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[魔天]の異常

「その前に。二葉と四葉は?」


 マイトさんが、黙ってテーブルを指差した。だけど、そこに姿はない。いや、机の下からゴソゴソという音が。

 屈んで覗き込めば、いつの間にやら、一葉と三葉も加わって団子になっていた。緑色のボールがゴロゴロうねうね・・・。不気味としか言い様がない。後が怖いから絶対に言わないけど。


「ただいま。二葉、四葉、いろいろとご苦労様」


 シュタッ!


 一応、甘えている仕草、なのだろう。わたしの全身を這い回っている。愛撫だとしても、・・・不気味な眺めだ。ほら、視線を逸らされてるし。


「とーちゃん、お守りありがとう。ユードリさんにもお礼を」


 と、素直に言った。


 ・・・あれ? マイトさんの何時ものセリフが無い。ばかりでなく、二人は顔を見合わせ、おもむろに泣き出した。


「え、え? 二葉と四葉が何かした?!」


「ああ、まあ、いろいろ、いろいろとな」


 ヴァンさんが、思いっきり疲れた声を出す。


「そういうことなら。迷惑料を」


 あれとか、あれとか、それとか。


「「出すな!」」


 被害者は、金額を提示するどころか慰謝料の受け取りを拒否した。何故だ? 寧ろ、ここは全力でぼったくる場面じゃないの?


「俺んじゃないってのに、ハンター仲間からやっかみ半分であれもこれも押し付けられてそれはそれで技術向上になったからいいんだもうそれで十分だから!」


「迷宮の本来の職場に戻ろうとしたら街門から出してもらえなくてどうやっても離れてくれなくてさぁ?! 団長副団長からお守り役を仰せつかったはいいけどなんなのこいつは街中の巡回に出れば悪党どもを片っ端からとっ捕まえるし勝手に積み荷の移し替えを手伝ったり人の頭の上で踊って見せたり! 工房との連絡役って名前で外に出なくてもよくなったのはいいんだけどいいんだが機織りしている横でこいつの舞台役ってのは勘弁して欲しかったよ本当に!!」


 同時に叫ばれても、何が何やら。わたしは聖徳太子ではありません。二葉さんと四葉さんが張り付いていた結果、有象無象の面倒事に巻き込まれたらしい、ってことは理解した。


「何度か[魔天]の異常調査に行ったんだ。だけど、俺は普通に踏み込めた。今の所、判っているのは、「これ」ってわかったお綱様が付いているかいないかだけだってやめやめやめれぇ〜〜〜〜〜」


 ユードリさんの「これ」発言に、二葉さんはお怒りの模様。しかし、お綱様って、誰の命名だろう。


「おおそうだ。そうだった。ハンターが、いや他の奴らも[魔天]に行けなくなっちまった。ロナは何か気がつか・・・そいつらがいたな。ダメかぁ」


 ヴァンさんが、勢い込んで身を乗り出し、すぐさま沈没した。


「行けないって、一歩も踏み込めないの?」


「違う。なんか霧っぽいのがずーっと晴れないんだ」


[魔天]西部だけでなく東側でも発生している。で、ちょうど[魔天]領域をぐるりと取り囲んでいる状態だ」


 ヴァンさんが、ぼそりと追加情報をつぶやいた。


「見通しが悪いし、霧の濃淡もあって道に迷いやすい。しかも、そこに入るといつの間にか[魔天]の外に出ているんだ」


「ローデンだけでなく、他の国のギルドも調査隊を出したぜ。だが、ほとんど似たり寄ったりの報告ばかりでな」


「だけど、俺と組んだ調査チームは中に進めたんだがな。それならってんで、十数人で向かったらその時はダメだった。調べた結果、俺を含めた六人までなら行けた」


「どうやら、従魔を連れている連中なら、迷わずに踏み込めるってことがわかってな」


「それから、それから! 俺休む暇がもらえなくって! お綱様が俺以外を拒否しやがってててててぇっ!」


 よくよく見れば、ユードリさんの目の下に何時ぞやのペルラさんにも似た隈取り模様が。


「仕方ねぇだろうが! 薬草とか地下道の魔道具用のメランベーラとかどうしても手に入れる必要があったんだ!」


 おやまあ。引っ張りだこでしたか。


「今日顔を出せたのは偶然だ。ギルドハウスに帰ってきたら、こっちに向かえって言われて。いや本当に、帰ってきてくれてよかった。本っ当によかった!」


「あれ? そうなると次の採取はどうなるの?」


「「「「「「・・・」」」」」」」


 沈黙が、重い。


「ローデンギルドに従魔を連れたハンターはいたかしら?」


「「「「「「・・・・・・」」」」」」」


 アンゼリカさんがトドメを刺した。


 クロウさんを連れて行けば[魔天]に入れるだろう。しかし、複数国での共同事業に従事しているメヴィザさんは動かせない。そして、あのビビリサイクロプスは側を離れることはないだろう。


 仕方がない。


「二葉、もう暫く」


 手伝って、とお願いする前に。


「もう嫌だぁーーーーーーーーーーーーっ!」


 逃げた。


「ユードリこら待て! 待ちやがれっ」


 年寄りのくせに初動は早い。堕隠居並みに年齢詐称しているのではなかろうか。


 わたしが動かなかったのは、二葉さんのコブラツイストで身動きが取れなかったから。そこはダメ、痛いってば。痛たたた・・・。


「・・・捕まえて参りましょうか?」


 半ば呆れた顔をしたペルラさんが、椅子から立ち上がった。


「かなり困った状況なのは確かです」


「そうなのよねぇ。いい方法はないものなのかしら」


 宰相さんの意見に、アンゼリカさんも同意する。


 [魔天]素材は、現在の都市生活基盤に直結している。ロックビーの蜂蜜のような嗜好品もあるが、トレントなど、大半は他に代用できない素材、らしい。

 各都市の商工会やギルドなどはある程度余剰を確保しているが、一時的なものだ。まして、薬草によっては鮮度の良い状態で治療直前に調合するものもあり、供給が途絶えれば文字通り死活問題となる。


 だがしかし。


 原因が分からなければ、解決策も出せない。


「他に何か試したことはある?」


「申し訳ありません。私共はそこまで立ち入っておりません。やはり、捕まえて参りましょう」


「王宮にもまだ詳しい報告がなくて」


「ななちゃん、私も知らないわ」


 それもそうか。現役ハンターではないアンゼリカさんがギルドの最新情報を知っていたら、それはそれで怖いと思う。千里眼にも限界があると判ってホッとした。


 ではなくて。


 あと三ヶ月ほどでロックアントの大量発生シーズンが来る。次は、痺れ蛾の変身、もとい蛹化が始まる。


 繭の数が減らなければ、一時期のようにトレントが片っ端からつるっ禿げになる。


 何が何でも採取してもらわなくては!


 ヒントは、二葉さん。


「魔獣の骨とかそういう物を身につけていくとか」


「・・・ここで作ってる布って魔獣から採った糸を使ってるんだよな?」


 マイトさんからの質問とは珍しい。


「うん」


「確か繭を取るときに使うやつを持って行ったとかなんとか聞いた気がするんだが」


 グリーンブラザーズ繋がりで仲良くなった、もとい愚痴友になったユードリさんからの情報だろう。


「もうちょい強い魔獣のは試したのかな?」


「そこまでは聞いていないな」


「・・・なんだ、手伝ってくれるのか?」


 マイトさんと問答していたら、ユードリさんを引きずってヴァンさんが戻ってきた。


「それは無理。


 あのグリフォンの頼まれ事がさ、ものすごくものすごくものすごーーーーーく時間がかかりそうで。数年は戻れないと思うんだ。だから、一時的に戻ってきた。そっちのゴタゴタに付き合う余裕がない。顔を出したのは二葉達を預けたままだったからだもん」


 二葉さんは、回収していく。レンタルは当事者双方からダメ出しされたから。だから、絞めないでぇ〜。


「その頼まれ事とやらは、俺達が手伝うぞ?」


 うん。ユードリさんの気持ちは嬉しい。とてもとても嬉しい。

 首根っこを掴まれて引き摺られた格好で格好良いセリフを吐くという愉快な格好だったとしても。


「騎士団も手を貸そう」


 ひどい副騎士団長がいるものだ。ウォーゼンさんは、団員を生贄に差し出した。


 だがしかし。


 首を横に振って、お断りした。


 探索場所は海の向こうの[西天]だ。人々の知らない野獣魔獣が闊歩している[魔天]とも異なる魔境なのだ。


 以前、痺れ蛾の採取を始める前でさえ、口を揃えて環境情報を欲しがっていた。未知の大陸に渡れる手段があったとしても、初上陸した人々が勝手の分からない生き延びられる保証はない。


 もちろん人手は欲しい。だからといって、保母さんをやる気もない。余計な人員を保護する暇があるなら、石生石の探索に費やす方がマシだ。

 [西天]で生存可能なトップハンターをごっそり引き抜けば、それはそれで混乱するだろう。[魔天]での採取は滞り、経済防衛その他諸々に影響が出る。


 何より、石生石のことは誰にも話せない。場所さえ選べば無尽蔵に魔包石を生み出す代物は、人々の欲望を大いに刺激する。これを巡って血で血を洗う争いが起きてもおかしくない。加えて、扱いを間違えた時、下手をすれば、いや、間違いなくローデンを物理的に押し潰す。


「・・・何も、今日明日中に出立するのではないのでしょう? ナーナシロナ様、街で必要なものを購入していってください。その間に、何か、何か方法を考えましょう」


 押し黙ったわたしを見て、宰相さんは次善策を打ち出した。棚上げしたとも言う。


 ならば、わたしも気分転換に協力しよう。


「そうだ。お土産」


「要らん!」


「要りませんわ!」


「「出すなっ!」」


「ご遠慮いたしまするです!」


「わたしのお小遣いが減ってしまう!!」


「ななちゃん、それはちょっと・・・」


 そこは、一致団結するんだね。




 取り出したのが露天の串焼きとわかって、全員、力を抜いた。


「忙しいって言ったよ? 用意している暇がなかったんだ」


「持ってくる気は、あったんだな?」


 ヴァンさんのジト目は見なかったことにする。男は黙って串を食え。他の人は黙々と食べているぞ。

 ・・・レンの締まりのない顔も見なかったことにする。マイトさんのあきらめ顔も。わたしは何も見ていない。ないったらない。


 それはさておき。


 魔包石と宝石の原石をより分ける暇がなかった。いや、暇ではなくて、「場所」がなかったのだ。


 指輪情報では「石(混合)」としか表示されなくて、石の種類やサイズを指定して取り出すことができなかった。だから、一度、全部を外に出して改めて分別収納したかったのだが、あれを積み上げられる広い場所がなかった。


 例によって例の如く、まーてんの草地で作業しようとした。が、瞬く間に草地から溢れ出た。すぐに回収する羽目に。ならばと、十分の一、百分の一に絞ったが、やはりてん杉達が埋まりそうになった。

 しかし、それ以上小分けにして作業すると時間がかかる。それより何より、亜空間と物を出し入れする時の魔力消費量は、一回の物量よりも、同時に接続する亜空間の数と解放時間と回数が影響している、と思われる。


 魔力ドーピング用の酒を毎回毎回がぶ飲みするには在庫が心許ないし、蜂蜜飴ばかりでは口の中が虫歯の巣窟と化してしまう。ドラゴンの歯質と虫歯菌のどちらが強いのかは試したことがないから知らないが。


 無い無い尽くしの諸事情により、石分別作業の即時解決は諦めた。できることなら、丸っと押し付けてしまいたかった。


「いつもいつもいつも土産をお持ちくださる必要はありません。ないんですからね?!」


 宰相さんは、必死の形相で懇願してくる。


「いやでもさ。あれば使えるものばかりだったでしょ?」


 もう、抜き身、もとい無選別状態でもいいか。そういえば、バケツで叩き売りするんだったっけ。えーと、手頃なサイズのロックアントバケツは、どれくらい作ってあったかな?


「「「要りませんっ!」」」


 国王と王妃と宰相が逃げた。それはそれは見事な逃げっぷりを披露した。ローデン住人は、揃って逃げ足が早いらしい。


 だが、逃亡者達は食堂の出口で扉板と激突した。何者かが、合図も出さずに勢いよく突然押し開けたのだ。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


 先頭に立っていたスーさんは、思いっきり弾き飛ばされてのたうちまわっている。こんな短時間に二度も強打するなんて。


「へ、陛下?! っと、それどころじゃありませんでした!」


 いくらなんでも国のトップに体当たりをぶちかましておいてそれはない、と思う。


「う〜、何がありました?」


 巻き込まれたものの、尻もちをついただけの宰相さんが報告を促す。


「申し上げますっ。シンジョ村及び汚泥湖周辺で火事が発生しました! 他の村については現在調査中!」


「何?!」


 汚泥湖、ってすごいネーミングだな。わかり易くていいけど。


「被害状況は」


「まだ不明です。汚泥湖周辺は高圧洗浄機と水系魔術師らが協力して消火に当たっているとのこと! また、拠点の村にも数人は魔術師が待機しているはずなので、全滅はありえないだろうとの騎士団長のご意見がありましたっ」


「すまん。俺は騎士団に戻る」


「私達も戻ります。ロナさん、まだ行かないでくださいね」


「私も戻る。ロナ、また後で!」


 王宮組が、慌ただしく工房から出て行った。数人が尻や頭をさすっていたのは見なかったことにする。


「・・・大丈夫かしら?」


 アンゼリカさんは、不安そうだ。ここから距離があるとはいえ、[魔天]外側のダグとローデンの間は、疎林と草原に覆われている。開拓村も散在している。手を打ち間違えば被害はどこまでも広がるだろう。

 王様や副団長が王宮にいなければ、指揮もへったくれもない。


 そういえば。真昼間から王様と宰相さんが揃って王宮を空にしていて、良かったのか?


「ヴァンさんはギルドハウスに行かなくていいの?」


「へっ。ちゃんとギルドマスターがいるんだ。俺に用があれば呼びに来るさ」


「ポンコツが居たとしても、どれくらい役に立つかわかりませんわ」


 ペルラさん、それは言わないお約束。


「言ってくれるじゃねえか!」


「あ〜、マイトさんは?」


「一人くらい残っていてもいいだろう? ここで何かあった時の連絡役にもなるしさ」


 王宮関係者の中、マイトさんだけは工房に居残っている。


「本音は」


「ロナから目を離すのが怖い」


 慌てて口を塞いでも、もう遅い。


「どーいう意味さ!」


「だから。どこで何をやっているか無事かどうか、もう心配で心配で。って、レオーネに毎日毎日聞かされてみろ! 俺まで心配になったんだよ!」


 うわー。レン子、ではなくて連呼効果がこんなところに。


「本当に、ねぇ」


「怪我、はねえみたいだから、無事っちゃ無事だが」


 アンゼリカさんとヴァンさんのセリフには、心がこもっていない。あっちの姿を知っていれば当然、かな?


 でも、そうでない人達には良く効いたらしい。


「相手がグリフォンでは心配にもなりますわ」


「副団長は「そうか」の一言で済ませてたけどな。あの、あの大騒ぎを見てた連中、無事に岸に上がれて興奮が収まってからは、どいつもこいつも飛び去っていった方向を気にしてたんだぞ!」


 ご隠居さんやライバさんは大きく頷いている。


「それに、グリフォンを間近に見たのも初めてだって言ってたし。黙っていられる方がおかしいんだ!!」


 ううーむ。ギャラリーが多すぎた。


 ではなくて。


 人一人がグリフォンとこんにちはした後、普通なら、その場でパックンチョされておしまい、だもんねぇ。


「それでね? ななちゃんが置いていった物がここに届いているのよ」


 アンゼリカさんが唐突に話題を変えた。そうそう、無事だったんだから問題ない。


「そうだった!」


 どうやら、マイトさんの興奮も収まった模様。別方向に向かったとも言う。


 でも。二葉さんも四葉さんも無事だった。


「・・・他に、何があったっけ?」


 総崩れになった。


 あれ?

 災害情報、その二(晴れない霧)と、その三(大規模野火)。


 で、次は?


「わたしは知らない!」

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