彼らを洗う時
「そうそう。当事者と言えば、現場には金属鎧で武装した騎士と彼らを同行させた貴族らしき者達五名、魔術師一名、及び不審者一名が意識不明で倒れていたそうです。森に放置するのも忍びなく、ハンターらの尽力もあって、ここまで同行させております。騎士以外は、衰弱激しく現在も昏睡状態でしてな。ちなみに、ローデンの者ではないようです。それで、至急治療師が必要と思われるのですが、どうしたものでしょう?」
『『 ・・・・・・ 』』
「「 ・・・・・・ 」」
「どうかされましたかな?」
どうもこうも。
物は言い様。
あちこちを省略しまくった挙げ句、昏睡状態に「させている」とは言わないところが、流石元団長。偉いさんを煙に撒く術を心得ていらっしゃる。
付き合いの長い宰相さん達は、言葉の裏に込められた意図も感じ取っているのだろう。
『あ、あ〜。採取を巡っての争いの結果、ではないのですね?』
「違うでしょうな。我々のメンバーで迷子になった者を探している時、偶然顔を合わせたそうで。
世迷い言を垂れ流していた不審者と正体不明者との会話は、我々も一通り伝聞しておりまして。それより、やりとりの最中から、なんらかの魔術攻撃を受けた、つまりは大量の雪に封じ込められたと言うのです。直後、正体不明者と共に雪も消え去り、我々のメンバー以外は、倒れてしまった、と」
これだけ説明できて、どこが脳筋? 嘘つき嘘つき嘘つきーっ
『がい、概略は把握できました。詳しくは、帰国後でもいいでしょう。しかし、魔術攻撃、に間違いないのですか?』
『雪、は、北峠やガーブリア北部ならばいざ知らず、こんなところで、って、どこで?!』
宰相さんはひとまず状況を理解してくれたようなのに、ミゼルさんが余計な点をほじくり返してくれた。
「もちろん[魔天]領域内で、でしたぞ。現在地は、トングリオ殿?」
「は? はっ! ローデンから馬車で並速五日余りですっ」
「不審者らを発見したのは、現在地からほぼ東へ徒歩四日ほど。ロナ殿の従魔殿の協力もあったので、そこそこの距離はあるでしょうな」
ご隠居さんには、ばれてたか。
「はぁっ?! あの、ヨレヨレのぐだぐだの連中を連れて? でありますかぁ?!」
「はっはっは。ロナ殿の発破もよぉく効いたようでありましてなぁ」
トングリオさんのひっくり返った声にも動じないご隠居さん。しかも「よぉく」をえらく強調して言った。
「発破って、心当たりないんだけど?」
「もう少し移動したらご飯だよ、と。事ある毎に呟いていたではないですか」
『『なるほど』』
ハモらないで。お願いだから。
って、トングリオさんまで、大きく頷いている?!
「何も、ボクの腹時計に合わせなくてもよかったんだけど。それに、みんなで分け合ったよね?」
何と言っても体力勝負な環境で、一食抜くだけでもダメージは大きい。
「いやいやいや、ロナ殿。ワシらだけでなく、連中にまで、朝昼夕と、たっぷり肉を振る舞ったではありませんか」
拾い者に糧食を分け与えれば、ローデンの兵士さん達の食い扶持が減る。体力も落ちる。当然、行軍速度も鈍る。だが、それは困る。
わたしは、迷惑な人達からさっさと離れたい。
それだけだ。
「しかも、毎回毎回、焼きたての熱々でしてなぁ。普通、[魔天]では、温かい食べ物を口にできませんからな。目の色が変わるのも無理はありますまい」
「焼きたて?!」
トングリオさんの目の色も変わった。
『[魔天]で火を使ったのですか?! そうですか。・・・そうですね。ロナ殿のことですから』
ミゼルさん。何なの、その疲れきった声は。
火を使ったのは、騎士さん達、それと付属品を拾った場所で、料理を作り溜めした一回だけだ。予め食べられる状態にしておけば、いちいち料理の時間を取られずに済む。つまり、街道までの移動時間を短くすることが出来る。
とは言え。大量に作り過ぎて、マジックバッグにしまえなくて、しまう振りして指輪に入れておいた。なので、いつでもどこでも暖かいまま。
だがしかし。
現状、ピザ屋のデリバリーバッグのような機能を持っているマジックバッグには出回ってはない。まだ魔法陣を作っていないので、わたしの試作品と誤摩化す事もできない。仕方なく、魔道具フライパンで暖める振りをしていた。
だけなのだが。
『『ずるいですっ』』
「今夜が楽しみだなっ♪」
『『・・・・・・』』
なんだろう。通信機の向こうから、ひんやりとした空気が流れてきた気がする。
「えー、そんなわけでありまして。
救護者らは、これ以上徒歩での移動は無理でしょうな。[魔天]から脱出した時点で、気力が尽き果てたようです。馬車の護衛班と訓練生を入れ替えて、産地に送り返すのがよろしいかと」
産地返送って、何。いや、意味は判るけど。
『道中で顔の知れた兵士ではいけませんか?』
「あれらも、ギリギリでしょう。運悪く、ロコックに襲われましてな」
『で、ロナさんが、ぶっちぎった、と』
「違うっ!」
「どうやらふ化したばかりだったようで、それはもううじゃうじゃと」
身振り手振りまで付け加えても、宰相さん達には見えないってば。
「ロコックぅ?!」
あ。トングリオさんか。疑ってるのかな。
「証拠、あるよ?」
「いやぁあああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・」
今、ここに、蜘蛛の子を散らすような勢いで、という比喩表現を体現する人が顕現した。
どうやら、わたしは、止めを刺してしまったらしい。トングリオさんは、乙女の如き悲鳴を上げて荷台から逃げ出した。
『それで?』
ミゼルさんも大概だなぁ〜。優秀な職員に対して、ちょっと冷たいんじゃないの?
「はい。ダグの貴族、五人の内一人は王族と思われます。なまじ事情を知らない方が、あとあとよろしいかと」
それが言いたくてトングリオさんを追い出したのか。思わず、手段を選ばないご隠居さんをジト目で睨んでしまった。うーむ。わたしよりも悪役っぷりが上だ。くやしい。
「時間の問題だと思うけど? 目を覚ましたら、自分で吹聴しそうだし」
「あ」
あれ? 猿も木から落ちた?
懸念は、現実のものとなっていた。
「早う、着替えをここに!」
「湯浴みの用意はまだか?」
おっさん達が、好き勝手な事をわめいている。
「ですから陛下、ここはまだ王宮ではありません! そもそも、そのような荷を持ち運べる状況ではなかったではありませんか。お忘れですか?」
「では、そなたが勝手に捨ててしまった責を取れ」
「ご自分の命とどちらが大事なのでありますか!」
「たかが騎士の分際で楯突く気か?!」
「[魔天]は陛下の威光も及ばぬ地でありました。方々をお守りする為には止む無い措置であったとご理解遊ばしくださるよう」
「ええい! 口答えは許さん!!」
なんなんだ、この時代劇じみた修羅場は。
「そも、導師様は如何なされた? どちらにおわすのか」
おっさん相手に四苦八苦していた騎士さん達だけでなく、野次馬達も一斉に目を逸らした。
ええ。おっさんその一の真後ろに転がってる蓑虫が、ソレです。
その前に、現在地を確認しないのか? 安全ボケ?
「ま、まさか」
逃げ出したっ、とか言って、疑問全開に・・・。
「我らを庇ってお隠れになられてしまったのか?!」
「「「「・・・・・・は?」」」」
「何故お前達は無事なのかっ」
「お前達の役目は我らを守る事だろうがっ!」
「「「「「「 ・・・・・・・・・ 」」」」」」
うん。森に吹き荒れたブリザードの発生源はこれだ。時間を遡って、あの場所にテレポートしたに違いない。
さしもの騎士さん達も、表情が抜け落ちている。ギャラリーに至っては、「こんなやつら助けるんじゃなかった」とか「だから貴族って奴は」とか。おーい。聞こえてるよ。
不十分な装備で未知の森に同行させられ、同僚は半数以上が命を落とした。彼らを労うでもなく、胡散臭い正体不明者を優先させる上官に、身分大事の騎士さん達も我慢の限界が来たようだ。
「ロナ殿。どうしますかな?」
ご隠居さんが頭を抱えている。
「ボクに訊かないでよ」
わたしが指揮官だったら、問答無用で引き上げる。痴話喧嘩に首を突っ込んでも火傷するばかりで、何の得も無い。
「森ん中じゃなくてよかったよ」
「全くだ」
おっさん達が目を覚ましたと知らせにきたラバナエさんは、背後で発生したど修羅場に対して身も蓋もないことを言う。
「む? そこの女。早く手伝わんか」
え?
わたし、ではない。おっさん達は、護衛班に隠れていた女性騎士さん達を目敏く見つけた。
誰が殿女性を侍らせるか、意味不明な会話を交わしている。
だが、彼女達は、ローデンの騎士。他所の国の貴族の命令を聞く謂れはない。
その上、レンは王族。でもって、既婚者。無理矢理手を付けたりしたら、それこそ国際問題になるだろう。
だからって、今、身分をバラすのは問題外。それはそれで、騒動の種になる。
また眠らせておけば良かった。と思っても後の祭り。今から間に合うかな。
って、モリィさん?!
兵士さん達がこしらえた壁をこじ開けてきた。
「ほう。なかなかいい体つきをしているではないか」
「こんな所にいるとは下賎の出なのであろう。わしが相手をしてやる。光栄に思え」
体力と性欲は別腹なのだろうか。おっさんの生態もよくわからない。時と場所を考えて欲しい。
「いいわ。どこがお望みなのかしら」
「わしを満足させられれば、褒美は弾んでやるぞ」
あーあ。踏みつぶすつもりだ。つもりじゃない。間違いなく、ぷちっとやる。どことは言わない。
騎士さん達の意気は、直滑降で下がっていく。
一方。
「竜姫様、思う存分やっちゃってください!」
「あ。わたしも参加したい」
「ハンマーがいいかしら」
女性陣も、高値で買い取る気満々だ。
「今こそ駄隠居の出番でしょ?!」
「いやいやいや。姫、ではなくて、お嬢様をお守りする為には致し方ないかと」
げっ。こっちもヤル気だった!
女性騎士さん達に混ざっていたレンだけが、状況を理解していない。
「みんな。どうしたんだ?」
「レオーネちゃんは見物してればいいのよ」
「だめよ、出てきちゃ。目が腐るわ」
「それもそうね」
「やだわ。武器も腐りそう」
見目麗しいお姉様方ではある。しかし、そこはそれ騎士団で鍛えられている訳で。
血の雨が降る。
だけじゃない。
王族に対する侮蔑の報復として刃傷沙汰を起こせば、避けようもなく国を挙げての諍いに発展する。
生産的な方向なら大歓迎だけど、そんな発展は嫌だ。
ああもう面倒くさい。
「一葉達、手伝ってくれる?」
だが、拒否された。
わたし一人では、五人同時は相手できない。だから、八重達は踏みつぶしちゃうから駄目だってば!
「じゃあ。もう、温泉も入らないし蜂蜜取りにもいかないし楽石もなしで」
すちゃちゃちゃちゃっ
普段も、これだけ素直ならいいのになぁ。
グリーンブラザーズは、女性騎士さん達が武器を抜く前に、おっさん達を拘束した。
「な? なんだこれはむぶっ」
とりあえず、猿ぐつわを噛ませておいて、と。
しかし。
「臭い」
おじさん達は、[魔天]にはいってから今までの間、ろくに風呂にも入ってない。雨風に曝されっぱなし。当然、お風呂なんか使っている筈はない。何ともいえない芳香を振りまきまくっている。
騎士さん達が背負いたがらなかった理由も、これだろう。
一葉達も、不愉快そう。に見える。なるほど。
よし。
「あ〜、ロナ。何する気だ?」
トングリオさんが、恐る恐る近付いてきた。
「お姉さん達に相手してもらうにも、このままじゃ汚いでしょ?」
「ああ。まあ、それは・・・」
「ということで、お湯湧かして」
「「「「「「 はい? 」」」」」」」
馬車に乗せていた鍋を総動員してもらった。
わたしの繭採り用大釜は封印。マジックバッグもボンボンも亜空間指輪の存在も、おっさん達には内緒にする為だ。
でもって、お湯が沸く前に、全員、引ん剝いた。
「あ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「ロナねぇちゃん、またかよ」
元裸族は指を指し、ロトス少年は項垂れた。
「良く落ちるんだよ? これ」
高圧洗浄機の実演を見て、殺気立っていた兵士さん達の口は開きっぱなしになった。
いや。
「いいわねそれ!」
女性騎士さん達には大受けしている。おっさん達の悶える様を見て喜んでいるのではない。と、思いたい。
「ねえ。これの血糊もさっぱり洗い落とせるかしら」
あ、なるほど。武器の手入れに苦労していたんだろう。
「あの作戦が終わったら、騎士団で使えるようになると思うよ。ミゼルさんが滂沱の涙を流して喜んでたから」
喜びのあまり、でではなく、ごっそりもっていかれる予算を嘆いて、の涙だけどね。
「お湯は何の為に?」
「着てる服も洗っとかないと。仕上げにお湯を掛ければ早く乾くだろうし、殺菌も兼ねて一石二鳥!」
臭いのは、皮脂とそれをエサにする細菌が原因だ。しかし、浄化装置もない所で大量の石鹸は使えない。となれば、熱湯消毒ぐらいしか思いつかない。
おっさん達の服は、五樹と六実が川の中で踏み洗いしている。というか、二人して穴だらけにしてないか?
「気持ちよさそう! ねえ。わたしも頼んでいい?」
モリィさんは、キラキラした目でわたしを見ている。じっと見ている。が、無視する。
「その辺の滝に打たれてればいいじゃん」
「つばさの裏には当たらないのよ」
そう言って、月明かりの下にも鮮やかなレモン色の巨体を曝すモリィさん。
「もがもがもがーーーーっ!」
順番待ちをしていたおっさんが、何やら喚いている。
「モリィさん。レディは、そう簡単に人前に素肌を顕さないものなの!」
こんな所で正体曝すなんて。あああ、ダグのおっさん達の目の色が変わったじゃないの。色欲から物欲に。
「だって。臭いが移りそうで気持ち悪いんだもの」
未だに目を覚まさない導師様(笑)を指差した。
「え? どういうこと?」
「この高さなら風も通るし、少しはマシだわ」
モリィさんは、高々と頭を上げた。
「ま、さか! こいつ、呪術師だったのかっ!」
おっさん達に同行していた魔術師さんが、嫌悪感も露に飛びあがった。
え? どういうこと?
その台詞を聞いて即座に警戒態勢を取ったのは、レンとご隠居さんだった。
「ロナ。その男が先だ!」
「モリィ殿は、下がってくだされ。八重殿も!」
理由を聞くのは後でもいい。変な術でも使うのだろうか。モリィさんは臭いが嫌だと言う。うーん。消臭すればいいのか?
縄をほどいて、服を脱がせる。もう一度、手足を縛って猿ぐつわ、だと顔が洗えない。布の切れ端を口の中に突っ込んでおけば、いいだろう。
次に、おっさん達同様に全身丸洗いする。あ、鼻に水が入った模様。目が覚めて、じたばた暴れ始めた。失敗失敗。
「モリィさん。どう?」
「息が臭いわ」
「「「「「「 ・・・ 」」」」」」
導師様もフリーズ。ぬれねずみのおっさん達も以下同様。
フレッシュミントでもあればいいのだろうが、手元にはないし。『爽界』陣布の猿ぐつわ、では、再利用し辛いし。だって、ねえ?
そうだ。
陣布付きヘルメットなら、どうだろう。
わたし用のヘルメットだけは、手元に残してある。これを被せようとした。でも、なかなか頭が入らない。伸ばし放題の髪の毛が邪魔なのか?
「むごーーーーーーーっ?!」
「大丈夫♪ 痛くしないから」
ナイフでざっくり切り落とす。んー、毛先が首筋に当たっている。くすぐったそうだ。こうかな? あ、バランスが。
「・・・ねぇちゃん。いくらなんでも、ひどすぎるよ」
散切り頭になってしまった導師様(笑)を見て、ロトス君が呟いた。
「そうかな」
切れ味は問題ない。のだが。
「切る必要があるのかよ」
ボコスさんは、呆れている。
「うん」
「・・・・・・」
仕方がない。
「うわぁ・・・」
「ひでぇ」
「もご・・・」
手っ取り早く、丸刈りにした。
だって、手早く無力化させる必要があるみたいだし。わたしはスタイリストでもないし。
よし、ヘルメットに頭が入った。一応、体臭も考慮に入れて、てん杉布で全身ぐるぐる巻きにすれば、一丁上がり!
てん杉布は魔力を通さない。万が一、導師様(笑)が魔術を使ったとしても、これで無効化できる筈。
導師様(笑)の真っ裸をこれ以上見たくなかった、という理由もある。
珍妙なミイラもどきになった導師様(笑)だけど、『爽界』が呼吸に不自由はない。だから問題ない。ないったらない。
あ〜、切った髪の毛が邪魔だな。燃やすと、変な臭いがするし。元から変な臭いだし。埋めればいいか。
「モリィさん、どう? まだ臭い?」
「・・・え? え、ええ。そうね。ちょこっと残ってる、感じかしら」
「もしかして、これかな?」
乱暴に脱がせた服を、別のてん杉布で何重にも包んだ。モリィさんが顔を背ける服なのだ。五樹達にも触らせたくない。処分は後で考えよう。洗って乾かしている時間はない。
やりかけが残っている。
「ご隠居さん。これでいいかな?」
「あ。うむ。そう、ですな」
そうだ。鞣し革みたいに、燻しておけばいいかも。ほい。
「説明は後で聞かせてね。洗い物を済ませるから」
「洗い物、なんだ・・・」
いやだって。
内心ではおっさん呼ばわりしてるけど、口に出さない分別はあるつもりだ。
他に、何と呼べばいいのだろうか?
全身自動洗浄機があったら、喜んで使っていたでしょう。どこかの万博でお披露目されていた記憶があります。




