盛大な、お出迎え
解体されてしまえば、唯の肉。運の悪い蛇は一行の腹の中に収まった。そして、漸く出発した。
霧の中、変な感じがする地点もあったけど、あれから何に襲われる事もなく無事通過し、漸く密林街道に出た。
気晴らしの散歩が、どこでどう間違えたらこんな事になるのだろう。
疲れた。体はともかく、ものすごく、疲れた。
「本当に? 街道、なのか?」
騎士さん達は、まだ半信半疑のようだ。自分の頬をツネっている人が居る。しゃがみこんで街道の魔道具舗装を撫でる人も。
運んでいた担架は、道ばたに放り出されたまま。静かでいいね。
「ぃやったーっ! 生き残ったぞーっ!」
これはローデンの兵士さん。
「何を言っておるか。ローデンの西門に着くまでが訓練ですぞ!」
「うわっはいっ!」
ご隠居さんの喝を受けて、直立不動になった。
でもって。
「だぁりぃ〜〜〜〜〜んんんっ!」
弟のジルさん並に残念美人と化したモリィさんが、わたし目掛けて突進してきた。
ハンターさん達が迎撃態勢を取る暇もなかった。わたしも、疲れてたのかな。気が付いた時には、逃げることも出来なかった。
辛うじて引っ張り出せたハリセンで。
「天誅!」
すぱこーーーん!
真芯で捕えた打球、ではなくてモリィさんは、幅広に作られた舗装路を高く高く飛び越え、もっしゃりと茂った草むらに豪快に突っ込んだ。
それはともかく。
どこから出てきたんだ?!
「うわ。顔面直撃したぞ」
「よくまあ思いっきり殴れるよな」
「もったいないぃ〜」
間近で見物していた兵士さん達のコメントがうるさい。あの一瞬で顔の善し悪しを見分けられるようになるとは。[魔天]での経験は妙な方向のスキルアップに働いたのだろうか。
「欲しいならあげるよ?」
「「「「是非っ」」」」
「わたしはモノじゃないわ!」
ちっ。埋まってなかったか。
倒れた時に草っ葉まみれ土まみれにはなったけど、勢い良く立ち上がるモリィさん。
ドラゴン体力は、人型でも遺憾なく発揮されるようだ。遠慮なんかしないで、めいっぱい力を込めておけばよかった。
「こんなところまで、何しにきたのさ」
通りかかる馬車がいないのをいい事に、一直線に駆け戻ってきた。
「もちろん、ダーリンに会いに♪」
すちゃっ
「アンゼリカさんに頼まれたの。出来るだけ急いでローデンに連れてきてって」
振り上げたハリセンを見て、モリィさんは早口に用件を告げた。
「ローデンで何かありましたかな?」
「この人誰?」
首を突っ込んできたご隠居さんに、胡乱な目を向けるモリィさん。「森の子馬亭」の食堂で会ってる筈だけどなぁ。
だがしかし。賢者様コンスカンタ往き直前のエピソードなんか、わたしは知らない。知っている訳がない。ないったらない。
「はっはっはっ。これは失礼。わしは、ユートレマ・ボニスと申す。ロナ殿のお目付役を仰せつかっておりましてな」
「誰も認めてない」
「わしが認めているので問題はありませんぞ」
「そうじゃない!」
この駄隠居。余計な事を。
「あ、ああああっ。思い出したわ。騎士団長とかやってた人! ねえ。いつの間にこんなにしわくちゃになっちゃったの?」
だからって、顔を撫で繰り回さなくても。
「なに。歳を取れば、人はいつかこうなりまする。ところで、ロナ殿へのご用件はそれだけですかな?」
ボインバインな美女に間近に迫られても全く動じないご隠居さん。年寄りの余裕、余裕なの?
「あ。うん。そうだわ。そうだった。一緒にいる人達も、早く帰って来いって。ヴァンのおじさん達が大騒ぎしてるの」
思わず、ご隠居さんと顔を見合わせてしまった。角度が悪かったのか、首が攣りそう。
「そうは言っても。この人達、どうする?」
「・・・どうしますかな」
然しもの元団長も即断できないらしい。
そりゃそうだ。担がれているおじさん達の中には「陛下」と呼ばれていた人が居る。意識不明のままローデンへ連れて行くのは、流石に不味かろう。
かといって、疲労困憊した騎士さん達だけでダグに帰還できる距離でもない。装備も食料も体力も、何もかもが不足している。
ユードリさん達ハンターご一行様は、現在、騎士団長に雇われ、「[魔天]行軍の訓練補助をする契約」で同行している。彼らをダグへの護衛に回す、というのは、契約違反だし、ご隠居さんがごり押しして追加料金を出したとしても引き受けてくれるかどうか。
「ねぇ。そこの変な臭いのする人達は何?」
「そりゃ、何日もお風呂入ってないし」
「違うの。そういうんじゃなくて、イライラする臭い。なんで、そんな人達を連れているの?」
わたしの腕を取って団体さんから引き離そうとするモリィさんに、騎士さん達はものすごく悲しそうな顔をした。
こんな美人に、顔ではなく臭いで嫌われるとは想定外、というか、大ショックを受けた。のかもしれない。
「ロトス君が[魔天]で拾った」
「俺じゃないっ! ユードリにーちゃん達だろ?!」
「訳の判らない状況に巻き込まれて気絶してたんだぞ? 放っておけないだろうが!」
かーん! 睨み合い一本勝負が始まった。でも、もうここまで来ちゃってるんだから、どっちでもいいじゃん。
「ボクは捨ててきたかった」
「じゃあ、捨ててくれば良かったのに・・・って、ダーリンだものね」
「うむ。ロナ殿ですからな」
何故か結託するモリィさんとご隠居さん。したり顔で頷いてないで説明を求めたい。わたしは関係ないでしょうが。
「そうだわ! もう少ししたら、えーと巡回班、だったかしら。ここに来るの。その人達に任せたらいいわ」
「なるほど。それはいいですな」
丸投げ、万歳。って
「ちょっと待って。ダグとローデン、どっちから来る巡回班?」
「ローデンよ?」
ここは、一応ダグの管轄の筈だ。なんで、こんなところまでローデンが出張ってくるんだ。まだ、情報統制してたっけ?
「金髪の女の子がね、「ロナはこっちだ!」って言って一生懸命走っててね」
「もいっちょ待って! 誰が来てるって?」
ここは、新兵さんの訓練予定地域とは、かなり離れている。
モリィさんの事だから、超上空で変身して飛び降りて、だから叫ぶまで気付かなかったのかと思っていた。
「だから、金髪のすっごく綺麗な女の子。男の人達と同じような服を来て、すっごく似合ってた。それから」
「ボク、用事を思い出した」
冗談じゃない。逃げるが勝ち。うん。そうしよう。
「どちらへ行かれますかな?」
ぬぅうううううん
立ちはだかる肉体。ではなくて、ご隠居さん。顔はしわくちゃでも、体はなまっていない。
ではなくて。
「人が増えるんでしょ? だから、ご飯の追加を獲ってくる」
口実は口実であって、この場限りであっても大義名分として通用すればいいのであって。
「あら。大丈夫よ? アンゼリカさんが沢山持たせてくれたもの。馬車に積んであるの。わたしは、ダーリンに気が付いて馬車より先に来たの」
えっへん!
巨大な二つのメロンをこれ見よがしに突き出している。
短距離ならば、荷物満載の馬車よりは速く走れるようになったらしい。でも、褒めたりなんかしない。
わたしの言い訳を叩き潰してくれちゃう胸部装甲なんか認めない。ないったらない!
「何故に馬車を? 帰路を急がせるのであれば、騎兵が替え馬を連れてくるべきであろうに」
ご隠居さんの疑問はわたしの疑問でもある。
「ごめんなさい。わたし、よく聞いてなかったの」
「じゃあ。なんでモリィさんが来たのさ!」
「だって! 会いたかったんだもの!」
更に胸を張るモリィさんに、男どもの視線が集まった。
「く、子供のくせに、あんな美人に言い寄られるなんて!」
「食事の恩はある、あるが!」
騎士さん達の怨念籠った台詞が重い。ローデンの兵士さん達も以下同文。くるりと向き直り、よーく聞こえるように声を張り上げた。
「言っとくけど、ボクは女。ついでに三十にはなってる。子供でもない。判った?」
「「「「「「「 ・・・は? 」」」」」」」
「もう一つ。身長の事を口にしたら、これで殴る」
先ほどモリィさんを引っ叩いたハリセンを振り上げる。
とたんに後ずさりする兵士さん達。まだ腰紐を解いていなかった為、八重も引き摺られている。
そんなパワーが残っているなら、もっとさっさと歩いてくれればよかったのに!!
「俺の姉ちゃんよりも年上、だったっけ?」
「年増呼ばわりも厳禁だからね」
「わかってるって!」
余計な事を口走ったロトス君は、慌ててハンターさん達の後ろに隠れた。避難先に選んでもらえなかったボコスさんが肩を落としている。メイリスさんは、もう諦めたら?
舗装された街道脇にたむろして、ああでもないこうでもないと話しているうちに、噂の荷馬車隊が現れた。
「ろーなーーーーーっ!」
ワイバーン製ハリセンは、ドラゴン専用お仕置きグッズだ。わたしが全力でぶっ叩けば、ヒトはひとたまりもない。
ということで。
変則背負い投げで、ぽいっとな。
「あうっ! 酷いじゃないか」
「馬車から飛び降りた人が言う台詞じゃないと思う。危ないじゃん。とーちゃん、やる前に止めといてよ」
「とーちゃんいうな!」
兵士さん達の突っ込みが入る前に怒鳴るマイトさん。
「いやでも。本当に?」
「まさか。こんな歳行った子供がいるとは」
ヒソヒソと話す兵士さんは放っておこう。
「ふむ。マイト殿でしたな。班長は貴殿でよろしいのかな?」
「あ、いえ。違いますっ」
わたしとご隠居さんとで、あからさまに態度を変えるとは。失礼な。
「前団長! お久しぶりです!」
幌の掛かった荷馬車から降りてきたのは、トングリオさんだった。
だがしかし。
「あれ? 痩せた?」
「ふ。ふふふ。今までの俺とはひと味違うぞ。という訳で早速」
初めて会った頃のような引き締まった体型に、立派なこしらえの剣を腰に下げている。
のはいいのだが。
ご隠居さんに、ではなく、わたしに躙り寄るトングリオさん。
「ちょっと! ボクは散歩に出ただけじゃん。騎士団総出で取っ捕まえにくるって冗談でしょ?」
「違う! ってそれもあるが、そうじゃない。ロナの料理食いたさに、必死で鍛え直したんだ。今なら、いくらでも食える」
聞き耳を立てていた人達が、一斉に転けた。
ふむ。そういうことなら。
荷物を漁って、目的のものを取り出す。
「昼に獲った蛇の残り物なんだけど」
ごきゅり。
あ。トングリオさんだけじゃなくて、レンやマイトさんもいたっけ。そして、元祖、食欲大王様も。
「こんなところまで、何しにきたのかな〜」
指揮棒よろしく、右に左に焼き串を振れば、彼らの視線も右に左に。
「わ、判った。正直に話す。が、ここでは人目があるし」
わたしの腕を取って、団体さんから離れようとするトングリオさん。
「班長ずるい!」
「俺達だって我慢してたのにっ」
ん?
「ああ。こいつら、アルファ砦に勤めてた同期」
さらっと宣ってくださいました。説明ありがとうございます。あの時は、大勢の兵士さん達が右往左往していて、誰が誰やら。顔も名前も覚えていない。
ではなくて。
トングリオさんと同行していた班員さん達の視線が怖い。わたしまで丸かじりされそう。
「どちらにしろ、今夜はここで野営ですな。準備を頼むとしますか。その間に、情報交換と行きましょう」
ご隠居さんの仲介、もとい一睨みで一触即発の事態は免れた。
問題を先送りにした、とも言う。
確かに、もうじき日が暮れる。急いで帰れと言われてた筈の巡回兵さん達も焼き串に目が釘付けだし。ぼろぼろヨレヨレの人達を引き連れて夜間行軍するほどの緊急時、でもないのだろう。
後からやってきた兵士さん達が、お散歩組兵士さん達と野営準備を始めた。騎士さん達を全く当てにしていないのか、声も掛けない。
ところが、当人達は、何も言われないうちに水汲みや馬達の手入れの手伝いに動いた。無理無茶無謀のお坊ちゃん達は、今回の件で何かしら得るところがあった、のかもしれない。
それとは別に、トングリオさんに頼まれて、モリィさんやレン達を荷馬車から遠ざけた。ご飯をエサにしたら、あっさり離れてくれた。手軽でいいんだけどね。一国の王女様が、そんなんでいいのだろうか。
後は、引率監督者のご隠居さんとトングリオさんで打ち合わせするのだろう。
と思っていたら、わたしも馬車の荷台に引き込まれた。
「ボクは関係ないでしょ?!」
「団長の指示なんだ。俺に文句を言われても困る。で、結界、ほら、内緒話が出来る奴を頼む。だってさ」
「使い方は教える。トングリオさんにあげるから、後は勝手にどうぞ!」
『隠鬼』の術杖を押し付けようとしたけど。
「俺は別の準備があるんだよ」
トングリオさんは、積み荷を漁りながら口も動かす。
「あ。あったあった。これだ」
そう言って、荷馬車の中央に引っ張り出した箱の蓋を開ける。見れば、中蓋もある。それは開けようとしない。これは、何なのだろう。
「ロナ。結界は?」
「・・・起動した」
トコトン巻き込む気らしい。トングリオさんには、後でスペシャルに変な味の料理を振る舞ってやる。
「ええと。ここを、こうやって」
取説らしき紙を片手に、別の箱から取り出した札を差し込んだり、中蓋の上の模様を弄ったり。
箱は、うすらぼんやりと魔力を纏い始めた。
「これでいける筈だ。「呼び出し。熊が鼠に手を噛まれた。治療師はどこだ」」
「なんですかな? それは」
「符牒、じゃないの?」
「ふむ。なるほど」
『返答。「賢馬様に蹴られて[魔天]の果てまで飛んでいけ!」
』
「・・・ねえ。合言葉にしては、酷すぎない?」
『意味はなくても、通じれば良いのです』
「宰相殿ではありませんか。何事ですかな?」
箱から聞こえてきたのは、ローデンの宰相さんの声だ。
「この箱って、もしかして、移動式の通話道具?」
『さようです。荷馬車を用意しなければならないのが欠点ですが、簡易拠点で運用するには便利です。いやぁ、コンスカンタの技術力は全く持って・・・』
『ミゼル殿。その話は後で。ところで、今そこにいらっしゃるのは、トングリオ殿とユートレマ殿とロナ殿、だけですか?』
そっちは、宰相さんとミゼルさんだけなんだろうか。
「はい。団長のご命令通りにしました。結界もあります」
トングリオさんが、シャキシャキと返事をする。
「帰国を待てないほどの用件、と考えてよろしいのか?」
ご隠居さんの質問に対する返事は、
『それでは。先日、正確には五日前。各国王宮通信機から、聖者様がどうとか言う男と正体不明の者による、不審な会話が流れました。万が一を考えて、一刻も早く直接情報をお聞きしたくこの魔道具を派遣した次第でございます』
巡回班、ではなくて。この魔道具の護衛隊だったのね。
ではなくて。
「万が一、とはどういうことですかな?」
『あ〜。それはその、ですね』
口ごもるミゼルさん。
『すーっ、はーっ! ごほん! 申し上げます。同時期に[魔天]におられた皆様方ご一行ならば、何かしら、とりわけ現場の事情をご存知か、と』
宰相さんは、何度か深呼吸し、そして、一気に捲し立てた。
[魔天]は広い。とんでもなく、広い。腕利きハンターがすれ違うことさえ稀だというのに。わたし達がピンポイントで異常事態に遭遇するなんて万が一にもありえないと、誰もが言うだろう。そんな奇跡的偶然を期待して、貴重な魔道具一式をレンの直感頼みで送り出した?
なんて無謀な。ダグの騎士さん達を笑えないぞ。
で。なんで最後が尻窄みになるの?
「申し訳ないが、直接体験したと思わしき者達とは、別行動しておりましてな。ラバナエ、ユードリ、ボコス、それからロトス少年です。呼んで参りますのでお待ちを」
『ああやっぱり! ・・・え? ロナ殿は?!』
さも当然と言わんばかりの「やっぱり」は何。
「あ〜。狩をする為に、彼らに先んじて我々から離れておりました。ラバナエの指笛で緊急事態を知った、と。そうですな?」
こんな時だけバカ正直に反応するご隠居さんに、内心で拍手を送る。
「うん。で、合図を聞いて、食べる物がなければもっとヤバいと思って、ある程度狩ってから合流したんだ」
嘘は言ってない。
「・・・俺は、何も聞いてませんでしたからね。ただ、元団長殿と合流して、言われた通りにしろって!」
ご隠居さんは怒っている訳ではない。ただ、ありのままに話しているだけだ。真面目な顔がちょっと怖く見えるだけで。
だから、トングリオさんが慌てる必要はない、と思う。
自称導師様と謎生物?の会話は、各国王宮に筒抜けになっていましたとさ。




