刃のなんちゃってチャンバラは、ちっとも通用しなかった。そりゃあね、上には上が居るものだけどさ。


 ・・・・・・


 こうなったら。


 やけ食いじゃあーっ!




 主賓抜きで盛り上がっている真っ最中に、食堂のドアがこそっと押し開けられた。本来ならば警備の兵士が室内にいる上位者に入室の是非を問うところだが、肝心の兵士は部屋の中に居て全く役に立っていない。だが、今回は非常に都合が良かった。


 その人物は、大きな背を精一杯低くして室内を伺い、中にいた兵士を見つけた。運悪く目が合った兵士を手招きする。役職を放棄していた後ろめたさも有って、喧々囂々やっている一団の気を惹かないよう、合図に従い静かに出口に向かう。


「げ。ふくだんちょ」


「げ。ではないだろう、シーゲル。何をやっているんだ。見張りはどうした」


「あ〜、えーと、その、ですね?」


「だから、平兵士のままなんだ」


「だから是非ロナさんにキャリアアップの秘訣を教えてもらいたくて」


「彼女に勝て」


「無理です!」


「しーっ。大きな声を出すな!」


 しゃがみこんだまま小声で言い争う二人。


「それで。ロナ殿はここにいるのか?」


「あちらで猛烈に食べてます」


 シーゲルと呼ばれた兵士が顔を向けた先では、一心不乱に一人爆食している少女がいた。


「・・・」


「お、俺のせいじゃないですよ? 違いますから!」


「あ〜、まあ、好都合ではあるな。お前は、ロナ殿を隠すように立っていろ。いや、一緒に来い」


 大きなテーブルの影に隠れるようにして、匍匐前進する。そして。


「ロナ殿。済まないが、少々相談したいことがある」


 床に這いつくばったまま、ななしろに声を掛けた。


「なんだ、ウォーゼンさんか。そんな格好で、どうしたの?」


 なんだとは、つれないことだ。っと、用件を伝えるのが先だ。


「あまり大きな声を出さないでくれ。従魔に詳しい者の心当たりがなくてな」


「王様にも内緒なの?」


「今は、まだ。な。

 実は、あのサイクロプスが体調を崩した。ローデン帰還途中で動かなくなったそうだ。だが、肝心のメヴィザが当てにならん。ローデン騎士団は、クロウに色々と世話になっているのだ。治療できるものならばそうしたい。


 どうだろう。協力してもらえないだろうか」

 ところで、工房の朝ごはんがどうなったかというと。残った職員が美味しく頂きましたとさ。


「ななちゃんの為に作ったのに!」


「余計なことをするからだよ」


「・・・」


 お粗末様でした。


#######


ベーベルンゲ

 [魔天]の大蛇。樹上からの不意打ちからの締め付けで獲物を仕留めるのが得意。襲ってきた捕食者を尾でぶん殴り昏倒させておいしくいただくこともある。

 だが、ななしろには「味よし、ボリューム満点、何処にでも居る」という認識のお手軽便利食的存在。

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