表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/194

大捕り物

本年も、よろしくお願いします

 スタスタと、壮麗な王宮を闊歩する。


 その周りには、なんとしてもわたしの行軍を阻止しようとする衛士さん達が十重二十重。流石に、御用提灯は見当たらない。


「ぐあっ!」


「はぎゃ?!」


 怪我をさせないように手加減するのも、いい加減疲れた。くだらない駄洒落まで出てくるし。


「ん〜。靴底にも仕込んでおけばよかった」


「やめてくだちゃいっちゅ〜っ」


 宰相さんを片足にぶら下げたまま、なおも進む。


 ずーりずりずり。


「何の騒ぎだよ。って、またおまえか」


 どういう訳か、ヴァンさんが王宮に居残っていた。もしかして、一人見かけたら三十人湧いてくる、とか言わないよね。


「ヴァンさんには、関係ない。自分の手で落とし前を付けてくるって言ったら、宰相さんが邪魔しているんだ」


「また偽物でも出たのか?」


「王太子殿下のドアップで発作を起こしかけて、大使さんからはヤバ茶を盛られそうになった。殿下は、今軟禁状態で、今後は接近禁止にする。でもって」


「待て待て待て! いっぺんに言われても判らねぇって!」


「ヴァン殿! ご協力をお願いちまちゅぅ」


「歩き辛い。手を放してよ」


「しまちぇん!」


「なんだぁ?」


 ヴァンさんは、宰相さんのちゅ〜語に面食らっている。笑っていいんだよ?


「ペルラよぅ。昼間のあれで捕まえっちまえよ」


「それができないんどすえ!」


 顔が真っ赤になるまで力んでいるけど、そよりとも動かない。


「たぶん、だけど。ペルラさんの使う魔術のイメージって、言葉遣いが大事なのかも。で、「どす」語が治らない限りは、何度やっても不発続きになる。んじゃないかな? 試しに、詠唱付きでやってみたら?」


 くるりとヴァンさんに向き直った。


「え? なんで俺?!」


「【風縛】どす!」


 し〜〜〜〜〜〜ん。


 更に赤く染まるペルラさん。思わず顔を背ける衛士さん達。そして、口を手で押さえて、笑いを堪えるヴァンさん。みんな、止まってしまった。


 よし。


 抜き足差し足忍び足。


 宰相さんの手が緩んでいる今のうちに。


 お茶が効いている間、風の刃とか炎の息とかが使えないグリフォンさんが居た。その後、自棄発動の的にされかけたけど。お茶を飲んでも魔術が使えた時は、冷静だったとの証言もある。菌の種類と魔術の相性もあっただろう。


 そうだ。これは、魔術師を封じる手段に使える。エッカさんと相談してみよう。


「ナーナシロナ様どすっ! 同責任を取ってくださるんですのどすよ?!」


 怖い。その顔は、超怖い。


「ペルラ。何がどうしちまったんだ?」


「ヴァンは黙りやがるどすのことどす!」


 障害物徒競走が始まった。


 第一障害。


 ペルラさんの縦横無尽な腕さばきを避ける。髪の毛だけじゃなかったんだ。知らなかった。


「妙なお茶を飲まされそうになったお礼だよ♪」


 走るのに懸命でしゃべれそうにないペルラさんの代わりに教えてあげた。


「それは大使殿のせいではありまちぇんか!」


「宰相もかよ?!」


「会うなって言うから替わりに飲んでもらっただけじゃん!」


「ぢゅ〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 ずざーっ。


 宰相さんの渾身のタックルは、飛び上がって回避した。


「茶ってなんなんだよ」


 宰相さんの代理のつもりなのかなんなのか、ヴァンさんが並走を始める。

 やっと一人脱落したのに、あとからあとから湧いて出てくる。ゾンビゲームじゃないっての。


「あとで宰相さんにでも聞いて。ボクは、忙しい」


 衛士さん達の手を打ち払い、身を躱すだけでも精一杯。逐一説明している余裕はない。


「ヴァン! ナーナシロナ様を捕まえるのどすどす!」


「大使殿が危険でちゅので是非っ」


 背後から、宰相さんもヴァンさんにたすきを託した。


「ちょっとヴァンさんは関係ないじゃん!」


 わたしは、キノコ採りの配管工でもない。おっと、ジャンプ。


「気が進まねぇぜ」


「ヴァン殿?!」


 おや?


「こいつが、こんなに腹立ててるってことは、相当な代物だったんだろうさ。いっそ、任せちまえよ。王宮の分まで締め上げるんじゃねえか?」


 なんだ。判ってるじゃん。


「王宮は王宮のやり方があるでしょ。ボクはボクで、好きにやらせてもらうんだ。邪魔するなら、誰だろうと容赦しないからね。ふ、ふふふ」


 わたしの漏らした含み笑いを聞いた衛士さん達は、ギョッとした顔で距離を置いた。


 そのまま、立ち止まってていいからね。






 地球に残っている血の繋がった家族は、妹しか居ない。母は病死だ。そして、父は、わたしが幼い頃に事故死している。


 当時のことは、よく覚えていない。ただ、妹が生まれて暫くしてから、母から概要を聞いた。更には、母の死後、遺品の中に当時の新聞や雑誌の切り抜きを集めたスクラップブックを見つけた。

 わが母ながら、酔狂と言うか物好きと言うか。

 義父は、万が一、過去をほじくり返された時、わたしの武器とする為ではないか、と言っていた。


 とある若いカップルが別れ話をこじらせて、逆上した男が公衆の目前にも関わらず刃物を持ちだした。「おまえを殺して、俺も死ぬ」的な。それを、通りすがりの父が男を諌めようとして、そして、刺された。

 すぐに警察が来て、男は現行犯逮捕された。しかし、救急搬送された父は、手当の甲斐なく死んでしまった。


 痴話喧嘩に巻き込まれた。それだけでも、笑えないというのに。


 男は、常習性のある薬を服用していたことが判り、危うく心神喪失扱いにされるところだった。らしい。

 また、関係者、それも刺されそうになった彼女も常用者だったとか、いいところのお嬢様ということで、弁護士が大金積み上げて示談にするよう「お願い」に来たとか。


 本当に笑えない。


 でも、事件当日の一部始終は、複数の見物人によってライブで動画配信されていた。それらを見たまともな弁護士や医者は、薬による異常な精神状態には見えないと太鼓判を押した。


 また、どこの誰かが、「示談」の件を漏らし、お嬢様の実家にマスコミが押し掛ける騒ぎにもなった。

 一方、わたし達もマスコミ、いやゴシップ記者達の餌食になっていた。実は、父はお嬢様の愛人だったとか、その痴情の縺れだとか。実際、お嬢様は、相当な遊び人だったらしく、男をとっかえひっかえしていて、実家のごり押しで別れた男達の口を封じていたそうだ。


 母は、彼女のことをどう思うかという質問には、答えようとはしなかった。ただ、彼女を守ろうとした父を誉め称えた。いつでもどこでも誰に聞かれても、胸を張って。


 そんな母を偽善者という人も居たが、父の会社の人達や友人知人らだけでなく、影となり日向となり、わたし達を擁護してくれる人も居た。


 以上の理由により、わたしは、わたしと母から父を奪った「暴力」と「麻薬」が大嫌いなのだ。


 精霊世界に攫われて、王侯貴族などの「権力」者も嫌いになった。


 ばか精霊の力で、強引に召還された。にも関わらず、精霊とは直接かかわり合うことのできない者達の、虚偽と欺瞞に満ちた権力闘争に勝手に引き合いに使われ、見当違いの嫉妬羨望に曝された。

 「××家の威光で異変の解消に成功した」、「当家の庇護があったから、この土地での怪異の解決が成ったのだ」など、わたしの与り知らぬところでプロパガンダに盛り込まれて。有形無形の妨害工作も受けるはめに。

 そして、本当の被害を受けていた庶民からの感謝の言葉はなく、むしろなんでもっと早く解決してくれなかったのかとなじられて。


 別に、そんなものは欲しくはなかったが、それでも釈然としなかったのは確かだ。


 だから、わたしの意思を無視してわたしを利用しようとする人や、噂を鵜呑みにして無責任に拡散する人も嫌い。




 幸い、と言っていいのかどうかは判らないが、スーさん達は、権力者の最高地位にあるにもかかわらず、「比較的」話が通じる方だと思う。精霊世界の連中に比べたら、微笑ましいレベルだし。


 だから、今までは「しょうがないなぁ」と見逃していた。


 それが、ヘンメル君が連れ込んだ部屋で、あのお茶を出された時、麻薬を盛ってまでして、わたしを縛り付けたいのかと、王室に取り込みたいのかと、そう思った。

 第三者の手前勝手な悪意による可能性が高くなったので、一時棚上げにすることにしたけど、無罪放免にするつもりはこれっぽっちもない。


 許せる筈もない。わたしの嫌いな物が、トリプル満役で叩き付けられたのだ。誰が黙って引き下がるものか。


 考え無しのお調子者の王族など害悪極まりない。被害妄想てんこ盛りの外交員も以下同文。


 なに。わたしの時間は余りあるほど有る。彼らの価値観を粉微塵にする手段を、じっくりたっぷりねっとり考えようではないか。


 ふ。ふふふ。






 俺達の気苦労も知らないで、毎度毎度騒ぎを起こしてくれる困った奴だが、目を離せば益々騒動が大きくなる。だから、うるさい奴だと思われようと、手も足も口も出す。いくらでも出す。


 だが、今は駄目だと、あいつの目を見た瞬間に、そう判断した。


 あいつは、今も昔も滅多に笑わない。可愛い顔しているのに、もったいない。仏頂面が標準装備で、たまにものすごく意地の悪い笑みを浮かべる。

 それが、今は、仏頂面を通り越した無表情。含み笑いが、ますます異様さを引き立たせている。


 賢者の偽物騒ぎの比じゃねえ。どこの誰だ。ここまで怒らせた奴は!


 そもそも、ロナがやると決めたことを撤回しなかったことはない。


 物理的に取り押さえるのは、最初から諦めている。大の大人顔負けの腕力体力持久力を持つやつだ。だから、理詰めの膝談判に泣き落とし、足止めして時間稼ぎしている間に考え直してくれないかと淡い期待を抱いたこともある。

 悉く、無駄に終わったが。


 しかも、今は「英雄症候群」という爆弾を抱えている。


 こうなったら、いつも通り、被害が小さく収まるように協力してやるしかねぇ。


 ・・・事情も理由もさっぱり判らん。正直に話すやつでもねぇし。宰相とペルラは、暫く使い物にならねぇだろうし。


 やはり、アンジィを呼んでくるか?





 あーもう鬱陶しい!


 どんどん人が増えている。


 ここは一発!




 いきなりロナが、足を止めた。と思ったら、今来た道を戻っていく。


 取り囲んでいた衛士達と共に、ついうっかり足を止めて、ロナの行き先に目を向ける。誰かが、追いかけてきたとか?


 ではなかった!


 再び、出口に体を向け、小走りに助走して。


 跳んだ。


「・・・え?」


「おわっ」


「あ、ああああっ」


 数人が、頭を踏まれて、ひっくり返る。


「ばいばーい♪」


 まさか、あの人数を飛び越えるなんて。


「はっ?! ナーナシロナちゃまっ。お待ちくだちゃい〜〜〜っ」


「それでも、ボクは、止まらな〜い♪」


 いかん! 見失っちまう。って、衛士どもが邪魔だっ。




 大ジャンプを敢行し、着地も決まった。

 衛士さん達は、飛び越えるわたしに気を取られて姿勢を崩し、ばたばたと倒れている。数人蹴飛ばしてしまったけど、怪我はしてないようだから問題ない。ないったらないんだってば。


「はっはっはっ! なかなかに元気が良い子ですなぁ」


 このまま一目散に脱出するぞ。と、気合いを入れて。出端を挫かれた。


「どかないと怪我するよっ!」


「どうですかな?」


 横も縦も無駄に広い王宮廊下の柱の影から、ひょいと、本当に、置物かなにかが倒れ込んできたのかと思ったくらい、ごく自然にふらりとおじいさんが出てきた。

 紛う事なく、ヴァンさんよりもおじいさんらしいおじいさん。それでも、背筋は伸びていて、トライアスロンが完走できそうなくらいに溌剌としている。なんで、気配がないのかが不思議なくらいだ。


「え? っひゃぁ〜〜〜〜〜〜っ」


「「「「「「「・・・えっ?」」」」」」」


 しかも、トップスピードに乗る直前のわたしを掬い上げ、高い高ーいをする始末。


 いつの間に!


「ほうれほれほれ。廊下は走るものではありませんぞ? どれ」


 軽く放り上げると、今度はわたしの両脇に手を差し入れ、もう一度、高い高ーい。


「おろして、おろしてってばっ!」


 悲しいかな、足が、足が届かない。腕を蹴り折るわけにはいかないし。


「初めて見るお顔ですが、ちい姫様の御学友ですかな? なるほど、よく似ておられる」


 どこが!


「ボクは、あんなにいたずら好きじゃないっ。じゃなくて、二十は過ぎてる。肩車されて喜ぶ歳じゃないってば!」


「いやいやいや。たまには、高い所から見渡すのも楽しいものですぞ」


 ぶーらぶらぶら。


「話を聞けーっ!」


「守役殿! 助かりましたでちゅっ」


 宰相さんは、衛士さん達を踏み越えてきた。


 むごい。


 ではなくて。


「じじい。よくやった!」


「そういうヴァン殿こそ、じじいではありませんかな?」


 さわやかに笑うおじいさん。体格は、ヴァンさんよりも一回り大きいだろう。ウォーゼンさんより、少々背が低いくらい。


 って、観察している場合じゃない。


「珍しいじゃねえか。表に出てくるなんてよ」


「久方ぶりに、ちい姫樣方に逃げられましてな。探していたら、なにやらにぎやかなのでこちらにいらしたかと思い、様子を見にきた所でした」


 ヴァンさんと親しげに話すおじいさん。


 しかし、どこかで見た覚えがあるような。


「へっ。元団長も、チビどもに掛かっちゃ形無しだな」


「何を言われるか。孫は可愛いに決まっておりますぞ!」


「誰もそんな事は言ってねぇ!」


 ・・・元、団長?


「して、こちらのご令嬢は?」


 わたしを担ぎ上げ、肩車している、この、おじいさんは。ま、そうか。担ぎあげれば、男女の区別はつくもんね。


 ではなくて!


「ナーナシロナだ。レオーネ姫さんを助けた奴だよ。もう、何年になるんだったっけな」


「十九年ほどになりまちゅ」


「な! なんとっ!」


「おわぁっ」


 いきなり頭を上げるから。


「ロナ。面白いのか?」


 ヴァンさんとにらめっこ、になった。


「そんなわけないでしょ」


 わたしは、おじいさんの背中に逆さまにぶら下がる格好になっている。両足をがっちり掴まれているので、落ちる事はない。ないけど。


「これはこれは。わしは、ユートレマ・ボニスと申します。孫が、お世話になりました」


「孫?」


「妃殿下は、ボニス殿の養子に入られておりまちゅ故」


 義理でも何でも、娘の子供だから、孫。間違ってはいない。

 あの熱血団長が、いつのまにか、こんな愉快なおじいさんに変身していたとは。


 それはいいとして。


 わたしを担いだまま、正門方向、つまり出口へ歩いていくおじいさん、もとい元団長。


「ところでさ。そろそろ、下ろしてくれてもいいんじゃない?」


 そう。担いだまま、挨拶し、歩いている。


 何を考えているのかが判らない。


「わしは、最近籠りっぱなしでしたのでな。ナーナシロナ殿が外に出られるのでしたら、是非ともご同行させていただこうかと」


「「「はい?」」」


 宰相さんとヴァンさんとわたしがハモった。


「なに。ちい姫樣方も、たまには、わしの居ぬ間に羽を伸ばしてもよろしかろう。家督はとうの昔に息子に譲りましたしの。だが、まだまだ若い者には負けませんぞ。いやはや、楽しみですな」


 本当に、楽しそうに、心から楽しそうに話す元団長さん。ちょっと、スキップしてませんか? 逆さまで、揺れる揺れる。・・・うぷ。


「ロナ殿が何をする気か知っててそうおっしゃられるのでちゅか?!」


 慌てる宰相さんに、にやりとする気配。


「無茶も無理もさせるつもりはありませんぞ。わしが人一倍働いてみせましょうぞ」


「違いまちゅぅ〜〜〜っ!」


 どうでもいいから。


 逆さ吊りは、そろそろ勘弁して。

 旧作の登場人物が、ぞくぞくと復活。


 これは、招き猫の祟り・・・かもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ