急襲
五樹と六実と八重は、不機嫌モリィさんに恐れをなして遁走した。そして、まだ戻って来ていない。
だから、追い立て役は頼めない。
モリィさんは、問題外。レンと共に自称導師様(笑)から可及的速やかに隔離する必要がある。
行き当たりばったりの移動促進計画だったが、それはそれ。わたしはめでたく「人攫い」犯認定される。
悪役道も極められる一石二鳥の美味しいプラン! となる筈だったのに。
この場所に留まっているのは非常に危険だ。さっきから、わたしのうなじがビリビリしている。
だというのに!
おっさん達は喚くばかりで移動しようとはしないし。ローデンの兵士さん達は、ハンターさんの指示に従うべきかどうか迷っているし。肝心のハンターさん達も、どういう訳か動きが鈍いし。
ダグの騎士さん達は、わたし、を担いだご隠居さんを追いかけて来ているが、ヤル気ゼロ。走っているのではなく、申し訳程度に足を速めている。半数は、おっさん達の近くに待機したままだ。ご隠居さんのタックルで重傷を負うような柔な身体ではなかろうに。
これでは間に合わない。
わたし一人でとっとと避難する、というわけにもいかない。よねぇ、やっぱり。
「ご隠居さん。さっきの場所に戻ろう」
「む?」
「レンを死なせたくはないでしょ?」
「むむぅ。事情はよく判りませんが、そういうことなら」
急ブレーキ、続けてクイックターン!
「のうわっ!」
再び逆さ吊りにされてしまった。よそ見をしていて、ご隠居さんの動きに合わせられなかった。
「ハッハッハ! 良い運動になりましたな!」
元騎士団長様は、年を取って、さらに体力バカに輪が掛かった模様。・・・もう、やだ、この不良年寄り!
苦労しつつ、ハンターに再集合の合図を送る。
「やぁん! ダーリン、おかえりなさぁい♪」
・・・・・・最大の厄介者の存在を忘れてた。体を起こせば、ごっついトカゲ系の巨大な顔が喜色満面を浮かべて待ち構えている。
猿芝居は猿芝居で面白がるのは勝手だけど、あの音が聞こえていないのだろうか。ドラゴンの聴覚は人よりも優れていると思っていたのだが、そうでもないらしい。鈍いにも程がある。
「そこの騎士さん達も早く戻って!」
すれ違い様に声を掛けたら。
「「・・・」」
軽快に走って来た。さっきとは態度が大違い。くそう!
「どうしたんだ、ロナ。行ったり来たりして」
トングリオさんが駆け寄って来た。レンをおっさん達に近寄らせない為に、飛び出して来たようだ。とりあえず、ダグ組とローデン組で別個にまとまっている。なお、野営道具その他諸々は一通り運搬可能な状態で各人が背負っている。これなら。
「そっちは全員揃ってるよね何があっても動かないでいていいね!」
「は?」
「ご隠居さんは荷物の見張り番。彷徨かせないでね邪魔だから。でもって、やっぱりここから動かない事危ないから!」
「むむ?」
あの道具をこんなところで披露する事になるとは。
「「「「 ? 」」」」
ここに取り出しましたるは、ピコピコハンマー。に見える何か。
わたしはご隠居さんの肩の上に立ち、それを頭上に掲げた。見てくれは巨大だが、形状からして玩具と思われても不思議ではない。いや、今まで誰も見たことがない代物なら、不審物の方かも。
「ロナ殿。ふざけている場合では」
見上げたご隠居さんが苦言を漏らす。不審物の方だったようだ。
だけど時間がないから説明も無し。設定を最大値にセットして。
ご隠居さんのから飛び上がり、ついでにお仲間のところに蹴り飛ばす。そして、さっきまでご隠居さんが立っていた場所めがけて大きく振りかぶったハンマーを振り下ろせば。
ずごごごごごごごごっ
即席岩壁の一丁上がり!
「「「「っな〜〜〜〜〜〜〜〜~っ!」」」」
「すぐに終わらせるっ!」
どかっ
どれだけ厚みがあれば、強度は足りるのだろう。高さも必要、だろう。
「ロロロロロロロ」
「吐くなら穴掘ってからにしてね♪」
「そうじゃないっ!」
レンが喚こうとも、手は止めない。時間がないから。
「みんな生えてくる石に跳ね飛ばされないよう気をつけてっ!」
どかっ。どかっ。どかかかかかっ!
これだけのものが目の前にいきなり現れたら、馬達はパニックを起こしそうなものなのに、誰も逃げなかった。尤も、背後のモリィさんにビビって逃げる気が起きなかったのかもしれない。それとも、足が竦んだかな?
対照的だったのが人の方で。
おっさんも騎士さん達も、揃って泡を吹いて気絶していた。なんだ。聖者様の奇跡だ! とか言って大喜びすると思ったのに。まあいいや。静かにしていてくれるなら、それに越したことはない。
今のうちに、ぐるっと囲んでしまおう。
どかどかっ
「幾ら何でもやることがデタラメ過ぎる!!!」
ハンターさん達は、泡は吹いても気絶はしなかった。事情を知っていそうなご隠居さんの襟首を捕まえて揺さぶっている。でも、びくともしない。流石ご隠居さん。
「ロナ殿に直接伺えばよろしかろう?」
「あんなんの前に出たりしたら、潰されるのがオチだろうがっ」
「はっはっはっ。それもそうですな!」
納得している場合じゃないでしょうに。
ではなくて。
「今のうちにっ! 野営のっ! 準備っ!!」
「あ。そうですな」
「じぃさま! そんな暢気な話しとる場合とちゃうで?!」
とうとうトングリオさんが壊れた。
「ロナに一般常識が通用しないことは知っているだろう?」
マイトさんに至っては、驚愕を突き抜けた冷静さでとんでもない事をしみじみと呟く有様。
「そこっ! 誰がっ! 非常識だって?!」
「「ロナだ」」
「ロナ殿ですな」
「ダーリンだもの」
ムキーッ
ドッカン! ドカドカン!
ハンマーの魔包石を何度も交換し、石壁の陣を作っていく。高さが不揃いなのはご愛嬌。ではなくて、石壁の高さと厚さはきちんと設定した筈なのに、どうやら叩き付ける勢いも影響するらしい。ちょこっと想定外だったけど、後で切りそろえればいいだろう。
「え?」
「ロナ。どういうつもりだ!」
「ロナッ。悪かった。私が悪かったから!」
「今はっ! それどころっ! じゃっ! ないっ!」
「出られない。出られないってば!」
「誰がっ?!」
「馬車だよっ! どうする気なんだ〜〜〜〜〜っ!」
ニョキニョキと岩壁が生える時の効果音と悲鳴や怒号が相まって、非常に賑やかだ。その元気があるうちに巣ごもり、もとい野営準備を進めればいいのに。
ちなみに、ローデンの兵士さん達は揃いも揃って口と目がパッカーンと開いていた。あめ玉を投げ込みたくなる。そんな暇はないけど。
そんなこんなで、即席曲輪もどきが完成した。なんとか間に合った、かな?
曲輪の外にいるのは、わたし他一名だけ。ということは、全員、中に揃っている。馬の手綱を握っていたレンとマイトさんは、言わずもがな。自称尊師様(笑)を荷下ろしていたご隠居さんも、荷物を担いだハンターさんも、馬車の御者席にしがみついていたトングリオさんも。み〜んなまとめて一網打尽。わははは。
「・・・あら? ねぇ。私、私は?」
「もう帰っていいよ?」
モリィさんは空を飛べる。だから曲輪に入れなくても問題ない。当然、保護対象外。
「そんなぁ!」
地団駄踏むドラゴンは放っておく。こら、せっかく作った壁に爪を立てるな!
ピコピコハンマーの設定を変更し、抉れてしまった石壁の生え際を整地していく。土のままだと更に抉られてしまい、せっかく作った曲輪を持っていかれるかもしれない。今は安全第一。
「え? まだ何か生えてくるのか?!」
曲輪の中から、遠く声が聞こえてくる。地面を伝って振動を感じたのかな?
ピコピコハンマー。これは、わたしの岩石魔術を再現した土木建築用魔道具なのだ。万が一、ダグの小砦を再建する手伝いを頼まれた時に使ってみようと思って作ってみた。
樹木のない開けた場所でしか使えないが、なかなか使い勝手はいいと思う(自己評価)。切り出した石を遠くから搬ぶ手間が要らない。つまり、労働時間の短縮に工賃運賃の圧縮にと多方面に貢献する。
何と言っても、自分の手で掘って握る必要がない。素晴らしい。
但し、魔包石の消費量は、ハンパない。この曲輪一つに、直径二センテの魔包石を四十個も使ってしまった。・・・普通に人力で組み上げるのと、どちらが安く済むのだろう?
つらつら考えているうちに、整地も終わった。そうだ。見張り台をつけておこうかな。
ひょいっと石壁の上に飛び乗って、曲輪の中を覗き込めば。
「「「「「説明しろ!」」」」」
「どこから?」
ハンターさん達から、小石が飛んてきた。目ざとい。流石は一流ハンター。しかし、抗議する手段としてそれはどうかと思う。一応矢は飛んでこない。もったいないからだろう。・・・マイトさん、同調するな。
「ねえ。寝る場所なんだけど、濡れた土の上と平らな岩の上、どちらがよい?」
「・・・どちらかと言われれば、まだ岩の上の方がマシだが」
虚をつかれたらしく、石投げは中断してマイトさんが返事を寄越した。ダグのおっさん達も異論はないらしい。
「んじゃ。そういうことで」
万能刃物、「椿」の出番だ。でこぼこな石壁の上部をさっくりサクサク。適当に切り揃える。ついでに、切り取った部分は蹴り落とした。
もちろん、曲輪の中へ。
「のわぁーーーーーーーっ!」
「ひいぃ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
悲鳴ではなくて、喜びの声だろう。うん。
「あああああ危ないじゃないか!」
「ちゃんと人のいないところを狙ったよ?」
「そうじゃなくてーーーーっ!!!」
代わる代わるに文句を言っても、ナーナシロナは聞く耳を持たないらしい。
「誰か、交代でここの見張りしてくれない?」
「だからっ! 唐突に何を・・・見張り?」
「うん。そろそろ来るみたい」
見上げる絶壁の上で東の方を見ているナーナシロナに、先ほどとは違う不安が湧きわき起こる。
空の色もだいぶ暗くなっている。
「むぅ。トングリオ殿。と、ハンターのどなたかにお願い出来ますかな?」
「・・・ご隠居、無茶は言わないでもらいたい。あそこまで、どうやって登れと?」
ナーナシロナの無茶苦茶な道具が作り上げた岩の壁は、街壁に比べればでこぼこしている。とはいえ、素手で登れる状態ではない。そもそも、トングリオは高いところが苦手だ。
「二葉、四葉。あの人とあの人、ここに引っ張り上げて」
「「え? ・・・のわぁああああああああっ!」」
ナーナシロナのつぶやきとともに、二人は絶叫を残して間髪入れずに姿が消えた。
ではなくて。
「ちょっと。気絶している暇はないんだからさ」
「狭い狭い狭い!」
「突つくなっ!」
「つついてないってば。それより、あっちだってば」
名誉の指名を受けた二人は、岩壁の上に小さく這いつくばっていた。
「あ。あれは」
「なんだぁ?!」
二人が騒ぐだけでは、岩壁の外の状況は判らない。
「何が起きているんだ? 魔獣の氾濫か?」
マイトの怒鳴り声で我に帰った二人は、仲間達に顔を向けて第一報を放つ。
「水だ!」
ハンターが絶叫した。
「は? それがどうした」
「変な音が聞こえている。こう、腹に響くような音だっ」
ユードリに続くのトングリオの追加情報を聞いて、他の面々も「そういえば、なんか振動みたいなのが」「あの小僧のいたずらじゃないのか?」「でも、今はユードリの隣りにいるだろ?」とお互いに話しはじめた。
「たぶんねぇ。鉄砲水」
「「「「 ? 」」」」
不思議そうな顔をするその他大勢。
「なぁ。それって、どんなものなんだ?」
「唯の水だろう?」
岩壁に遮られ行き場を失っている一同は、岩壁の上で質疑応答を始める三人をとりあえず黙って見守ることにした。
「あんまり知られてないのかな? ん〜とね、簡単に言うと」
「言うと?」
「とんでもない量の水が押し寄せてくる」
「川とは違うのか?」
「普段は水が少ないか川でもないところで起きるんだ。その場所よりも高いところで沢山雨が降ったあとなんかに起きる」
「逃げればいいじゃないか」
「だから、逃げろって言ったのに。みーんな、動かなかったでしょ?」
「うおっ! 来た、来たぞ! って、なんだよあれは!」
トングリオが再び絶叫した。
同時に。
誰の耳にも判るほどの聞いた事がない音が、徐々に大きくなっていく。
「さっきダグの連中が走っていったところの先まで水が来た! っああああっ! 水が、水の量が増えてる!」
「とまあ。場所によっては、逃げる暇もなく水に巻かれてしまうんだよ」
「そこでどうして冷静にしていられるんだおまえはーーーーーっ!」
ユードリがナーナシロナを怒鳴りつけた。壁の上にしがみついたままだったので全く締まらない格好だったが、それについては誰も何も言わない。
「いやだって。もう何も出来ないし。今、あの水の中に入っていったら、ボクでも死ぬよ?」
「いやそうだろうけどな。じゃなくて!」
ナーナシロナを叱るユードリの横で、トングリオが実況報告を続けている。
「この岩壁の三分の一まで水量が増えた。でもって、水は茶色くて木の枝とか、・・・」
「どうしたっ!」
マイトは、言葉に詰まるトングリオに益々不安を覚え、かすれ始めた喉で大声を上げる。
「木が、木が、根も枝も付いたままの大木が流れて来た! これは、当たるぞ!!」
「「「「「 ! 」」」」」
どごぉん!
「う〜ん。上流側の壁はもう少し厚くしておけば良かったかな?」
「ロナ! 今からでも増やせないか?!」
遥か頭上からでも地上にいる同僚の顔色が失せたのがわかる。
「それだと、内側の地面を削ることになって、むしろ衝撃に弱くなると思うんだ」
「お、おい! 隙間から水が!」
「あっ! こっちからも!」
「なななななんとかせんかぁっ!」
瞬く間に、パニックが広がった。が。
「だぁまらっしゃぁあああああああいっ!」
流石、元騎士団長のキャリアは伊達ではない。ご隠居の大喝一発で静まった。耐性のない者が気絶しただけ、とも言う。
「ロナ殿! 何か手はありませんかな?!」
この避難場所を用意してくれたのが彼女なのだ。これが無ければ今頃はここにいる全員が泥水に飲まれていたと、この場で頼れるのはナーナシロナしかいないと、全員がそれを理解していた。
「土魔術使える人はいる?」
・・・誰も、手を上げない。
「仕方ないなぁ」
なんと、飛び降りて来た。
まさかの土石流。
原因は、ロナがふざけ半分に作って溶かした氷の彫像。急激に冷やされた大量の水蒸気が、[魔天]上空で巨大積乱雲に発達したというオチ。
ロナちゃん。自業自得ですよ〜。
「やかましい!」
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ピコピコハンマーもどき
人の腕よりも太い木の根がある場所では、出来上がった岩がすぐに崩れてしまう。または、設計外の形状、しかも根が太ければ太いほどおかしな形に出来上がる。本人よりも三割り増しの寸法に強調された人物像とか、魚をくわえた動物の置物(実物大)とか。
「そんな術式は加えていなーい!」




