状況判断は適当に
「ここで下手打てば、あいつは二度とローデンには来ねえぞ?」
「判ってて、挑発していたんですの?」
「それはそれ、これはこれだ」
「これだからポンコツは」
「なにおぅ!」
ヴァンと女官長の睨み合いに、ミハエルがあわてて割り込んだ。
「二人とも、それまで! 今は、レオーネ達を守りつつ黒幕を排除するための証拠固めをどうするか。そうですよね? 兄上」
「団長。配置はどうなっていますか?」
「離宮は、通常の要人護衛班に加えて、姫様の班を派遣しました」
「王妃様の警護は、魔術師隊を増員しましたわ。それに、前団長様が暫く滞在してくださいます。ヘンメル様のお守りに来られたそうですわ」
「あとは、ミハエルですね」
「私、もですか?」
「継承権を放棄したとはいえ、れっきとした王族。一服盛られて、見知らぬ女性を孕ませた、などということになってもらっては困ります」
「兄上!」
「一人にしなきゃいいんだろうが。討伐後の報告会って名目でギルドハウスに詰めとけ。あいつが持ち込んだ魔獣の処分を検討するためでもいい。野郎どもの巣窟に突撃してくる貴族女は、そうそういねえからな。来たら来たで面が割れるから、いくらでも弄り様はあるさ。
ウォーゼン、おめえも来るんだぞ?」
「了解だ」
「ヴァン殿。世話をかける」
「今、宰相が奔走している。あと数日の辛抱、らしい」
「なんだって、今頃になって騒ぎやがるんだ?」
「姫様がお年頃になられたからですわ」
「他国の王族に嫁ぎ、子を儲けたら、その子にも遠からず継承権が生じる。そうなったら、ますます実権から遠ざかる。そう思っているようです」
「・・・ばかじゃねぇか? そいつらは」
「賢者殿の遺産は、それほど魅力的らしいですよ」
「あ、あ〜。そういうことか。ったく、あいつも余計なもんを残しやがって。どうせなら、手伝わせりゃいいじゃねえか」
「ヴァン殿、先ほどと言っていることが逆だぞ」
「う」
「とにかく、王族に身内を送り込み、後ろ盾という名目で宝物庫からあの方の財産を掠め盗ろうと画策していることは、間違いない」
「陛下の電撃結婚発表の折りは、忠言にもならない騒音で王宮中が大変でしたのよ?」
にこやかに告げる女官長の目は、全く笑っていない。
「判ってんなら、さっさととっ捕まえっちまえよ」
「・・・証拠が集まってきたのが、つい最近ですの」
「ちっ。手ぇ抜いてたんじゃねえだろうな」
「ポンコツと一緒にしないでくださいます?」
「てめぇっ!」
「喧嘩はそこまで!
最初は、ただの身分狙いだと思っていたのです。ですが、子供達が大きくなっても、まだ手を出してきます。調べ直していくうちに、ようやく本当の目的が判明しました。十分、反逆罪に問える状況です」
「あと少し、なんだな?」
「そうです」
ヴァンの確認に、国王が大きく頷く。
「連絡はどうする?」
「ギルドと離宮の間はマイトを使います。ギルドと王宮はトングリオを。大勢をあちらこちらに行かせると、連中に怪しまれます。今はまだ、警戒されたくありません」
ミゼル団長が、二人の名前を挙げた。
「そいつらは、問題ないのか?」
「怪しければ、特別班の囮任務の時に、いくらでもやりようはあった。どちらかと言えば、レオーネの方が連中にダメージを与えていた」
ミハエルが、笑いを含んだ声で答える。
「ああん?」
「主に、胃袋に、な」
「まあ、姫様ったら」
「その辺も、ギルドハウスで教えてもらおうか。っしゃ、行くか」
「では、兄上。失礼します」
「くれぐれも、気を付けて」
「了解です」
ささやかな密談が終わり、それぞれの部署に散っていった。
確かに、離宮だ。
ローデン王宮の敷地内に、背の低い生け垣に囲まれた可愛らしい小さな建物が、ポツンと見える。
「ロナ! 遅かったじゃないか」
迎えてくれたのは、メイドさん。じゃなかった。
付き添っていた侍従さんと護衛の兵士さん二人を振り返る。
「あの人、持ち帰ってくれる?」
「いいじゃないか。わたしとロナの仲だろう?」
「正真正銘のお姫様とボクじゃ、身分が違いすぎるでしょ!」
「弟もいいけど、こんな可愛い妹も欲しかったんだ。母上、頑張ってくれないかな?」
ぶふぉっ!
男性三人が吹き出した。手燭の灯でも、真っ赤になったのが判る。
「・・・あのさ? ボク、いくつだと思ってるの」
「十二か十三。違うのか?」
「師匠は十五だって教えてくれた」
「「「え?」」」
三人の視線が、ボクとレオーネさんのあいだを行ったり来たり。失礼な。
「可愛いから問題ない」
「違うーっ」
人の話をちゃんと聞け!
「あ、えーと、ナーナシロナ殿。申し訳ありませんが、警護配備の関係で、今夜はこちらでお休みください」
「だから、この人引き取ってよ」
「誠に申し訳ありませんが、その、賢狼殿が・・・」
ボクに張り付いたレオーネさんと侍従さん達の間に座り込んで、通せんぼしていた。
「・・・」
「ということですので、ご了承くださいますよう。御用がありましたら、」
「わたしが説明しておく。案内ありがとう。下がってくれていいぞ」
「はい、レオーネ様。それでは、失礼致します」
「あ、待ってよ! これ、連れてってって〜」
しかし、無情にも目の前で扉は閉ざされた。
「ロナ。いくらなんでも、これ、は、ないだろう?」
「姫様ぁ」
「レオーネと呼んでくれ。離宮の中を案内しよう」
ウキウキした顔で、ボクの手を引っ張って行く。
「そうはいかないよ」
「侍女達も女官も、明日の朝までは来ないそうだ。つまり、今、ここにはわたし達だけだ。どんな呼び方でも誰も気にしない」
「ボクが気にする」
「わたしが気にしない。むしろ、ずーっと名前で呼んで欲しい」
なんなんだ、この強引さは。
「なんで?」
「友達なら当然だろう?」
正面に回り込んで、まっすぐに見つめてくる。
「小さい頃は、同じ歳頃の貴族の女の子達を何人も紹介されたけど、畏まるかへりくだるか、ちゃんと話をしてくれる子はいなかったんだ。賢狼殿も一緒にいるときは、悲鳴を上げて逃げていった。
騎士団の訓練を始めてからは、男の子達が近付いてきたけど、こちらは全然話が通じない。花がどうしたとか、服がああだとか、ちんぷんかんぷんで。
でも、ロナは騎士団の同僚みたいにきちんと話してくれた。とっても嬉しかったんだ。
だから、友達になって欲しい。
だめか?」
あー、うん。
ある意味、ボッチ、だったんだねぇ。気持ちは判らなくもない。
しかし、見た目は年下でも、中身は経年三百オーバー、自称二十九、なんですよ? 同じ年頃とはとてもとても言い難い。それに、すぐにここを離れるつもりだし。
うん? ハナ達が自分を見上げている。じーっと見ている。うるうるした目で、見つめてくる。
無言の圧力が、重い。
「・・・ここにいる間だけ、だよ?」
「え? すぐにどこか行ってしまうのか?」
「だって、ボク、まだ見習いだもん」
「それなら、早く一人前になってくれ。そうして、ローデンで工房を構えればいい」
「そう簡単にはいかないってば」
「あのマジックバッグだけでも、十分やっていける!」
「そんな訳ないって」
「叔父上達にも訊いてみるといい。喜んで後見に名乗りを上げるぞ」
「遠慮する!」
「ロナは、謙虚だなぁ」
ニコニコ笑いかけてくる。気持ちは嬉しい。嬉しいんだけどね?
「王弟さまの後見なんて、騒ぎになるだけじゃないか!」
「でも、街に入る時、叔父上が保証人になったと聞いた。似たようなものだと思うが?」
「一時立ち入りと通年営業では、意味が違うでしょ?」
「この離宮には、浴槽もあるんだ。みんなと水を浴びたい時に、よく使っていた。こっちだ」
おーい。友達の話はもういいの?
主寝室と副寝室、リビング、応接室、調理場、浴室、随身用の休憩室兼寝室・・・。
十分、広い。本宮と比較したのが間違いだった。
案内してきた兵士さん二人以外にも、十人余り居た。建物の反対側にも同じぐらいいるだろう。
「叔父上が言っていただろう? 客人の護衛だって」
「だからね? やけに警戒しているからさ」
「うん。ローデン騎士団に腑抜けたものはいない」
そうじゃないって。
警戒先が、主に離宮の外側に向いているのがね〜。臨戦態勢にしか見えない。
飛び込みで連れ込まれたボクが標的になるとは思えない。レオーネさん本人には知らされていない厄介事、かな?
全くもう。一言ぐらい、説明しておいてくれてもいいのに。
そもそも、怪しげな客人と二人きりにするなんて、何考えてるんだ。
今、傍にはユキとツキしかいない。ハナは、一階を巡回している。器用に足音を立てないよう爪を引っ込めているようだ。ボクの耳にも、ほとんど聞こえない。
調理場を案内された時、一通りの常温保存できる食料品があった。そして、水瓶に、睡眠薬が混ぜられているのに気が付いた。
今までにも、ユキ達が毒を嗅ぎ分けて、口にしないように気を付けていたらしい。どうりで、三頭ともピリピリしていたはずだ。
「弟が生まれて、一人で食事するようになってから、時々、食べないよう注意するんだ」
「変だな、とは思わなかったの?」
「賢狼殿のすることに、間違いはない!」
・・・毒殺されそうになったとは、思わないのかね?
「レンは、魔術を使える?」
なし崩しに、名前で呼ぶことになっていた。でも、素直に呼ぶのも癪なので、略称にしてみた。そうしたら、更に喜ばせてしまった。くそう。
「小さな火の玉と、大人一人をよろめかせるぐらいの風の玉、ぐらいだな。それが、どうかしたのか?」
むーん。剣の腕はそこそこあるとは聞いている。でも、仮想敵の人数が不明だ。もし、大勢に取り囲まれて乱戦になったら、体力負けするだろう。
敵陣突破、は却下。目立ちたくないし、兵士さんも目を光らせてるし。そもそも、安全な退避場所が思いつかない。ここは、籠城戦を選択しよう。
「それにしても、それ、術杖だろう? なんで、何本もあるんだ?」
「術杖っぽい魔道具。効果が違うんだ」
「え? 術杖の形の魔道具? 何をするための?」
「あー、でもこれも、こっちも、範囲広すぎ。これしかないか。はい。しばらくはレンが持ってて」
一本の杖を渡す。
「なんだ?」
「身を守る結界だよ。『おとよ、ひらけ』で、解除。『おとよ、とじろ』で、結界が張る。
解除する言葉は、絶対に忘れないで。結界の外からは解除できないし、封石の効力が無くなるまでは、誰も入れないし出られないから」
「・・・え?」
「一人用なんだ。剣も矢も通らないし、魔術も弾く。そして、結界の外からは中が見えない。結界の外は見えるし音も聞こえる。状況を見て、自分で判断して結界を解除するんだ。出来るよね」
「・・・・・・え?」
考えてみれば、『音入』や『楽園』の杖は、使い方によってはとっても危険。外から見えないし、出られないし。ヨコシマさんには、のどから手が出るほど欲しい代物になる。
これの安全装置も考えないといけないか。術弾は自分以外に使えなかったから、その辺は問題なかったけど。
ただ、今すぐは、無理だ。術式を試し書きする紙とか、陣布とか、全部、腕輪の中だ。・・・ここで出せない!
森に戻ったら、いろいろと実験しよう。
「ロナ、ロナ、ロナ」
「なに? 連呼しなくても聞こえてるけど」
「こ、ここ、これ」
左手の親指と人差し指でぶら下げて、右手で指差している。器用なもんだ。
「その魔道具が、なに? ああ、何回かは使えるよ。試してみて」
「そうじゃない! こんな、結界を張る魔道具なんて、魔術師団でも持ってない!」
「そう? ローデンの砦で、結界を張ってるところがあるよね」
「あれは砦だからだ! こんな小さくない!」
「だから、一人用なんだってば。そうそう、ミハエルさん達には内緒だよ?」
「なぜだ?」
結界のイケナイ使い方を教えたら、むっつりと黙り込んだ。
「そこを改良するまでは、人前には出したくない」
「それなら、何故、わたしに見せたんだ?」
「友達だから」
「!」
感激で泣きそうになっている。ちょろい。
「ボク達が、用心してて悪い事はないよね」
「だったら、離宮で大人しくしていればいいだけじゃないのか?」
「自分で出来るところは自分でやらないと。足手まといにはなりたくないでしょ?」
「そこまで大事になるだろうか」
「なって欲しくないけどね〜」
「これは一人用なのだろう? ロナはどうするんだ」
「敵味方関係無しなら、すっごいのが」
ツキとユキが、ボクの足をげしげし踏みつける。実際、痺れ蛾の鱗粉をばらまけば、一発で無力化できる。でも、
「冗談だって。賢狼殿を巻き込むわけ、ないって」
更に踏みつけてくる。しょうがないでしょ。レンの前で皆の名前は呼べないって。
あ。すねた。
「珍しいな。賢狼殿が手を出すなんて。ロナとばかり話をしていたから、焼きもちを焼いたのだろうか」
レン。君って、天然?
主人公も王宮メンバーも、お互いに読まれてますよ〜。




