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懐かしむ人々

「そ、それは、済まなかった。だが、わが騎士団の者がそれほどの手間、おほん! いや、恩を受けたのだ。どうか、我々のもてなしを受けて欲しい。もちろん、褒賞も出す。出すとも」


 息を吹き返したミゼルさんが、猫なで声で慰留に掛かる。


「要らなーい。さっさと街から出してもらえる方が、ボクは嬉しい」


 またも絶句した。


「あー、その、それはそれとして。[不殺のナイフ]でしか切れない縄。ありゃなんだ?」


 立ち直れない騎士団組に代わって、ヴァンさんが話をそらす。


「枯れたトレントから繊維が採れるんだ。それを編んだやつ。丈夫で使いやすいよ」


「枯れたトレント?! どこで見つけた!」


 ヴァンさんが食いついてきた。


「ミハエルさん達にも見てもらったけど、布の材料になる繭、これを探している時に偶然見つけた。そのトレント、前の年に、虫に丸裸にされてた。その虫ってのが、この繭を作る芋虫。今の時期に繭を作って、七日ぐらいで成虫になっちゃう。芋虫の体液と成虫の鱗粉には、麻痺成分があるみたい」


 一から十まで教えるつもりはない。これでも十分すぎるくらいだろう。あとは、自分達で調べてね。


「ヴァン殿。詳しい話は、食後にでも。用意ができたそうだ」


「だから。こんな汚れた格好で、お呼ばれなんて出来ないって」


「私は気にしない」


「俺も気にしないぜ?」


 ちょっとぉ。せめて、顔ぐらいは拭かせてもらいたい!


 その祈りが通じたのかどうか、最初の部屋を出る前に、メイドさん達が大量の濡れ布巾を持ってきていた。それを借りて、顔や手を拭う。


 ポンチョも脱いだ。ハナ達の遠慮ない抱きつき攻撃で、それは見事な毛ダルマになっているから。

 王宮にはいる前にはたき落としておけばよかった。ピカピカの応接室でそれをやるのは気が引ける。丸めてウェストポーチに入れた。


「おい。いつものやつはどうした?」


「いつものって? 初めて会ったのに変な事言うんだね」


 とぼける。いや。とにかく芝居を続ける。でもない。初対面なんだから、その台詞に疑問を持つのは当然。だよね?


「てめぇ・・・」


「ヴァン殿! 話はあとで」


 ミハエルさんの取りなしに、一応は引いてくれた。


「覚えてやがれ!」


「盗賊顔でそう言われるとすっごく怖いよ」


「誰が盗賊顔だ!」


「おじーさん」


「ぐ。ぐぐぐっ」


「ナーナシロナ殿? ほどほどに」


 ミハエルさんが、苦笑している。


「それは、おじーさんに言ってくれる?」


 別の部屋に案内されて、夕食となった。ハナ達は廊下で待ちの態勢。おや? なんだろうね?


 


 なぜか、話題は、賢者がコンスカンタで行方不明になったあとのこと。


「あの時は、兄上も、バラディ殿も、ノルジ殿も、竜の姫君も、とにかくひどく落ち込んでしまって。

 私も、目の前からあの方の姿が消えて行くのを見た時は、・・・今でも思い出すだけで震えが来ます。もう、二度とは見たくありません」


 あのさ? 盗賊討伐成功の打ち上げじゃなかったの? なんなの、このお通夜のような暗ーい雰囲気は。


「その人、王族でもないんでしょ? 大げさな、とは誰も思わなかったの?」


 がったん! 


 ヴァンさんが、いすを蹴倒して立ち上がった。そして、テーブルを回り込んできて、


 がすっ


 殴られた。


「友人が目の前で行方不明になったんだぞ! 冷静で居られるわけないだろうが!」


「・・・ごめんなさい」


 義姉さんやさっちゃんも、こんな気持ちになったのかな。悩ませるつもりはなかった、って今更だけど。


「いえ。いいんです」


 弱々しく微笑むミハエルさん。うーん、美形は、中年になっても、どんな表情でも様になる。


「ま、それはそれで。とにかく、盗賊達を捕縛した時のことを、詳しく教えていただけるかな?」


 ミゼルさんが、質問してきた。その話題もいまいちだけど、暗黒食卓よりはましだ。とはいえ、


「ミハエルさんが見てたし」


「いいや。見えなかった。サイクロプスの咆哮の後、男達が悲鳴を上げて、大きなものが倒れる音がして、それから、ナーナシロナ殿が森から出てきたのだ」


 あ。そうか。


「でも、聞こえてたんだから、だいたい判ってたでしょ?」


「なんだ。おめえが取っ捕まえたのか」


「襲おうとしてたところを、不意打ちしただけだもん」


「同じことだろうが」


「ちょっと待ってくれ。サイクロプス? 特別班の馬車には見当たらなかったようだが、放置してきた?

 ・・・まさか、四人で食べてしまったのか!」


 ウォーゼンさんが、ミハエルさんを叱りとばす。


「いやいやいや! ナーナシロナ殿にお借りしたマジックバッグにて持ち帰った。トングリオ班長が、帰還してすぐに、ギルドハウスに運んでいる」


「は? おれは聞いてねえぞ」


「ヴァン殿は顧問なのだから、そうそう現場に赴かれるのもどうかと」


「だがよ? サイクロプスなんざ、滅多にお目にかかれねえってのに」


「じゃあ、すぐにギルドハウスに帰れば?」


 しつこい人は追い払うに限る。


「可愛くねぇっ!」


「お褒めに預かりどうも」


「褒めてねえっての」


「ウォーゼンもミハエル、も、問題はそこではないだろう。サイクロプスのどの部位を持ち帰ってきたのだ?」


 ミゼル団長が、あわてて口を挟んできた。


「一体丸ごと、らしい。ただ、収納するところは見ていない。ナーナシロナ殿?」


「おい坊主。どうなんだ」


 おじさん達に睨まれる。トングリオさん達の報告が待てないのかね。


「頭と前腕に矢を射って、首を切り落として、血抜きしただけ。他の傷は、盗賊達の所為。証拠になる?」


 食事の手が止まった。


「首を、切り落とした?」


「本当に丸々一頭かよ・・・」


「そそそそそ、そんな高級品、トングリオ達に扱えるのか?!」


 ミハエルさんが、ボクを見るけど、答えない。同じことを何度も繰り返し説明するのは面倒くさい。ということで、視線返し。じーっ。


「・・・ナーナシロナ殿によれば、誰でも使えるもの、らしい。師匠殿に教わり、ご自分で作られた、そうだ」


「「「は?」」」


「もう一つ。魔獣一頭収納していても、非常に軽い。トングリオ班長もマイトも片手でぶら下げていた」


「「「・・・は?」」」


 三つの口が、開きっぱなしになった。


 うーむ、この驚きよう。あのリュックでもオーバースペックだったとは。あれより容量を小さく、できるかな?



 メインディッシュが運ばれてきて、ようやく正気に戻った。そのまま話も続いた。


 賢者行方不明事件直後から、魔獣が密林街道に徘徊する件数が増えた。そのため、一時は隊商の数が激減し、経済的にも混乱した。近隣都市が最大限に協力し合った結果、経済活動が落ち着きを取り戻したのは五年前。

 ただ、密林街道を往く隊商は、なかなか増えなかった。


「変に知恵の回る奴らが蔓延はびこっちまったせいでな。それも、おめえのおかげで片付いたようだし」


「ちがうね。さっさと片付けてくれてたら、ボクが巻き込まれることはなかったんだ。手、抜いてたんじゃないの?」


「てめえっ!」


「・・・いやはや全く。申し訳ない」


 どれが誰の台詞か、言うまでもない。



 ところで、事件後、最大の問題は何だったのか。


 それは、「賢者」がコンスカンタ王宮に残していった膨大な品物。


 当時、それらの所有権は「賢者」のままだった。残された手紙には、それぞれの品の行き先が記されていたが、受け取り先が断固拒否。かといって、放置したままにも出来ない。


 取り扱いを巡り、主にコンスカンタ王宮とローデン王宮の間で、責任追及、もとい押し付け合いが始まった。散々揉めたが、コンスカンタ、ガーブリア、ローデンの間で、大量の手紙がやりとりされたあと、ようやく、「遺品」の行き先が決まった。


 [不殺のナイフ]は、各国のギルドに分配。防具類は、ガーブリアとローデンで山分け。シルバーアントの板はコンスカンタで保管し、ローデンとガーブリアの依頼があった時に加工賃半額で請け負う。その他の国からの注文も、素材がある限り格安で加工販売する。石塔跡で発見された「聖遺品」は、ローデンで保管。となったそうだ。


「ところでさ。なんで、そう言う話をボクにするわけ?」


「師匠殿の工房に籠っていたのだろう? 最近の話題は知らないだろうから、教えておこうと思っただけなのだが」


 ミハエルさんが、さも当たり前のように答える。


「あ、そう、なんだ。ありがと。でも、その「遺品」の話、ボクみたいな部外者に話したりして、大丈夫なの?」


「「「部外者?」」」


 騎士団組、ハモったね。


「ふーん。部外者。そうか、ふんふん」


 ヴァンさんの独り言が怖い。


「盗賊討伐に助力いただいたのだから、部外者とは言いがたい」


「そ、そそ、そうですとも!」


「盗賊達の実に半数が、ナーナシロナ殿によって捕縛されている」


 そんなに捕まえたっけ?


「じゃなくて。討伐とその聖者さまの話は、関係ないよね?」


「だから、言っただろう。[不殺のナイフ]でないと切れない縄の話を」


「ただの縄だよ? 素材が判れば、別におかしくも不思議でもないよね?」


「では、なぜ、あのようなものを持っていた?」


 ウォーゼンさんの突っ込み、もとい追求が鋭い。


「同じ太さの革紐より頑丈なんだ。採取したり、罠作ったり、素材を持ち帰ったりする時に使ってる」


 実際には、盗賊を縛り上げるくらいにしか使ってないけど。そか、罠か。いいかも。


「ふ〜ん?」


「おじーさん。さっきからなんなのさ」


 クワン!


「そうですわ! 女性一人によってたかって、何事ですか」


 ヴァンさんの後ろに立っていた女官さん、いやペルラさんが、持っていたお盆で後頭部を力一杯殴った。さすがに、痛そうだ。


「・・・この女狐! ナニしやがる!」


「そっくりそのまま、お返ししますわ。先ほどから見ておりましたが、ねちねちねちねちと。歳を取って、幼女趣味に鞍替えしたんですの?」


「馬鹿野郎! こいつhw・・・」


 バコーン!


 今度は顔面にクリーンヒット。あらら。いすの上で伸びちゃった。


「皆様、お食事はお済みのようですね。

 こちらのお客様は、お疲れのご様子ですし。今夜はここまでにして、お休み頂いた方がよろしいかと。離宮にご案内致しましょう。ミハエル様、よろしいでしょうか?」


 台詞は確認だけど、なんか違う。ペルラさんってば、あれから、更に威厳というか迫力が増したよね。


「・・・女官長、頼む」


 ミハエルさんの肩が、がっくりと下がっている。うん。ミハエルさんに勝ち目はない。


「畏まりました」


「明日、また話してもらいたい」


「そうだな。今夜はゆっくりと休んでくれ」


 騎士団正副団長に声を掛けられ、気詰まりだった食堂を後にした。


 おや? ハナ達がいない。どこに行ったのかな? ま、いいか。




 女官長と共に彼女が部屋を立ち去り、残された男達もようやく力を抜いた。


「陛下が来られるまでは、誰も入れないように」


 そう言って、侍女達も下がらせる。


「はぁ」


「いててて。ひでぇ目に会った」


「ヴァン殿。あまり、いてくれるな」


 ウォーゼンが釘を刺す。


「だがよ! あいつが、あいつが帰ってきたってのに、俺達の前であんなっ」


「やはり、あの方だと?」


「お嬢以外の何者でもねぇだろうが」


「ま、まさか、賢者様?! ですが! 髪も目の色も全く違うではないですか」


 ミゼルが食って掛かった。


「あー、団長。あんたは、模擬戦とやらには参加しなかったのか?」


「前団長が出ずっぱりだったので、一回だけ。槍と全身鎧で突撃して、放り投げられて終わり、でした」


「ウォーゼン、おめえは?」


「俺は、殿下のお供でローデンを出ていたから不参加だ。だが、あの牢屋の崩壊現場に居た。それに、コンスカンタで一当てさせてもらったしな」


「・・・なんなんです?」


「お嬢の気配、というか威圧は独特だ。判るやつには判るさ。なんていうのか、黒助よりも澄んでいてなおかつ鋭い? 口では説明しにくいな」


「食堂では、俺は、普通に接しているのが精々だった。ヴァン殿はすごいな」


「なぁに。慣れってやつだよ。って、そうじゃねぇ! とぼけさせたままでいいのかよ!」


「そして、また同じことを繰り返すおつもりか?」


「っ!」


 ミハエルの追求に、ヴァンは口を閉じる。


「あの方は、川に流される直前に自らの手で身分証を破棄された。そもそも・・・」


 コンコン。


 ウォーゼンが、扉を細く開く。


「陛下がお見えです」


「お待ちしておりました」


「女官長様もお戻りになりました」


 二人が部屋に入り、扉が閉じられる。


「離宮は?」


「手配済みですわ。賢狼様方と、おまけで、レオーネ様がお待ちになっております」


「姫さんをおまけって・・・」


「いや。今夜は一緒の方がいいだろう」


「おい!」


「ヴァン殿には、一から説明する」


 陛下の台詞に、またも口をつぐむ。


「ところで、兄上。先ほど急いで部屋を離れられたのは?」


「もう少しあの場にいたら、取りすがって泣いていた」


「やっぱり判ったか」


「当然! あの方と旅をした日々が懐かしい・・・」


 うっすらと涙ぐんでいる。


「で? なにがあるんだ?」


「逆恨み、ですわね」


「己の娘が王家に縁付かなかったことに、いまだに文句を言う者達がいる」


「・・・文句だけか?」


「いや? 妃と子供達を亡き者にして、後釜にねじ込もうと、いろいろ、な」


「いままでは、実行者は捕縛できても黒幕が掴めなかったのです。皆様、賢狼様らがお守りくださっていたので、事無きを得ておりました。

 あちら側は、ずいぶんと悔しい思いをしている事でしょう。それに、姫様を盗賊討伐の囮役という名目で国から離しましたら、黒幕どもが浮き足立ちましたの。もう一押しで、自爆しますわ」


「女官長?! あいつを巻き込むつもりか!」


「そのようなことにならないよう、お守りするだけだ。それに、あの方がお怒りになられた時、お仕置きを受ける覚悟は出来ている!」


「あいつのハリセン、効くぜ?」


「高い高いでも、なんでも、なん、で・・・」


 国王の顔は真っ青になった上、脂汗が浮かんできた。


「あ、あにうえ、・・・」


「おほほほほっ。この一件に決着がつきましたら、わたくし、引退が決まっておりますの。どーんと、こい、ですわ」


 女官長の高笑いも、どこか引きつっている。


「王宮半壊ぐらいで済めばいい、と思う」


「そうだなぁ」


 ウォーゼンのつぶやきに、遠い目をした団長が同意する。


「・・・おめえら。本当に、いいのかよ」

 おやまあ、バレバレです。

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