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それも愛、きっと愛

 「最終手段!」の樽を取り出し、食堂の片隅に積み上げてみた。どうよ、この物量。遠慮なくとことん試作試飲に消費しまくっても、大丈夫! 寧ろ、消費に協力して欲しい。


「双葉。もうちょっとこれの仕込み量を増やそうか」


 これで、貯まる一方と蜂蜜酒とその原料の蜂蜜が減らせる。双葉さんのストレス、もといデタラメ酒の制作欲も減らせる。

 四葉さんに負けない見事な踊りを披露する双葉さん。滅多にないリクエスト(酒)がとても嬉しいらしい。四葉さん? 伴奏は要らない。要らないって。


 食堂に集う一同は、樽の山を見ている。じーっと見ている。だが、目が死んでる?


 ・・・・・・


 「飲むぞーっ!」


 ヴァンさんが絶叫した。直後に。


 「「「うおーっ!!」」」


 雄叫びで耳が痛い。


 


 唐突に大宴会が始まった。


 酒コールに答えて、アンゼリカさんやミレイさん達が手際よくジョッキやらツマミやらを運んできた。


 それにしても。マイトさんが参加するのは判らなくもないが、ご隠居さんまでノリにノっている。いやもう本当に何が何やら。


 まあ、いいか。せっかくだから、手持ちの酒も各種提供しよう。それらの仕込みも追加すれば、双葉さんの機嫌はもっと良くなる。だろう。


 気が付けば、食堂での騒ぎを聞きつけて様子を見にきた待機中の傭兵さん達が、なし崩しに巻き込まれていた。

 アンゼリカさんの心尽くしの料理と共に大量の酒が、瞬く間に消えてゆく。


 よしよし。弾除け、もとい胃袋の数は多ければ多いほどわたし(の胃袋)が助かる。


 三葉さんと四葉さんがダンスを披露し、それに合わせてむくつけき男達も踊りだす。ペルラさんまでキレッキレの足さばきで食堂内を巡り廻る。蹴りつけているとも言う。


 飲んで暴れると酔いが回りやすくなるのに。


 ほどなく、食堂の床は、マグロで埋め尽くされた。


 ほら見ろ。言わんこっちゃない。


 ペルラさんだけは回収して、私室に放り込んできた。さすがに、マグロと雑魚寝させるのは気の毒だ。


「本当に男共ときたら」


「明日の朝食はどう致しましょうか」


「警備の方達にはお弁当を用意しましょう。私達は調理場でいいと思うわ」


 生き残り、もとい呆れる女性陣の中、アンゼリカさんだけが不機嫌な顔をしている。宿の食堂では見慣れた光景だと思うけど?


「女将様、どうかなさいましたか? ・・・まあ、この有様では腹を立てられるのも無理はないかと」


 ミレイさんの問いかけも、どこか変。


「だって、だって。ななちゃんのお祝いだったのにほとんと食べてもらえなかったんですもの!!!」


 アンゼリカさんの叫びが、瀕死のマグロの脳みそに叩きつけられた。そして、あちらこちらから呻き声が上がる。まだ死んでない証拠だ。よしよし。


 ではなくて。


「そうでした。ナーナシロナ様、無事のご帰還、おめでとうございます」


 ラトリさんのポンコツ度が進んでいた。ペルラさんもだけど、王宮から退職すると誰もがこんな風になるのだろうか。


 それに、お祝いとかおめでとうって、何?


「レオーネちゃんの泣きっぷりに出遅れてしまったし、せめてご馳走だけでも食べて欲しかったのにっ!」


 目が、アンゼリカさんの目つきが怖い。手付きも怖い。


 いやいやいや。胸部装甲の窒息死は御免被る!


「食べたから。ちゃんと食べたってば。美味しかったよ。ごちそうさま」


「キルクネリエのお団子は? エッカさんにレシピを強請って作って見たのだけど」


 レシピを強奪したのか。でも似た料理なら既にあったような。


「あれはキルクネリエだったんだ。うん。美味しかった」


 魔獣の肉を入手し辛いこのご時世に、無理しちゃって。


「じゃあ、じゃあね、ベペルの薄切り炒めは?」


「美味しかったよ」


 出された料理は、最低一口は食べた。文句はないだろう。


「もうもうもう! ななちゃんってば、全部「美味しかった」だけなんてつまらないわ!」


 正直に答えたのに怒られた。何故だ。




 以前も案内された部屋で一晩過ごした翌朝。食堂は惨憺たる有様だった。いや、グレードアップしていた。


 妙な匂いがそこかしこから漂ってくる。


 だけど、彼らの奮闘のおかげで、わたしは胃袋破裂を免れた。本当に助かった。お礼に、搾りたてのバッド汁を浴びるほど飲ませてあげよう。ぬふふ。これの在庫にも抜かりはない。


「早速出番よね♪」


「アンゼリカさん。それ出したら、みんな仕事にならないよ?」


 そうでなくても、ほぼ死んでいる。「最終手段!」でとどめを刺してどうする。


「それもそうですが、やっぱり邪魔ですわ」


 ペルラさんは、昨晩の醜態を微塵とも感じさせない。潰れるのはともかく、予想以上に回復が早かった。以前のアレヤコレヤを覚えている身としては、感慨深い。


 ではなくて。


 室内での火炎弾はまずいって!!


「庭に運んでおくよ。日向ぼっこしているうちに、起きるでしょ」


 ついでに、食堂の掃除もしやすくなる。一石二鳥。


 マイトさんとユードリさんを両脇に抱える。運搬中に通りかかった警備員さんがぎょっとしていたが、事情を聞かせたら頭を抱えていた。何しろ、交代要員が沈没しているのだ。さて、どう手配することやら。

 マグロの搬出は、グリーンブラザーズの協力もあって二往復で済んだ。干物になる前に復活する、といいなぁ。


 まあ、目が覚めた時にすかさず酔い覚ましを飲ませれば、今日の仕事に間に合うだろう。


 マグロ達の様子を見ながら、運動する。


 運動と言っても、筋力を鍛えている訳ではない。なにしろ、わたしの瞬発力とか持久力とかはオーバースペック過ぎて、寧ろ害になるケースが多い。とっさの時にも全力を振るわずに済むように、動作の一つ一つをゆっくり精緻に制御出来るようにするのが今の目標だ。


 腰を落とし、片足立ちで姿勢を変えていく。これがなかなかしんどい。頭がぐらつくようではまだまだ。


「あら。変わった動きをするのね」


「試行錯誤中だけどね。結構くるよ」


 主に、腰とかお尻とか。目指せ、将来のビューティホーなヒップライン。


「無理しちゃダメじゃないの。大きくなれないわよ?」


 え?


「少しは成長してるもん!」


「私の目は誤魔化せないのよ♪」


 アンゼリカさんセンサーには、三次元メジャーも標準装備されているのか?


 ではなくて。


 アンゼリカさん。それは、わたしに対する宣戦布告と受け取ってもいいんですね? いいんですよね。受け取ったんだもんね。


 なんだけど。


「・・・ねえ。手に持ってるのは、何?」


 朝御飯を知らせに来るだけにしては物騒な代物が、いつのまにか両手に握られてたりして。


「ええ。従業員割引で安くしてもらえたの♪」


 ライバさんが刀剣鍛治も始めたのかと思ったが、違った。


「・・・よく、似合ってる」


「うふふふふ。そうでしょう?」


 指で示したのは宿屋の女将さん必須アイテム、純白のエプロン。


 の、ポケット。


 青狸の腹じゃあるまいし。


 ではなくて!


「エプロンはお料理や掃除するときに使うものでしょ?! 用途と入れてる物を間違えてるって!!」


「あら。物騒なお客様もたまーに混ざってたりするのよ?」


 だからってだからってだからって!!


「今は必要ないよね? ね?」


「うふふ。せっかくだから、ななちゃんの運動に付き合ってあげるわ」


 全力で遠慮する。したい。いや、そうする。


「もう十分動いたからもうお終い。朝御飯は何かな〜?」


 朝食前の軽い運動に真剣は要らない。必要ないったらないんだってば!!


「だからね? もうちょっとお腹をすかせておけば、たくさん食べてもらえるでしょ♪」


 ターゲット、ロックオン。





 喧嘩を買ったつもりが、倍掛けで買戻しされた。


 何でだーーーーっ!




 庭から、いや、工房から離脱すれば幾ら何でも追いかけて来られない。街中で正当な理由なく武器を振り回せば捕縛されるから。当然、罰則も課せられる。


 人の背丈より高い生垣を飛び越えてもいいのだが、早朝とはいえ通行人がいるかもしれない。出会い頭に踏み殺したりしたら目も当てられない。

 真っ当な出口は何処だ。あそこだ。だがしかし、アンゼリカさんの千里眼判定でわたしの思惑は読まれてしまったらしく、そちらに行かせまいと剣を振るう。


 普段ならさっさと振り切っているところなのだが、敵は他にもいた。


 マグロだ。


「うふふふふ♪ ななちゃんが私から一本でも取れたらおしまいね?」


「その前に、踏んでる。思いっきり踏んでるって!」


「あら。私はそんなに重くないわよ?」


「そうじゃなくてぇ!」


 爽やかな朝日に照らされた庭で、無残な顔色をした男達があちらこちらで呻き声を上げている。

 二日酔いのダメージに加えて、アンゼリカさんが思う存分踏みまくったからだ。

 アンゼリカさんの足腰の鍛え方が謎すぎる。


 ではなくて。


 逃げるわたしは、厄介な障害物となって立ちはだかるマグロ達を踏むことが出来ない。脱力しきった体は柔らか過ぎて、踏ん張りがきかない。

 それより何より、ついうっかり内臓破裂させそうな気がする。


 一方のアンゼリカさんは一切の斟酌手加減なしに最短距離で接敵し、更には狙った獲物をマグロの生け簀に追い込み、逃亡を許さない。


 今更だけど。


 運ぶついでにとっとと酔い覚ましを飲ませておけばよかった!!




 わたしの狩スタイルは、基本、遠距離からの一撃必殺だ。ロックアント退治では至近距離からぶちかますけど、あれは例外。止むを得ない場合は、椿で首チョンパ。兎にも角にも、さっさと終わらせるようにしている。

 盗賊戦ならば、死角からさっくり倒す。別名、ストーキングからの不意打ちとも言う。使い勝手の良い結界を開発した上、最近は痺れ蛾グッズが充実しているから使える方法だけど。躊躇も遠慮も必要なく、全く手間がかからない。武器防具を取り上げ、縛って運び出す方が面倒だったりする。


 それはさておき。


 数少ない対人模擬戦の場合は、フットワークで相手の動きを揺さぶり、すきを見て尚且つ手加減してぶん殴ったり放り投げたりする。


 ただし、相手の武器は、剣とか拳とか槍とかに限る。


 正直に言おう。


 対レイピア戦の経験が、ない。


 槍よりも素早く突き立てられる剣先は、執拗にわたしの急所を狙ってくる。反撃したくても手数で負けている。


 しかも、どういう技術なのかそれとも特殊な剣なのか、金属鎧よりも丈夫な筈のエト布シャツのアチラコチラが切り裂かれた。


 恐るべし、アンゼリカさん。


 それでも。


 目玉は例外として、わたしの体はかすり傷一つ付かないだろう。腰痛に苦しんだことはあっても、今の所、抜け殻ナイフ以外の物理魔術的負傷を受けたことがないからだ。


 だが、それ即ち異常体質が見物人にモロバレすることを意味している。これまた非常によろしくない。人外だからといって、あれもこれもと吹聴してまわる趣味はないのだ。


 付け加えれば、こんなに足場の悪い場所での戦闘も経験したことがない。


 沼地で採取する時は、わたしが手を出す前に一葉さん達が嬉々として手を繰り出す・・・と言っていいのかどうかわからないが、とにかく指示するだけで終わる。[魔天]を貫く山脈は礫と氷に覆われていてこれまた足を取られやすいが、特製スパイクブーツを装着していれば問題ない。万が一転がり落ちても変身してしまえばいい。


「待った待った待った! 場所を移そうよ。ね? 練兵場とか、ギルドの訓練場とか町の外でもいいし。そこで思う存分相手するからさ!」


 リズムゲームではあるまいし、しかも踏み間違えたら即死などというデスゲーム(踏まれた方)の片棒を担ぐのは、全身全霊を持って遠慮させていただく。


「勝ったらお母さんのお願いを聞いてね♪」


「勝ったらね? って、だからそこ踏んだら!」


 オグエェ〜〜〜〜〜ッ


 とうとうマグロのリバーススイッチが入った。成仏してね。


 ではなくて。


「本当に?」


「もう踏んじゃダメだってば!」


 二匹目のスイッチも入れている。嬉々として入れている。むごい。宴会に巻き込まれた傭兵さんの一人、なのだが、仕事に復帰できるのだろうか。


「本当の本当の本当に?」


「判った。了解したから。もう踏んじゃだめーーーーーっ」




 出来る人、ペルラさんの采配で、工房にはすでにエッカさんがスタンバイしていた。


 いやいやいや。この惨状になる前にアンゼリカさんを止めて欲しかった。痺れ蛾鱗粉をぶち撒けるとか、それこそ「最終手段!」を頭から被せるとか、手段は色々あったのに。


 わたし? あれだけ猛攻撃を受けていてどこにそんなものを出す暇があったというのか。いや、ない。


「エグいですねぇ」


 手当を終えたエッカさんが、ぽろっと感想をこぼした。


「だよねぇ」


 アンゼリカさんが剣を引くまでに、マグロのほとんどが犠牲になった。幸いにして内臓破裂には至らなかったものの、結構危なかった人もいる。肋骨にヒビが入ってたり、リバーブローを受けて悶絶してたり。


 鬼だ。鬼女だ。あんまりだ。


「だって、ななちゃんが逃げるんですもの」


「当たり前でしょ?!」


 中には、二度三度と踏まれまくった人もいる。ご隠居さんとかヴァンさんとか。・・・ま、まあ、彼らは無駄に頑丈だから問題ないか。それに、治療を受けて完治したみたいだし。


「あるわ! って、うぷ」


「あれ? 聞こえてた?」


 いつの間にか復活したヴァンさんが、幽鬼のような表情で背後に立っていた。だから、無駄に頑丈だと。


「てめえの顔見りゃわからいでか。この薄情者!」


 背中からその人の表情が見えてたまるか。この大嘘吐き。


「文句は所構わず襲いかかってきたアンゼリカさんにどうぞ」


「「・・・」」


 次々と起き上がる元マグロ達が、アンゼリカさんの顔を見る。じーっと見る。


 対するアンゼリカさんは微笑んでいる。


 ニコニコ、ニコニコ。


 ・・・・・・


「ロナが悪い」


「うむ」


「巻き添えですよね・・・」


 わたしに非難が集まった。ホワイ?!


「ボクは踏んでも蹴ってもいないのにっ」


「「「「「逆らうからだ」」」」」


 あんまりだ!!!


「昨晩も飲みすぎたのでしょう? なんです? あの樽の山は」


 全員を診療したエッカさんからの援護射撃は、涙が出るほど嬉しい。


「ななちゃんの薬酒よ」


 それを聞いたエッカさんが、ものすごい形相で掴みかかってきた。さっきの味方が、今の敵に回った。あれー?


「あれ程あれ程あーれーほーどーっ! 調薬はダメだって言いましたよねっ!」


 カックンカックン。首が、もげる。


「ペルラさん、が欲しい、って、言ったか、らぁ〜」


「どこの誰に呑ませる気ですかぁっ!!」


 ぐるりと首を回してペルラさんを睨めつけている、らしい。わたしはヘッドロックをかけられたまま、拳骨をグリグリと押し付けられている。そこはかとなく、痛い。


「いえあの飲むのではなくて、染料として小瓶を一つ所望しだだけですのよ?」


 大慌てで弁明するペルラさん。


「ならば、あの山はどういうことです?」


「ナーナシロナ様ですから」


 何もため息交じりに言わなくても。しかも、そのセリフは責任転嫁だよね? 出した時、拒否しなかったくせに。


「実験には大量に使うんだもん」


 あ。圧力マシマシ。ぐーりぐりぐり。


「昨日のお酒は別のものよ。樽のお酒は、ななちゃんが言うには「最終手段!」なのですって」


「俺と竜の姫さんが犠牲になってる。一口で気絶するようなトンデモナイ代物だがなっ」


 追撃が酷い。犠牲ってなんだ、犠牲って。


 ぐりぐりぐりーっ


 しかも、拳骨が増えた。誰だ、この手は!


「だ、だって、ボク、英雄症候群でしょ? ほら、鎮圧手段がないとさ、いざって時にまた、ほら」


「・・・あくまでもご自分で使用するためだと?」


 エッカさんの詰問は氷点下。


「とーちゃんは二、三滴だけで、ぶっ飛びモリィさんには一樽一気飲みさせた。でも、ちゃんと目を覚ましてるし。後遺症はない、よ、ね? ね?」


「とーちゃん言うな!」


「問題はそこ?!」 

 「最終手段!」と言いながら、問題を大きくしているだけかも。

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