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今は、さよなら

 物言わぬ骸を徹底的に細切れにした。石生石を探すため、だったとしても、とても申し訳ない気分だった。


「この子の体の中から、石が出てきてた。元になった石も見つかった。それを探す時にね、こんなにしちゃったんだ。ごめんね」


 と、素直に謝罪したら。


「こいつが、こいつガァ!」


「一葉、三葉! 拘束して!」


 死体を踏み躙ろうとしたティラノさんを、慌てて止める。


「みんな、みんなよぅ。死んじまってようぅ〜〜っ」


 わたしが解体していたのは、多分、ティラノさんにまとわりついていた、あの子供だ。


 ずいぶん大きくなっていたけど、ボロボロになっていたけれど、なんとなく見覚えがある。

 ・・・恐竜の見分けがつくようになったわたし。なんだかなぁ。


「事故だから、運が悪かっただけだから!」


 ティラノサウルスの馬鹿力は馬鹿にできない。えーと。これだ!


 バフン


 痺れ蛾鱗粉大盤振る舞い。これならどうだ!


 ・・・鳥頭も巻き添えを食った模様。


 ・・・・・・静かになって、ヨカッタヨカッタ。


 さて、今のうちに。


 昨晩の推論を披露した。


「多分ね。この子は、ボコボコ石が湧いているのを見て、別の場所に持って行こうとしたんだと思う。だけど、何かのはずみで飲み込んでしまって、そうして、ああなった、んだと」


 ティラノサウルスの前足は申し訳程度の大きさしかない。小さな石を掴み上げるのは至難の技だろう。となれば、咥えて運ぶしかない。


 地表面に現れた時はポロリポロリと宝石をこぼすだけの石生石は、生物の体内あるいは血液を被ることで劇的な反応を起こし、暴走状態に陥る。


 わたしの仮説に過ぎないが、大きく外れているとも思えない。反論できるだけの証拠が欲しい。今現在この場所で切実に! そして、そんなものは、ない。


 ・・・目は口ほどに物を言っている。続きね。はいはい。


「それで。二度あることは三度ある。かもしれない。もう決して起こらないって保障は今の所ない。絶対にない、安心する為には、あの物騒な石を徹底的に探し出す必要があると思うんだ。

 だけど、ティラノさんの縄張りはすんごく広い。一回目と二回目が繋がる何かの目星があるなら、盲滅法探しまわるよりは少しは楽になる」


 かもしれない。


 [西天]すなわち西大陸全土。多分、[魔天]と[南天]を合わせたよりも広い。とことん広い。とにかく広い。


 その中で、何の変哲も無い小さな石ころを見つけろ?


 無茶言うな!


 と、自分にツッコミを入れたくなる。


 それでもやるしかない。


 あんな暴走噴出が起こるたびに付き合わされていたら、いくら何でも身が保たない。

 わたしは、好き勝手に過ごして、できることなら老衰で死にたいのだ。過労死は、お呼びじゃない。


「あんなのが、前にも、あったの?」


「ティラノさんと初めて会った時にね」


 さすが四天王。痺れ蛾鱗粉への耐性は他の魔獣よりも抜きん出ているらしい。もう喋れるのか。ちっ。


 そういえば。以前、ティラノさんが怪我で戦線離脱していてよかった。本当に、本っ当によかった。

 この子よりもでかいティラノさんが核になっていたら、今頃、西大陸は宝石の海に沈んでいた。かもしれない。


 ・・・・・・わたしの中の宝石の価値がどんどん値下がりしていく。貴石というのは綺麗で希少価値があるから持て囃される。下手に処分できない瓦礫など、ただのゴミだ。

 海洋投棄するか? 浅瀬や大陸棚では、海底の生態系を壊すかもしれない。そもそも海底地形がわからないから、海溝目掛けて投下するのは難しそうだ。

 そうだ。サイズとか質とかピンキリミックス状態の原石、バケツ一杯を銅貨十枚で売りに出したらどうだろう。これなら早々に完売、するかな?


「アタクシ、あんな山、一度も見たことないですわ。ウチの娘達からも聞いたことないし」


 うーん。海を挟んだ二箇所で発見されているのに、その間にある地点では影も形もないとは。


「また。また、おうに、頼っちまう、のに。・・・いいのか?」


「こういうのはね、乗り掛かった船、って言うんだって」


 あるいは、毒を食らわば皿まで。腐れ縁。は、違うか。


「お姉様っ! 流石ですわ!」


 いやいやいや。どこが流石なの? 致し方なく、なの。大体、[南天]に手を貸しておいて[西天]は知らんぷり、なんて出来ないっての。


「ふぐ、ひぐ、うぐ。・・・うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」


 耳を塞いでおいてよかった。




 あっさり共通点が判明した。


 どちらも子守広場だったのだ。


 それならと、子供ティラノさんを葬ってから、火山跡に近い子守広場を数カ所回ってみた。卵や子供を守る母親達の視線が痛い、というか怖かった。けど、ティラノさんがひと睨みしたら大人しくなった。びくつきながら一帯を隈なく探し回った。石生石の影も形もなかった。

 ちなみに、どこもティラノさんが天王になる前から使われていた場所だそうだ。

 一方、問題の二箇所は比較的最近使われ始めたところだった。


 これで、容疑者、もとい探索場所を少しでも減らせる。


 わたしは、一旦ローデンに戻ることにした。


「どれくらい時間がかかるかわからないからね。あっちの要件を完璧に終わらせてくる」


 何より、グリーンブラザーズの片割れを回収してこなければ。


「お姉様♪ お送りいたしますわ!」


「それよか、[南天]には絶対にないって確証が欲しい」


「え? それ、それって・・・」


「地面に這いつくばって探して」


「・・・」


 無理を言っているのは判っている。でも、口実は口実であって、ここから立ち去ってくれればそれでいいのだ。それに、いつまでも余所のトラブルに首を突っ込んでいられるほど、暇ではあるまい。


「ティラノさんは、怪しいところがあっても近づかないこと。むしろ、誰も近づけないようにしておいて」


「お、おうおうおう」


「こいつに任せて大丈夫なの?」


「また誰かがうっかり山の元になりましたぁ。ってなったら大変でしょ」


「「・・・」」


 ここは[西天]、ティラノさんのお膝元。彼がやらねば、誰がやる。危険箇所から野次馬を追い払ってくれるだけでも十分だ。・・・役に立たないとは言ってない。言ってないからね。


「出来るだけ早くに戻ってくるつもりだけど、月が一巡りするぐらいは待っててもらえる?」


「おうこそ、無理しないでくれなぁ」


「・・・」


 確約できないところが、なんとも。曲輪閉じ込め事件、その前後のあれやこれや。一筋縄でいくとは思えない。


 気を取り直して。一時退散!





 まーてんへ一直線で帰還する。大気圏限界まで登って、更にしっかり『隠蔽』も使った。真っ昼間だったけど、これならば誰にも目撃されることはない。


 んげっ! なんで、今頃、ロックアントが群れている?!


 でもでもでも。黄金ロックビー様、ありがとう!! 


 変異個体以外は、コロコロさせてくれていた。まーてん周辺は異様な光景になっていたが、全体の個体数が減るだけでも大助かりだ。わたしは、残っていた棘蟻とシルバーアントをさっくり頂き、手早く解体する。ロックアントの分解は後回しだ。

 ・・・最近、こればっかりだな。


 でも、ロックビーへのお礼が先。最優先。彼女らが頑張ってくれたから、他の魔獣達の暴走が起こらなかった。わたしが手を出さずに済んだのだ。心を込めて、丁寧に、丁寧に清掃する。

 ふ、ふふふ。すっきり! 決して、おっさんばかり洗っていた所為で鬱憤が溜まっていた訳ではない。ないったらない。


 ・・・お礼だったのに、お礼返しの蜂蜜や蜜蝋を大量にもらってしまった。懲りないミューノラの遺骸もたくさん。とってもたくさん。


 それならば、と、てん杉実の蜂蜜漬けを大量に仕込んだ。二度と魔力切れを起こさずに済むように。使える手段は多ければ多いほどいい。実の燻製、種酒、首長竜肉のジャーキーもどきも。

 うーん。ジャーキーはまだ無理だった。研究開発の余地がありまくる。より美味しく、より食べ易く、を目指したい。


 二葉さんへの報酬の蜂蜜酒もたんまりと。蔵を増設するほどに。そうでなければ、後が怖い。無言のコブラツイストは、もう、嫌だ!


 そんなこんなと作業をしていたら、一ヶ月では終わらなかった。


 それにしても、見かけるハンターが少ない。魔獣の暴走は起きていないのに。他に、何かあったのかな?


 [魔天]での作業を一通り終わらせて、ローデンに向かう。その前に、曲輪跡地を覗いた。


 途中、鉄砲水の上流になった辺りも見た。火山跡よりはまし、だと思う。多分。水に抉られたと思しき川筋は、若々しい緑に覆われている。場所によっては、トレントも見かけた。[西天]もこの調子で、回復するといいな。


 枯れ川を横切るように作られた魔天街道は、すっかり元通りになっていた。昔の人は、こんな災害も考慮に入れて設計したのだろう。緩やかに川底に下っている舗装路に、損傷は見られない。上流側、下流側に堆積した泥も、すっかり取り除かれている。

 問題の曲輪跡地周辺の泥もない。飛び石だけが残っている。・・・メヴィザさんの無駄魔術が炸裂した、のかなぁ。


 更に、下流へ向かう。


 そこは、一面の花畑に変わっていた。


 とある乾燥地では、数年に一度の雨の後、それはそれは美しい花々で埋め尽くされるという。洪水に洗われた氾濫原でも似たようなことがあるそうだ。

 もしかしたらこの世界でも見られるかも、と予想していたらその通りだった。


 赤い花、紫の花、黄色い花。ゆらゆらと風になびいて、とても綺麗。綺麗なのに。


 だけど、欠けてしまったものがあるから、素直に見ていられない。


 六実、八重。あの騒ぎが終わったら、みんなでここに来るつもりだったんだよ? 怪我が早く治るように、たくさん、たくさんお弁当を持ってきて。元気になったら、花の中で追いかけっこしたり、日向ぼっこしたり、昼寝したり。


 それなのに。


 ねえ。


 どうして。


 あんなことを!




 暴走石生石を焼き溶かそうと四苦八苦していた時、どこからともなく加わった新たな力。


 あれは、六実と八重の魔力だった。彼らの、全身全霊が込められた、命、そのもの。

 遮断したくても、そんな余裕はなくて。やめろと言っても、聞いてくれなくて。


 事が終わって、影の中を探った。残っていたのは五樹だけ。

 二人、いや四人とも、あの傷で目が覚めるには早すぎる。でも、一縷の望みを賭けて、宝石を拾いながら姿を探した。


 元石生石は、わたしの手のひらの上で形を変えていった。冷えるにつれて、美しい翡翠色に。そして狼の牙にも似た勾玉のような形に。

 握ると、微かに四人の魔力に似た何かを感じた。


 きっと。つまり。そういうこと、なのだろう。


 確かに。


 好き勝手に、自由に生きて欲しいと願った。彼ら自身が望む幸せな生活を選ぶように言った。

 だからって、命を差し出すことまで許した覚えはない。


 許さないよ?


 だから、ブラシもご飯もあげない。


 欲しかったら、今すぐ、わたしの目の前に出てきなさい!


 出て、きてってば・・・・・・




 [西天]の被害は、二頭三頭では済まなかった。だから、わたしが八重達を失ったことばかりを嘆くのは、間違っている。


 それでも、思ってしまう。


 あの時、重傷を負っていなければ、八重達もあんな手段はとらなかった。おそらく、十全ではなくなった身体でなんとかわたしの役に立つ方法を考えて、そうしてあんなことをしでかしたのだろう。


 時間を掛ければ、傷は治った。わたしが、何としてでも治してみせた。速さとか戦闘力とかは、どうでもいい。生きて、生きていてくれれば、それでよかった。

 ちゃんと、そう言えば、何度でもそう言っていれば、よかった。




 泣き疲れて、ただ無気力に星空を見上げる。


 うん。


 コンスカンタでやらかしたわたしが、わたしばかりが、文句を言うのは間違っている。


 それでも。


 何度も、何度も、愚痴ってしまう。




 夜が明けた。


 さあ。立ち上がろう。


 ティラノさんも待っている。


 立ち止まらずに。前へ、前へ。






「げっ! ロナさん?!」


「人の顔見て、げっとは失礼な」


 一応[南天]方向から帰還したと思わせるために、東門から入国しようとしたら、これだ。


「あいやその、そうだ! 伝令、伝令ーーーーっ!」


 門兵さんの背後が、慌ただしい気配に包まれる。


「やっぱり?」


「ですからその、やっぱりとは、・・・何でしょう?」


「ご隠居さんから聞いてないの?」


「・・・」


 顔にびっしりと汗をかいている、のは他の門兵さんも同じだった。入退国手続き中の人々がびっくりしている。


「とととととにかく。「工房」に行ってください。と伝言するように承っておりまする」


「一般人に対する口調じゃないでしょ」


「工房にすぐに人が集まりまする!」


 そうじゃなくて。


「そうだ。身分証」


 門兵さんは、ちらりと一瞥しただけだった。おーい。それでいいのか?


「さささ、どうぞどうぞ」


「・・・」


 慇懃無礼に入国を促す門兵さん。問いただしても意味はなさそう。門周辺が混乱する前に、移動しよう。そうしよう。・・・はぁ。


 相変わらず、ここの串焼きは美味しい。店長は代替わりしているのに。代々受け継ぐ味付けの秘訣は、教えて、もらえない、よねぇ。


 追加の串を焼いてもらっている間、なぜか通りすがりの人達がこちらをチラ見してたりガン見したり。なんなんだろう。買いすぎたかな?


 首を傾げつつ、ペルラさんの工房に向かう。


「お帰りなさい!」


 見知った傭兵さんが引きつり笑いで挨拶した。


「・・・あのさ?」


「ナーナシロナさんで最後ですどうぞ中へ!」


「・・・」


 呆れるよりも、疑問符だらけだ。一体、何がどうなっているのか。


「こんにちわー。集合場所は、ここでいいの?」


 食堂に入れば、人、人、人・・・。


「ご無事で、何よりぅおっ!」


「ロナッ!」


 ぐぅりぐりぐり。


 スーさんを突き飛ばしたレンが飛びついてきた。この胸部装甲、もとい凶部が。




「レオーネちゃん。ななちゃんが死んじゃうわよ?」


「え?」


 ・・・いい加減、気付け。


「死ぬかと思った」


 一部の女性の武器は、滅ぶべし!


「グリフォンを相手にしてもケロッと帰ってくるような奴がそう簡単にんがっ!」


 不穏分子は実力行使によって排除された。グッジョブ、アンゼリカさん。


「あの時は、ああ言ったけど、でもロナは小さいし。こうやって確かめるまでは不安でしようがなかったんだ。ああ、ロナの匂いだ。よかった。無事だったぁ〜」


 くんかくんか。


 わたしの頭や胸を執拗に嗅ぎ回るレン。周囲の人達の視線がね。どうにもね。


「ねえ。変態王女って呼んでもいい?」


「それは嫌だ!」


 だったら、離れろ。


「レオーネ。約束通り、最初の挨拶は譲りましたよ? この後が大変なんです。判っているでしょう」


「うあはい!」


 四十も過ぎた美人騎士が、王妃様のセリフを聞いた途端に素っ頓狂な声をあげて万歳ポーズをとった。


 なんだかなぁ。

 シリアスが続かないのは何故?

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