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罪人たちの告白

「なあ。なんであいつら半裸なんだ?」


「ああ。うん」


「ロナ殿は、容赦ありませんからなぁ」


 戻ってくるなり顔を顰めるマイトさんに、レンは口ごもり、ご隠居さんは頓珍漢な感想を告げた。


「え〜? 全身丸洗いしてあげただけじゃん」


「「「「「「は?」」」」」」


 ダグの巡回班は、割と近くに居たらしい。だったら、襲われている時に駆けつければいいものを、と思ったけど。

 元からなのか、目の前の醜態を見せられたからなのか。兵士さん達の顔色は、元気発剌とは言い難かった。


「水。怖い。水怖いよぅ」


「水が、水がぁ〜」


「もう、お婿に行けない・・・」


 総勢十人の男達は、揃って虚ろな目をして地面に座り込んでいた。若干名、意味不明な台詞をつぶやいていた気がするけど、わたしは聞いていない。


「水? もう、体には付いてないでしょ」


 地下道清掃道具の一つに、高圧洗浄機がある。バキュームで吸いきれない汚泥を洗い流し、貴重な素材を根こそぎ回収する為だ。ついでに、清掃作業着の手入れにも使えて、更には、水温と水圧の調整機能も付いている優れもの。

 というか、だから、なんで色々と付加しないとまともに動いてくれない魔道具って。何故だーっ。


 それはともかく。


 打たせ湯程度の圧力を掛けて、頭のてっぺんから足の裏まで丁寧に洗い流した。ただ、衣服の耐久値が限界だったようで、見事にボロ切れと化した。

 つまりはオールヌードを曝すはめに。


 ついうっかり目撃してしまったメイリスお姉さんは真っ赤になり、彼らに襲われていた側の男衆もすぐさま目を逸らした。


「な、なぁ。いくらなんでも、やり過ぎじゃねえか?」


 メイリスさんの弟、ロトス君が、やはり斜め上を見上げてボソボソと苦情を言う。


「垢まみれにしても、限度があるし。病気になっちゃうよ」


「そうじゃねぇって!」


「直接、手洗いする気にはなれないし」


「だから!」


「汚れたままじゃ、怪我の手当も出来ないし」


「違うって!」


 顔を洗う時は、少々咽せさせてしまったかもしれないけど。それは、直前に息を止めろと言ったのに口を開けっ放しにしていた方が悪い。


 濡れっぱなしでは風邪を引くだろうから、『温風』で乾かした。一張羅を駄目にしてしまったお詫びに、蛇革の腰蓑を贈呈した。万能薬ではないけど、切り傷擦り傷には薬も塗ってあげた。


 どこが、やり過ぎなんだろう。




「あ、そうだわ。助けてくれて、ありがとう」


 メイリスさんが、お礼を言った。二十歳過ぎの、普通のお姉さんだ。


「そうだ。手当てしてもらったんだよな。助かった」


「ありがとうな」


「俺からも、礼を言う」


 レジーさん、ワンドさん、リガヌさんも、口々に感謝していることをアピールする。目線は、裸族からきっちり逸らされたまま。


「馬車が壊れる前でよかったよ」


「それもあったわね」


 うんうんと頷くメイリスさん。


 どうやら、兵士さん達に、わたし達に助けられたことをアピールする為の模様。


「よかったら、街まで一緒に行かないか?」


「うん。お礼がしたい」


「どうかしら?」


 おや?


「ということですので、ご足労頂いておいて申し訳ありませんが、お引き取りください」


「裸のにーちゃん達だけ、連れて行ってくれ」


 弟君が、やたらけんか腰に声を上げる。


「いや。一応、君達からも何があったか聞いておきたいんだが」


「ですから。こちらの皆さんに助けていただきました。その上、襲ってきた連中も捕えています。他に、聞きたいことってありますか?」


 うわ。メイリスさんまで。


 こっそり、ワンドさんに耳打ちする。


「なんで、巡回班の同行を嫌がるの?」


「やつら。護衛代と称して、積み荷をかっぱらうからだよ」


「そんな馬鹿な」


「厳罰者ですぞ!」


「駄隠居さん、声が大きい」


 ローデン騎士団関係者としては、見過ごせない情報だと言うのは判るけど。


 よーく観察していると、兵士さん達は、確かに捕縛した盗賊達ではなく荷台の荷物をチラ見している。いや、ロックオンしている。


 ん?


「つまり、お腹がすいている? 巡回兵なのに?」


 こっそり、焼き肉の串を取り出してみる。


 ぐぎゅるぐるぐるぐるぐ〜〜〜〜〜〜〜っ


 兵士さん達と裸族達は、揃って盛大に珍妙な音を立てた。





 腹の中に別の生物を飼っていた男達の前に、作り溜めしてきた料理を並べると。

 いやもう、食べること食べること。出した瞬間に、どこかに消えている。服装が同じだったら、見分けがつかないかもしれない。


「ロナぁ〜」


「あーはい、判ってるって」


 レンの苦情はとりあえずスルーする。


「・・・なんか。相当ね」


「そうだな」


「ダグって、大きな国なんだろう?」


「ロトスは、初めてだったか」


「うん。身分証を作りに行くって言ったじゃん」


「もうそんな歳だったか?」


「こーんなにちいちゃかったのにな」


「うるさいよ。レジー兄!」


「あ。ねえ。メイリスさん達は、ダグに売りに行くところだったんだよね?」


「そうよ。そのお金で薬を買って帰らなければならないの」


 げふげふごほっ


 一心不乱に食べていた兵士さん達が、咽せた。


「メイリス殿。どのような薬を所望しておられるのかな」


「えーと。咳と腹痛と嘔吐、下痢、それから、皮膚のただれ」


 げーっほげほげほっ


 また、咽せた。


「ねぇ。駄隠居さん?」


「うむ。マイト」


「そうだな。レン」


「何がだ?」


 レンは、レンだし。放っておこう。というより、何故、レンにまで振るんだ。


「わしらは、先日までダグにおったのだが、薬は品薄と街の人に聞いておってな」


「咳している人も多かったぜ」


「む、むぐぐぐぐっ」


 レンは黙ってなさいって。


「え。え? 咳止めは治療院で売っているんでしょ?」


 慌てるメイリスさん。


「その治療院がお手上げなんだってさ」


 マイトさんが、兵士さん達に止めを刺した。そうかそうか。買い占めてたのは、騎士団だったか。


「そんな。村のみんなが待ってるのに・・・」


「メイリスさん達の村は、どこにあるの?」


「ここから南に一日、と、西に一日、かな?」


「まっすぐ向かえばもう少し早いんだけど、今、そこが通れなくって」


「今どころじゃない。十年以上前から水が湧いてきて、しかも、そこの水はとてもじゃないけど近寄りたくないんだ」


「年々酷くなってるって、オヤジ達が言ってた」


 汚泥にまみれた沼に近い地域だ。地下汚染が始まっていたらしい。パピルスもどきの根圏が届かない深さなのだろう。いよいよもって、ヤバさ倍増。


 ん?


「・・・俺達は、ここから、西に三日のセメク村の住人、だった」


「今は、誰も住んでねぇ」


「家畜も、農地も、なにもかもなくなっちまった」


 肉を噛み締めながら、泣き出す裸族達。口々に故郷の惨状を訴え始めた。


「だった、って?」


「病気だよ! みんな、死んじまったんだ」


「俺達は、傭兵やってたんだ。数年単位で、街道を回る。仕事の区切りがついたんで、久しぶりに帰ってみたら、な・・・」


「だからって! 盗賊する理由は何よ!」


 メイリスさんが激高した。無理もない。


「もう! 養う家族も親戚も誰もいないんだぜ?!」


「真っ当に働く意味があるのか?」


「だからって。だからって・・・」


「村に帰った時、誰も残っていなかったの?」


 敢えて、当時の状況を思い出してもらった。


「三人、だったかな?」


「あ、ああ。ルイスと、ジョイス、と」


「ミューラ。俺の妻だ」


「全身のあちこちが爛れてて、それでも、俺達に「お帰りなさい」って、言ってくれたんだ」


「それから、三日後に、亡くなったけどな」


 ごめん。もう、何も、言うまい。


「ダグの役所へ連絡はしなかったのですかな?」


「ルイスとジョイスが、死ぬ前に村に何があったのかを言い残してくれた」


「俺たち全員で聞き覚えた。それを、巡回班だけでなく門兵や役所にも訴えた」


「どいつもこいつも「お気の毒でした」で終わりさ!」


「正式な開拓村じゃなかったからって、あんまりだろう?」


「どういうこと?」


 インフラ設置の初期投資費は嵩むが、国に所属することになれば、優先的に生産物を買い取ってくれる。食料は、都市内だけでなく街道商人達の糧ともなる。

 何より、都市から三日程度の距離にある村が盗賊の拠点になったら、被害は格段に広がる。それを防ぐ意味でも、積極的に庇護に組み入れる筈だ。


「役人の一人が、つぶやいたのを聞いた「ダグには、余計な荷物を抱える余裕はない」ってな」


「何年前の話?」


「二年前だ」


 見れば、巡回兵達がダラダラと脂汗を流している。


「ええと。浄化装置の設置が間に合わないとか?」


「え? 浄化装置って、何?」


 シンジョ村一同が、なんにも知りません、という顔をしている。廃村の生き残り組、のみならず兵士さん達も以下同文。


「「「「そこから?!」」」」


 ローデン組の声が跳ね上がった。




「おじさん達は、いろいろと知っていそうだねぇ」


「ロナ殿。程々に、程々にですな」


「とか言ってるご隠居。手に持ってるのは、なんですか」


「ロナ。わたしも混ぜろ!」


 ダグ周辺の異常に詳しそうな情報源が、ここにいる。今訊かずに、いつ訊けばいい。


 小さく縮こまっていた兵士さん達は、だがしかし。


 目の前で、焼き肉を振っただけであっさり白状、もといつまびらかにした。


 開拓村は、国に正式に所属する前に必要な施設を作らなければならない。なお、建設時はある程度村が負担し、その後のメンテナンスは、国の予算で賄われる。更に、庇護国は、定期的に巡回班や治療師を派遣する義務も負う。


 と聞いていたのに。


 少なくとも目の前の兵士さん達が勤める頃には、ダグでは、それらの手続きが行われなくなっていた。ということが、明らかになった。


「素直に白状する兵士も兵士だけど」


「ロナの料理だから、問題ない♪」


 そうじゃないって。


「だけどさ。こんな情報、街の連中に知られたらヤバいんじゃないか?」


「いいんじゃないの? ここに居る人達で口をつぐんじゃえばいいんだし」


「村が壊滅しまっくってる事?」


「じゃなくて。浄化装置、だっけ?」


「そう。それ」


「知らない方がおかしいと思う」


「そうですな。わしもそう思いますぞ」


「じいさん。そうじゃなくて、ってそれもなんだけどな?!」


 ワンドさんの突っ込みが入りました。


 兵士さん達は、ダグ以外の国で当たり前に行われていることが、実施されていなかったことにショックを受けている。

 他所は他所、ダグはダグだと開き直るかと思ったのに。


「いやぁ。ここまで酷いことになってるとは思わなかったな♪」


「「「「「・・・・・・」」」」」」


 なによ。


「そこで、喜ぶって」


「ちょっと、なぁ?」


「だって。もう最低最悪の状態なんでしょ? だから、今なら何をやっても問題ないじゃん」


「大有りだろ?!」


 ロトス君が悲鳴を上げた。


「何言ってんのさ。ボクが、そこまで悪逆非道に見える?」


「う」


「見えるとかそう言うんじゃなくて。って、何する気だ?」


 マイトさんが、こめかみを押さえながら質問を繰り返す。


 にたぁ。


「ロナ。その笑い方は、怖いぞ」


「怖くて結構! ふ、ふふふ。悪役道まっしぐら、これぞ本懐!」


「は?」


「ロナ殿。このジジイも混ぜてくださるんでしょうな」


 だから。なんで喜んでるのよ、この人。レンに似たしっぽが見えた、気がする。


「あー、兵士さん? 見聞きしたこと報告するのは構わないけど、ボクのおごりでしこたま肉を食べたことも忘れずにね」


「それはまた、何故」


「通りすがりの旅人にただ飯貰って、引き換えに街の情報をゲロッたって上司に報告・・・」


「我々は誰にも会いませんでしたし貰ってませんっ!」


 素直でよろしい。


「そうそう。自己紹介してなかったね。ボクは、ななしろだよ。よろしく」


「え?」


「げっ! 「砦落とし」?!」


「お許しを、お許しを〜〜〜〜っ」


 兵士さん達は、一斉に地面にのめり込む勢いで臥せってしまった。


「まさか。こんな、ち」


 ぎろり。


 小さい、言わない。


 睨まれたとたんに、レジーさんは両手で自分の口を塞いだ。


 裸族さん達は、全身に鳥肌を立てていた。


「この程度で済んでよかった、のか?」


「うう」


 どうやら、傭兵稼業の最中にどこかで聞き及んでいたらしい。


「ロナは有名人だったんだな♪」


「誰の所為?」


 あの、最初の発作がなければ、今頃は、もっと平和に暮らしていたはずだ。


「英雄症候群だろうがなんだろうが、ロナは、ロナだろ?」


「「「「「ひぃいいいいいっ」」」」」


 マイトさんが余計なことを口にした所為で、裸族の土下座も追加された。


「じゃ。お仕事頑張ってね」


「え? ダグまで一緒してくれないの?」


 メイリスさんが、わたしの手をがっちりと握りしめる。


「ボク達、ローデンに行くんだもん」


 盗賊が現れなければ、もう少し進めていた。


「そんなっ」


「頼むよ」


 若いもんが他力本願とは頂けない。


「さっきの話を聞いて、それでも「追加報酬」をせびるほど肝が太いとは思えないけどねぇ?」


 メイリスさん達の積み荷を見上げる。二頭の馬は十分休憩できたようだから、半日の遅れは目を瞑ろう。


「しませんしませんしませんとも」


「お助けください〜〜〜っ」


 真っ青になってわたしを拝む兵士さん達。ふっふっふ。そうやって、やりもしないことに怯え続けるがいい。


「頼むから。俺達もローデンに連れて行ってくれ」


「牢屋でもどこでもいい」


「どういうことだ?」


 マイトさんが裸族の懇願に首を傾げる。


「「「「「ダグなんか行きたくねぇ!」」」」」


「村を助けてくれなかったんだぞ」


「あんなところに連れて行かれるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ!」


 うんわぁ。嫌われたもんだねぇ。兵士さん達は、揃って肩を落としている。一応、一応は、真面目に勤めていたつもりらしいからね。


「そう言えば、ダグには薬がないんだったわよね」


「あ。そう言えば」


「じゃ。決まりだな」


 シンジョ村の皆さんも行き先が決まったようだ。


「気を付けてね」


「何言ってるのよ。ローデンに行くのよ!」


「ノーンに行くんじゃないの?」


 なにせ、「健康王国」を自負しているところだ。どんな症状の病気にも全力で対応してくれるだろう。


「ダグの街を越えて行かなきゃならないのよ? いやよ。そんな遠回り」


 兵士さん達の顔から表情が消えた。キッパリはっきり、当てにならないと言われてしまえば、そうなるかもね。


 ざまあ見ろ!


 ようやく、小砦で、あの不愉快な衛生害虫を目の当たりにさせられた鬱憤が晴らせた。気がする。


 ちなみに。


 ダグの地下道では、今の処一匹も見かけていない。


 それほどに、汚染が酷い。


 だからこそ。


 遠慮するなんてとんでもない。


 待っていろ。


 わたしはすぐに帰ってくる。

 最後は、悪役っぽい台詞ではないですか。

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