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怖いながらも、とおりゃんせ

「もー。いくら最短距離だからってさぁ」


 わたしの愚痴を他所に、グリーンブラザーズは総出で死んだ蜘蛛の死体をせっせと集めている。

 んなことしたって、お詫びにならないからね。見なさいよ、ユードリさんのあの顔!


「休憩、ですな」


「水は、足りるか?」


「まず騎士達に回そう」


「すまない」


「ありがたい!」


 ご隠居さんとハンターさんの提案に、目に見えて騎士さん達が喜んだ。無理もない。おっさん担いで逃げ惑う羽目にあった訳で。いっそ、放り出しておけば良かったのに。


「ロナ。顔が怖いぞ」


 お供の人達が体を張って頑張っている一方で、おっさん達は未だ暢気に眠っている。


 静かでいいけど、腹も立つ。


 あれはもう、おっさんでいい。騎士さん達が保ち手を握り直す度にぶよんもよんと揺れ動く何かを見て、運び手さん達ですら顔を背けていたほどだ。


 手当てする為に鎧兜をはぎ取った時の騎士さん達は、揃いも揃って酷い顔をしていたのを思い出した。

 その後、ハンターさん達の尋問もどきだけでは情報が足りないかもと暖かい食事で懐柔し、ポツリポツリと自供、もとい情報提供してもらったら、その内容も酷かった。


 一応、[魔天]についての下調べを行い、ガイドとしてハンターを雇った。彼らの指示に従った装備も準備した。しかし、出発直前になって、雇い主及びハンターさん達双方が同行を嫌がり、見事、契約破棄となった。


 そして。


 あの場所に辿り着くまでに、人員は半減していた。アッパラパー導師様のいい加減な道案内に加えて、おじさん達の無茶振りプラス無軌道も合体し、魔獣達の素敵な罠にいとも容易く引っ掛かること多数。その都度、彼らを助ける為に騎士さん達が一人また一人と犠牲になっていた。


 おっさんの一人が美しい羽を持つチョウチョに魅せられて近寄れば、それは巨大なサソリの触覚だったり。

 身代わりになった騎士さんが捕まっている隙に、おっさん以下辛うじて逃げられたそうだ。


 喉が渇いていたところで水を湛えた緑の壺を見つければ、蔦に絡み取られて頭からダイブインし、這い出てこなかったり。

 成熟したカンタランタに迂闊に近寄ればそうなる。


 赤く熟れて美味しそうな木の実の毒味をさせたら、ふた齧りしただけで正体なく溶けてしまったり。

 [魔天]に入れる程度の魔力耐性はあったようだが、トレント相手では敵いっこない。


 そんな話を聞いていたハンターさん達は、開いた口が開きっぱなしだったし。


 同僚達が次々と姿を消す中、それでも、おじさん達を放置して逃げ帰ろうとは小石ほども考えなかったそうだ。教育の所為なのか、それとも帰り道が判らなくて付いていくしかなかったのか。


 それはともかく。


 おじさん達をダグにお持ち帰りしてもらったとして、また同じことをやらかしそうな気がする。

 いいや、するに違いない。しかも、巻き込まれる範囲をグレードアップさせて。


 国はどうでもいいが、人を滅ぼすのはいかん。だめだ。認められない。


「おーい。ロナってば。ロナさんよ〜おぐっ」


「うるさい。考え事をしているんだ。邪魔しないでよ」


 騎士さん達と合流してから、ローデン新兵さん達は、よほどのことがなければわたしに近寄らなかった。ほぼ二十四時間、ご隠居さんが張り付いていたからだ。その筈だ。


 同行していたハンターさん達も、ごく一部を除いて遠巻きにしている。わたしの横に立つと、人さらいか極悪人扱いされるから、とは本人達の談。確かに、差し入れ料理を頬張って満面の笑みを浮かべていても、悪巧みしているようにしか見えない。

 わたしは気にしないのにねぇ。


 それでも、それなりに話をする必要がある。主に、食事とか食事とか食事の関係で。ほぼ倍の人数に膨れ上がった一行の腹を満たすには、ローデンから持ってきた糧食だけでは到底足りない。


 貧乏くじを引いたのが、メンバーの中で最年少のユードリさんだった。『爽界』の陣布を使いこなせたのも、運が悪かった。

 たまに、ラバナエさんがお供にくっ付いていたりする。おこぼれを狙うハイエナよろしく、毎回毎回揉み手していたりするけど。


「ひろいりゃらいら」


 舌をかんだユードリさんが、目尻に涙を浮かべている。


 仕方ないじゃん。身長差の所為で、顔面、ではなく下あごまでしか手が届かないんだから。無駄にニョキニョキ成長した身長を恨め。


「器用らよら。拾いなららかんらえろろふるらんれ」


「何言ってるのか判らない」


「ひれぇ」


 初めて会った時はまだまだ少年の範囲だったのに、いつのまにやら大人になっちゃって。今は、舌っ足らずな残念な人。

 ああ、その鼻があれば、愛嬌は増えたかもしれない。シモヤケ用の塗り薬が効いてきたらしく、赤みが減っている。もったいない。


「いやいやいや。ロナ殿。可愛らしいお顔がもったいないですぞ」


「観賞物でもないってば」


「じいさん、そう言う話じゃなくて! ロコックを仕留め終わってから殺気を出す理由が判らない」


「俺達が落ち着かないんだよ」


 あ。そういうこと。


「きちんと指示しなかったボクも悪いんだけどさ。こんなに殺しちゃって」


 大抵、蜘蛛や昆虫は臭いが弱く、接触直前になって気付くことが多い。そもそも、わたしだけなら、『楽園』を駆使して見つからずに通過していた。


 ロコックは、巨体にもかかわらず、音もなく忍び寄り獲物を絡めとる。ロクソデスなどと並び、最凶の魔獣に数えられる種族だ。

 そんなロコックも、子供時代は厳しすぎる生存競争に曝される。親になるまで成長できるのは、一握りに過ぎない。


 その可能性を一巣分、丸ごと潰してしまったのだ。気分が良い訳がない。


「そうは言うけどさ。山盛りに動物を担いできた奴の台詞とは思えない!」


「あれは食べる為だもん」


「襲われそうになったから、返り討ちにした。それでよろしいのではありませんかな?」


「だから。無駄死ににならないように、拾ってるの」


 ロコックの使い道は、ギルドに持っていけば誰かが教えてくれるだろう。見れば見るほど、小さな単眼はビーズみたい。もらっちゃおうかな。


「俺達は、早く森から出たいんだよ」


「んじゃ、八重と一葉。先導よろしく。拾い終わったら追いかける」


「そうですな。あまり長く留まっていると動けなくなりますしな」


 ご隠居さんの台詞が聞こえたのだろう。騎士さん達は、複雑な顔をして、それでもゆっくりと立ち上がった。疲労困憊している彼らは、一度長休憩態勢に入ったら、歩く事すら出来なくなることを何となく察している。のかもしれない。


 自称導師の蓑虫が括り付けられている担架が持ち上げたのは、一番最後だった。気力体力のある人は、とっとと立ち上がって運ぶ担架を選んでいる。つまりは、限界に近い人程、貧乏くじを引いている状況だ。

 帰国したら、「もう、こんなところ辞めてやる!」とかやるんじゃないだろうか。


 おじさん達の運搬は了解した騎士さん達だけど、当初、彼の運搬を断固として拒否した。こんな危険極まりない道行きに付き合わされたことを憎んでいるから、ではなく、気色悪いから、だそうだ。


 気持ちは判る。


 あの、意味不明な演説をしていた時の顔と言ったら。思い出したくもない。


 わたしは、最初、コレを捨てていこうと思った。本気でそう考えていた。

 しかし、ご隠居さんから、今回の騒動の黒幕と思われるので尋問の為に連れて行きたい、と言われてしまった。


 連れて行く、と言っても、自分で歩かせるのはもってのほか。素直についてくる保証はなく、どこに行き着くか判ったものではない。現に、こんなところにまで迷い込んでいる。


 同行していた魔術師さんは、体格に恵まれているとは言えず、わたし達についてくるだけで精一杯な様子だし。


 ロトス君、ボコスさんは、言わずもがな。寧ろ、おっさん達同様に担架に括り付けたい。彼らが独断で徘徊していなければ、トンデモ場面に遭遇する事もなく、ローデン兵士さんに見つかる事もなく、わたしが巻き込まれる事もなかった!

 ローデンの兵士さん達も、これまでの[魔天]行軍で体力の限界だろうし。護衛役のハンターさん達に担がせるのは問題外。


 五樹と六実は、追いかけてくる魔獣を追い払うのに手一杯。焼き肉の匂いは完全に消えた筈なのに、ちょろちょろと様子見するモノがいるらしい。騒々しい音を立てているから、仕方ないとも言う。


 八重は、自称導師様を指差しただけで、どすどすと脚を踏み鳴らし、それはそれは盛大に嫌がった。無理を通せば、ついうっかりを装って踏みつぶしかねない。脚が汚れるから、やめときなさいってば。


 一葉さん達に運んでもらうことも考えたが、彼らの能力は出来るだけ隠しておきたい。彼らに任せたら、誰彼構わず街道に出る前に絞め殺していそうな気もしたし・・・。


 無駄に元気発剌なのは、ご隠居さんだけ。だけど、自称導師様に対する嫌悪感を隠そうともしないし。無理を押し通そうとしたら、わたしを肩車するから塞がっていると逃げを打つし。

 言い出しっぺのくせに〜〜〜っ。

 背負う、ではなく肩車一択なのも理解できない。


 それはともかく。


 今はダグの住人なんだから同郷者が持ち帰るべきと説得、もとい脅迫し、運ばせる事に同意させた。彼らの士気を考え、顔が見えない喋れない動けないと、念入りに縛り上げて。


 で、小休憩を挟みつつ誰一人脱落者も出さずに移動している途中で子蜘蛛の待ち構えている場所に踏み込んでしまって今に至る。


 誰か足を遅くする呪いでも吐いているのかなぁ。やだなぁ。やっぱり、捨てていきたい。


 一行を先に出立させ、蜘蛛達を工房謹製のマジックボンボンに回収した。拾い残しは、ないね。


 さて、夕飯を確保してから合流しよう。





 騎士さん達(と、おっさん連中)を拾って、丸四日。もうそろそろ、街道が見えてくる筈だ。


 その間、荷物、もといおっさん達のご飯は無し。残り少ない水をやりくりし、休憩する毎に飲ませはしたけど、代わりに一服盛って、ずーっと眠っていてもらった。[魔天]を離れて十分な水が確保できてからも、起こさなかった。

 誰も文句を言わなかったんだから、問題ない。ないったらない。


「本当に、もうすぐなのか?」


「の、筈なんだけどな」


 街道周辺の馬車馬達が残した糞の臭いが、かなり濃くなってきている。わたしや五樹達ぐらいしか判らないようだが。

 尤も、今回同行しているハンターさん達は、この辺りに来たことはないらしく、道先案内人 一葉さんの指し示す方向に素直に進んでいる。


「全然見えない」


「だよなぁ」


 森の中よりも密集した陣形で進むわたし達。


 というのも。


「こんな濃い霧は初めてだ」


「はぐれても、探しには行かないぞ」


「「「「「はいっ!」」」」」


 愚痴るハンターさんに、緊張した声で返事する兵士さん達。


 あと半日も歩けば街道に出る、という地点まで来て、段々視界が悪くなった。ハンターさん達とご隠居さんとわたし以外の人達がはぐれないよう、念の為にとロープを繋いだ。


 用心しておいて大正解。


 あっという間だった。


 現在、五メルテ先は白い闇の中。濃霧に覆われている。


 電車ごっこではないけれど、一葉さんの乗った八重に繋いだロープが文字通りの命綱だ。騎士さん達は、申し訳ないけど腰に結びつけた。手が塞がっているから。囚人のような格好だけど、安全には換えられない。


 とにもかくにも、一人こけたら一蓮托生。


 足元すら見え難い状態なので、歩速は緩い。


 ハンターは、気配を読むのも仕事のうち。周囲を警戒しつつ、兵士さん達を取り囲んで歩みを進める。指笛で情報のやりとりも出来る。多少姿がボケた位置に離れたとしても、はぐれることはない。


 そのハンターから察知されない距離に、五樹と六実がいる。


 わたしには、はっきりと判るけど。


 そう言う意味では、わたしの感知能力はまさしく人外のもの。使えるから使うけどさ。


「まだ昼前だってのに、更に暗くなってきた」


「油断するなよ? ここでつんのめったら、あとで罰ゲームだからな!」


 先方のハンターが、警告を出す。そう、到着するまで油断は禁物。ならば、協力せねば。


「えーと。ご飯抜き、でいい?」


「「「「「気を付けますっ!」」」」」


 うんうん。いい返事だ。


「・・・ロナ。追い討ちをかけるなよ」


「じゃあ。連帯責任で、全員ご飯抜き?」


「それは止めろって言ってるの!」


 最後尾で、わたしと並ぶユードリさんが、ほとほと疲れた声を出す。


「はっはっはっ。ならば、わしが直々に訓練してやりましょうぞ」


「じいさんも乗るなよ」


 いや。ご隠居さんは本気だ。本気と書いてマジと読む。


「俺達、本当に帰れるのかな」


「あのヒト達を見てると、安心するより先にこう、なんて言うか・・・」


「そう思っていたのは、我々だけではなかったか」


「あんた達も?」


「ああ。だが、貴殿らは彼らとは顔見知りなのだろう?」


「いや。今回初めて直接会ったんだ」


「今回?」


 兵士さん達と騎士さん達が仲良くなるのは構わない。寧ろ、推奨する。しかし、その交流ネタが[魔天]に入ってからのあれこれって。いや、それくらいしか、共通するものがなさそうだ。


 何でも、ダグの騎士さん達は一兵卒からの叩き上げ、ではなく、家名などで選抜された王宮専任職だそうで、王族が外遊する以外では、都市からも出ることはない。エリートと言う名の引きこもり、だったりする。

 訓練も、儀礼剣術とか貴族の前での振る舞いだとか、そんなんばっかりで、いわゆる実戦経験は皆無。


 それで、よく[魔天]に踏み込む気になったもんだ。


 と、呟いたら。[魔天]の恐ろしさは、ハンターから散々聞かされたが、話半分も信じていなかったとか。


 ハンターと喧嘩したのはおじさん達だけ、ではなかったのか。


 なんと見事な、無理・無茶・無謀の見本市。


 ちなみに、ローデンの騎士団は、貴族平民都市外集落身分証なし、と、出身にはこだわらない。無力な人々を守ろうとする強い意志があるかどうか。それだけだ。

 一班兵に始まって、班長、小隊長、中隊長、大隊長と、出世の道もある。なお、長と名のつく役職、あるいは名誉職に任じられるまでは、騎士とは呼ばれない。例外的に、門兵は、全員が騎士で構成されている。その為、緊急時には、王宮の指示を待たなくても指揮権を振るう事が出来る。


 それはともかく。


 訓練生全員が実戦部隊に配属される訳ではなく、新兵訓練終了時に戦力外判定された人は、工兵、補給、事務方など、適材適所に振り分けられる。


 更に、任務で体を壊した者は、最新の治療が受けられる。現場に戻れないほどの後遺症が残った場合は、武器の手入れや宿舎の清掃など、体に無理のない仕事をさせるという。


 騎士団の第一線で戦っていた人が、下働き同然に扱われてもいいんだ? と兵士さんの一人に聞いてみた。


 云く、「不自由な体で街に放り出されても、ろくな仕事がない。報酬は下がっても、慣れ親しんだ施設で働かせてもらえるし食事にも不自由しないで済む。ハンターや傭兵よりはよっぽどいい」だそうだ。


 ご隠居さんにも、負傷者を放り出さない理由を聞いてみた。

 採用時にふるいをかけて選抜した者をむやみに首にしたら、今後の騎士団への希望者が減る。また、騎士団を維持する職員を別途採用するよりは、手間も減る。何より、騎士団に愛着を持っているから、早々不正に手を染める者も少ない。

 判るような判らないような。


 ちなみに、在籍中に不正行為が発覚すれば、即重犯罪者として、盗賊よりも厳しい刑罰に処せられるそうだ。


 一方のハンターさんの一人は、「希少な素材を採取できれば、儲けはでかい。それもあるけど、未知の世界を探索し、己の腕一本で目指す獲物を捕らえる興奮は、何物にも代え難い。とにかく、半端な覚悟じゃ勤まらないのがハンターなんだ!」と息巻いていた。


 まあ。自分の仕事に誇りを持つことは、いい事。だろう、たぶん。


 わたし? は、どうなんだろう。


 他人の思惑に勝手に利用されたくない。


 それだけは、譲れない。


 ならばどうする?


 うん。断固として戦うのみ!


「あ。ラバナエさん。頭上注意ね」


「え? あ、うわあぁぁあぁぁっ!」


 あわてて飛び退くラバナエさんの上目掛けて、痺れ薬をたっぷり塗り付けた手投げ槍をちょいと投げつけた。


 ずざざざっ、どすん!


「よし。昼飯が向こうからやってきたよ♪」


「・・・ロナ。もっとはっきり言ってやれよ」


「だから、気を付けてって言った」


 霧に紛れて接近していた蛇に気付かなかったラバナエさんが悪い。


 轟音に驚いて背後を振り向いたまだ若い兵士さん達と騎士さん達は、怪物のごとき大蛇を見て、声も出ない。らしい。

 確かに、今回のお散歩で狩った獲物の中では一番の大物だ。でも、真上に来る前に落としたから、潰された人はいない。だから問題ない。


 というのに。


「あ〜。少し早いですが、休憩、ですかな?」


「じいさんの言う通りだな」


 ご隠居さんとユードリさんの会話に首を傾げる。


「なんで? ボク一人で捌けるから、先に行ってても大丈夫だよ?」


「違うって! よく見てみろ。気絶してる奴がいるっての!」


「そうでない奴も、腰が抜けたみたいだしな」


 そうか。蛇は嫌いだったか。

 目の前にワゴン車が音を立てて落ちたら、誰だって心臓が止まりそうになる。と思います。

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