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恐怖の夜

 自称導師様(笑)とローデンとダグの人達を引き離す。ついでに、わたしは「人攫い」としてめでたく犯罪者認定を受け、穏便且つ誰からも文句の付けようも無に街から放逐される。


 さらば、ローデン。さらば、レン!




 ・・・となるはずだったのに。




「何が悲しくて、こんなところで、裁縫に励まなくちゃ、ならないんだよぅ」


「裁縫ではなくて、裁断です」


「似たようなものじゃん」


「次はまだですか?」


「溺れるのは嫌です!」


「溺れないって」


「濡れ鼠も嫌です!」


「「俺も、俺も!」」


「ちょっと五月蝿いよ?」


「だったら、手を動かしてください!」


「ロナ、最初の漏水は止められたぞ。んで、新しいところが見つかったから布くれ」


「こっちにも! 早く!」


「ほらほらほら! 早く早く早く!!」


「だから、五月蝿いって、言ってるのにぃ」


 現在、大量の布と格闘中のななしろでございます。四方八方から矢の催促が飛んでくる。


 この不本意な状況に至った経緯を、つらつらと思い返してしまう。


 突貫で立ち上げた岩壁は突貫ゆえに出来が荒く、つまりは隙間があった。でもって、外は絶賛水位増量中な訳で。結果、内部に水が染み込んできた。

 ピューピュー、ではなく、じわじわ。なのですぐさま水没する心配はなさそうだが、周囲の水位よりも低い場所となった曲輪の中は、放っておけば地形的に水が溜まる。溜まっていく。

 となれば入水を防ぐしか手はない。


 誰だって、天然水責めを好んで受けたいとは思わないだろう。


 とりあえずピコピコハンマーで修繕しようとしたら、使えなくなっていた。どうやらオーバーヒートで壊れてしまったらしい。元々細かい作業は難しい道具だったし、迂闊に壁を弄ったら寧ろ穴をあけてしまったかもしれないし。修理しようにも、どこがイかれたか調べる時間が勿体無いし。


 だからといって、わたしのハンドパワー、つまり岩石魔術を駆使するのも御免被る。我が手を翳せばアーラ不思議、冷たい石が灼熱纏う溶岩に♪ ・・・規格外にも程がある、と自分でも思う。


 そんな事を考えている間にもあちこちに水溜りができている。幸いにも、地面から湧き出しているところはない。念入りに地均じならしした成果があった。


 それはともかく。


 最早、この期に及んで四の五の言っていられる状態ではなくなった。逃げ場のない閉鎖空間でこのままパニックがエスカレートすれば、流血の大惨事もあり得る。大いに起こり得る。


 最初に、蹴り落とした、もとい削り落とした数枚の岩を、使いやすいように寄せ集める。濡れた地面の上に寝転ぶ酔狂はいない。何しろ、いつ水が引いて出られるようになるのかも判らない。体を休められる場所の確保は必須だ。


 ただし。

 縦横斜めと好き勝手な向きで地面に突き刺さった岩を運んで並べたのは、わたし一人。誰も手伝ってくれなかった。もとい手が出せなかった。兵士さんでは、寄ってたかって岩一つ持ち上げられなかったのだ。

 ふ、ふふふ。英雄症候群という汚名が初めて役に立った! ・・・でも虚しい。


 数カ所にこしらえた岩畳の用途を、わたしの独断と偏見で決める。休憩用の物は、大雑把なグループごととした。一人一個のベッドは無理だが、せめて出身職種別程度に別れていれば休みやすかろう。


 真っ先に、役に立たない筆頭のおっさん達を隔離した。最初に漏水した場所に一番近いところだ。誰からも、グリーンブラザーズに放り出された当人達からも異論は出なかった。言わせなかったとも言う。

 それほどの高さはないはずなのに、降りようとはしない。よしよし。手伝え、とはもう言わない。せめてこれから行う作業の邪魔だけはしないでいて欲しい。


 次の邪魔者、自称導師様(笑)は壁の上からぶら下げた。隔離場所を検討している時、丸い女官さんの惨状を思い出したのが運の尽き。


 最上流側の岩壁の上に常時見張りを磔、違った張り付けた。見張り台を作る前に夜が来て、漏水箇所も続々増えるばかりでそれどころではなくなったため。致し方なく。転落防止策は二葉さんと四葉さんに任せておけば問題ない。

 星明りの中での濁流監視役なんか、長時間勤められるものではない。少しでも夜目が効くであろうハンターグループが交代要員に指名された。即座に対応できるよう、見張りが付いた岩壁の真下を待機場所にした。左岸側がローデン兵士、右岸側にダグの騎士さん達を挟んでおっさん達がいる。

 中央部は司令室代わりの魔道具入り馬車(トングリオさん付き)とレンと愉快な仲間達、ではなくて女性騎士さん達。プラスわたし。警護対象は一箇所にまとめておくのが吉である。

 曲輪の下流側半分に、馬達を放した。閉所パニックを起こさないよう、一番広いスペースを振った。


 そして。


 見張りから一番遠い位置、曲輪下流側の壁に、蓑虫がいる。中身は、自称導師様(笑)。一葉さんと三葉さんをに見張りと保管を頼んだ。マッサージ付きタライ風呂を報酬に加えて「命令」して、漸く引き受けてくれた。

 濁流がもたらす轟音の合間にカチカチかつかつと時折妙なBGMが聞こえる。陣布付きヘルメットは、中途半端に音が響く形状だったらしい。いくら気に入らない命令だったからって。・・・ほどほどにね。


 本命の、隙間に詰め物をして水漏れを塞ぐ作業だ。


 粘土があれば良かったのだが、ここの地面は砂が多くて押し込むそばから流れ落ちる。

 無駄に器用なダグの魔術師さんは、土系統にも適性はあった。あったが、砂を詰め物に出来る器用さは持ち合わせていなかった。どうりで手を挙げなかった訳だ。ユードリさんをダシにとにかくやってみてと壁際に向かわせたものの、すぐに水が染み出してくる。やけっぱちになった彼は、持ちうる魔術を片っ端から試してみた。子蜘蛛には多大な成果を上げたピンポイント火球で炙ってみたが、マッチのような瞬間着火では固まらなかった。氷の矢、水の矢、風のボール、などなど。結局、役に立たなかった。知恵も勇気もプライドも燃え尽きた。濡れた地面にのの字を刻んでいた。

 期待の星、ユードリさんの氷魔術、も、四方八方の穴を全て塞ぎ切る事は出来なかった。つまり、魔力切れで早々力尽きた。しかも、隙間を塞いだ氷はすぐに溶けてしまい、元の木阿弥に。

 今こそ活躍する時だろうにどうしてここにいないんだメヴィザさん!


 人を問わずに(おっさん達と蓑虫は除く)対策を出してもらったが、決定打がない。

 時間もない上、誰からもも使える代替案が思いつかず、わたしから手持ちの資材を使う事を提案した。ご隠居さんもトングリオさんも遥か彼方の宰相さんも大いに渋った。だからと言って他に使えるものもなく。この場で適当に魔道具をでっち上げられるよりはマシ、ということになった。

 宰相さんがそう言った。深い深いため息と共にそう言った。なんなんだ。わたしはそこまで常識知らずと思われていたのか? 岩石魔術は使わないって決めたのに。


 例の馬車を寄せた曲輪中央の岩畳が、詰め物供給所に決まった。作戦本部も兼ねている。だが、わたしは曲輪の運用方針には関与しない。しないったらしないってば!


 魔術がダメなら、物理的手段しかない。つまりは、何らかの物質を隙間に突っ込む。となれば詰め物が必要だ。だが、河原の砂地はダメだった。[魔天]で狩った獲物の皮は早々に使い果たした。そして、漏水箇所は、増えるばかり。


 仕方がない。


 マジックボンボンから取り出す振りをしつつ、薄明かりに照らされた岩畳に積み上げる。目線を超えた毛皮の山に、ギャラリーが揃ってムンク顔をさらけ出したのは気にしないことにする。

 白一色の毛皮は詰めた場所が夜目にもよく判るし、[魔天]清掃業余禄で溜まる一方の代物だし、と考え、ミューノラの毛皮を見せたのだが、ハンター一同と女性騎士さん達から大ブーイングを浴びせられた。

 でもって、素材の選択理由を述べる間もなく毛皮は休憩所に持ち去られてしまった。水漏れはどうするんだ?


 首長竜の革は、ほぼ手付かずで残っている。しかし、この場所で出すにはデカすぎる。というか、無用の騒動の元になりそう。他の魔獣の毛皮も、ねぇ。

 人の手で加工できる大きさ、質、量などなどを考慮すれば、残る候補は布しかなかった。


 虫布の在庫は、ペルラさんの工房の倉庫に全て預けた。残っているのはエト布オンリー。染色実験に使ったものだったり、綾織などの練習作だったりするが、毛皮よりは量がある。それはもう大量にある。詰め物にするのだから、仕上がりの出来不出来は関係ないし。これでも文句が出るなら、全員水に浸かってしまえ!


 それはさておき。


 一反丸ごとでは使い勝手が悪すぎる。


 すっかり日が暮れたのをいい事に、こっそりシルバーアント製の裁ちバサミも用意した。そして、女性騎士さん達にジョキジョキ作業をお願いした。わたし一人でやる気はない。詰め込み要員は周りの男連中で十分だろう。


 使える「もの」はなんだってこき使ってやる。


「こ、こんな手触りの布初めて・・・」


「ももももったいない〜〜〜〜〜〜っ!」


 お姉さん達は、布を切り刻む作業に手を染めざるを得ない状況を散々嘆き悲しんだ。

 が、吹っ切れた。というか、それが無いと揃いも揃ってお陀仏になってしまう可能性が無きにしも非ず。


 シャキシャキシャキシャキ


 鬼気迫る勢いで、切って切って切りまくっている。


 それでも、時折「もったいない」のつぶやきがあちこちから漏れ聞こえてくるのが鬱陶しい。


「詰め物なら毛皮でも良かったじゃん」


「あれは夜具に使うんですっ」


「せめて、せめて寝る時だけでも気持ちよく過ごしたいじゃないですかっ」


 岩畳の上は濡れてないのに。わがままな。




 最低限の安全性を確保したら、今度は籠城戦の備えも考えなければならない。


 まずは薪。料理と光源と服の乾燥用。乾燥用。大事なことだから、念を押した。


 しかし、あっという間に水が来たので、今夜用の薪を拾う暇がなかった。前日の残りだけでは到底足りない。おっさん達専用の焚き火すら、勿体無い。薪が足りないのだ。


 漏水を止める作業では当然濡れる。濡れっぱなしにしておけば、風邪をひくかもしれない。士気も下がる。良いことは一つもない。

 さっきまでのおっさん達同様、服が乾くまですっぽんぽんという手もある。しかし、服が乾ききる前に、交代時間が来る。強制的に乾燥させるには何らかの熱源が必要となる。だから、乾燥用。これがあるから、曲輪内部の異常性を誤魔化せる。


 ということで、水止め作業用の光源は、別のものを使うことにした。

 漏水箇所を手探りで探し、手探りで詰め物をし、手探りで止まったかどうかを見極めさせるは危険だし効率も悪い。あれ、順番が逆だったかな?


 穴塞ぎ作業員には華やかなりしヘッドライト。頭上に燦然と輝くイルミネーションもどきなライト。例の地下道作業用に試作したアレだ。複数の試作デザインと相まって、動く街灯状態がなんというか。わははは。


 暗いだの何だのとぶちぶち文句を言っているおっさん達には、デコラティブ魔法少女仕様を貸し出した。

 荷物以下の分際で態度がでかすぎる。かと言って、放置した結果足元が見えないまま不用意に歩き回られて怪我でもされたら更に面倒が増える。決して岩畳の上から動かないなら光りの魔道具一個を貸すと念を押し、渋々預けることになった。

 あくまでも貸しているだけ。だとあれほど言ったのに、誰が握っているかで醜い争いを起こしている。そんなにいいものに見えるのかな、あれ。ツルピカおっさん達と魔法少女スティックの組み合わせは、・・・なんだかなぁ。

 中央部の切断作業場にもレンタルし、ぶきっちょナンバーワンのレンに持たせた。こちらは全く問題ない。いや、振り回さないでよ、手元が見えにくくなるじゃないの。


 薪不足は食にも影響する。ローデン一行から非常食その他諸々が提供された。しかし、当初の想定人数をオーバーしすぎている。[魔天]でまとめ料理した物は残り少ない。この先、何日止まらなければならないのかも不明だ。つまり、不安材料しかない。

 なので、フライパン型魔道具や[湯筒]と一緒に食料も供出した。

 何と言っても、レンがいる。そう、レンがいるのだ。大人しくさせておくには、料理が一番効く。


 各種物資の配給元が動き回るのは効率悪い。ということで、わたしは、詰め布作成の臨時作業場に押し込められている。ついでに頭と手も動かせ、ということらしい。

 いやまあ使えるモノは使うべきだが、わたしは肉体労働者。アイデアは出し尽くした。もう指示なんか出さない。ないったらないって言ってるのに!


 しゃかりきにあれこれ作業をしているのは、周囲の轟音を出来るだけ気にしないで済むから、という理由もあるらしい。確かに、彷徨き回る生きた街灯が岩壁をぼんやりと照らす様は、濁流の奏でる轟音と相まって、ものすごく不気味な雰囲気ではある。


 夜も更けて見通しは利かない。高い岩壁に囲われているから、そもそも見通しも何も無い。


 それでも、最低限の見張りがいないと寧ろ不安が増すばかり。


「大きい奴、来るぞ!」


 川の音が大きくなりすぎて、上から怒鳴った程度では誰にも聞こえない。仕方ないので、工房でも使っているマイクスピーカーのセットを備え付けた。馬車の荷台上部に立てたスピーカーから、ハンターさんの警告が聞こえる。


 どごーん!


「っ! でもやっぱり、事前に警告がある分、まだマシよね」


「そうそう。とっとと逃げなかった私達の自業自得よね」


「・・・」


 お姉さん達のやけっぱちな感想を聞いて、レンが小さくなる。


「人のぉ〜話はぁ〜ちゃんとぉ〜、聞くベシベベシィ♪」


 鬱気分が伝染するのはよろしくない。気分を盛り上げようと歌ってみた。


「「「・・・・・・」」」


 あれ?


「人を見る目の方がよかった?」


「「「「そうじゃない」」」」


 何気に歌を聴いていた人達が、揃ってぐったりとしている。お兄さんもお姉さんもおじさんも。


 ぺし、ぺし、ぺし


 一葉さん達のむち打ちも、心なしが力が無い。


 あ。


 あれか。歌詞付きの歌。わたしは禁止されていたんだっけ。しかし、こんなデタラメソング超ショートバージョンでもダメって・・・。


「そ、そろそろ休憩したら?」


 うん。みんな疲れていたからだ。


 わたしの歌の所為じゃない。


 そうだそうだ。






 一夜明けて。


 はい。まだ水位が下がりません。


 現在地の川幅は三百メルテほど。一時は水位が曲輪外壁の半分まで上がり、耐久値が足りるかどうかドキドキものだった。

 水が来る前に曲輪周囲の地面を念入りに固めておいたのが功を奏したらしく、なんとか耐え切った。それでもまだ、壁の四分の一ぐらいはある。どこでどれだけ降ったんだか。


 ちなみに。今、ここにモリィさんの姿は無い。水が増す中、曲輪から離れようとしなかった彼女は、結局、自然の力に負けた。


「壁を壊したら絶交!」


「え? え! あ! あああああああああぁぁあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」


 岩壁にしがみつこうとしたモリィさんを牽制したら、暗闇の中、どんぶらこっこと流されていってしまいましたとさ。合掌。


 いやだって。今でもギリギリの強度しかないのに、モリィさんの体重だけでなくその体躯を捥ぎ取る水勢に耐えられるとは考えられなかったから。


 心配? その必要は認めない。ドラゴンだし。前世で流された渓谷ほどの水深も水量も無いし。そのうち、ひょっこり帰ってくるでしょ。

 心配する余裕もない、とも言う。


 水漏れは、ほぼ塞ぎ切った。みんな、頑張った。


 作業に当たっていた人の半数が、白い毛皮にくるまって休息を取っている。心なしか、誰も彼も頬が緩んでいる気がする。のは気のせいか?


 大量にあったとは言え、全員が平等に使えるほどの数が無かった。作業員優先にしたので、おっさん達はウサギパンツと中途半端に着込んだ自前の服をかぶるしかなかった。


 盛大に文句を垂れていたが、


「夜明けまで泥まみれで水漏れを塞ぐ作業をする?」


 と言ったら静かになった。


 働かざるもの寝るべからず。・・・違うか。





 怒涛の夜が明けて、あれから更に二日が過ぎた。


「ロナ。寝る前にいいか?」


 お姉さん達に混ざって小休止しようとしていたところ、マイトさんが声を掛けてきた。もう一人はユードリさんだ。


「んあ〜。まだ、足りない物があった?」


「逆だよ。あんなにポンポコ出しやがって。どうするつもりか聞いておいてくれって、先輩じゃなかったトングリオ班長に頼まれたんだよ」


 わたしはタヌキではない。一昔前のトングリオさんが、リアルポンポコだった。


「なんで本人が言いに来ないのかな」


 わたしのいるところのすぐ横に居るというのに。


「・・・勘弁してやれよ」


 トングリオさんは、ほとんどの時間を馬車の荷台で過ごしている。通信魔道具の管理責任者だから、と本人は主張している。本音は、最初の強制徴用から解放された直後、腰が抜けた状態を全員に目撃されていたたまれないのではないか、と邪推している。わたしが言いふらしたのではない、ないったらない。

 この手の話に一等首を突っ込んできそうなご隠居さんは、現在、馬達の見回り、と称して自称導師様(笑)の監視をしている。誰も近づけないのに、目を離したくないのだそうだ。

 同じく勝手にしゃしゃり出てくるレンは、爆睡中。静かでいいね。


 でもって、二人は交渉役、もとい業務連絡係を押し付けられてきた模様。


「でもほら。緊急避難というか非常事態だったし」


「いきなり話を変えるな! っと、限度ってものがあるだろうが」


 休憩中の人がいるため、あくまでも小声で怒鳴りつけるという器用な事をしてみせるマイトさん。


「あれでも厳選した訳だし」


「・・・あれで?」


「あれでも」


 わたしの実力を全力で発揮しないまま活動するには、あれが最善だった。筈。


「・・・ごほん! あっちの連中の目がな、こう、どうにもこうにも・・・」


 空を見上げる振りをしてちらりと視線を流した先には、相変わらず現状を判っていないおっさん達がいる。


 水位はかなり下がったものの、流速が落ちない。水と共に流れてくるもののサイズは小さくなったがそれなりの数がある。魔獣か普通の動物かはわからないが、大きな死体が何体も確認できた、という報告もある。

 この状態で無事に渡河できる保証はない。これっぽっちも保証できない。


 だというのに、ご飯が少ないだの早く王宮に運べだの無理難題を並べるばかりで。

 自分の目で確かめさせようとしたら上に揚げただけで気絶するし。降ろした途端に大騒ぎするし。


 騎士さん達は、とうとう彼らのことを見捨てた。一応、近くにはべってはいる。いるのだが。

 おざなりな当番がぼへーっと立っていたり。少々離れた所で、ダグを出てからの自分たちの行動について、内緒話を装いながら、反省している振りをしつつ力一杯皮肉っていたり。あからさまに転職をにおわせたり。


 無事に帰りつけるのかな。他人事ながら、心配だ。


「あー、えー、そうですね。それでですね?」


 今回は、ダグの魔術師、ルイガさんも混ざっていた。騎士組の代理らしい。


「あんたも貧乏くじかい?」


「半分はそうですけど、残りは好奇心、です」


「正直者には服がある!」


 マントでいいかな?


「いえいえいえ! 服はいりませんから!」


「声がでけぇよ」


「二人ともね」


「「・・・」」


 沈黙する事暫し。


「ごほん!」


「それでですね」


「出した物全部タダであげるとは言ってないし」


 気を取り直した二人に先制攻撃を仕掛ける。


「え?」


「よかった。回収してくれるのか」


 きょとんとするルイガさんに対して、あからさまにほっとするマイトさん。甘いぞ。


「でもって、レンタル料、じゃなかった貸し賃を貰おうかな、って」


「「え?」」


「食べちゃった分とか使った分は、それなりに」


「ま、待て待て待て! 俺はそこまで権限貰ってないから話は後で!」


「ギルドの許可もぎ取って食った分は採取してくる。くるからそれはナシで!」


 駈け出す直前に襟首を捕まえた。のは一葉さん。二人同時とは器用だね。


「逃げないでよ。聞くだけ聞いとけば、説明の手間が省けるんだし」


「ぅあの。我々も、で、しょうか?」


 ちっちっちっ


「あっちの人達が本命。マイトさん達はカモフラージュ。払ってくれるならそれでもいいけど」


 ふぅっ


 ルイガさんは、真っ青な顔でタダでへたり込んでしまった。この辺りの地面も濡れてるのに。



 それはともかく。


「・・・ロナ。狙いは何だ?」


 据わっちゃった目で睨め付けるマイトさん。


「あの人達が死なない方が事を小さくできると思ったから助けた。

 でも、ボクは聖人君子じゃない。文句ばかり言われてもはいそうですかって受け入れられる訳でもない。

 そもそも? あの人達がきちんとやるべきことをやっていれば、変なお茶を飲まされそうになる事も地下道に入る事も工房に缶詰になる事もお荷物引っさげて[魔天]に来る事も大災害に巻き込まれそうになった人を助ける事も無かった」


 淡々と説明していると、マイトさんの顔色も青くなった。ユードリさんは、背中を丸めている。


「とは言うものの、英雄症候群のボクが実力で目にもの見せたところで面白くも何ともないし」


 それでは唯の暴力だ。わたしの趣味じゃない。だいたい、最初に休憩所を作るために岩を運んだ事実ですら都合よく忘れている人達に、今更何をという気分だし。


 と、拳を握りしめたら、揃って地面に座ってしまった。何故か正座だ。


「消耗品は仕方がない。買取扱いで手を打つ。でも魔道具や毛皮とか布はあげない。むしろ、レンタル料折半で請求させてもらう。

 ちょうどいいや。今から何をどれくだい出したか言うからね。請求内容を覚えてお・・・くのは無理か。はいこれ。

 [魔天]での食料はまけといてあげる。料理代、はフライパンの使用料に含める事にして。ここに着いてから使った魔道具用の魔包石の数と、布は、小さく切っちゃったし、これも買取かな? あの人達とローデン組で折半にしよう。それとも人数に比例した方がいいかな。

 そうそう。あっちの人達は税金で、とか言いそうだけど、個人資産からしか受け付けないからそのつもりで」


 大金が欲しいわけではないが、彼らの価値観にインパクトのある手段でなければ、反省も後悔もしないだろう。


 紙とペンを渡して書き取りさせる。聞いてなかったとは言わせない。立場の異なる三人が同時に書くなら、誤摩化しも出来ないだろう。不正防止は周到にすべし。


「ちょっと! ちゃんと綺麗な読める字で書いてよ。書き間違いだとか言われるのはヤだからね」


 とは言っても、請求内容は、石壁を作ったハンマー用魔包石の代金とミューノラのレンタル料が大半を占める。フライパンやデーハーライトは、あの程度では大して消耗しない。街中の薪代ぐらいにしておこう。おっさん達丸洗いはサービスしといた。あれは、わたしがやりたかったからやった。


 そうだ。


 自称導師様(笑)に被せたヘルメット代はどうしよう。

 何度も書き直し書き直し書き直しして、やっとこうなりました。あおりを食らった前後の話もその度に書き直しする羽目に。


 これが主人公の呪い?

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