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粘り勝ち

「ナーナシロナ殿、でしたな。この方のことはわしにお任せあれ。後は宰相殿の仕事でありましょう」


 唖然としている宰相さんにそう言い残して、本当に王宮の出口に向かうおじいさん。


 道中、どうしても肩から下ろしてくれそうになかったので、腹筋を使って体を起こす。

 ルンルンと弾む足取りなのだ。逆さ吊りの体勢では、そのうちに吐瀉物で窒息していたかもしれない。


「さて。何処に参られるおつもりですかな?」


「付いてこないでってば」


 とは言うものの、まだ捕まったままだ。絶妙のポイントを押さえられているようで、足が抜けない。手甲でぶん殴れば、わたしを担いだまま倒れるだろう。どうしたらいいんだ。


「ロナよぅ。諦めろ。じじいの暇つぶしに付き合ってやれ」


「・・・ボクがやろうとしている事を知っててそう言うの?」


 なんて無駄話をしている間も、元団長さんの押し出しは強かった。何を言わせる事もなく、王宮正門をくぐり抜ける。


 団長職を辞してから、王子王女様達の護衛兼子守りをしていたそうだ。それ故に、新人兵士も顔を知っている。腕前も、体で嫌という程理解している。

 とは、ヴァンさんの談。退職してからの方が始末に負えない団長って。


「最近の若い者は、すぐに音を上げてしまうので物足りませんでな。ウォーゼンは、ミゼルの尻拭い、おっと補助としてあちらこちらに出向いておって、なかなか捕まりませんしの」


 今もって壮健なご老体。なんて傍迷惑なひとなんだ。


「いやいやいや。殴り込みに行くんじゃなくてね?」


「なんのなんの! そこいらの三下なぞ軽く追い払ってみせますぞ。大将の出番は、それからでも遅くはありますまい」


「おい。ロナを唆すなよ」


「はっはっはっ。久々に楽しめそうですなぁ」


 聞いちゃいない。


 でも、追いかけてきた兵士も元団長さんは止められないらしく、後ろから付いてくるだけだ。ヴァンさんは、言わずもがな。

 仕方が無い。この際、街を出るまでは協力してもらおう。


 そうだ。ちょっと買い物もして行こう。




 小銭が、ない。


 なんだかんだで、金貨しか残ってなかった。どこかで両替しないと、買い食いも出来やしない。


「ああん? おめえともあろうもんが、なに巫山戯たフギャ!」


 手頃なブツがなくて、パチンコもどきを投げつけた。


「ほう。面白そうなものをお持ちですな。見せていただいてもよろしいか?」


「グロエオモナの角で作った。けど、普通の木、でも作れると思う」


 特製ゴムの強度に耐えられる素材なら、金属でも何でもいけるだろう。たぶん。


「そういえば、わしも身一つでありましたな。活動資金を調達せねばなりますまい」


 何を言い出すんだ、このご隠居様は。


「街門まで送ってくれればいいんだってば」


「ご遠慮めさるな」


 遠慮じゃなくてね。


「ここからですと、商工会館が近いでしょうかな?」


 さっきから、すれ違う人達の目線が痛い。好きで乗っかってるんじゃないのに。


「ぎるどでいいりゃれえか」


「受付のお姉さん達が、ねぇ」


 捕獲されたら一巻の終わり、な気がする。


「じじいに乗っかってればいいだろ?」


「それもそうか」


 受付嬢よりも頭二つ高いもんね。


「「「「「ロナさーーーーんっ!」」」」」


 公開処刑を終えて、やっとギルドハウスにたどり着いたら、絶叫で出迎えられた。耳が痛い。


「元気でした? 大丈夫でしたか?!」


「怪我は!」


 窓口カウンターの上に立ち上がっていらっしゃる。どこのディスコクイーンですか、あなた達は。

 古株ハンターさんはポカーン。若手はデレーッと鼻の下を伸ばしている。ミニスカートではないから、覗き込んでも無駄なのに。


 ではなくて。


「すまんが、払い戻しを頼みたい。のだが」


「ボクは両替」


「「「「「お茶が先です!」」」」」


 んもう。


 まだ肩車されたままだというのに、もみくちゃにされているわたし。


「それなら、これ。差し入れだよ」


 菌茶の一つを差し出す。


「あ〜、ロナよぅ。王宮で、茶がどーたら言ってなかったか?」


 拭き取りきれてない鼻血で顔をまだらにしたヴァンさんが、疑わしげに訊いてきた。

 王宮職員は、誰も付いてきていない。ご隠居さんの一睨みで、衛士さん達はギルドハウスの入口から動けなくなっている。蛇の一睨み。あるいは、メデューサの流し目。ちょっと違うか。


「そうだ。ヴァンさんにも訊きたいことがあったんだ」


「なんだ?」


「仲間はずれは無しですぞ」


「はいはい」





 ぴょんぴょん茶は、お姉さん達におおいに受けた。受けてしまった。


「もーっピョン! お茶目ぴょん♪」


「これぴょん。ウサギの飾り耳も付けたくなりますぴょん」


「ロナさんがつけたらっ。ぴょんぴょん似合うぴょん!」


「誰だこんなもんのませた奴はっぴょっ」


「はっはっはっぴょん。愉快ですなぴょん」


 運良く被害を免れたハンターさん達は、ドン引きしている。というか、お姉さん達は、わたし達にしかお茶を出さなかった。いいけどね。

 

「宰相がぶち切れた訳がようく判ったぴょん」


「ヴァンさん、似合うね」


「なんでぴょてめえだけぴょぴょ無事なんだぴょん!」


 緊張感もへったくれもない。空の彼方に消え失せてしまっている。ウサギのジャンプ力は半端なかった。


「明日の朝には、抜けるからさ」


「ちくっしょーっぴょんっ」


「ちい姫様にも差し上げてみたいですなぴょん」


「やっぱりそう思う? 他にも、いくつかあるんだよ♪」


「やめい! っ、はぁ。こらえたぞ。ぴょんぴょん」


「「・・・」」


 お替わり付きでした。


「オヤジ。何の騒ぎだ?」


「うあぁあっぴょん! 見るなぴょん聞くなぴょんって、ぴょんぴょんぴょ」


 慌てるヴァンさんを見て、呆然とするガレンさん。


「ヴァンさん達はまだいいよ。ほっとけば治るんだから。王宮ではもっと変なものを出されてねぇ。あのさ、ちょっと訊いてもいい? きん○まの採取依頼なんてあるの?」


 最後の台詞だけは、声を細めた。


「坊主。って歳でもないんだったな。ロナ、どこでそんな話を聞いたんだ?」


 お。流石、ギルドマスター。一瞬で、正気に戻った。


「聞いたんじゃなくて、実物を見たの。ボクがいてよかったよ」


「ここじゃまずいな。俺の部屋に行こう」


「ではぴょん。その間に、払い戻しを頼みますぴょんぞ」


「ボクの分も」


「「はいぴょん」」


 お姉さん達の声を聞いたガレンさんの肩が落ちた気がする。でも、気のせいだ。見てない。ないったらない。


 部屋を移動し、王宮であったことをかいつまんで説明した。


「まさか、なぁ。口伝で聞いたことはあるが、本当にあったのか」


 ガレンさんが、顔を顰めている。


「ロナ殿ぴょん! お見事ですぞぴょん!」


「偶然だから。たまたまだから!」


 滂沱の涙を流すご隠居さんから、手を引き抜こうとした。ぎゅー。握りつぶされそう。


「で? そいつに仕返ししに行くっつって王宮を出てきたのか」


「昼食は全戻しだし。王太子殿下は鳥肌物だし。あげく、あんなもん出されて。黙ってられないよ」


「・・・前の二つは関係ないよな?」


「やっぱり、オオトリにけじめを取ってもらわないと」


 ガレンさんのツッコミにもきちんと答えたというのに、全員が突っ伏した。


「八つ当たりもいいところだぴょん」


「なんだったら、宰相さんだけじゃなくて今からでも衛士さん達に」


 両手をワキワキと動かしてみせる。


「やめいぴょん!!」


「ボニス殿が居なかったら、怪我人が大量に出てたってか?」


「・・・ぞっとしない話だぜぴょん」


「冗談だってば」


 衛士さんや侍従さん達にまで手を上げてしまえば、正真正銘の八つ当たりになってしまう。


「なんのなんのぴょん。あやつら、近頃たるんでおりましたからなぴょん。よい訓練になったことでしょうぴょんに。惜しいことをしましたなぴょん」


 ・・・まじですか?


「ごほん! それで、その仕返しはどうやるつもりだ。オヤジに飲ませた茶を振る舞うのか?」


 気力を振り絞ったガレンさんが、秘技、話題転換を放った。


「それも考えたんだけど、難しそうなんだよねぇ」


 他国への大使を勤めるくらいだから、そこそこの地位ある貴族と思われる。ならば、王宮ほどではないにせよ、毒味役を雇っているだろう。彼らの舌をくぐり抜けてターゲットの口に入れる機会を得るには、それこそ長期戦になる。


 いくら、わたしの時間が有り余っているとはいえ、そんな工作は趣味じゃない。


 何より、同じ手段での意趣返しというのは、面白くない。


「ダグに帰る道中、いろいろといたずらしようとも考えたけど、それだけじゃ物足りないし」


「物足りないって・・・」


 呆れた目をするガレンさん。


「ボクが目指しているのは、大使さん達の自尊心とか虚栄心とかを粉々に打ち砕いて、精神的に叩きのめすことなの!」


「どうやってぴょん?!」


「それを考えているんだってば」


 ローデンでは、王宮職員という大量の協力者がいた。だから、噂話の拡散も効果的に行えた。


 ダグは、いわば未知の街だ。勝手が分からない土地で、情報操作はそうやすやすとは出来ない。


「大体、大使さんの名前も知らないし」


 がたたたっ


 引っ張り込まれていたトリーロさんまで、ひっくり返った。出来るイケメン秘書の進化系、超有能ロマンスグレーが、見事にずっこけている。

 そう。アルファの秘書をしていたトリーロさんは、まだギルドで仕事をしていた。一時、帝都に出張していて、今まで顔を合わせていなかった。


「無謀にも程があるぜぴょん」


「どうせ、取り巻きとか一杯居そうだし。それなら一網打尽で」


「いやいやいやぴょん! 暴挙ぴょん!」


「お茶の選択を間違えたかな?」


 緊張感が削がれることといったら。


「だったらぴょん! 最初っから飲ませるんじゃねっぴょぴょん!」


 憤怒のヴァンさん。しかし、その口調が怖さを半減させている。


「やっぱり、現地調査から始めよう。本人の性格趣味主義主張居住環境家族構成親族雇用者。おっと、嫌いなものとか弱点とか弱みとかがまず先だよね」


 嬉し恥ずかし、初ストーカー体験だ。日本時代での経験を生かして、あーんなこととかこーんなこととか、どうでもいいことまで委細漏らさず調べ上げて。

 今なら、特製結界で隠れ放題。小道具だって盛りだくさん。速攻でけりを付けてやる。


 ふっふっふ


「やめぴょん!」


 の一言と同時に、脳天チョップが炸裂した。


「痛いよ」


「なにもそこまでぴょ・・・」


 菌茶を飲んでいないトリーロさんが。


 感染性はなかった筈だけど。文字通りのエアー感染?





 慌てまくるトリーロさんから、情報集めに協力するので口外してくれるなと懇願された。


「別にそんな事しなくても、言いふらしたりはしないよ?」


 わたしは。弄りがいがないんだもん。


「あ、ああ。うん。俺もしない。したこともない」


 ガレンさんが、トリーロさんから顔を背けつつもわたしに同意する。


「ヴァン殿ぉ・・・」


「どうせすぐにバレるだろうがぴょん」


「ヴァンさん。やってもいいけど、三倍増し増しで返ってくるだろうから、そのつもりでね」


「なんだぴょ、それは」


「だって。ヴァンさん「は」、さっき、下で、みーんなに見られてるし」


「ぶぴょ!」


 そう。天に唾するのと同じこと。それでもいいなら、やればいい。


「さてさてぴょん。ロナ殿のご予定はいかがなさるぴょんのかな?」


 実のところ、ご隠居さんの方が笑いのツボに嵌まっている。生真面目な顔して「ぴょんぴょん」だもんね。本人は気に入ってるみたいだけど。・・・いいんだろうか。


「二ヶ月ぐらい、下調べをするつもり。手段の検討は、それから。かな?」


「ふむぴょん。腕が鳴りますなぴょん」


「ボニス殿。いきなり殴り込みする気か?!」


「なんのなんの。わしはナーナシロナ殿の護衛ですぞ。荒事はお任せあれ」


「あ。治った?」


「本当かぴょん! ・・・・・・」


 だめだ。笑っちゃいけない。ここは、我慢。腹筋の限界に挑戦する時。


「ふむ。個人差というものでしょうな」


 ご隠居さんが極真面目に宣う。


 が、しかし。


「にゃっとくできるかぴょーーーーーーっ」


 ぎゃははははははっ




 なんだかんだで、ご隠居さんの同行を容認した。放っておいたら、持てる伝手(権力筋も含む)を使いまくって追跡する、と、脅迫されたからだ。極秘調査が終わる前に騒ぎを起こされては敵わない。くそう。


 すると、ヴァンさんとガレンさんは、即座に「目付、兼、連絡係」を頼み込んだ。何故に?


「少しは俺達にも協力させろ。っと、その前に、こまめに情報寄越せや」


「なんで?」


「あんなもんが出回っちまったら、ただじゃ済まねえからな。顧客も含めて出来るだけ早く潰すに限る。その為にも必要なんだよ。情報が」


「あのさ。協力したいの? 協力させたいの? どっち?」


「両方だ!」


 トリーロさんが、ガレンさんの横で大きく頷いている。だけではなかった。


「報告書には、こちらを使ってください」


 紙束の山を押し付けられた。


「手作りのでよければ、ボクも持ってるけど?」


 押し返そうとした。


「いやいやいや。ちょいと特殊な加工をしてあって、特殊な道具で開封しないと中身が読めないんだよ。帝都で開発されたっつって試供品を貰ったんだが、なかなか使い道がなくてな。この際だ、使い勝手についても報告を入れてくれ」


「・・・」


 ガレンさん、ギルドマスターの仕事っぷりが板に付いてますね。使えるものはトコトン使い倒そうというその姿勢は、誠にご立派。わたしを巻き込まなければ、だけど。


「ロナ殿。伝令を待機させておく訳にもいかんですしな。有り難く使わせていただきましょう」


 一緒に置かれていたマジックボンボンに、紙束を詰め込むご隠居さん。


「本当は、もっと人を付けてやりたいところなんだが。ぴょん」


「人数が多いと怪しまれる。だろ?」


 ヴァンさんの台詞に、ガレンさんが答えた。


「こいつが無茶ぴょんしやがったらじじい一人じゃ取り押さえられねえだろうが。ぴょん」


「ボクをなんだと思ってるのさ!」


 失礼な。


「いつ発作を起こすかわからねぇ一級危険ブツ。ぴょん」


 ドカドカドカカカカカッ


「ロナさん。悪は滅びました」


「はい。両替しましたよ」


「いつまでたっても、ポンコツはポンコツなんだから」


 お姉さん達の蹴りが見えなかった。うめき声一つ聞こえない。

 ヴァンさん、成仏してね。


「あ。うん。行ってきます」


「「「行ってらっしゃ〜い♪」」」


 ああ。空が眩しい。眩しいなぁ。

 元団長。現、子守りジジイ。その経験の中で、やんちゃな王子王女達の捕縛スキル、即ち、体格差のある子供を逃がさない技術を、多種多様にマスターした。

 主人公も、もう少し成長していれば・・・。


「うるさい!」

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