懐かしい人々
「レオーネ!」
副団長の非難にも、怯まなかった。
「わたしは、もっと彼女と話がしたい。ここで別れてしまったら、二度と会えない」
「ですが。彼らに頼むなど」
ミハエルが、間に入る。
「賢狼殿は、気に入らない事は、引き受けてくださらない」
「ミハエル様」
「ここでは、私の方が無位無官の一兵卒だ」
「しかし、いくら何でもやり過ぎというか」
副団長の耳元に顔を寄せて、小声でつぶやく。
「彼女なら、これくらいしなければ逃げられてしまう。それに、レオーネが呼ばなくとも、賢狼殿らは駆けつけてきただろう」
「え?!」
「昼食は、ヘビの塩焼きだった」
台詞とは裏腹に、重々しい声で宣言する。
「それは・・・、まさか?!」
「懐かしい味だった。間違いないと思う」
「ですが」
「見た目もお名前も違えていらっしゃるが、兄上や女将殿ならば、お判りになるはず」
男達の視線が、がっちりと絡み合う。
「班長。副団長。ちょっといいですか?」
「マイトか。どうした?」
「あ〜。あの子。起きてきませんよ?」
あっけにとられている護衛班の向こうに、三頭が折り重なっている。三色の尾は、機嫌良さげに振られている。ちぎれんばかりに振られている。いるが。
「彼女は?」
「だから。埋もれてますって。さっきから」
「おわあぁぁぁっ!」
「ミハエルさん?」
「全員、出発準備! 賢狼殿のところに空馬車を回せ」
副団長の指示に、一斉に動き出した。指示を出した本人とミハエルは、銀狼達のところに駆け寄る。
「ありがとう。おかげで助かった。ところで、・・・間違いないだろうか?」
わんわんわん!
三頭が、唱和した。
問いかけたミハエルを見上げる瞳が濡れている。副団長が息をのんだ。
「このまま、馬車に乗せて連れて行こうと思う。見ていてくれないか?」
わふっ
副団長が、三頭が立ち上がった場所から、臥せっていた小柄な少女を抱き上げた。黒い外套のフードが落ちると、黒いずきんに包まれた顔が現れる。
顔についた土を、目を覚まさせないよう慎重に払い落とす。
「こうして目を閉じていると、コンスカンタでお会いした時のままだ」
「そうだな。瞳の色が違うので、はじめは気がつかなかった」
「御馳走になったヘビで思い出されましたか」
にやりと笑う副団長に、
「忘れられるものではないよ」
苦笑で答えた。
寄せられた馬車の荷台に、三頭の銀狼が飛び乗った。彼女達に預けるように、そっと少女を横たえる。
すぐさま、御者台の兵士に指示を出す。
「このまま王宮に向かう」
「門兵の審査はよろしいので?」
「街に着くまでには目を覚ますだろう。それに、ミハエル様と私が保証人になる」
「あ。おれも。いいですか?」
騎馬のまま近寄ってきたマイトに続いて、
「俺、いえ私も。一飯の恩があります!」
トングリオも声を上げる。
「騎士団員四人以上の保証人がいれば、審査は省略できる。出発してくれ」
「了解しました。しかし、こんなちっちゃな坊主が、どうやってあの四人の胃袋を満足させたんだか」
「女の子だぞ?」
「え? えええええっ!」
御者台から、驚きの声が上がった。
がらがらと、木の車輪が石畳を叩く音がする。暖かい毛皮に包まれて、振動はひどくない。
目が覚めた。
夕闇迫る空が見える。御者の背中の向こうには、黒々とそびえ立つ街壁。
わ、こんなところまで来てる。
跳ね起きようとした。
けど。
はっはっはっ
ハナが枕代わりになって頭を支え、ユキとツキが左右をがっちりとガードしている。
「うわぁ」
「なんだ。もう起きたのかい? 今、巡回班の人員確認するために、速度を落としているところだ。終わったら、すぐに街門をくぐれるから、もう少し待ってくれ。副団長! 目を覚ましましたよー」
「呼ばなくていい!」
「そう、命令されてたんだから」
腕を抜こうにも、全体重を掛けられている。重いっ。
「ボク、帰る!」
ハナ〜、見逃して。ね?
わおーん!
駄目だった。
「この時間に、どこに帰るって言うんだい? まだ、魔獣の徘徊が収まったって宣言は出てないんだから、夜間の移動は危険だって。大丈夫だよ。事情はトングリオさんから聞いてる。あ、副団長達が保証人になってくれるって。だから、審査無しでも街門通れるよ。
それにしても、きみ、すごいねぇ。特別班のあの四人は、味にうるさかったり、大食漢だったりでねぇ。ぷぷっ。ローデンに帰る二日も前に食費を使い果たしたって? やりそうだとは思ってたけどさぁ。それが、あんなに嬉しそうな顔して走ってくるなんて。これで、賭けは親の総取りになっちゃったけど。まさか、通りがかりの人にご馳走になるなんて。それがまた、うまかったって、自慢してるんだぜ? おごり飯がうまいのは当然だよねぇ?
そうそう、もし途中で目が覚めたら説明しておいてくれって言われたんだけど、今夜は王宮の離宮で休んでもらうからって。すごいねぇ。やっぱり、うまい飯効果なのかなぁ。どう思う?」
・・・口を挟む暇がない。なんてよく回る口なんだ。
でも、いくつか聞き逃せない事柄があったような。街門を、通る?
「ボク、身分証、持ってないよ?」
「だから大丈夫だって。ミハエルさん達が、なんとでもしてくれるから。あの人、王弟だし。真っ先に保証人に手を挙げたって。副団長もだよ? 初対面で、あそこまでするくらいなんだから、よっぽど大手柄をあげたんだよね。今度、どうやったか教えてくれないかな。
あ。俺は、ブランデ。よろしく。きみは?」
「ななしろ。よろしく」
「ナーナシロナか。聞いてはいたけど、変わった名前だよねぇ。どこの出身なんだい? 東の草原の果てとか。それとも、南街道のどこか?」
だから、なんでそう聞こえるの。
「知らない。拾われたから。それより、おうていって?」
「ミハエルさんは、陛下の弟君。なんだけど、昇進したがらない変わり者なんだ。俺達にも平団員と同じように接してくれって無茶言うし。
レオーネ姫は、王女殿下だよ。小さい時から、「叔父上のような、立派な騎士になりたいのです」とか宣言して、練兵場に入り浸ってたんだ。今度の討伐計画で、盗賊に狙われやすそうな女性団員がいなかったのを聞き込んで、まんまと潜り込んでくるんだから」
おぼっちゃま殿下? 同名の別人? それとも平行世界? 大変身しすぎでしょ。でもって、レオーネさんが、王女様? スーさんの娘? 似てる、かな?
「そんな人達を、護衛二人だけで行かせるなんて。危ないんじゃないの?」
「襲いやすそうに見えないと、囮にならないだろ? それに、四人とも、アレはともかく、腕はいいから」
「アレって?」
「食いしん坊」
うん。あの食べっぷりなら、とても王族には見えない。とはいえ。
「巡回任務だっていうのに、空腹で実力が出せなければ、半人前と同じ。だと思う」
「アハハハハハッ」
大爆笑された。近くに居た団員さん達も、吹き出しているようだ。「ぷぷっ」だとか、「ぶはっ」だとか、たくさん聞こえる。
「クックックッ。彼らにはそう言っておこう」
副団長さんが、馬車の横に来ていた。でもって、ブランデさんのおしゃべりを聞いている間に、門をくぐっていた。
「ね、ねぇ。離れるように、言ってくれない?」
三頭は、べったり張り付いたままだ。ユキは、ボクの上半身に体を乗っけたまま寝てるし。君達、何考えているんだよぅ。
「賢狼殿には、お願いは出来ても、命令は出来ない。聖者殿の従者だからな。ただ、レオーネは、小さい頃から、賢狼殿によく懐いている」
賢狼って。随分出世したもんだ。
「逆じゃないの?」
「いや? 三歳の時だったか、賢狼殿が陛下と共に街を離れている間、王宮中を探しまわっていた、という逸話があるくらいだ。一歳前後の時は、どんなにぐずっていても、そばに居てもらうだけで寝付きが良かったし」
「ミハエルさん。いいんですか? そんな話教えちゃって」
「街の住人なら誰でも知っている話だ。問題はない」
「・・・あ、そう」
話をはぐらかされた。
「疲れているところを済まないが、このまま王宮まで付合ってもらいたい」
副団長さんが、お願いしてくる。
もう、街門はくぐってしまった。そして、じきに閉じられる。
現金の持ち合わせもない。いや、路地裏で野宿すればいいんだけど、この調子だと、街をあげての大捜索! とかやりかねない。ハナ達も、喜んで参加しそうだ。
用事とやらを聞くだけ聞いて、さっさと街を出る算段をしよう。でも。
「ここまで連れてきておいて、お願いも何もないよね」
「そうか? ああ、もう一つ。休んでもらう予定の離宮の内外に護衛兵が付くけど、気にしないでくれ」
「なんなんだよ、その警戒の仕方は。ボクが、通りすがりの身元不明者だから?」
「ちがうな。逃亡防止のためだ。話を聞くまでは留まっていてもらわないと」
「同じだろ!」
「冗談だ。私の客人として、王宮に招くのだから、このくらいの警備は当然だ」
客人? 怪しい。
「盗賊の取り調べのついでなんだから、兵舎でいい」
「そうはいかんよ。大事な客人をむさ苦しいところに預け・・・」
みゃあぁぁぁん!
わおーん!
ツキの呼びかけに応じて、黒い影が荷台の上に躍り上がった。ブランデさんが、あわてて馬車を止める。
「な、なに!」
なにもかにも。オボロだ。四肢を踏ん張り、ボクの上に覆いかぶさる。ユキとツキは、素早く場所を譲った、もとい退避した。
ふみゃぁぁぁん
ばふっ! 抱きつかれた。
オボロも生きていた!
それは素直にうれしい。・・・でも、それはそれ、これはこれ。
ずーりずりずり。べろーん!
ほおずりしては、顔をなめまくる。エンドレス。
助けて。
「ぶ。やめ。ぶわ。とめ」
「ハッハッハッ。金虎殿にも気に入られたか」
副団長さんの台詞が、棒読みっぽく聞こえたのはなんでだろう。
「ナーナシロナちゃん。すごいですねぇ。陛下のお知り合いでもないのに」
ブランデさん、感想がそれですか。
数度のオボロのべろべろ攻撃で、頭を包んでいた布が飛んだ。
「ぶ。べたべたじゃねえか。すごい勢いで走って行くから、何事かと思って、追いかけてきたのによ?」
この声は!
「ヴァン殿。とりあえず、盗賊討伐は終了した。ギルドのご協力、感謝する」
「そうか。お疲れさん。隊商の連中も、これで安心するだろう。んで? 黒助が抱き倒しているのは?」
「討伐の協力者で、例の人物、らしい。詳しい話をお聞きするために、王宮に向かっているところだ」
副団長さんが、非常にまずい説明をする。
「俺も混ぜろ!」
「是非」
だあっ。関係者が増えたっ
「こんなところで馬車を止めてたら、邪魔になるだけだ。さっさといこうぜ」
うなーう
「ほら。黒助もそういってるし」
「ブランデ。出してくれ」
「はいはーいっと」
「おろし、うぶ。やめ」
「うん? 坊主、肉かなにか持っているのか?」
「昼食の匂いでも残っているのだろうか」
みはえるさーん。それだったら、ボク以外にも食べた人いるでしょー。
三人と四頭にがっちり取り囲まれたまま、王宮内を案内される。
「ねえ。副団長さんもミハエルさん、殿下も、帰ってきたばかりだし。休んでからでいいんじゃないの?」
「いや。隊商に討伐終了の通知を出すためにも、速やかに、速急に、今すぐ、話を聞きたい」
「同感だ。それに、私に継承権はない。ミハエルでいい」
話をはぐらかすな。
「そういやぁ、あの縄の出所が判ったのか?」
「彼女が手渡してくれるところを確認した。トングリオ、マイト、レオーネも見ている」
「そりゃ、詳しい話を聞かせてもらわないとなぁ?」
「あれに、何か問題あるの?」
「大ありだ! 全部吐いてもらうぜ」
ヴァンさんが、物騒な宣言をしてくれる。左右の二人も、大きく頷いているし。
ミハエルさんは、門に入るなり、侍従さんやメイドさん達にいろいろな指示を出していた。継承権を放棄したとはいっていたけど、王族は王族だ。
しっかし、あのおぼっちゃまが、ねぇ。
「私の顔に何かついているか?」
「ううん。なんでもない」
ある一室の前に着いた。扉の脇に控えていた侍従さんが、
「皆様、既にお揃いです」
と、ミハエルさんに告げる。
「そうか。ありがとう」
「どうぞ」
扉が開かれた。後ろの三人に促され、よろよろと部屋に踏み込む。
はい。勢揃いしてますね。
回れ右。
「どこへ行く?」
「なんか、偉そうな人ばっかり。やっぱり、ボク、場違いでしょ?」
「いいから入れ!」
「でも、でもでも。ボク、よだれでベタベタだし」
未だに、ツキは手をしゃぶっている。ボクの手は鰹節じゃないっての。
「まずは、兄上に紹介したい。その後、夕食を取りながら話をしよう」
「こんな格好で? よくない!」
「構わない」
だあっ。人の話を聞かないところは相変わらずだよね!
ヴァンさんが、襟首の布を掴み、引きずって行く。
「ひどい」
「もたもたしているやつが悪い」
あああ。扉が閉められた。
ソファに座っていた人たちが、一斉に立ち上がる。でもって、見ている。じーっと見ている。ボクを見ている。
「はじめまして。ななしろ、です」
「ほう?」
真後ろで、ヴァンさんの底意地の悪い声がする。いや。気のせい。
「今更、俺の説明は要らないよなぁ?」
「おじーさん、誰?」
「この! とぼけやがって!」
「ここには、我々しか居いない。気楽にしてくれ」
副団長さん、はいそうですか。って、できるか!
「ローデン国王、フェライオスです。弟が世話を掛けました。ありがとう」
スーさん。すっかり貫禄付いちゃって。にしても、王様になっても腰が低いなあ。大丈夫なのかね。
いやいやいや。初対面。はじめまして。王様の前では、畏まるべき。
「お初にお目にかかります。ボクは、ななしろです。お見苦しい格好で申し訳ありません」
頭を下げて一礼する。
「ウォーゼンが言ったように、気楽にしてくれませんか? 私の時間が取れないために、無理を言って来てもらったのだから」
だから、気楽になんて、できません。ここは敵地。油断は禁物。
「私は、騎士団長のミゼルだ。部下が迷惑を掛けた」
「・・・」
全くだ! と、言いたいところを、ぐっと我慢する。
「俺も名乗ってなかったな。ウォーゼンという」
「ヴァンだ。ローデンギルド顧問をやっている」
そのニヤニヤ笑い、やめてよ。気味が悪い。
「明日、またお会いしたい。その時に、詳しい話を聞かせてもらえると嬉しいです。ミハエル、後は頼みます」
「はい、兄上」
王様は、お付きの人達と共に、すぐに部屋を出て行った。
「それで、だ。」
「マイトさん達に聞いて。全部話したから」
ウォーゼンさんの台詞をぶった切る。
「おい!」
「盗賊討伐が終わったかどうかは、捕まえた人に聞けばわかるだろ? なんで、ボクまで呼ばれるのさ」
「討伐現場に巻き込まれた一般人から話を聞くのが、そんなに変か?」
「巻き込まれたというよりは、余計なおせっかいだったかもね。
まだ、林の中に隠れていた盗賊を勝手に止めて、襲ってくるかどうかわからない魔獣を捕まえて、縄がないっていうから押し付けて、お腹減ったって泣きついてきたからごちそうして。十分でしょ?
それなのに、帰ろうとすれば、無理矢理引きずってくるし」
「「「・・・・・・」」」
騎士団組は絶句。
「・・・おめえ。怒ってるのか?」
ヴァンさんも、おそるおそる問いかけてくる。
「さあね?」
「・・・・・・」
とうとうヴァンさんも口をつぐんだ。
ローデン王宮、再び。




